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 生まれてこの方、16年。
 血の繋がった弟達は別件にして、野郎を可愛いなんて、思ったことなんざねーぞ?
 ちらっと桐ノ院を見やれば、見ているこっちが辛くなってくる切ない眼差しで晶を見つめてい
る。
 協力者という名目で繋がっている晶と直江。
 事情を知らない人間の目から見れば、とても仲の良い親友にしか見えないだろうが、実際
は違う。
 直江は雌雄同体。
 孕むこと無い女の子宮と孕ませることの無い男の肉塊を持つ。
 外見は女性に近いが、内面は独占欲の強い男性そのもの。
 その滅多にないだろう特異な身体を使って、何も知らなかった晶に深すぎる愉悦を教え、
更にそれを愛だと覚え込ませてしまった、執着の凄まじさ。
 桐ノ院が、どこまで真摯に晶を思ったとしても、直江がいる以上、兄のように大切な友人
の域をでることはできない。
 叶わない願いを、それでも擁き続ける桐ノ院は見っとも無くも有り、ある種、尊敬もしていた。
 俺自身、何かに、誰かに。
 必要以上の執着が持てなかったから。
 長い間培ってきた、毒操師の名に相応しく。
 俺の身体は毒そのものだ。
 普通に接している人間に対して、どうのこうのはないが、交われば大半の人間が狂気に沈
み、その命を落とす。
 高城学園に来て、閖子という、俺の毒で死なない女を得て、身体の欲求は満たされている
が。
 彼女を愛しているわけではない。
 これから先、愛せもしないだろう。
 そういう女だ。
 だから、今でも俺は心だけは飢えている。
 永遠にそのままだろうと思ってたし、それでもいいと思ってた。
 愛していなくとも、大切な存在が幾つもあったから、それで十分だと。

 思っていたのだが。

 不意に芽生えた、桐ノ院の感情は間違いなく、愛に近いそれだ。
 同情するほど、俺は桐ノ院を低い人間に見ちゃいない。
 野郎に見惚れるほど、欲求不満なんてことも、まずない。
 だとしたら、これはもう。
 「やっべえなぁ」
 「……なぎ?どうかされましたか」
 つい出てしまった言葉に晶が反応する。
 自分が関わらない、人の感情の機微には聡い少女なのだ。
 己に向けられた好意には、恐ろしく疎いのだけれども。
 「んにゃ。ちくっと独り言」
 「悪い事ではないのですか?」
 「……ああ、悪い事じゃない。心配しなくていいよ、晶」
 「それなら良かったです。なぎが悲しいのは、嫌ですから」
 俺を見つめてくる屈託ない瞳を真っ向から見返して、その頭を撫ぜる。
 この優しい少女に、嵌るならまだ、自分でも納得いくのだけれど。
 彼女の場合は、愛よりも情。
 恋人よりも肉親に近い。
 「……草薙。コーヒーは?」
 晶を自分の腕からそっと手放した桐ノ院が立ち上がって、聞いてくる。
 「へ?」
 「コーヒーを飲むのかと、聞いているんです」
 「あ、はい。頂きます」
 思わず間抜けな返事をした俺に、桐ノ院は手際良く、俺のマグにコーヒーを注いでいる。
 ……えーと。
 これは?
 人の機微に聡いのは桐ノ院も同じ。
 幼い頃から、桐ノ院コンツェルンの末子として大人の中を上手くすり抜けた来た男だ。
 一般人とは全く違う尺度で人を見る目が肥えてもいる。
 俺の独り言を聞いて。
 晶への対応を見て。
 ふとした瞬間に、俺が晶には言えない困った事を思い出してしまったと。
 そう判断したのだろう桐ノ院は、俺を気遣ってコーヒーをなどと言い出したのだ!
 ……ったく!
 なんてタイミングでしでかしてくれるんだろう。
 お前が晶を思う以上に問題だらけの、お前への感情を。
 真っ向から肯定するしかなくなるだろうが。
 「どうぞ」
 「ありがとう」
 僅かに憐憫を含んだ瞳を見て、俺はマグを受け取りながら。

 この男に、嵌った自分を、認めることにした。



                                       
                                        END



 *高城学園 草薙×桐ノ院
  そっか。そうだったんだー、なぎ。
  私も今日の今日まで知らなかったヨ!そんな気分です(苦笑)
  この二人のお初とか書きたいんですけどねー。
  鋼に狂ってるうちは無理かしら。時間的に。




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