ゆっくりと蘭に歩み寄る。 蘭が驚いた顔をして慌てる。 「新一!濡れちゃうよ!」 有無を言わさず震える体を抱き寄せる。 更に大きな声で蘭が叫ぶ。 「新一!濡れるよ!」 すっぽりと腕の中に抱き締めて確認するように囁いた。 「・・・気は済んだな?」 「・・・うん。」 その言葉に張り詰めていた糸が切れたように蘭は力無く頷いた。 新一は蘭の肩を抱いたまま体育館に戻る。 びしょ濡れの蘭に気が付いて空手部の後輩の一人がタオルを片手に駆け寄ってきた。 新一はそれを受け取ると乱暴に頭に被せて水を拭き取る。 蘭は子供のようにされるがままだった。 呆れた口調に隠し切れない優しさを滲ませて新一が蘭に怒る。 「ったく。本調子じゃないのに試合なんかやって、当然のように負けて、悔しくて雨に打たれるなんてどうかしてるぜ。」 「・・・ゴメンナサイ。」 漸く素直になれた蘭が小さく呟く。 今朝試合に出るのを止めろと言った新一と絶対に出ると言った蘭は、したくも無い言い争いをした。 どちらも意見を曲げなかった。 新一は無理をさせたくなかったし、蘭は部活の面々に迷惑を掛けたくなかった。 「大丈夫。気付かれないよ。」 蘭はそう言ったが、実際は皆気が付いていた。 それでも蘭の意志を尊重して、遠巻きに見守っていたのだ。 惜しくも負けてしまってこれ見よがしに相手に嫌味を言われて、実際悔しい思いをしたのは蘭本人よりも周りの面々だった。 事情を知っているだけにこれが蘭本人の実力ではないと大声で叫び出したいのをぐっと我慢した。 本人を差し置いて周りの人間が言うべき事ではない。 何より、蘭はそのような言い訳染みた事を望まないと皆が理解していたから。 蘭はバスタオルから顔をパフっと出すと、周りに心配して集まってきていた空手部の仲間にも頭を下げた。 「ゴメンナサイ。心配掛けて。」 泣き出しそうな瞳が痛々しくて、でも漸くその表情に浮かんだ小さな笑みにほっとして皆が口々に言葉を掛ける。 「見てる方が辛かったぞ。」 「無茶しないでね。」 「今日は惜しかったです。」 「また頑張ろうぜ!」 「早く風邪治して下さい。」 そして新一にも声を掛ける。 「風邪酷くさせるなよ。」 「無理させないで下さいね。」 「早く連れて帰れよ。」 「お大事に。」 「後は任せたぞ。」 二人で体育館を送り出されて蘭は制服に着替えに更衣室に寄った。 新一は気恥ずかしいのを我慢して女子更衣室の前で蘭を待つ。 また一人になって泣いてないと良いけど・・・ 腕を組んで壁に凭れ掛かりそんな事を考える。 しかし。 案外に更衣室の壁は薄く、ドアのすぐ横に新一が待っている事を知っている蘭はきっと泣くのを我慢するだろう。 幼馴染の勘で新一はそう考えたからこそ、この場所で蘭を待つ事にしたのだ。 泣くなら俺が側に居る時に泣けば良い。 新一は本気でそう思っている。 誰かの側で、じゃなくて、『俺』の側と限定して・・・ 雨が降っている。 誰かの代わりに泣いているように。 悲しい事を洗い流すように。 そして優しく包み込むように。 熱の為かふらつく体を支えながら新一は蘭を連れて校門に向かった。 そこには園子が呼んでおいてくれたタクシーが待機している。 乗り込んで目的地を告げると新一は蘭の方を強引に自分に寄り掛からせた。 「少し寝ろ。」 「・・・うん。」 暖かな肩を枕に蘭はすぐに眠りに就いた。 それは安らかで幸福な眠りで。 蘭の家に着いたと起こすのも躊躇われて、新一は気の良いタクシーの運転手に傘を差し掛けてもらいながら蘭を抱き上げて運び込んだ。 雨は降る。 |