Kissの温度
 

「A」Edition 8th Other Version
Side-S

Written by map_s


 
 
 
 
 
 
 
 
 

「なぁ碇、正直どうするつもりなんだ?」
 

「・・・・・・・・そんな事言われたって・・・・・・・・」
 
 
 

夕日を浴びて長く伸びる影。

学校からの帰り道、僕はチェロのケースを片手に持ちながら坂道を登っていた。

隣には、自転車を押しながら歩く友人       ムサシ。

この街に来てすぐに知り合った彼は、ケンスケとトウジを足して2で割ったような奴だった。

彼は興味津々、といった表情を隠しもせず、同じ質問を繰り返した。
 
 
 

「でもさぁ、今回の相手はあのユリコなんだぜ?
ウチの学校じゃ1・2を争う美少女に・・・・・・・羨ましいったらないぜ、まったく」
 

「・・・・一番信じられないのは僕のほうだよ。
さっぱりわかんないよ・・・・・・・なんで僕なのさ?」
 

「お前、本気で言ってるのか?」
 

「だって・・・・・・・僕は見た目だってごく普通だし、何の取り柄もないし・・・・・・」
 

「っかぁーーーー!
碇らしいっちゃぁらしいけどさ、鈍感すぎるよお前・・・・・」
 
 
 

手を額に当て、天を仰ぐムサシ。

心底呆れた、っていう感じの口調で。

ムっとした僕を諭すかのように、ムサシは少しだけ声を低くして話し始めた。
 
 
 

「あのさ、お前がこっちに越してきてから3年は経つよな?」
 

「・・・ちょうど3年、かな」
 

「その3年間でさぁ、何人の告白を受けた?」
 

「そんなの、数えた事もないよ」
 

「リナ、モエ、ハルカ・・・・・・・・手紙なんざ数知れず、面と向かって告白してきたのだって20人は下らないはずだぜ?」
 

「いちいち数えてたの?」
 

「バカ、適当だよそんなもん。
それになぁ、お前は知らないだろうけどファンクラブだって存在するって噂だぞ?」
 

「・・・・・はぁ!?」
 
 
 

驚く僕に、ムサシはさらに続けた。
 
 
 

「確かにさ、お前って十人並みの顔だと思うよ。
決して美少年じゃないし、男らしいって顔つきでもないしな。
どっちかってぇと中性的で、女っぽいとも言えなくもない」
 

「仕方ないだろ?
生まれつきこの顔なんだから・・・・・」
 

「でもさ、ソコが良いって言うやつも居るんだよ。
何でも母性本能をくすぐるんだって・・・・・・・・上級生も大勢居るらしいし。
それ以上にお前の場合は性格が良いからなぁ」
 

「性格?」
 

「・・・・・碇ってさ、誰にでも優しいじゃないか。
誰にでも分け隔てなく、って感じかな。」
 

「・・・・・・・・そんな事、ないよ・・・・・・」
 

「他人が嫌がるような事でも断ったりしないし、どんな事でも進んで自分からやろうとするし。
最初はさ、何てカッコ付け野郎なんだろうな・・・・とも思ったよ。
でも、それは間違いだった。
他人に良く見てもらいたい、とか自分の能力をひけらかしたい、っていう事もない。
他人の評価なんて気にしていない、自分は自分・・・・・・・・それがお前のスタンスなんだよな」
 

「・・・・・・・・」
 

「それにさ、お前って・・・・・・・・・・何か違うんだよな」
 

「違うって、何が?」
 

「なんて言えば良いのかな・・・・・・・そう、雰囲気だよ。
他人を避けるような感じは全然しないんだけど、時々ひとりで居るだろ、お前?
それが教室だったり、図書室だったり、屋上だったり・・・・・・場所なんてどうでも良いんだけど」
 

「考え事してるのが多いからね」
 

「俺も何度か見かけた事があるんだけど、そんな時のお前って何か違うんだよ。
風景に溶け込んでるっていうか、空気みたいに静かに佇んでいるっていうか、さ。
ホントに俺達と同じ高校生か?って思えるくらいに落ち着いてて。
どことなく影があったりしてな。
『時折見せるあの表情がタマらないのよね〜〜♪』なぁんて言われてるんだよ、お前。
やっかむ奴も多いだろうけど、お前に惚れるオンナが多いのも頷けるってモンさ」
 

「良くわからないけど・・・・・そんなものなの?」
 

「さぁ・・・・・・・な。
でも、マジな話何考えてこんでるんだ?
悩み事なら相談に乗るぜ?」
 

「・・・・・・・ゴメン、これだけは話せないよ。
自分で答えを見つけない限り、前に進めない・・・・・・そう思うから」
 

「そっかぁ・・・・・・」
 
 
 

