「ねえ、園子。あれ和葉ちゃんだよね?」 「あ、ほんとだ。」 蘭と園子は渋谷の駅前に買い物に来ていた。 雨がしとしとと降っていて道行く人々は色とりどりの傘を差している。 その傘の合間に見覚えの有るポニーテールがゆらゆらと揺れて居るのを発見した二人は、お茶に誘うべく後を追った。 「ほんま偶然やなー。うち今日はおとんの用事で東京来とったんやけど、思ったより用事早う終わってどないしよ思うてたんよ。」 「うん、私もなんで和葉ちゃんが居るんだろう?ってびっくりしちゃった。」 3人は園子お勧めのおいしいシフォンケーキを出してくれる喫茶店に落ち着いていた。 それぞれオーダーを済ませウエイターが立ち去ったのを確認すると、園子が不思議そうに尋ねる。 「服部君は一緒じゃ無いの?」 蘭もその質問にうんうんと頷くと、和葉は照れたような笑いを浮かべた。 「あんなー。うちら別にいつも一緒っていう訳や無いんよ。」 「そうなの?でも羨ましいなー。私や蘭と違ってすぐ近くに居るじゃ無い?」 「まあ、そうやけど。」 その時園子がふっと窓の外を見て声を上げた。 「ねぇ、あの子蘭にちょっと雰囲気似てるね。」 「ほんまや。」 言われて窓の外を見てみると、同じ年頃の女の子が居るのが見えた。 セミロングのふわふわの髪。 隣に居る男性と何か言い争っているらしい。 「あっ!ちょっと!男の方なんだか新一君に似てない?!」 園子の素っ頓狂な声に蘭と和葉がばっとその男を注視する。 あの時のっ・・・! 蘭は以前新一と間違えた事の有る男子学生を見つけて驚愕に目を見開く。 「うわーよう似てるねー。」 「園子!あの人前私と一緒に見掛けた人じゃない?!」 「あ?あーーっっ!そうだそうだあの男だ!」 蘭と園子が二人で顔を見合わせて頷きあってると、和葉が「あっ。」と声を上げた。 3人揃って窓の外を振り返ると(その頃には店内の人間が皆そのカップルを注目していた)、女の子の方が見事な抜き手で男の右頬を平手打ちしていた。 音は店内まで聞こえないのだが、その瞬間景気の良い音が聞こえたような気がして3人は痛そうな顔をした。 そのまま見ていると、女の子がぴりぴりした空気を連れてこの喫茶店の中に入って来た。 蘭とバッチリ目が合う。 お互い似た者同士が凍り付いたように見詰め合う。 園子はそんな二人の様子を見て額をポリポリと掻いた。 「ねえ、貴方。こっちで私達と一緒にお茶しない?」 人懐っこい園子の申し出に、店内で注目を浴びている事に気が付いて困っていたその女性はこくりと頷いた。 「わたし中森青子って言います。」 3人がそれぞれ自己紹介すると最後にその女の子、中森青子が自己紹介をした。 「青子ちゃんって言うのかー。さっきの彼は彼氏?」 園子が軽く水を向けると青子はぶんぶんと勢い良く首を振った。 「違います!あれは只の幼馴染です!」 3人がしばし固まっていると青子は不思議そうに「どうかした?」と尋ねた。 和葉が運ばれてきた紅茶を一口飲むと、皆止まっていた時間が動き出したかのようにお茶を飲む。 「いやぁ、何でこんなに幼馴染がテンコ盛りなんやろ。」 「珍しいんじゃない?今時幼馴染なんて?」 「あの、もしかしてその幼馴染の人って同学年?」 蘭が恐る恐る尋ねると、青子は躊躇いも無く返事をした。 「うん。同じ学校の同じクラスだよ。」 にこにこと微笑む青子を挟んで蘭たちは暫し無言でケーキをつついた。 「こんな偶然あるんやね。」 「偶然って何が?」 一人事情の分からない青子に園子が説明をする。 