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 ドクター・マルコー。
 結晶の錬金術師。
 これまた大佐が尊敬する数少ない国家錬金術師で、医療系の術に長けた人だと聞く。
 数度しか御目にかかった例はなく、話した事など皆無に等しいが。
 大佐を見詰める罪悪感を堪えたような。
 むしろそれを超越した風な。
 ものやわらかな眼差しが印象深い上官だった。
 終始、物静かな口調で語られる。
 この口調で囁かれ続けられれば、狂気を正気に返せるような。
 どこまでも、乱れない、人だなと。

 反対に。
 ノックス先生。
 だいたい大佐が『先生』と呼ぶのはこの人だけなんじゃないだろうか。
 対して先生は大佐を『ボウズ』と呼ぶ。
 不思議なくらいその呼び方を受け入れているらしい大佐は、少しの尊敬とびっくりする親し
さで、話をしているのを何度か見ている。
 俺のことは『ああ、ボウズのワンコか』ときたもんだ!
 あっけらかんとして言われたので怒りも起きなかったけれども。
 飄々として、何人にも捕らわれない印象がある。
 最前線を経験している軍医なのだという、陰惨な雰囲気は何時だって欠片も見出せない。
 駄目親父の外見とは打って変わって懐の深い人なのだと、思っている。

 「お二人が、傷が出来る側から治して下さったから。焔に関する怪我はノックス先生がエキ
  スパートでいらしたし。どんな重傷を負ってもドクター・マルコーが代償もなしに、綺麗に
  治して下さったわ」
 俺はまだ、ペーペーだった頃。
 あのイシュヴァールの最前線で、俺の知らない大佐を、大切に慈しんできた人達なのだろ
う。
 大佐に、せめてその外見にだけは、傷を残したくなかったほどに。
 「だから、大佐の身体は綺麗なままなのよ?イシュヴァールを体験してしまった人間は、
  どこかが、変わってしまったから。それ以降は怪我という怪我はないしね」
 「ああ、恐ろしく勘が働くんスよね?」
 中尉と大佐と、時折一緒に行動する中佐が見せる動物的な勘の鋭さはきっと、地獄を見た
人間が培ってきたモノなのだ。
 俺とてそこそこの修羅場は経験しているし、勘は鋭い方だと自負しているが、この人達には
まだまだ遠い。
 「こんな、無防備な状態を見てると信じられないのだけれど」
 「確かに」
 お互い顔を見合わせて、苦笑をする。
 こんな風に穏やかな時間が過ごせるのは、絶対大佐の下にいるからだと、思う。
 「さぁ。そろそろ起きて頂きましょう。綺麗に洗えたところですし」
 「はいはい」
 それはもう、あんなところから、そんなところまで、くるるんと綺麗に洗わせて頂きましたで
すことよ?
 三回ほど理性を飛ばしかけて、その都度中尉に問答無用の蹴りを叩き込まれましたけど
ねぇ。
 「大佐、ぴかぴかになりました。おっきの時間です」
 「ぴかぴか?」
 「つるつるです!」
 「つるつるかー?」
 自分の頬を指先で触って。
 「おお、つるつる!」
 びっくりしてるんですよ、この人!
 理性が……理性が……。
 鼻血吹きそう!とか思っていると、またしても、絶妙の蹴り。
 「ていっつてていっつ!」
 額に怒りのマークを浮かべた中尉が、にっこりと笑っている。
 「少尉?下着までここで着せてくれるるかしら」
 こんな時は、びしっと敬礼でごまかすしかねーよな。
 「はい」
 「後は寝室に一式用意されているでしょうから。終わったら寝室へ」
 「イエッサー・マム」
 すたすたと中尉が去って行ったのを見届けて、俺は大佐の身体をふこふこのバスタオル
で丁寧に拭く。
 あれだ。
 姉貴が生んだ風呂上りの乳児を拭いた時よりも丹念に拭いてるよ、俺。
 「ハボック、ありがとう。のんびりできた」
 「あれ?記憶あるんスか」
 中尉は、ほとんど覚えていないと言っていた。
 「全部ではないがな」
 「やっぱり、俺だと中佐ほどリラックスできないっスかね?」
 「そんな事はないさ。初めてとは思えないほど、緊張感が抜けてな。我ながら、びっくりだ」
 うわ!全開の笑顔は勘弁して下さいって。
 勃起しちまうって。
 俺は半ば前屈みになりながら、大佐に下着を履かせる。
 これは上質のシルクだなーとか、無理無理考えて、押し寄せてくる妄想を弾き飛ばそうと
頑張ってみた。
 けど。
 「お前、私で勃起するんだな?」
 心の底から不思議そうな声だったからたぶん、まだ寝惚けてたんだと思う。
 でも、見上げてきた髪の毛から覗く黒い眼の。
 濡れ加減にやられた。
 腰を拾い上げるようにして、口付ける。
 想像してたよりも、やわっやわな、感触。
 