それっきり会話は途切れて、僕達は暫く何も言わずに歩いた。

夕暮れの赤が、紫から濃紺へと色を変えつつある。

アパートの前で別れようとした時、ムサシは急にこっちを向いた。
 
 
 

「なぁ、碇?
さっきの話・・・・・・気にしてるのか?」
 

「んー・・・・・・たいして」
 

「なら良いけど、さ」
 

「確かに告白された事は嬉しいし、答えを出さなきゃならないって事もわかってるよ。
・・・・・・・・・答えはひとつだけどね」
 

「・・・・・お前、好きなオンナがいるんだろ?」
 

「な・・・・・・・!?」
 
 
 

突然、核心を突いた一言。

頬が火照ってくるのがわかる。

ムサシはニヤっ、と笑うと、自転車に跨って走り出した。
 
 
 

「そのうち、教えろよなぁっ!」
 
 
 

        と、最後の一言を残して。
 
 
 
 

あの戦いから、3年。

僕はようやく、平和な毎日を手に入れていた。
 
 
 
 



 
 
 
 

その晩、僕はベランダで夜空を見ていた。

あの日からの出来事を思い浮かべながら。
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
 

3年前

彼女はいつ覚めるともわからない眠りから、突然目覚めた
 
 

彼女は僕を拒絶した

当然だと思う

彼女を追い詰めたのは僕なのだから

僕はずっと逃げていただけなのだから
 
 

それでも僕は毎日病室へと足を運んだ

贖罪だったのかもしれない

寂しかったからなのかもしれない
 
 

綾波は戻ってこなかったけれど

他のみんなは戻ってきたけれど
 
 

アスカはここに居るのに

居ないのと同じだったから
 
 
 

『ハンっ、哀れなアタシを慰めにでも来たってワケぇ?』
 

『アンタの顔なんて見たくもないわよっ!』
 

『声も聞きたくない!』
 

『同じ空気を吸ってると思うだけで、寒気がするわよっ!』
 

『出てけ!』
 

『帰れ、帰れ、帰れ!!』
 

『もう2度とアタシの前に現れるなぁっ!!!』
 
 
 

何を言われても、僕は諦めなかった

学校へ行って、その後病室へ

何日も、何週間も、ずっと
 
 

時間が経つにつれ、彼女は僕を拒絶しなくなっていった

少しずつだけど、会話も増えて

ほんの些細な事でも、なんだか嬉しくて
 
 

半年後、彼女は退院と同時に僕達の元へと帰って来てくれた

僕が『おかえり』って言って

彼女はぶっきらぼうに『ただいま』って返して

ミサトさんが僕達を胸に抱いて

彼女の目尻に光るモノを見た時

僕も思わず込み上げそうになった
 
 

何とか我慢したけど
 
 

炊事、洗濯、掃除

相変わらず僕の仕事に変わりはない

突然彼女が『手伝おうか?』って言ってくれた時

『なんでいきなり?』っていう驚きと

『本当に大丈夫なのかなぁ?』っていう不安と

単純な喜び

笑顔で答えたつもりだけど、きっと気付いてたんだと思う

ちょっとだけ膨らんだ頬が、彼女の気持ちを代弁していたから
 
 

学校に行くのも楽しかった

洞木さんは相変わらず仲が良かったし

トウジもケンスケも無事だったし
 
 

EVAに乗る必要がなくなった事と、綾波とは2度と逢えなくなった事

それ以外は以前と変わらない生活

なんとなく、これからずっと続くんだろうと思っていた
 
 

だけど、それから1ヶ月もしないうちに僕は家を出た
 
 

カヲル君は言った

『ヒトは自分自身の意志で動かなければ、何も変わらない』と

綾波は言った

『見失った自分は、自分の力で取り戻すのよ』と
 
 

自分自身を見つけ出したくて

自分を探す旅へ出た

僕の意思で

自分の足で
 
この地へ再び戻ってくる事を、心に誓って
 
 

ホームで見送ってもらう間は何とか我慢できた

いつも通りに笑えたと思う
 
 

だけど

みんなの姿が小さくなっていった途端

両目から涙が溢れてきた
 
 

これが最後なんだ

もう2度と泣いたりはしない

そう、心に誓いながら
 
 

冬月さんが用意してくれたのは、学校に程近いアパート

小さなキッチンと、和室がふたつ

お世辞にも広いとはいえない浴室

荷物の少ない僕にとっては、十分すぎるほどの広さだった
 
 

新鮮な食材は近くのスーパーで売っていたし

チェロを弾いていても何も言われないほど広い公園も近くに見つけた

毎朝のジョギングでも顔見知りができて

学校でも友達が増えて
 
 

最初は寂しかったけど

不安ばかりだったけれど

いつしか僕はこの街に馴染んでいた

ひとり暮らしにもすっかり慣れた
 
 

生活に、心に余裕ができてきて

色々と考え事をするようになった

今までは忙しすぎたから

省みる余裕など、どこにもなかったから
 
 

