切ないぜ、ベイベ(後編)










「ただいま〜!」

「帰ったよー」

「お邪魔するでー」

急に工藤家の玄関が騒がしくなって、連動してリビングの男達の落ち着きがなくなる。そわそわとして、立って出迎えるべきか否か悩んだ二人を置いて、さっさとリビングから出ていったのは服部だ。

いつの間に司馬センセを読み終わったのだ?侮りがたし、西の名探偵。

「あ、平次、イイコにしてたん?」

「アホか、己こそ迷子になってねーちゃんらに迷惑掛けへんかったか?」

「子供ちゃうんやから、そんなヘマせん」

人一倍賑やかに言い争いながら、西の二人が仲良く登場し、その後にニコニコその様子を眺めながら蘭と青子が部屋に入って来た。

「よぅ、どうだった?鈴木財閥女性陣が心血注いで完成させた温泉スパは?」

満足げな笑顔が返事の代わりか、園子に誘われてプレオープンのエステフルコースを体験してきた3人は艶やかに見えた。

言われる前にと、新一がキッチンに立ち、3人分の紅茶を用意すると、蘭がお土産らしきケーキの箱を持ってキッチンに入ってきた。

「ケーキか?」

「うん。スパの一押しのお土産なんだって。家で待ってるお父さんと子供達が喜ぶ味がコンセプトみたい」

箱の中身はホールのタルトだった。黄金色の滑らかな表明。甘酸っぱい匂いに、そのケーキの名前が知れて、新一の顔が綻んだ。

蘭は主婦の超人技を発揮して、定規で計ったように綺麗で正確な6等分に切り分けた。

カップと皿を全て運ぶと、皆でお行儀良く戴きますの合唱。こういう事を恥ずかしがるような愚かさを真っ先に捨てている高校生6人だった。

「美味しいー、このレモンタルト!」

「ミルフィーユと悩んで、此方にして良かったなぁ、蘭ちゃん!」

「本当!」

甘いものが大好きな女の子は勿論、全員がペロリと食べきったのが美味しさの証。

紅茶を一口飲んで、和葉が脇に追いやられていた数学の問題集を指先で捲った。

目に付く所の殆んどが白紙のままだ。

お目付け役を自負している和葉の目が鋭く光る。

「ちょお、平次!夏休みの課題全然進んでないやん」

「あー、それな。楽勝や」

「そういう事は終わらせてから言うもんや」

括れた腰に両手を当てて言い放ち、和葉は問題集を平次に向かって投げ付けた。

運動神経の良さを無駄に発揮して受け止めた西の名探偵は、ソレを足元に置いた。

未だヤル気にはならないようだ。

「あんなぁ、平次。うちらがこっち来た理由忘れてへん?」

「工藤と探偵談義がメインや」

「アホー!ちゃうやん、夏の宿題やる為やん!」

「和葉かてねーちゃんらとエステ行っとるやんけ」

「あたしはええの」

澄まし顔でタルトをぱくり。

滅多に下ろさぬ黒髪は、今日はお団子になって涼しげだ。

未だ何か反論したそうな服部の弁慶の泣き所を両サイドの腹黒コンビが足技で攻撃する。

容赦が無いのは歪んだ友情か?