「何と私を除いた3人全員に同い年の男の幼馴染がいるのよ。こんな偶然ってある?」 「はぁっ?!嘘。」 「これが嘘じゃ無いの。なんか凄いなあ。」 女を三つ並べて姦しいと表す通りに女4人のおしゃべりは止まる所を知らず続いて行く。 小1時間程も話していただろうか、隣の女の子のグループの話題が不意に耳に飛び込んできた。 「ったく本当男なんて女と見ればやる事しか考えてないんだから!」 「きゃははっ!やっぱモテル女は言う事違うねー。」 そのまま席を立って行ってしまった金茶色の髪の女子高生を見送った4人は誰からともなく額を寄せ合った。 「男の人って皆そんな事ばっかり考えてるのかな?」 青子がびっくりしたように囁き声で言う。 園子は人差し指を顎に当て重々しい口調で頷く。 「そうなんじゃないの?うちのクラスにもそんな顔してる奴多いし。」 「でも快斗全然そんな感じしないけど・・・」 「快斗って誰?」 蘭が尋ねると半ば予想した回答が返ってきた。 「幼馴染。さっき私と喧嘩してた人なんだけど、なんか女の子に興味有るって感じはするんだけど、うーん。何て言うか、付き合うとかそういう考えは無いような・・・」 蘭と和葉、それに園子はそれぞれの想い人を浮かべて少々困ってしまった。 蘭が皆を代表して言う。 「新一も服部君も京極さんもなんかそんな感じしないね。むしろ興味無さそう。」 園子が唇を尖らせて呟く。 「獣みたいにやりたがる男子生徒よりは全然マシだけど、そういうのがこれっぽっちも無いって言うのも複雑ー。」 和葉も溜め息。 「なんや悲しゅうなってきたなあ。」 重苦しい雰囲気を背負ってしまった二人を何とか慰めようと蘭が言葉を探す。 「・・・そう見えるだけで実際は、ねぇ?」 「『実際は』何よ?」 「そうや、蘭ちゃんはどう思うん?」 園子と和葉二人に詰め寄られて蘭は誤魔化し笑いを浮かべるが二人は許してくれそうに無い。 蘭は観念して言い難そうにぼそっと言う。 「実際、そういうこと考えたりしてるかもよ?」 そうは言ったものの、蘭自身新一が普通の男子校生の様に女性とうにゃうにゃしたいなんて考えているとは到底思えなかった。 何だかそういう欲望みたいなのは別の所で昇華されちゃってる感じがするなあ。 ふと周りを見ると3人とも何とも言い難い顔で何か考え込んでいる。 青子がその蘭の視線を受け止め羽の様に軽い溜め息を吐いた。 「やっぱり想像付かないよ。快斗ってそこら辺の欲望なんて置き忘れちゃってる感じするし。」 「平次もなんや女よりも事件の方が好きそうやしな。」 「真さんも裸の女と好敵手が目の前に居たら、迷わず好敵手に突っ走りそう・・・」 みんな好き勝手な事を言っているがそれぞれが本当にありえそうなので、誰も反論しない。 最後は何だか消化不良を起こしたような顔で皆残りのケーキを口に運ぶ羽目となった。 「日も暮れてきた事だし、今日はここら辺でお開きにしよう。」 園子がそう言い出すと皆鞄を手に席を立ちあがった。 清算している間皆無言だったが、カフェを出た所で和葉が少しおどけた明るい声で言った。 「ほんま、そういうことは男の方がちょっと位やりたがってる方が女としては付き合い易いんやけどね!」 和葉の発言内容に皆苦笑が漏れたがその実その通りだと思っていたりするから女心は複雑なのだ。 さてこの場合不幸なのは、その気満々なのにちっともそう思われていない男性陣なのか。 彼氏からのシグナルをちっとも感じ取れない鈍感な女性陣なのか。 それは神様のみが知る。 |