毎日、考えた

自分の事

他人の事

周りの事
 
 

僕は何を望むのだろう

何をしたいのだろう

何のために、元の世界を望んだのだろう
 
 

回答はまだ見つからない

もしかしたら、ずっと見つからないのかもしれない
 
 

でも、わかった事もある
 
 

どこに居ても

どんな環境に居ても

自分は自分なんだという事

僕は『碇シンジ』なんだという事
 
 

自分を変えられるのは、自分自身だという事
 
 

できるだけ積極的に会話をするようにした

相手の目を見て自分の意思を伝え、話を聞くようにした

そうしたら、相手の事がわかるような気がした

今まで気付かなかった事も、気付くようになった
 
 

少しずつだけど、他人と触れ合うのが怖くなくなっていった
 
 
 
 
 
 
 

『転校生』って目で見られていたのも、既に昔の事
 
 
 
 
 
 
 

そんな目で見られなくなってからだろうか

時折、僕の下駄箱に手紙が入るようになってきたのは
 
 
 

ふと、昼間の出来事を思い出す
 
 
 
 
 



 
 





昼休みの屋上。

弁当を食べ終わった僕達の前に、彼女は現れた。

俯き加減で、頬を微かに上気させて。
 
 
 

「あの・・・・・碇君?」
 

「・・・・・・・・僕?」
 

「実は、その・・・・・・・これっ!」
 
 
 

後ろ手に組まれた腕が、勢い良く差し出された。

その手に持たれていたのは、一通の手紙。

真っ白な封筒に、小さな花のアクセントがひとつ。
 
 

一瞬何が起きているのかわからなかった僕の脇腹を、ニヤニヤと笑うムサシが突っついた。

おずおずと手を伸ばし、封筒を受け取った僕。

微かに指先が触れた瞬間、彼女の肩がピクン!と跳ねた。
 
 
 

「えっと・・・・・・その・・・・・・・」
 

「へ・・・・返事は後でいいからっ!
ちゃんと読んでね・・・・・・・・・・お願いっ!」
 
 
 

そう言うが早いか、踵を返し駆け出していく彼女。

その場に居た友人達に小突かれまくったのは言うまでもない。

そして、教室でも大騒ぎになった事も。












 
 
 
 
 
 
 
 
 

何通もの手紙を受け取った

呼び出されて、告白されたときもあった

あんな風に、みんなの前で手渡されたのは初めてだったけど
 
 
 

「・・・・・アスカもこんな感じだったのかな・・・・・・・・・・・」
 
 
 

夜空に向かって呟きながら、僕は彼女の笑顔を思い浮かべた
 
 
 

あまりにも身近すぎて

そばに居るのが当たり前だったから

だから、気付かなかった
 
 

             この街に来るまで
 
 

僕は自分の事を考えるのと同じぐらい、アスカの事も頭に浮かべていた

ミサトさんに連絡を取るたび、アスカの声を聞きたいと思った
 
 

でも、怖かった

アスカの口から、拒絶の言葉が出てくるような気がして

逢いたいと思う気持ちが、理性をどこかへ押しやってしまうような気がして
 
 

それでも、彼女に逢いたい
 
 

その気持ちが変わる事は、なかった
 
 
 

『・・・・・お前、好きなオンナがいるんだろ?』
 
 
 

ムサシの問いに、僕は答えられなかった

答えはとっくに出ていたのに

だからこそ、今まで告白を断ってきたのだから
 
 
 

まだ、自信はない

アスカを繋ぎ止められるほどの男になっているかなんて、わかるはずもない
 
 

でも

いつまでも避けていては駄目なんだ

逃げちゃ、駄目なんだ
 
 

逢って話をしなければ

アスカの眼を見て、僕の気持ちを伝えなければ

彼女の気持ちを汲み取らなければ

永遠に今のまま

何も、変わらない

何も、変えられない
 
 
 

                帰ろう
 
 
 

自分のために
 
 

曖昧な関係にケリをつけるために
 
 

あの街へ
 
 

僕の『家』へ
 
 

帰ろう
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

僕は受話器を持ち上げると、何度も掛けて覚えている番号を押した。
 

受話器から聞こえるコール音に、少しだけ緊張しながら。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

『・・・・・はい、葛城ですが・・・・・・・・・・・あれ、シンちゃん?』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

next

 

 Side−Aと一緒に頂いたもうひとつのお話。Side−Sです。Side−Aはアスカの立場、Side−Sはシンジの立場で書かれたお話ですね。
 
 見失った自分を取り戻すために第3新東京市を離れたシンジ。そして時は3年の年月を刻んでいた。自信はない。拒否されるのが怖かったのかもしれない。でも、いつまでも逃げていては、永久に何も変わらない。
 そして…… ここから始まる物語。
 
 次のお話は、A+Sです。(^-^)/
 
 


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