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 給料日


 月末。
 東方司令部の面々が必ず飲みに行くのは、大佐が着任してからの決め事。
 給料日から一週間たたないので、一人暮らしを営む私でも比較的金銭に余裕がある時期だ。

 「で、結局ブレさん。彼女さんの誕生日プレゼント何にしたんだ?」
 ふはーとビールのジョッキをほとんど一息で空けて、ブレダ少尉のむちむちした二の腕を突
付くのはハボック少尉。
 彼が給料で一番初めに買うのは、お気に入りの煙草をカートンで。
 行きつけの煙草屋では、給料日になると彼のために、東方地域では入荷しにくい煙草が、
ちゃんと入っているらしい。
 「ああ?プチダイヤのペンダントとお揃いのピアス」
 からかうようなハボック少尉の物言いにも慣れっこなのか、動じるそぶりすら見せずに、さ
らっと応えたブレダ少尉。
 結婚を前提として付き合っている彼女の誕生月である今月は、何かと物入りらしい。
 大佐に高級料理店のコース料理について尋ねていたから、きっとバースディーディナー
の手配も完璧なのだろう。
 「ブレダ少尉はセンスがいいですからね。彼女さんも喜んでくれたんじゃないんですか?」
 まるで自分がプレゼントされたかのように、嬉しそうに相槌を打ったのはフュリー曹長。
 寮住まいの彼は、日々倹約に勤しみ、実家への送金を欠かさない。
 「そういえば、寮母さんが育てている百合の花が綺麗でしたよ。花束でも作って貰いますか?
  花言葉も『貴重』ですしね。プレゼント向きでしょう」
 知識量が豊富なファルマン准尉の好奇心は人一倍強く、人の目が普段届かぬ所にも注が
れている。
 大佐に勝るとも劣らぬ読書家の彼は、給料の大半が本に消えるといつでも苦笑していた。

 「そろそろ、結婚か?ブレダ」
 珍しく黙ってグラスを傾けていた大佐も話題に参加する。
 「そっすね。休み貰えるんなら、新婚旅行なんぞも行きたいですし……えーあ。彼女が言って
  ます。はい」
 「それは私にでなく皆に言うのだな。私自身の負担は差ほどではない」
 大佐の言葉に一斉のブーイング。
 ブレダ少尉が、現実的な話を持ち出したら、皆喜び勇んで激務にも励むだろうに。
 勿論大佐もだ。
 国家錬金術師として、大佐として。
 年齢の割に破格の給与を得ている彼の、一番の散財所は女性関係だろうと判断する人間は
多いだろうが、実は違う。
 わざわざ匿名でなされている寄付の数々は、イシュヴァールで亡くなった敵兵が残した家族
にもなされているのだ。
 贖罪にもなりはしなけいれど、生きていくのに必要なのは、お金だからね。
 と、寂しそうに微笑む人間を、今だ責め苛む人間がいるというのなら、私が撃ち殺そう。
 誠実で、不器用で、悲しいくらいに優しい人なのだ。
 そう思っていると、口にしたことは少ないけれど。
 「とかいってますよ、中尉……いただけますよね?まとまった休み」
 あら?私に質問なんて。
 思っていたよりも話は進んでいるのかしら。
 「規定通りに書類を提出すれば、受理されます。最終的な受諾は大佐がなさいますけど、ま
  さか、突っぱねはしないでしょう?」
 笑顔のままで大佐と少尉を見つめて言い放てば、お互いが顔を見詰め合って複雑な表情を
している。
 私は間違った事を言ったつもりもないのだけれど。
 「そういえば、中尉は考えないんですか、その……結婚とか」
 「フュリー曹長?セクハラ発言よ」

 「すみません」
 しゅんと落ち込む曹長の肩をほとほとと叩いて慰めるのは、だいたい准尉の役目。
 寮で一緒に生活しているというのもあるだろうが、この二人は意外に仲が良いのだ。
 「でも、中尉。それって皆気になってるコトっすよ?」
 「あーんじゃ。俺の結婚祝いに、聞かせてください」
 「……勝手な事を……」
 眉を顰める私の空いたグラスに、大佐がワインを注いで下さる。
 「私も興味があるんだが?」
 「……まさか、上官命令ですか?」
 「そうした方が言いやすいなら。命令しても良いよ」
 全く、こんな時の大佐は性質が悪くて、困る。
 私は大きく息をついて、きっぱりと言ってのける。
 「今現在結婚は、考えておりません」
 「しみじみ、もったいないッスよねー。もてもてさんなのに」
 予想していたのだろう返答に、ハボック少尉は軽く肩を竦める。
 「……変わっているわね、貴方。好きでもない相手に言い寄られて嬉しいの?」
 「へ?いやー。自分に好意を持ってもらうのは、例えどんな女の人手あれ、嬉しいですよ」
 「趣味の悪いプレゼントを山ほど勝手に、贈って寄越したあげく。いきなり婚姻届を私の了承
  なしに出されていても?」
  「あ?……そんなコトされたんスか」
 「毎日毎日、行動を見張られて。詳細にレポートに書かれて、そっと机の上に置かれても?」
 「え?……ということは、軍部内にいるんでしょうか。ストーカー」
 「一度目があっただけで、恋人認定されても」
 「……少尉?誰が君にそんなことをしていたんだね」
 私は、知らなかったぞ!と大佐の目が怒っている。

 素直に報告してしまったら、無駄に心配される癖に。
 私は大佐に恋愛感情を持っているが、大佐は私を大切に思ってくれている、だけ。
 それが不満だとか、そんな贅沢なことではなくて。
 少し、切ない。
 「プライベートです。報告の義務はありませんよ」
 「……こうして、聞いてしまった以上は心配だよ、中尉。今は?」
 「かなり強く、否定させて頂きましたので、しばらくないですね」
 「ならば、良かった。でも次にそんな事があったら、報告しなさい。女性ではできる事の限界
  もあるだろうから」
 こうして、甘やかされるのが嬉しくない訳ではないのだけれど。
 恋愛が無理なのだとしたら、せめて対等でありたいから。
 貴方には、頼らないと決めた。
 ただ、貴方を護りたいとそう思っている。
 「……あ、もしかして、銃暴発事件て、それ絡みだったんスか?」
 「……よく、知ってるわね」
 緘口令を敷いたつもりだったのだけれど。
 「や。噂の類っスよ。俺自身、まさかそんなぶっ飛んだ話があるとは正直思えなかったんで」
 言い寄られた上官の、上頭部の髪の毛が焼け焦げ落ちるように、狙い済まして打ち込んだ
弾丸。




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