MASTERPIECES of ISLAMC ARCHITECTURE
イスファハーン(イラン)
シャイフ・ロトフォッラー・モスク

神谷武夫

シャイフ・ロトフォッラー


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幾何学的精神

 人間の精神には 繊細な精神と幾何学的な精神の2種類があると言ったのは パスカルだったと思うが、その幾何学的精神というのを 視覚的に実体化すると イスラーム建築になるのではないかと思う。中でもイランのイスファハーンにある シャイフ・ロトフォッラー・モスクに、私はその極致を見た。やや入り組んだ 複雑なプランをしているが、その隅から隅まで 完全に幾何学の原理に則っていて、わずかな逸脱も許さない完璧さに、ある種の息苦しさ さえ覚えるほどである。

  
ロトフォッラー・モスクの外壁タイルと、屈曲する廊下

 だからといってこのモスクが、幾何学的なシンメトリーだけの 退屈な単調さに陥っているかというと、そうではないどころか、ここには意表をつく 劇的な空間構成があり、設計した建築家 ムハンマド・レザーの天才を示している。今から 24年の昔、初めてこのモスクを訪れた時の、その驚きは忘れられない。


ペルシアのサファヴィー朝

 サファヴィー朝の大王、シャー・アッバース 1世が 16世紀に造営した 新イスファハーンの町の中央広場、イスラーム革命後は イマームの広場と呼ばれている「王の広場」に面して、この小規模なモスクは建っている。矩形の広場は 全周が2階建ての同形店舗のアーケードで囲まれているが、それを破って 小さなテラスがあり、その奥に モスクへの入口をなすイーワーンがある。
 イーワーンというのは ササン朝ペルシア時代の宮殿などに用いられた建築要素を イスラーム建築が受け継いだもので、四角い枠組みの中に 大きなアーチ開口をとり、その内側に 半ドームや円筒形ヴォールトの天井をかけた、半外部空間である。

シャイフ・ロトフォッラー・モスク 平面図
( アンリ ・スチールラン 「イスラムの建築文化」 1987 より )

 ペルシア(現在のイラン)では、このイーワーンが モスクの中庭を囲む 各面の中央に配され、お互いに向かい合う「四イーワーン型」のモスク形式が発展した。しかし、小規模な宮廷礼拝堂である ロトフォッラー・モスクには中庭がなく、ただ一つのイーワーンが モスクへの入口となっている。
 イーワーンをくぐると、幅が狭く 天井も低い廊下が 45度左へ折れ曲がって 奥へと導く。この廊下が突き当たると 右へ 90度曲がって、さらに暗い奥へと導く。そして行き止まりになる手前の右側に アーチ開口があり、再度 90度曲がってここを入ると、突然、蒼穹のような高いドーム天井に覆われた、青い、宇宙的な大空間の中に放り出され、あっと息を呑む。

シャイフ・ロトフォッラー・モスクの礼拝室 ドーム天井

 実際には、このドーム天井は直径が 18mに過ぎないのに、暗く狭い廊下を 折れ曲がりながら歩いたあとに 突然現れる空間なので、対比的に、巨大な空間に感じられるのである。この劇的な空間構成には 舌を巻く。他に例のない こうしたモスクを造らせた理由は、何だったのだろうか。


謎めいたモスク建設

 第一義的な説明は、すべてのモスクが メッカの方向に向けられねばならない という原則である。王の広場とメッカの方向とは 45度ずれていて、このモスクの入口からは、メッカは 右手斜め後方になる。それを解決するために こうした長い屈曲した廊下が必要だった というのだが、もしも そんな消極的な理由であるのなら、そもそも こんな位置にモスクを建てることはなかった。広場の反対側に配置すれば、ずっと自然に メッカの方向に向けられたはずである。
 そもそも これは王の私的な礼拝堂であって、一般信者が来るわけではないのだから(礼拝の呼びかけをするミナレットもない)、この広場に面させる必要さえ なかった。デリーやアーグラの「真珠モスク」のように、宮廷地区内に建てる方が よほど自然である。

王の広場 (イマームの広場) 平面図
( アンリ ・スチールラン 「イスラムの建築文化」 1987 より )

 つまり、このモスクは 不自然なことを積み重ねることによって、劇的な空間構成のモニュメントを 実現しているのである。そうした芸術的効果をのみ目的として 巨額の国家予算を使ったとも思えないから、私にとって、今でも このモスクは大いなる謎である。

  
ロトフォッラー・モスクの礼拝室内部と ミフラーブ

 礼拝室は正方形プランであるが、8つの同形の尖頭アーチを並べるだけで、いとも簡単に 正方形を八角形にしぼり、その上に 楽々と円形ドーム屋根を載せている。
 ここには、もはやオスマン・トルコのモスクが持っているような 力動的な力の流れや、重力に拮抗する柱のダイナミズム などというものはない。すべてが壁面のみで シンプルに処理され、凹凸の少ない平滑な表面は、青を基調とするタイルのアラベスクで くまなく覆われている。それは 影のない世界と言うべきか、ひたすらに幾何学的構成からなる、薄明の宇宙的空間なのである。

( 2004年 10月 "EURASIA NEWS" より )


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