「なぁ今夜どうする?予定通りバーベキューやるならそろそろ準備すっけど」

「青子やりたい!火を付ける係に立候補します!」

お祭り好きの血が騒ぐのだろうか。真っ直ぐに伸ばされた右腕は、教師だったら無視出来ないヤル気に満ち溢れていた。

「青子ちゃん、得意なの?」

「ううん、初体験。前から面白そうだなぁって思ってたのに、お父さんも快斗もやらせてくれないんだもん」

ご立腹の青子の膨れた頬を見て、頬袋に向日葵の種を詰めたリスを連想する。

新一は真向かいの快斗に「過保護も程々にしとけよ」と小さな声で忠告した。その気持ちは分からないではないが、好奇心が色々な方向に強い青子には窮屈だろう。

自覚のある青子の幼馴染みは舌打ちを一つ溢しただけだった。

「折角やし、チャレンジしたらええやん。ねーちゃんがやって駄目やったら、俺がバーナーで火ぃ付けたるから、安心しぃ」

「豪快過ぎだろ、服部」

本当にやりかねない。

勢い余って家にまで火を付けられそうだと失礼な事を考えていると、こちらをじっと見る服部と目が合った。

ぞくりと背筋が戦く。

嫌な視線だと、新一は軽く威嚇したが、正面から受け止めて服部はニィと笑う。

「そやけど工藤はバーベキューでええんか?」

「何か不都合があるのか?」

「外やし、火ぃ使うから熱いやろ」

話の筋が見えず、不機嫌紙一重の表情で先を促す。

「鉄板はそない大きくないやろ。密着するんやないか?」

意味ありげな視線の先には、此方に注目する蘭の姿。

鈍い訳ではないのに、どうして幼馴染み関係だと勘が怠けるのか。

新一は服部に目配せして、この話題の打ち切りを伝えたが、先程の復讐なのか故意に無視された。

「気になって気になってしゃあなくて、バーベキューどころじゃないやろ、自分」

「新一何か気になる事があるの?」

小首を傾げる仕草は可愛いのに、堪能している場合じゃない。

繰り出した2撃目は、同じ軌跡だったが故に見切っていた服部にかわされた。

「ねーちゃんに汗臭い言われて、工藤の奴ナイーブになっとるんや」

その瞬間、新一は殺意というモノを覚えた。

理性が囁く。

なぁに、頑丈な男だから、死にはしない、ガツンといっておけ。

「んー?」

引きつった笑いで必死に何気なさを取り繕う新一を見もしないで、蘭は覚えがないなぁなんて独り言を溢している。

急に快斗が手を叩いた。古典的表現を使うなら、奔放に跳ねた頭の上には豆電球が光った事だろう。

そこからの快斗の行動は素早かった。

服部の口封じの為にその首根っ子を猫の子のように掴んで真上に持ち上げた。

当然首が締まる。

苦しくて立ち上がった服部を意図を察して協力体制に入った新一と二人掛かりで外に連れ出した。

「善は急げって事で鉄板洗って来るなー」と言い残して。















+++















「俺達、オメーの言葉を鵜呑みにし過ぎたな」

倉庫からバーベキューセットを取り出し、綺麗に洗いながらこっそり内緒話。

服部は墨をチェックしながら会話に参加。

「単純な話やのに、鵜呑みにも鴨葱もあるかい」

「西の名探偵、ちっと推理しようぜ」

得意げな快斗は左の拳をマイクにして新一の口元に突き付けた。

「前後のシチュエーション話せよ」

「知り合いの見舞いに行く為に電車で移動してて、そん時に言われた」

「電車はどんな感じだった?」

「はぁ?丁度平行して走ってる路線が事故ってて、振り替え輸送中で混んでた」

「身動き出来ない程?」

「あぁ」

服部が温い笑顔を浮かべた。

生暖かくて、正直新一と快斗は引いた。

仲良く一歩ずつ後ろに下がった。

「あー、分かったわ。汗臭い言うた後ねーちゃん少し距離取ったやろ」

「……そりゃ汗臭いなんて言う位だからな。俺だって距離を取るさ」

「可愛いなぁ蘭ちゃん」

「ねーちゃんも未だ未だやなぁ」

「二人して気持ちワリィから、早く結論!」

苛立ちを前面に押し出して、新一は束子を振りかぶった。

水滴がわぁっと空中を滑り、服部と快斗にぶつかる。

冷たいのが苦ではない季節だから、二人とも笑ったままだ。

「あれや、臭いから離れたんやなくて」

「離れたいから汗臭いなんて言ったんだよ」

リズム良く二人の会話が新一を左右から挟み撃ちにする。

「工藤も隅に置けんわ、ホンマ」

「無意識に蘭ちゃんに強烈なセックスアピールしたんだぜ、きっと」

「混んで来たから危ない、なぁんて抱き寄せたんちゃうか?」

「服部の新一のモノマネ似てねぇよ。新一最近身長伸びたもんなぁ。近付くと実感しちゃったんだろうなぁ、蘭ちゃん」

「汗の匂いも、ほんのちょっとなら、エラいセクシーだったりするやろ」

「わー、服部のフェチ発言!エロいなぁ名探偵!ま、そんな感じで、蘭ちゃん恥ずかしかっただけだろ」

「そやろな。汗臭い言うたんは、照れ隠しの口実っちゅー所か」

沈黙の新一。

ニヤニヤ笑いの二人を、両手で押し退ける様に左右に突っ撥ねた。

少々顔が赤いのは、未だ青い空の真ん中で頑張っている太陽の所為だけではあるまい。

「……そういう事は早く言えよな。蘭の奴、紛らわしい」

「恋する男の空回りは、一見の価値あるなぁ」

のほほんとした服部の言葉に、新一はキツイ一瞥を与えるのだった。












2008/10/06 UP

End



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