映画館を出ると天窓から見える空が薄紅色に染まっていて時刻がもう夕方になっている事を教えてくれる。 買い物自体は両腕に抱えた荷物からも目的が達成されているのは明白だが、この後オプションが付くか付かないかは蘭次第だった。 新一は蘭の意見を聞こうと視線を巡らせると、蘭はショーウインドウをじっと見ていた。 視線の先には渋い色合いの男物のカラーシャツが展示してある。 「御免!ちょっとここで荷物見ててくれる?」 言うが早いか蘭は足早にその店に入っていった。 おっちゃんに似合いそうな服だな。 新一は自分の推理がほぼ100%正しい事を確信しながら荷物を下に起き、壁に寄りかかって蘭が出てくるのを待った。 ショーウインドウ越しに蘭が店員と楽しげに話している様が見える。 音声が聞こえないのが勿体無いような嬉しそうな笑顔に目線が外せなくなってしまった。 「なぁあの子可愛いよな。」 「うんうん!レベル高ぇ!」 そんな会話が右手から聞こえてきて新一はそちらに注意を向ける。 フリーター風の男が二人壁を背に蘭を見ていた。 「一人かな?連れいないよな。」 「へぇっ!もしかしてチャンス?」 「声掛けてみよっか?」 蘭の周りでは日常茶飯事の会話。 新一は「またか」とうんざりしながらも、その二人をどうやって撃退しようか考えを巡らせる。 「行くか?」 「よし、行こう!」 その二人が店の方に歩き出そうとしたのを見て新一は蘭がくる前に一人でこの不届きな輩を片付ける事に決める。 なんせ新一は二人分の荷物を持っているので身動きが出来ない。 追って行く訳には行かなかったのだ。 「ちょっと待てよ。」 静かだが否と言わせない雰囲気を持つ声。 推定20代後半フリーター二人が振り返る。 腕を組んで壁に寄り掛かったまま目で蘭を示す。 「アレ、俺の連れだからちょっかい掛けないでもらおうか?」 偉そうな態度が癪に障ったのか、フリーターAが棘の有る言葉で切り返してきた。 「お前、何だよ?」 何だよも何も、この状況であの台詞吐くんだから選択肢は一つだと思うぞ? そう思いつつも、まぁ実際は恋人ではなく幼馴染で、しかも今日は弟役ですなんて素直に答えてやる気はない。 ――― やる気はなかったのだが、何の気紛れか気が付いたら新一はこう答えていた。 「弟。」 「『弟』っ?!なんで弟なんかと一緒に出掛けんだよ?」 フリーターBが蘭と新一を見比べて素っ頓狂な声を出す。 どうやら昨今では姉弟で買い物にくるのは天然記念物並に珍しい事となってしまっているらしい。 「別に良いだろ?」 泰然とした態度を崩さずに二人をまるで値踏みする様に見る新一。 それはかなりのプレッシャーであるにも係わらずフリーターAは急に親しげに、裏を返せば馴れ馴れしく新一に声を掛ける。 「へぇー。弟なんだ。お前の姉貴別嬪じゃん。俺らと一緒に飯くおーぜ。」 「断る。」 「なんだよ。奢ってやるぜ。お前だって姉貴と飯食ってもつまんねーだろ。」 「そうそう!なんなら俺の女友達紹介してやるから、俺らが飯食ってる間遊んで来いよ。結構イケてる女だぜ!」 しししっと下品に笑う男に冷たい一瞥を投げ付けて眼鏡をついっと直す。 「姉さんより良い女?」 フリーターBは口を噤み視線を泳がせる。 ま、蘭よりいい女なんて早々転がってねーと思うけど。 予想通りのリアクションにシュミレーション通りの答えを返す。 「お前らに姉さんは勿体無さすぎっから断る。」 新一の人を小馬鹿にした態度にフリーターAは負けじと新一をからかうかのように笑った。 「なんだよ。シスコンかよ!」 思わず組んでいた腕を解く。 『シスコン』が『シスターコンプレックス』を示すのに気付くまでに数秒掛かった新一は、つい真面目に考えてしまった。 そうか、今俺は弟なんだからシスコンで良いのか?この場合・・・ シスコンって確か姉や妹に対する過度な愛着や執着を持つことだよな? と言う事は『弟』ってのはそれを理由にこう言う馬鹿を撃退しても良い訳だな! なんだか天下無敵の宝刀を手に入れたかのような錯覚に陥る新一は知らずに不気味な笑みを浮かべて周囲の人間を恐怖のどん底に突き落とす。 どこか一本大事なネジが吹っ飛んでしまったかのように堂々たる態度で二人の前に立ちはだかる。 「『シスコン』で何が悪いんだよ。」 開き直った人間程扱い難いものはない。 フリーターBはしみじみと思い知った。 懲りないフリーターAは、新一に対抗すべく何時の間にか買い物を終えこちらに近付いて来ていた蘭を巻き込んだ。 「ああ君!こんなシスコンに買い物付き纏われて大変だね!俺らと食事にでも行かない?勿論こいつ抜きで!」 『こいつ』のところで新一に指をつき付け、精一杯格好つけてフリーターAが蘭に話し掛ける。 新一は成り行き上変な方向に話が転がっているのを面白がって蘭の反応を興味深く静観する事にした。 「は?シスコン・・・?」 突然話を振られて蘭は戸惑うばかり。 焦れた様にフリーターAが、説明を加える。 「こいつ、自分がシスコンだって言ってんだぜ。俺らが君に話し掛けるのが気に入らないらしいけど、大きなお世話だよなぁ。でかい図体して子供みたいに我が侭言われたら君だって羽伸ばせないだろう?」 「え?」 シンイチソンナコトイッタノ? 目で尋ねられて、蘭に分かる程度に頷く。 「弟なんかと食事してもつまらんでしょ?俺らがおいしいところ連れてってあげるよ。」 手応えがないことに焦って早口で捲くし立てるフリーターAと、新一をちらちら窺がいつつ撤退したそうなフリーターB。 「蘭ね―ちゃんどうする?」 面白そうに新一が髪を掻き揚げる。 その様はどう見てもシスコンの弟には見えない。 敢えて言うなら余裕をかまして彼女の選択を待つその恋人。 「・・・ごめんなさい。私弟と食事しますから。」 あくまでも姉弟の演技を貫くつもりなのか蘭が困った声でもはっきりと言う。 その瞬間のフリーターAの顔は見物だった。 確かに弟に負けたってのは結構屈辱だよな。 ・・・弟じゃないけど。 「なんでっっ?!」 思わず口から飛び出たんだろう言葉に律儀に蘭が答えた。 「私もブラコンですから。」 「何時まで笑ってんのよっっ?!」 赤い顔で蘭が膨れているがなかなか笑いの虫は収まってくれそうにない。 俺だっていい加減笑い疲れて腹筋が悲鳴を上げてんだけど、どうにも意思の力じゃ止まんねーんだよな。 「ははっ!最高だよっ!蘭のボケ具合ったらっっ・・・」 ひーひー腹抱えて笑い転げる俺につける薬は無いといった様に蘭は怒って先に行ってしまう。 直ぐに追い付くと隣に並んで「ごめんって。」と謝る。 噛み殺せなかった笑いが一緒に口から漏れ出てたけど、蘭は許してくれたようだ。 「もう二度と『弟』なんかにしない!」 もう懲り懲りといった口調で蘭は宣言した。 俺もそれを願うばかり。 心の内でそう呟く。 結局のところ今日の一幕は俺はそれなりに楽しめた訳で、蘭が意図していた俺への『罰』っていう点で蘭が満足しているのかは定かではない。 |