切ないぜ、ベイベ(前編)










黒目はキラキラお星様を浮かべて、2割り増しで魅力的だし、ぱっくりと開いた胸元から覗く柔らかな膨らみはその気のない男までムラムラさせるので、新一はクラクラしていた。

こんなに可愛い女の子が自分の幼馴染みで、しかも多分確認したことはないが、両想いなのだ。

どうだ羨ましかろう、世の中の独身男性諸君!ってな具合に勝ち誇っていたのに、蘭は困ったように言うのだ。

「新一?汗臭いよ」

頬をほんのり染めて言うことがソレかよ!と、新一ががっくりと肩を落とすのも仕方ないと言える。

幸福の絶頂から不幸のドン底へ、急転直下した後の名探偵は覇気を失って風が吹いたら飛んでいってしまいそうに影が薄かった。



+++



「それでやたら体臭気にしてんの?」

ポテトチップスは持参品で、この夏の新商品だ。

案外気に入ってしまったので快斗は馬鹿の一つ覚えのようにコレばかり食べている。

その横では不気味な程静かな真夏の色男、ではなく色黒男の服部。

口から先に産まれたんじゃなかろうかと言われる男が無口なのは、体調不良でもなく二人の会話を固唾を飲んで見守っている訳でもなく、単に司馬大先生の著書に夢中になっているのだ。

だから、この場には服部は居ない事にして何ら問題はない。

「そんなに体臭キツくねーだろ、新一は」

「俺もそう思ってたけど、蘭が嫌がるんだったらアウトだろ」

灰褐色の半袖シャツから伸びる腕の表面を指でなぞって汗のかき具合を確かめる。

傍目から見ても気にし過ぎだ。

「基準が全部蘭ちゃんっておかしいだろ」

からかってやれと快斗が人差し指を突き作ると、怒るどころか憐憫の眼差しが向けられた。

何故にと、快斗が首を傾げる。

「自覚が無いって、オメー、どんだけ可哀想なんだよ」

「はぁ?何言ってんの」

「汗臭いと、然り気無く距離置かれるぜ。青子ちゃん、最近常に風上に立ってたりしないか?」

真顔での問い掛けに、快斗は笑い飛ばそうとして失敗した。

優秀な記憶装置から直近3回分の青子と会っていた時の映像を呼び出す。

風の向きと互いの位置関係をチェック。

……あれ?

「固まるなよ、快斗。燃料切れか?」

「新一。な、なぁ」

「あぁん?」

「どーしよーっっ!!俺汗臭いのか?!」

態度を急変させた元大怪盗に、新一は冷ややかな表情を向けた。

「俺は別にそうは思わないぜ。傍にも寄りたくないってレベルの奴は五万と居るし」

「新一の意見なんてどうでも良いんだよ!問題は青子がどう思ってるかだ!」

これでも自覚しない黒羽快斗は一体どういう頭の構造をしているのかと、新一は頭を抱えた。

会話にデジャブを感じるまでもない。

攻守を替えてリピートしているだけだ。

「体臭って、食ってるモンとか関係すんだろ?蘭と殆んど同じのを食べてるのに、何で俺だけ汗臭いんだ?」

「俺を無視すんな。ついでのようにノロケんな」

「オメーだって青子ちゃんの手料理食べてるだろ?俺の事を羨ましがる必要はねーだろ」

「新一の頻度が異常なんだよ。俺はせいぜい2日に1回だぜ」

「ふぅん。んで、さっきの話、何でだろう?」

「男と女じゃ、汗の出来方が違うんじゃねーの?あんま女の子の体臭が気になった事はねーなぁ」

「確かにな。香水の匂いが気になった事はあるけど」

「あー、あるある。香水ってそもそも体臭を誤魔化す為に使われてたのに、それ自体が酷い匂いって本末転倒だよな」

うんうんと新一が頷いている。

似すぎている二人は、案外嗜好も似ているのだ。

飲み干してしまっていたグラスの中で、氷がゆるりと溶けていく。

家主が立ち上がり、冷蔵庫からコーラのペットボトルを取り出して来た。

二つのグラスに黒に近い褐色の液体をなみなみと注げば、にゅっと3つ目のグラスが突き出される。

無言のまま新一は服部のグラスにもコーラを注いでやった。

順調に本を読み進めて、後半分の半分といった所か。

「女の子って、良い匂いするよな」

席に戻った新一を待って、快斗が口を開いた。

一気に半分空けたグラスをテーブルに置き、ずいっと身を乗り出す。

新一はちらりと視線を一瞬向けただけで、話には乗ってこなかった。

「温めたミルクみてーな、甘い匂いするじゃん?」

「……俺は、どっちかってーと、咲いたばっかの花の匂いだと思うけど」

「うわっ、新一ってばロマンチスト過ぎ!」

「オメーに言われたくねーよ」

五十歩百歩とはこういう事かと、互いが自覚して黙り込む。

誰を脳裏に描いてあんな事を言ったのかも、確かめるまでもない。

視線を互い違いに逸らせて、咳払いを一つ。

「……あっちは今頃何してんのかねぇ」

「時間からすると、岩盤浴辺りか」

「俺達も連れてけってんだよなぁ」

「快斗。オメーはエステに付いてって、何するつもりだよ」

唇を尖らせて不満を表明する快斗の後ろ頭を、新一は一つ叩いた。

優秀な筈なのだが、頭に何も詰まってないような軽い音が響いた。

「バァカ、今や男もエステの時代だぜ?

ムサイ男よりも小綺麗な男が喜ばれるんだ」

「分からなくもないがなぁ」

「さっきの話だが、岩盤浴とかで身体に溜まった老廃物を出しきっちまえば、汗臭いのもマシになるだろ?」

「行くか、快斗」

「決断早っ!」












2008/09/25 UP

End



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