続・恋せよ乙女(後編)





「言っておくが、今日の俺は『人寄せパンダ』だからな。東都動物園のパンダを思い出せ。ガラスに区切られ厳重な警備の下、限られた時間に眺める事しか出来ないパンダを。そういう扱いをしろよ。」

「・・・つまり工藤に手を出す女が居ないように、厳重にガードしろと?」

「そういう事だ。時間になったら帰るからな。」

「え?!工藤、2次会は?」

「そんな契約をした覚えは無い。」

「・・・合コンに参加するのを『契約』だなんて言う奴は、お前が初めてだよ。」

大学で知り合った友人は呆れた目で新一を見たが、そういう事に頓着しない新一はその視線を受け流した。

ジーパンにTシャツ、上に羽織った半袖シャツ。

何処からどう見ても普通の大学生の格好だが、中身が工藤新一だというだけで、その輝きは全然違うのか、道行く女性の視線を独り占めしている。

心底羨ましいと思うのは、今日の合コンの主催者の一人、角田だ。

もう一人の主催者の飛田は、女性陣達の纏め役の為、この場に現れてはおらず、それは結局の所、女性陣が待ち合わせ時間に遅れているという事だった。

定番の待ち合わせに遅れて焦らす作戦なのかと、じりじりしながら待つ男性陣の中、退屈そうな顔を隠す事の無い新一。

「工藤は余裕な顔してるけど、彼女居るの?」

本日初対面という他校メンバーの一人が、今更な事を聞いてきたので、本人が口を開く前に角田が大げさに頷いた。

やっぱりな、という顔をする他の他校生達。

「告って来た女を彼女が居るからの一言で片っ端から切って捨ててたからなー。新学期の時。知らない奴は大学ん中じゃ居ないね。」

「ふぅん。どんな娘?」

「面倒だから、黙秘で。」

取り合わない新一に、そんな様子は日常茶飯事的に見てきた角田が苦笑いで「無駄無駄」と言い放った。

「今まで何百回と聞かれてたけど、まともに答えた事ないんだぜ、工藤の奴。噂じゃモデルばりの美人だって言われてるけど、実際見たって奴は、聞いた事ねーよなー。」

「見せるの勿体無いからな。」

しらっと言い切った新一に、一同絶句してしまう。

これは嫌味なのか素なのか。

素人には判断が難しい所だった。







「ごっめーーん!遅れた!」

如何にも派手好きですという雰囲気を纏って、遅れていた飛田が到着した。

ぞろぞろと先生に引率されるが如く、飛田の後ろに付いて来た女性陣は全部で7人。

皆、同じ女子大に通っているらしい。

最初の視線は漏れなく新一に集まり、暫くの間離れる事はなかった。

新一以外の男性陣は、そんな女性陣に熱い視線を送っている。

一人新一だけが蚊帳の外状態で、ポケットに両手を突っ込んだまま壁際に立っていた。

「面子も揃った事だし、店に行こうか。」

「賛成ー!」

幹事コンビが先頭に立って、集団を率いてぞろぞろと店まで移動する。

店は待ち合わせ場所から直ぐの所で、若者が好きそうなテイストを寄せ集めた、悪く言えばありがちで特徴がコレと言って見当たらない居酒屋だった。

店内は既に満席で、そこそこに人気を窺わせるが、予約していた一行は待たされる事なくそのまま用意された席に通された。

長方形のテーブルにずらりと椅子が並び、新一はお膳立てされた席、即ち逃げ難いど真ん中に着席させられた。

両脇正面と、見事に女性に囲まれる。

「宜しくお願いします!工藤君!」

「宜しく。」

「今日は工藤君が来るって聞いて、他の飲み会断っちゃったの。だって滅多に無い機会でしょ?」

「それはどうも。」

「今日は色々なお話聞かせて下さいね。例えば難事件を解決した時の話とか。」

「食事時にふさわしくない話ですから、それはちょっと。」

如際無く会話を裁きながら、新一の視線は店内をゆっくり舐めるように動く。

一人の店員の上で視線が止まり、新一は軽く右手を挙げた。

気付いた飛田が不思議そうに新一の顔を眺めた。

「何?工藤君知り合い?」

「あぁ、ちょっと。悪い、一瞬だけ抜ける。」

ファーストオーダーはビールと言い置いて、新一は止める間もないくらい素早く席を立ったので、誰も引き止める事が出来なかった。











***









「んで?」

