Kissの温度
 

「A」Edition 8th Other Version
Side-A

Written by map_s


 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ねぇミサト、これなんかどう?」
 

「あ、可愛いじゃない。
これならあの服にもピッタリ合うんじゃないの?」
 
 
 

『秋物の服を見に行かない?』とミサトに誘われ、やってきたショッピング・モール。

ウィンドウに飾られた靴を一目見て気に入ったアタシは、とある靴店へと入った。

早速店員を捕まえると、ショウウィンドウを指差しながら聞く。
 
 
 

「ショウウィンドウに飾られている赤のローファーなんですけど、23.5はありますか?」
 

「申し訳ありません、あいにく23センチのものしかないのですが・・・・」
 

「あ・・・・・そうですか・・・・・・」
 

「ただ、メーカーによっては大き目のものもありますから、5ミリくらいなら・・・・・」
 

「そうね・・・・我慢すれば入らない事もないかな?」
 

「試しに履いてみたら如何ですか?」
 
 
 

店員に言われるがまま椅子に座り、アタシは靴に足を通してみた。

やっぱり、爪先が少し痛い。
 
 
 

「如何でしょうか?」
 

「やっぱり・・・ちょっときついかな」
 

「最初のうちだけきつく感じる事もありますけど、暫くしたら馴染みますよ」
 

「うーん・・・・・それもそうかなぁ・・・・」
 

「ダメよ!」
 
 
 

店員の言葉に押し切られてしまいそうになっていたアタシに、ミサトは声を上げていた。
 
 
 

「ミサト?」
 

「アスカ、靴は妥協しちゃダメ。
キチンと合わない靴じゃ、足を痛めるだけよ?」
 

「でも、きついのはちょっとだけだし・・・・・」
 

「靴とオトコだけは妥協しちゃダメ!」
 

「・・・・・わかった、ミサト。
ごめんなさい、またにするわ」
 
 
 

少しだけ残念そうな店員を後に残し、アタシ達は店を出た。

真っ青だった空も、夕暮れの赤に染まりつつある。

そして昼間のうだるような暑さも消え失せ、心地良い風が通り抜けていった。
 
 

マンションへと向かう坂道を登りながら、隣を歩くミサトが声を掛けてきた。
 
 
 

「ね、アスカ?
さっきの靴・・・・・・やっぱ欲しかった?」
 

「んー・・・・・・ま、サイズが良いのがなかったんだから仕方ないわよ」
 

「そう・・・・・・」
 

「でもさ、ミサトの台詞・・・・・・・なんか実感がこもってなかった?
『靴とオトコだけは妥協しちゃダメ!』なぁんて、普通は言えないよ?」
 

「・・・・・・・なんとなく、ね、思い出しちゃったのよ。
昔付き合ったヒトにね、足に合わない素敵な靴のようなオトコがいたの。
付き合い始めてすぐに、なんだか違和感を感じたのよね。
でも、そのうち馴染んでいくんじゃないかって、ちょっとだけ辛抱して・・・・・・」
 

「で、どうなったの?」
 

「結局、無理だったわ。
でもね、彼と別れた後、落ち込む事もなかった。
合わないヒトに合わせる必要はない、自分に合うヒトはいつか現れる・・・・・そう思ったら、ね」
 

「だから今も独身なんだ?」
 

「そうね・・・・・ってちょっとアスカ!」
 
 
 

アタシ達は笑いながら坂道を駆け登っていった。
 
 

あの戦いから、3年。

アタシ達はようやく、平和な毎日を手に入れていた。
 
 
 
 



 
 
 
 

その晩、アタシはベランダで夜空を見ていた。

あの坂道の会話からずっと、アタシはアイツの事ばかり考えていた。
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 

3年前

病院のベッドで目覚めたアタシの目に映ったのは、アイツの泣き出しそうな笑顔だった
 
 

アタシはアイツを拒絶した

拒絶や罵り、誹りの言葉を、果てには手元にあるモノまでも投げつけて

そして、無視
 
 

それでもアイツは毎日病室へと足を運んだ
 
 
 

『おはよう、アスカ』
 

『何かいるものはない?』
 

『果物、切ろうか?』
 

『洞木さんから手紙を預かってきたんだ』
 

『お弁当持ってきたんだけど・・・・・良かったら、食べない?』
 

『そういえばね、学校でこんな事があったんだよ』
 

『また来るよ・・・・・おやすみ、アスカ』
 
 
 

過ぎ行く日々が身体を癒し、アイツの笑顔が、言葉がアタシの凍った心を熔かしていった

顔も見たくないと思っていたのに、アイツが現れるのを待ち遠しくなっていて

声も聞きたくないと思っていたのに、今日はどんな話をしてくれるんだろう?と期待するようになって
 
 

それでも、素直にはなれなくて
 
 

半年後、アタシは退院と同時に元の『家』へと戻った

先に玄関に入ったアイツが振り返って、『おかえり』って言って

アタシはぶっきらぼうに『ただいま』って返して

ミサトがアタシ達を胸に抱いて

たったそれだけの事なのに

何故か鼻の奥がツン、として
 
 

