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 三時のおやつ


 今日は珍しく、エドワード君がやってくる日だ。
 僕は、彼が来ると聞いて食べさせたかったドーナツをいそいそと準備する。
 東方司令部の面々は、皆認めたがらないが、甘い物が好きだ。
 今時甘い物が好きな男なんていくらでもいるのに、どうやらそうと認めるのが恥ずかしいらしい。
 特に大佐は、ブラックのコーヒーを苦味潰した顔で飲み干して、何だかんだと理由をつけて、
二杯目は砂糖やミルクを入れて飲むことも多い。
 果物全般も好きだし、ランチについてくるデザートだって残した事は無い。
何時だったかヒューズ中佐と食堂で食事をしていた時、中佐が何気なく自分の分のプリンを大佐
の前に置き、大佐が当たり前といった風情で二個目のプリンに手をつけているのを見て、本当に
甘い物が好きなんだなーとしみじみした。
 エドワード君が甘い物好きなのに、かこつけて、隠れ甘い物好きなメンツを楽しませて上げても、
罰はあたらないだろう。

 「こんにちはー!!」
 バターンとノックもなくドアを開け放して、エドワード君が入ってくる。
 「兄さんノックぐらいしないと!!」
 大きな身体なのに、物腰が丁寧なせいか、さほど圧迫感は感じない鋼の鎧姿のアルフォンス君
が後に続く。
 「全く、アルフォンス君はいつも良いことを言う。見習ったらどうだね。鋼の?」
 「へ。アルが正論担当なのは今に始まったことじゃねーし?世間様一般の常識良識って奴を、
大佐にだけは求められたくないね」
 「そうね。私もエドワード君の意見に同意させていただきます」
 「あ、俺も同意」
 「私も」
 エドワード君の言葉に笑顔で頷いた中尉に続き、ハボック少尉と准尉も続いた。

  「お前達、本当に私の部下なのか?」
 がっくりと目に見えて肩を落とした大佐も、どこか楽しそうだ。
 「これ以上はないくらい優秀な部下だろう?上司に苦言できる心根の真っ直ぐな部下なって、
  早々いないじゃん」
 にやにや笑いを続けながら、エドワード君は首の後ろに腕を回して背筋を伸ばす。
 機械義手の腕が、小さくきしっと鳴る。
 整備もそこそこに、こちらへ顔を出すくらいには大佐を気にかけているのだと、きっと大佐も気
がついているだろうに。
 「や!もう!エドさん。イイコト言う!」
 エドワード君の背中に回ったハボック少尉が、肩まで揉みだした。
 「ふふん。サボり癖のある上司を持つと苦労するね」
 「ねぎらってくれるんか?」
 「言葉だけでいいんなら?」
 「……その辺りがお子様だ」
 お子様と言われて過剰反応してしまう様子こそが、お子様なのだけれど。
 「っーか、俺だってねぎらって頂きたいんですけど?こっちにきて宿も取らずに直行したのにさ
  あ」
 実際子供なのだから、その辺は大目に見てあげたい。
 「はい。お疲れ様でした」
 エドワード君の手元にすっとコーヒーを差し出す。
 「あ!サンキュ。曹長はいっつも優しいよねー。ここのオアシスだよ」
 「……そこまで褒められると、何だかこそばゆいよ。はい。アルフォンス君も」
 「いつも、すみません」
 一番大きなカップを渡しているのだが、アルフォンス君の体型から考えると小さいよなーと思う。
 飲めないのだとわかっていても、もしかしたら本人が嫌な思いをしているのかもしれねいけれど、
僕はエドワード君と同じ様にアルフォンス君にも飲み物と食べ物を用意する。

 「むくれなくても結構ですよ?大佐の分も用意しております。冬季限定だそうですよ」
 「ポンテリング白黒胡麻味!」
 ……って大佐、何でそんなにお詳しいので?
 うきうきとドーナツを包んでいる紙を開く大佐を、皆穏やかな眼差しで見つめている。
 エドワード君もにやにやしながらも、ツッコミを入れない。
 それだけ、美味しそうに食べているからだ。
 「あいかわらず、旨いな。ポンテリング。プレーンが一番好きだが、今回のも胡麻の風味がな
  かなか良い」
 「……大佐……エリシアちゃんだって、こんなに口の周りを汚さないと思いますが」
 ぴしっとアイロンがかかったハンカチで、中尉が大佐の口の周りに飛び散った胡麻を拭う。
 「ん?……中尉は食べないのかね」
 「いえ。いただきますよ。私も好きですから」
 きらんと輝いた中尉の目に見つめられて、大佐はしょぼんと肩を落とす。
 中尉のポンテリングを狙っていたのだろう。
 ハボック少尉とエドワード君はお互いの肩を叩き合いながら、大笑いしている。
 大佐の視線が僕のポンテリングに止まりそうになったので、慌てて口にする。
 胡麻の香りと、もちもちとした食感がたまらない。
 人気商品なのも頷ける。
 「大佐?コーヒーはどうされます」
 さくっと食べ終えたハボック少尉が、自分にはブラックのコーヒーを淹れながら、大佐のマグ
に砂糖をニ個とクリームを一杯落としながら聞いている。
 「貰おう」
 食べたりなさそうな表情のまま、少尉からコーヒーを受け取り口にする。
 「にがっつ!」
 「……何時も通りの分量なんですけど」
 首を傾げる少尉の隣りに、すっと准尉が立ち上がった。
 「ポンテリングを召し上がった後ですからね。普段より苦く感じるのでしょう……これでいか
  がですか?大佐」
 砂糖1個とクリーム一杯が准尉の手で追加される。
 「……ん。少しはマシになった。ありがとう」
 いえ、と会釈した准尉も飲んでいるのはブラックのコーヒー。

 この甘いポンデリングとブラック以外のコーヒーを合わせるのは、生粋の甘い物好きの大佐に
しか出来ない技だろう。
 普段は砂糖を入れるエドワード君ですら、甘い物にはブラックのコーヒーをあわせている。
 「はー。美味しかった。ご馳走さまでした!」
 ぱしん、と機械義手と生身の掌が心地良いくらいの音をたてて、ご馳走様のポーズをするエ
ドワード君の顔を見て、僕は軽く頷いた。




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