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 結果。
 最強の能力者と呼ばれる俺を生み、その下にも健常な妹、双子の弟を生み出せた。
 末の妹のみが、姿形こそ天使の風貌だが、精神が健常ではなく、その責任を負わされて
両親は殺されてしまったけれども。
 両親は満足しているだろうし、俺もたくさんの妹弟を残していってくれた事を深く、感謝して
いる。
 末の妹・泉は幼いながらも良縁に恵まれて婚約をし、今はとある超有名画家の専属モデル
として、彼と二人幸せな生活を送っていた。
 だから、この呪われた血を疎みもしたけれど、今は感謝している。
 他の妹弟に受け継がれなかった事も含め。
 こうして、直江と対峙できうる力を持てた事が何よりも。

 血がモノを言う能力は確かに存在するのだ。
 そして、それは同レベルの血でしか対抗し得ない。
 
 天然の血とかけ合わせで出来た人工の血では、基本、天然に軍杯が上がる。
 が、俺の血は歴史も浅くない。
 それだけ澱みながらも洗練されているという事。
 どこまで、食い下がれるかは俺自身の個の能力にかかってくる。
 
 お前にとって晶が至高の存在だというように、俺にとっても晶は失えない存在だ。
 意志の強さではおいそれと負けるまいよ?

 「千薙っつ」
 人間の爪先の数倍は伸び、十数倍は強度と破壊力を増した直江の爪の攻撃を紙一重で交
わしながら、破霊刀を呼ぶ。
 必死に神に対して食い下がっていた、千薙は、一瞬嫌そうな気配をさせたが、基本的封神具
は持ち主の身体を心を護るのを最重要視している。
 納得する気配の中、都合良い位置に何とか身体を移動させれば、千薙がちょうど俺の手首
の辺りをすり抜けて行った。
 ぴったり五ミリを切り裂いて、再び神へと挑む千薙にさんきゅ!と小さく呟いて、俺は迸る血
を直江に向かって振りかけた。
 太い動脈を損なう傷ではないが、手首の一振りで血が飛び散る程度の怪我で、無論、痛い。
 が、流れ出る血が直江に与える衝撃を考えれば、痛いなんて言ってる場合じゃなかった。 
 ばばばっと!直江の顔から胸の辺り全体に血が飛び散った。
 こいつは本当に血が似合う女だ。
 しかも、自分の血ではなく他人の血を浴びるのが、とても。
 晶に出会えるまでは、出会えた今も尚。
 狂戦士の名をほしいままにするのがよくわかる。
 他人の血に塗れ、嫣然と微笑み。
 ましてやそれが似合う女は、少ない。
 この、高城学園に置いてでさえも。
 唇の上に飛び散った血を余裕に舐めとるその目には、俺への嘲りがあった。
 この程度の血で、どうにかなるものでもないと思ったのだろう。
 実際、免疫のない人間ならば即死しているはず。
 人が皮膚呼吸している以上、皮膚から浸透してゆく血も猛毒となるはずなのだが、直江は
びくともしなかった。
 「……残念だったなぁ?」
 口端だけを吊り上げて、にぃっと笑う表情は、気の弱い人間ならばそれだけで心臓麻痺を
起こしそうな代物だった。
 が。
 俺は生憎と強心臓。
 そして自分の力を過信するでもなく、掌握している。
 直江の身体に俺の毒が回るまで、ほんの数十秒。
 問題はその時間の内。
 俺が奴の攻撃から逃れ続けられるかの、一点にあった。
 直江が、だんと床を鳴らして空に踊る。
 俺は地べたを這いずる蟲の様に逃げを打つ。
 空中戦ではまず、直江に勝てない。
 あいつは空中での自分の動きを完全に制御できるのだ。
 まるで空中浮遊にも似て、空間上に浮いていることすら可能だ。
 一分にも満たないが、それでも十分だろう。
 天井近くまで飛び上がり加速をつけて、俺に爪での一線を送り込んでくる。
 ざしゅっと、空気を切り裂く音が耳に痛い。
 逃げたつもりで後一歩。
 距離が足りない。
 胸に焼けるような痛みを感じて俯けば、ワイシャツが切り開かれて、鮮やかに一線。
 血の滴る筋が走っていた。
 勝利の微笑みってヤツを浮かべる直江に、俺は鼻で笑ってやった。
 ここまで来てもまだ、俺に血を流させる戦闘を選んだからだ。
 過信も甚だしい。