開口一番、状況を尋ねる新一に、その店員は「上手く行った」と答えた。

先程青子がイケメンと評した店員は、悪戯を企んでいる笑顔で、新一を手招きして店の一角を指差す。

そこは青い葉が茂った植木に遮られて、向こう側のテーブルが見え難くなっている。

新一は息を短く吐くと、そちら側に回り込んでそのテーブルに座る女性二人を確認した。

「良く、寝てるみてーだな。」

「おぅ。俺が何か仕掛けるまでもなく、二人で楽しそうに酒かぱかぱ空けて、新一が来る前に仲良くおねんねしちまったし。」

「ったく。何しに来てんだか。」

呆れた口調には愛しさが混じっていて、新一の指際が蘭の長い髪の毛をさらりと梳いた。

突っ伏して寝ている蘭は、穏やかに肩を上下させている。

青子も同様で、テーブルの上には水の入ったグラスしか置かれていない。

「ちゃんと依頼通り、周りのテーブルは女性客で固めといたし、変にちょっかい掛けてきそうな男は事前に排除しておいた。」

「悪ぃな。」

「いえいえ。俺の為でもあるし?」

青子のふわふわの猫っ毛を軽く手の平で撫でると、「ん・・・」と漏れると息に混じる声が聞こえて、イケメン店員に変装していた快斗が笑いを零した。







事の真相は簡単で、蘭との会話の後、この感触では絶対合コン会場に突撃してくると予想した新一が、先手を打って居たのだ。

青子と会ったという話から、彼女も巻き込まれたかと踏んで、その幼馴染で新一とは何かとツーカーの仲の快斗にも助力を仰ぐと、後はもうとんとん拍子で話は進んだ。

合コンに来るなと押さえつけると爆発しかねないと、来させるが目的は達成させないという高度な作戦を選んだのだが、こんなに上手く行くとさすがに後が怖くなる。

新一は腕時計を見て時間を確認した。

「1時間。そしたら合コン抜けるから、それまで宜しく。」

「分かった。タクシー呼んどくから。何なら、抜け易いように、警視庁装って電話してやろうか?」

「頼む。」

悪巧みの算段が整って、新一はふと視線を落としてしかめっ面を浮かべた。

「スカート、短いな。」

「今見えてないけど胸もがばーって開いてる。」

「・・・」

不機嫌そうに髪をかき上げる新一を見て、快斗は自分はここまで酷くないと胸を撫で下ろす。

五十歩百歩という言葉を快斗に教える人間は、ここには居なかった。

「まぁ抑えろって。連れ帰ったら堪能すれば?化粧すると妃弁護士に良く似てるなって思うぜ。」

「後1時間、ね。それくらいは我慢すっけど。」

友人には見せないような蕩けそうな微笑を浮かべて、蘭の柔らかな頬を指先で撫でる新一から、快斗はなんとなく目を逸らす。

見てはいけないものを盗み見ているような気分になってしまったからだ。

別に悪い事は何一つしていないというのに。

新一は、友人達が自分の不在にそろそろ騒ぎ出す頃かと、植木を挟んで向こう側にある合コンスペースの方を窺った。

何処と無しに表情は不機嫌になっている。

「そろそろ戻った方が良いんじゃねーの?今夜もおモテになってんだろ?有名人。」

「・・・何ならオメーが代わりに出てくれても良いんだぜ、快斗?」

むしろその手が有ったかと、新一の瞳が剣呑に光ったが、快斗はあっさりとその手に駄目出しをした。

「無理無理。今回変装した相手に無理行ってバイト代わってもらってんだぜ?俺が仕事しなかったら、そいつに迷惑掛かるだろーが。」

「・・・しゃーないな、諦めっか。」

最後にと、新一が屈んで蘭の頬にキスしたのを、快斗は見て見ぬ振りをした。

俺はここまで酷くない!と内心思って居たがやっぱり口には出さない。

ここで無益な諍いをしても、どうしようもないからだった。











***









結局蘭と青子は新一のモテっぷりを確認する事は出来なかった。

お店でうとうとと眠り込んで、目覚めた所はベッドの上で、蘭も青子も大層混乱してしまったが、口の上手い彼氏達に上手い事丸め込まれて真実は有耶無耶なままになってしまう。



でも、新一と快斗の計算外だったのは・・・

二人のお姫様は全然諦めていなかったという事だった。







end


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