MASTERPIECES of ISLAMC ARCHITECTURE
ブハラ(ウズベキスタン)
サーマーン朝の廟

神谷武夫

サーマーン朝の廟


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初期のイスラーム聖廟

 中央アジアというのは ユーラシア大陸の中央部を意味する 漠然とした語だが、通常は 旧ソ連領の トルクメニスタン、ウズベキスタン、カザフスタン、クルグズスタン、タジキスタンの5ヵ国をさす。その住民は 大部分がトルコ系で、8世紀頃からイスラーム化した。文化的には ペルシアの影響が大きく、建築においても ペルシア圏に属する。
 アッバース朝の支配を脱して、このエリアに 最初に独立政権を打ち立てたのは、イラン系のサーマーン朝(875-999)であった。ブハラに首都を置いて、ホラーサーン地方(現在のイラン北東部)までを支配した。この王朝の下で、アラビア文字を用いたペルシア語が成立し、民族文化の復興が目ざされのだが、残念ながら 建築作品は ほとんどが失われ、わずかに「サーマーン朝の廟」が ブハラに残るばかりである。
 これは 砂の中に埋もれていたために チンギス・ハーンの大破壊をも免れ、1934年の発掘によって、小規模ながら 完全な 初期イスラーム聖廟の姿を今に伝えている。

サーマーン朝の廟、ブハラ


イスラームと墓廟建築

 本来 イスラームでは、特定の死者を崇拝したり、墓石を立てたりすることは 禁じられていた。しかし 古来の聖者信仰の習慣や 権力者の墓廟建設によって 次第に一般化し、とくに東方イスラーム圏において 廟建築が高度に発展することになった。
 最初のイスラーム聖廟は、アッバース朝の首都が 一時バグダードから移されていた サーマッラーの都の、小規模なスライビーヤ廟である(862年)。それは直径 6.3mのドーム屋根を戴く墓室の周囲に 周歩廊をまわした、八角円堂であった。ブハラのものは、それに続く 最初期の廟建築で、第2代総督(アミール)のイスマーイールが 自分を含めたサーマーン家の廟として建てた と伝えられるが、実際は 彼の死後の造営らしい。いずれにせよ、以後の中央アジアからインドにかけて 大発展する廟建築の先駆として、大いに注目すべき建物である。


サーマーン朝の廟の平面図、1階と2階、10世紀初め
(From Arthur Upham Pope (ed.) "A Survey of Persian Art" 1938)

 廟やモスクなど ペルシアのドーム建築は、イスラーム以前のゾロアスター教の「チャハル・ターク」形式を受け継いだ。それは 正方形プランの四方の壁にアーチ開口をあけ、上にドーム屋根をかけた、ササン朝の拝火神殿の形式である。サーマーン朝の廟は まさにこれで、9.3m角の正方形の墓室に、内径 5.7mのドーム屋根をかけた レンガ造建築である。


ドームの支持方法

 さて、ドーム構造には 2つの問題がある。まず、ドームが開いて崩壊してしまおうとする力(推力)に対抗しなければならないが、ここでは 最も原始的に、下の壁を 1.6mもの厚さとして重くすることで 対処している。次の問題は、正方形プランの部屋に、その内接円のドームをかける時の 四隅の処理の仕方で、イスラーム建築は さまざまな方法を工夫してきた。

  
サーマーン朝の廟のドーム天井とスキンチ

 組積造のドームの下部は4点支持というわけにいかず、全円周を支えねばならない。ここでは 正方形の各コーナーに 隅切りのように小アーチをかけて 八角形にしぼり、次に 八角形の各コーナーに レンガを持ち出して 16角形とし、ここから スムーズに円形に移行しているのである。この方法において、隅部の小アーチを 英語でスキンチと呼ぶ(フランス語ではトロンプ)。サーマーン朝の廟は、初期の スキンチ式ドーム建築の代表作である。

 壁面上部には スキンチを含め8つの小アーチが円環状に並ぶが、ドームの荷重を受けているのは 小アーチであるから、各アーチの内側を耐力壁にせず、格子スクリーンにしたり 開口を設けたりして、外部の光を取り入れている。とくに コーナー・スキンチの内側では、さらに小さなアーチや 対角方向の半アーチを組み込んだりして、造形的な遊びを試みている。それと同巧のレンガ積みの造形パターンが 建物全体にほどこされていることが、この廟の特色である。

  
サーマーン朝の廟の壁面構成

 土に釉(うわぐすり)をかけて焼く 彩釉レンガやタイルの技術が まだ流布していなかった時代、ペルシア圏のレンガ建築は、ただ レンガの積み方による凹凸のみで 壁面を装飾した。その あらゆる積み方を試み、「レンガの技法」の百科全書となっているのが この廟であって、その飽くなき芸術的探究心には 畏敬の念さえ覚えるのである。

( 2006年『イスラーム建築』第1章「イスラーム建築の名作」)



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