嬉しかった
 
 

炊事、洗濯、掃除

何でもアイツがやっていた

『手伝おうか?』って言った時の顔は忘れられない

驚きと、不安と、喜びの混じった笑顔

その時から家事を始めたから、今もなんとかやっていけている
 
 

学校には懐かしい顔が揃ってた

ヒカリは泣きながら抱きついてきた

ジャージバカも、カメラヲタクも笑いながらアイツとじゃれ合ってた
 
 

EVAに乗る必要がなくなった事と、蒼髪の無口な少女が居なくなった事

それ以外は以前と変わらない生活

なんとなく、これからずっと続くんだろうと思っていた
 
 

だけど、それから1ヶ月もしないうちにアイツは出て行った
 
 
 

『あの日』
 

『みんなと溶け合った日』
 

『僕は綾波とカヲル君、そして母さんに逢いました』
 

『そして教えてもらったんです』
 

『僕の心が、僕自身の形を造り出すって』
 

『新たなイメージが、ヒトの心も形も変えていくって』
 

『イメージが、想像する力が未来を、時の流れを造り出すって』
 

『でもそれは、自分自身が動かなければ何も変わらない・・・・・・・・見失った自分は、自分の力で取り戻さなければならないって』
 

『ヒトは生きていこうとさえ思えば、どこでも生きていける・・・・・・幸せになるチャンスは何処にでもある、って』
 

『今の暮らしが嫌になったわけじゃないんです』
 

『ミサトさんが居て』
 

『元気になったアスカが居て』
 

『・・・・・・・・僕は幸せなんだと思います』
 

『でも』
 

『今のままじゃ、前と同じ繰り返しのような気がするんです』
 

『だから・・・・・・・・』
 

『僕は家を出ようと思います』
 

『僕自身を探し出す為に』
 

『碇シンジを探し出す為に』
 

『・・・・・・・・必ず帰ってきます』
 

『僕の「家」はここだから』
 

『掛けがえのない家族が、ここに居るから』
 
 
 

駅のホームで見送った時、アイツは笑ってた

その笑顔が眩しくて、アタシは視線を逸らしていた
 
 

アイツを乗せた電車がカーブを曲がり、視界から消えた後もずっとその方向を見ていた

ミサトが差し出してくれたハンカチを手に取った時、自分が涙を流している事に気付いた
 
 

その日以来、アイツとは連絡を取っていない

何処に居るのかすら、知らない

きっとミサトは知っているはずだ

けれど、聞き出すこともしなかった
 
 
 

そして、今

アタシはひとり、夜空を見上げている
 
 
 

『アスカ、靴は妥協しちゃダメ。
キチンと合わない靴じゃ、足を痛めるだけよ?』
 

『靴とオトコだけは妥協しちゃダメ!』
 
 
 

「妥協・・・・かぁ・・・・・・」
 
 
 

ふと、ミサトの言葉を思い出す

確かに、一理あるなぁなんて思ってしまう
 
 

あんな事があったにも関わらず、アタシの下駄箱は郵便ポストと化していた

高校に入ってからも、それは同じ

幾度となく呼び出され、告白もされた
 
 

でも、誰とも付き合うことはなかった
 
 

物足りなさを感じる自分が居た

何時の間にか、目の前のオトコとアイツを比べている自分が居た
 
 

あまりにも足に合いすぎていて、履いているのを忘れてしまうような靴がある
 
 

アイツが          シンジが、アタシにとっての『靴』だったんだ
 
 

あまりにも身近すぎて

快適すぎて

そばに居るのが当たり前だったから

だから、気付かなかった
 
 

             違う

気付いてはいたけど、認めようとしなかっただけ
 
 

アタシはそれを認めてしまうのが怖かった

アタシがアタシじゃなくなるような気がして

EVAを、ママを失ったアタシが、シンジだけに溺れてしまいそうな気がして
 
 

とっくの昔に、溺れていたというのに
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 

胸が苦しい

張り裂けそうなほど
 
 

もう駄目

我慢できない
 
 

逢いたい

あいたい

アイタイ
 
 

アタシは夜空を見上げながら

誰にも気付かれずに

ひとり涙を零す
 
 
 
 
 
 
 

ミサトの携帯が鳴った事など気付かなかった
 
 
 

                その時には
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

next

 

 『KISSの温度』でいつもお世話になっているmap_sさんから、『KISSの温度「A」Edition 8th』のもうひとつのお話を頂いてしまいました。本当はひとつのお話にまとめる予定だったそうですが、いつしか長〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜くなってしまったそうです。(笑) まあ、僕はそれだけmap_sさんのお話を長く読むことができていいのですけどね。(笑)
 
 このお話は、8thを元に書かれています。もしよろしかったら、そちらの方も読んでいただけると、楽しみも倍増します。(笑)
 
 A−Sideはプロローグっていう感じですね。次のお話のS−Sideで物語の核心に触れていきます。果たして、アスカとシンジは……
 
 


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