 じゃごっと。

 装弾される音が聞こえなかったら、真面目におっぱじめていたかもしれない。
 「こんな事だろうと思ったわ。少尉は、その場で100数えて反省。大佐は行きますよ?
  ちゃっちゃと着替えていただきますからね」
 「はーい」
 良い子のお返事に、満足そうに頷いた中尉は、再度俺にきつい視線を向けると。
 「100よ?」
 念を押して大佐を連れて行ってしまった。

 数えましたよ、100。
 煙草も吸わずにバスの片づけをしながら。

 「大佐動かないで下さい。上手くセットできません」
 寝室へ行けば、ここは戦場ですかい?
 というほど、ばたばたした雰囲気。
 当の大佐はのほほんと准尉に髪の毛をセットして貰っている。
 膨大な知識はさることながら、その知識を実践できてしまう器用な准尉は、それでもやりに
くそうに大佐の髪の毛を整えている。
 「どーよ。ファルマン?」
 「ああ、少尉!想像していたより猫っ毛で。そこのムース取って頂けますか?」
 俺も、バーバー・ファルマンに弟子入りかな?
 なんてー思ったら、ブレさんに情けない声で呼ばれる。
 「ハボっつ!助けやがれ!最後が決まらん」
 懸命に大佐が読む予定のスピーチの推敲を任されているブレさんが、青い顔をして俺
を凝視している。
 「つーか。俺にんなもん頼むなって。できるもんもできなくなるぞ?」
 「今の俺は猫の手でも借りたいんじゃあ」
 猫以下な訳ね、俺。
 「フュリーなら、いい助っ人になるんじゃねーの?」
 少なくとも俺よりは良識的な文章を考えるだろうよ。
 「奴は、車磨きしてんだよ!」
 「あーね。んじゃ、交代してくるわ」
 うおーできねー!と絶叫を上げるブレさんを尻目に、俺はそそくさと玄関に向かう。
 「フュリー!ブレダが推敲手伝ってくれってよ。後は俺が引き受けっからさー!」
 「はい!了解しました!後はワックスで軽く撫ぜるだけですんで」
 「おうよ!」
 ひょいっと投げてくる布を空中で受け取って、鼻歌交じり。
 ワックス磨きを続けること十分。
 部下の苦労の賜物である大佐が、堂々と玄関から出てくる。
 もうすっかり、東方司令部大佐。
 ロイ・マスタング様。
 ってな雰囲気だ。
 目には何時もの、自信過剰なくらいの強い意志が宿っている。
 先刻まで、あひるちゃんに頬を預けてすよすよ寝ていた人には、とてもじゃないが見えない。
 「大佐!忘れてます!」
 式典用につける徽章と肩から下げる飾りを手にした中尉が、駆け寄ってくる。
 「ああ、すまないね。ありがとう、中尉」
 中尉は自分の手で徽章を襟元につけ、丁寧に飾りを肩から腕へと流してつけた。
 「いいえ」
 きっと車の中で待機している中央付きの運転手は、仲の良い上司部下だなーとか、恋人同 
士なんだろうか、なんて考えているだろうが。
 俺には、母と息子にしか見えません。
 「いってくるよ」
 気がつけば全員集合ってな感じ出てきた、皆と一緒に敬礼をする。
 「いってらっしゃいませ!」
 大佐が鷹揚に頷いたのを見計らって、車がゆっくりと発車した。
 見えなくなるまで見送ってから。
 中尉の一言。

 「作戦終了!お疲れ様!」

 には。
 全員が思わず、腹を抱えて笑ってしまう。

 確かに、一作戦終了させたくらいの忙しさと心地良い疲労感があった。

 でもって俺は、大佐の新たな一面を知ってしまい嬉しくもあり、どしましょって感じでもあり。

 結局は、たまらなく幸福な気分に浸りきってしまい、一人にやけては。
 またしても情けなど微塵も感じられない中尉の蹴りを、今度は腰に貰ってしまった。




                                                     END




 *ハボック視点軍部(ハボロイ風味)
  終わったんじゃあ。年内に軍部がああああっつ。
  良かった。心の底から、良かった。
  こんな軍部楽しいですね。
  ついつい仄かにハボロイテイストになってしまうのが、難点ですが。

  まったり軍部ものは、また挑戦したいです。はい。




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