 晶を手に入れるまでのこいつは、正真正銘の獣だった。
 しかし、晶を手に入れてもまだ、獣だというのなら。
 それは、晶に心底心を許していない証なのではないだろうか。
 誰にでも優しい晶が、自分以外の誰かに微笑みかけるのが許せないのだろう独占欲は、本来
の物なのかもしれないが、まだ関係が不安定にあるせいでもあるだろう。
 本当の意味で繋がれていないから、自然、無茶を強いる。
 晶が、それを許しても。
 俺は、それを許さない。
 「っつ!」
 俺の血を直に口にして、数秒。
 直江の額に皺が寄った。
 「な、んだ?」
 「ふん。やっと回ったか獣め。普通の人間ならおっ死んでるトコだ。たしかにアンタは、強い
  よ、直江」
 「く、さなぎっつ」
 「でも、俺の血はそれを時に凌駕する。今回の敗因はアンタの己の力に関する過信だ。
  見ろよ?あの最強最悪といわれた神が、お前のせいで負けを見るぜ」
 近くで戦っていた神と霊刀の戦いにも、決着がつこうとしている。
 術者が不安定になれば、必然、神も力を無くすのだ。
 恐らく今は、召還した時の三分の一の力も出せていないだろう。
 「つっつ!」
 必死の掌が神に向かって、差し伸ばされた。
 指の先端までに力が入っていると見受けられる状態で広げられた掌が、何かを、ぐしゃりと
握り潰す仕草をする。
 途端。
 神気と呼ばれる物を遺憾なく放っていた存在が、瞬時にして消え失せた。
 神に、完全な負けを味合わせる前に、元居た世界へと戻した。
 直江の身体にかかっている負荷は、生半可じゃない。
 それでも、あれだけ後から力を持つ神を、返せる事には、驚愕しか覚えられなかった。
 「き、さまっつ、後で。覚えて、ろよ」
 お約束の捨てゼリフを残して、直江は意識を失った。
 本来ならばすぐさま解毒の調合にかからねばならないが、こいつは自力で解毒してみせる
だろう。
 時間は、かかるだろうけれど。
 「その間に、晶の衰弱を戻してやらないと、な」
 理事長をも巻き込んで、正当に迅速に、しばし。
 直江を晶から引き離す。
 最悪、地下牢にでもぶちこんでおけばいい。
 幾ら直江が人離れしていても、人で無い部分があったとしても。
 所詮は正気の存在だ。
 あの、狂った空間に置いて、晶を側に置かなければ少しは大人しくなるに違いない。
 「何より、一度手に入れたイトオシイ存在を、一時でも奪われる飢えを知れ」
 俺も知らない飢えが、少しでも直江の思考を変えればいい。

 晶は、万人に愛でられる存在だ。
 誰か一人が、壊していいモノではない。

 もしかすると、唯一の存在を何時までたっても手に入れられない俺が。
 直江に嫉妬しての結果なのかもしれなけれど。
 これが、俺なりの呪詛、という気もする。

 二人の幸せが見出せないのならば俺は。
 晶一人の、安楽を望む。




                                                   END




 *ふぅ。楽しかった。
  もそっと穏やかな関係を紡ぐ二人も書いてみたい気もしないでもない。
  しみじみオリジナルは楽しいです。あい。




                                         前のページへメニューに戻る
                                             
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