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 「でもなー。気持ち良いんだよ」
 空気の抵抗があまりかからないようにとの計らいなのか、頭から口元までを丁寧に布で覆って
いる浩瀚とは違い、私は髪の毛すら括っているものの、特に顔や身体を防護するものはつけて
いない。
 「この直接、風があたる感触が何とも、な」
 王宮の奥深く、美しいが重たい衣装を着付けられ、首を傾げたらそのまま固定してしまいそう
な程に飾り立てたてられた髪を、榻に預けて。
 女官達が仰いでくれる扇から放たれた波風が頬を擽るのとは分けが違う。


 浩瀚の叫びに使い声音ですら、風の音に紛れてしまいそうになるのだ。
 びょうびょうと耳元をくすぐっては、髪の毛を掻き混ぜる山風。
 自然の中に身を置く感覚が、何とも心地良い。
 矮小な自分を卑下する事もなく、見つめ直せる時間。
 人がいて安らぐ時間がないわけじゃないが。
 私は基本的に一人が好きらしいから、きっと。
 こんな時間が必要なんだと思う。
 「……!……!」
 しまった。
 本格的に浩瀚の声が聞こえなくなってきた。
 こんな風には表に出ない彼に、これ以上の高度と速さは望めないだろう。
 黄精の首を軽く撫ぜると、私の意図を正確に読んでゆったりとした旋回が始まる。
 大きく円を描きながら、時間をかけけて降下する。
 「ああ。これなら普通に話が出来ますね」
 ぴたりと隣りについた浩瀚は、意外にも天馬の扱いに慣れているようだ。
 天馬も気楽な風に鼻面を、私に預けて寄越す。
 「たまには、こういった遊山も良いのかもしれません。主上の嬉しげなお顔は久しぶりですから」
 「そ、そうか?」
 「はい。この所、朝議が紛糾する事が多かったですからね。これでも心配しておりましたよ」
 「……すまない」
 表向き取り繕って見せるのは、それでも慣れてきたと思ったのだけれど。
 さすがに浩瀚を欺くレベルには遠いようだ。
 最も、私がどんなにかえるの面であったとしても、浩瀚はたやすく私の本心を見抜きそうだが。
 「謝ることはないのですよ。主上。貴方の悪い癖だ」
 口元の布をずらした浩瀚が艶やかに微笑むものだから、咎められている気がしなくて、困る。

 「日本人はよく謝る人種だと言われていたからな」
 「そうなんですか?」
 「うん。地球っていう世界の中でもな、無駄に謝るって。だから他の国から嘗められてるって
  いうか、見縊られていた面は確かにあった」
 この世界へ来て。
 王なんてものになってみて。
 何であんなに簡単に、上辺だけの謝罪ができたのかと、考えた。
 「他人に自分の不手際を指摘されて、自分が嫌な思いをするのを極力避けたかったんだろう
  と、思う。相手がさして大切じゃないから、余計に」
 「……おや?では、私は主上にとって、大切な人間ではない……」
 「そんな訳ないだろう!浩瀚は大切だ!誰にも代えられない得がたいものだと思ってるぞ!」
 この、厳しくも優しい存在に、私がどれだけ救われた事か!
 全く伝わっていなかったというのならば、私はもう少し、接し方を考えねばならない。
 「……失礼致しました……ちょっとした冗談のつもりだったんです。すみません」
 「……謝らなくていい。それとも私は、そんな安易な存在か……って、お互い様だな」
 「ええ。言葉というものは難しいです。人を楽にもし、縛りもする」
 「全くだ」
 ははは、と笑って黄精に戻る旨を告げる。
 向きを変えたのを正確に読み取った浩瀚が、目の端に残念そうな色合いを浮かべた。
 今日の物見遊山が、浩瀚にとって楽しいものであったのなら、私はとても嬉しい。
 「……主上」
 「ん?何だ」
 「少し帰りが名残惜しいです」
 「そうだな。私もそう思う」
 「もしよろしかったら。また、来ませんか?」
 「ああ、毎日でもいいぞ」
 「それは、駄目ですよ……私からお誘いしても、よろしいか」
 こんな風に誰が私を、連れ出してくれるというのか。
 六太君や延王辺りならやってくれそうだが、彼らの場合はどうしても自分の楽しみを優先して
いる気がする。
 勿論、それはそれで、気楽な遊び仲間に入れて貰えるのは嬉しいけれど。
 「楽しみに、待っているよ」
 「はい。今度はゆっくり話ができる場所を選んでおきますよ」
 静かで穏やかな笑顔が私に向けられる。
 大事な人達には、皆こうして笑っていて欲しい。
 
 私が王で或る事で、少しでも皆の笑顔を増やせるのならば。
 どんなにつらくとも、苦しくとも、私が王をやめることはないだろう。



                                                     END
               
                              



 *浩瀚&陽子
  しみじみと理想の主従だ。
  十二国は難しいけど書き応えがあるんで、また書きたいです。
  他国の王達に陽子語りをさせたいなあ。
  陽子、はあはあ。






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