雑踏と言うには閑散とした空港。

それでもこの街では有数の、活気づいた場所。

ここに行き交う人波に、どこか違和感を感じつつ。僕は独りたたずんでいた。


紅く染まった海が、本来の色を取り戻してしばらく経つ。

世界もまた、かつての日常に戻ったように見えるけれど。

すべてが終わったあの日以来............
いや、もしかすると、この街に来たあの日からずっと。

僕の目には、うっすらともやがかかっていた。
目の前で起こることすべてを、おとぎ話の観客として見ていたように思う。


このイベントにもまた、今の今まで実感を持つことが出来ずにいた。


《ハンブルグ行き75便にご搭乗のお客様は、発着ロビーにお集まり下さい。繰り返します。ハンブルグ行き......》


今日、彼女はこの街をあとにする。

 

敏芳祥 presents
KISSの温度

 

すべてが終わった、すべてを失ったあの日以来。

彼女は時にわめき散らし、時に生きる意欲を無くしたかのようにうつろな目をしていた。

でも今は。


「少し肌寒いけど、いい天気ね。」

「ウン。」

「アタシの門出を祝ってるみたいじゃない?」

「............ウン。」

今日のことを決めてから、彼女は屈託のない笑顔を見せるようになった。

喜ぶべきことなのだろうけど、僕の心は晴れない。

ひとり過去を吹っ切った彼女に嫉妬しているのか................


...............それとも?


「ねえ、聞いてんの?!」

「あ......もちろん。」

「......どーだか。で、どーすんの?」

「??」

「やっぱり聞いてない!
............ほら、これから冬が来て寒くなるじゃない? 弱っちいアンタは耐えられるのかなって。」

「なんとかなるよ。」

「あっそ。」


断続的に続く弾まない会話が、早く終わって欲しいと望みながら。

一方で、その時が来るのを恐れていた。


アナウンスが鳴る。気持ち悪かった時間の帰結。

彼女は腕時計に視線を落とし、僕は両手を握りしめては放していた。


「............じゃ、ね。」

 

用意してきたはずの言葉も忘れて、ただ手を振る僕。

呆れたような嘆息を一つついたあと、手を振り返してくれた彼女。

やがてその姿は、ガラスの向こう側へ回っていった。


彼女は行く。僕は残る。

このまま行かせてしまって良いのか? 何か言うべきことはないのか?
僕の中で激しくうごめく葛藤は、結局収まることはなかった。

当然だ。これで答えが出るくらいなら、とっくに何か言えてるはずだから。

目の前のもやが、いつもより薄汚れて見えた。

 


コンコン、とガラスをたたく音がする。

顔を上げると、案の定彼女だった。

眉をつり上げて怒った表情、でも口元は不敵に微笑んでいる。

こんなとき、彼女はきまって僕にちょっかいを出してくる。身構えていると......

 


彼女は大仰な手振りで


一度唇に触れた指先を僕に向かって


ぱあっと、投げ出してきた

 


ふふん、と鼻をふくらませて、「ニヤリ」の後「ニコリ」と笑って。

それっきり振り返ることはなく、彼女の後ろ姿は僕の視界から消えた。

 

ガラス越しの、投げキッス。

哀しいほど、今の僕らの距離。

 

彼女は飛び立つ。光目指して飛ぶ鳥のように。

僕は動けない。目指すべき光を見失ったまま。

 

 

飛行機雲を見上げながら、僕は気づいた。

何もできない僕の背中を押してくれたのは、いつも彼女だったんだと。

 

fin.

 

 

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管理人のコメント
 敏さんから初投稿、『KISSの温度』です。
 しかも、同時に二つのお話を頂いてしまいました。
 わい♪
 ありがとうございます。(^-^)
 
 管理人のコメントよりも、早速 次のお話 にGOデス♪
 
 
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