土讃本線 1982年 その1/3

 国鉄時代には土讃本線、JR化後は土讃線と改称されているが、ここでは土讃本線としておく。

 1982年春、出張で関西へ行くことがありついでに休暇を取って四国へ行った。このときは四国の国鉄を全部乗るのが目的だった。当時、四国ではまだDF50が現役だったがそろそろ廃止の噂もあった。そんななか土讃本線の写真を撮ろうと思いたったのだが、何しろ列車ダイヤもなくどうしようかと思いながら高松駅で高知行き夜行鈍行を待っていた。ちょうどそのときホームにいたテッチャンに声をかけたんだよ。貨物列車のダイヤわかりますか?とかなんとか。当時は大学生、今は奈良県に住んでいるTさんである。その後2日間にわたりTさんと行動を共にすることになる。Tさんとは今でも年賀状のやりとりがある。

 なお、DF50はこの翌年の1983年9月に定期運用を終了している。私のDF50の記録は土讃本線のみ。

 〜ような気がする、とか、〜だったような・・・という表現が多いのは記憶が曖昧なせいなのであしからず。

1982年3月下旬撮影
使用カメラ ミノルタXD
使用フィルム コダクローム64


阿波川口−小歩危間
撮影日時は順不同、北から順に載せていく。列車番号とかはわからない。小歩危駅からちょっと歩いて木々の間から白川橋梁を撮った。朝早い列車だったような気がする。谷が深くまだ日が差し込んでいない。
土佐穴内−大杉間
千枚田のあったところ。今では雑木林になってしまっているらしい。キハ181系特急南風。ポジの一部に光線引きがみられる。
土佐穴内−大杉間
反対側から千枚田と特急南風。
この四国旅行ではすべてコダクローム64を使ったのだが、一部のフィルムで現像がうまくいっていなくてコントラストがきつい。
土佐穴内−大杉間
お目当ての貨物列車。DF50はディーゼルエンジン直結の発電機で発電した直流電力で主電動機を駆動する電気式ディーゼル機関車。
土佐穴内−大杉間
斜面を登ったり降りたり。当時は20代だったのでまだ体力はあった。線路に沿った川は穴内川。
土佐穴内−大杉間
このときはモノクロもずいぶん撮っている。やはりコダックのフィルムでプラスXを使っている。うちに帰ってからマイクロドールXの1:3稀釈で現像した。なお、モノクロはぜんぜんデジタル化していない。
土佐穴内−大杉間
たぶん急行あしずり。四国では急行にもすべてヘッドマークが付いていた。このときはここに半日くらいいた。3月だったが南国の高知は暖かかった。
土佐穴内−大杉間
日が西に傾いてきて撤収。
角茂谷−繁藤間
繁藤からちょっと歩いた撮影地。画面すぐ下に廃タイヤ置き場があってアングルが限られるところだった。
角茂谷−繁藤間
肝心の貨物列車はちょっと露出不足。これトップナンバーなんだよ。ちょうどこの撮影地であとから高校生がやってきて次はトップナンバーらしいと教えてくれた。以後、その高校生も同行することになった。
繁藤
たぶんこれに乗ったんじゃないかな。各停はほとんどDCだったのだが客車もまだあったような・・・
土佐山田
貨物列車が停まっていたのでいったん下車。これは上り。
土佐山田
急いで撮って再び下りに乗り込む。


その2へ
鉄道写真集トップへ
ギャラリー弐番館トップへ
RAILギャラリートップへ