Hide and Seek --side R--










「ど〜して新一は一緒に隠れんぼしてくれないの!」

本当は泣きたかったのに、こんな事くらいで泣くだなんて弱虫だなとお兄さんぶって言われでもしたら悔しくてしょうがないから、必死に怒鳴り声で誤魔化した。

目の前の幼馴染は、私の事なんかどうでも良いと思っているのか、「やりたくねーし」と突き放す。

足元のサッカーボールを器用に蹴り上げて、おでこで一回バウンドさせて頭の上にバランスよく乗せると、上を向いた視線のまま私に手を伸ばしてきた。

「なぁ。隠れんぼよりサッカーやろうぜ」

普段は絶対誘ってくれないサッカーに私を誘うなんて。

そんなに隠れんぼやりたくないんだ。

「……サッカーなんてやりたくない」

声が湿っていて、気を抜くと何かが瞳の中から零れ落ちてしまいそうで、拳を握り締めた。

新一が嫌そうな顔をする。

サッカーボールは頭の丸みを転がり落ちて、新一の胸で上で2回バウンドした後、まるで定位置みたいに右膝に着地した。

「二人で隠れんぼより、皆でサッカーした方が楽しいぜ」

「ヤダ。ちゃんと皆も誘うもん」

「でもよ〜。隠れんぼなんて単純だからつまんねーだろ?オメーやりたがってたじゃん、サッカー」

「今日は隠れんぼが良いの!」

「蘭。オメー、何意地張ってんの?」

その苛立たしげな声がハサミになって、私の心の中で一本細く張っていた気持ちを断ち切った。

気が付いたら、走り出していた。



「蘭っ!!」



新一の声を背中で必死に跳ね返しながら……























お父さんとお母さんが喧嘩して、お母さんがおうちを出て行って2日目。

食事を作りに帰ってくるお母さんは私の引き止める手を、迷いながらもやんわりと外して玄関を潜り抜けて何処かに消える。

お父さんとは口をきかない。

灰皿の中のタバコの吸殻は長く燃え残ったまま、こんもりと山を作っていく。

息苦しくて、どうしようもなくて。

お母さんも、お父さんも、蘭の事、要らないのかな?

考えちゃいけない事が頭を過ぎっては消えていく。

前にこの考えを新一に堪え切れなくて話したら、真剣な顔で怒られた。

そんな事有る訳ねーじゃん!

両手をぎゅっと握って私の顔を真っ直ぐに見て、何度も何度も泣きじゃくる私に面倒臭がらずに繰り返してくれた。



だから。

今はそんな事を考えちゃ駄目だって知ってる。

お母さんとお父さんの事、ちゃんと好きだから。

お母さんとお父さんだって、私の事要らない子だなんて思ってないって信じてるから。

なるべく考えないようにしてる。



でも……

なんだか壊れてしまいそうだから。

信じてる気持ちがひび割れて欠片がぽろぽろと零れ落ちてしまいそうだから。

要らない子じゃないってちゃんと信じられるように、何かで確認したかった。

だから、『隠れんぼ』。

ちゃんと見つけてくれたら、きっと安心出来るから。

私が何処に隠れても、皆ちゃんと探してくれる。

最初は鬼の人が。

次に鬼に見付かった人が。

最後まで私が見付からずに残ったら、私以外の全員が、きっと一生懸命探してくれるから。

隠れんぼが終わってしまっても見付からないって事だってあるかもしれないけど。

それだって、新一が居れば絶対大丈夫。

どんな魔法を使ってるのか、新一には私の隠れる場所が手に取るように分かるみたい。

だから、大丈夫なの。

『隠れんぼ』は特別な遊び。

自分が要らない子じゃないって確かめる、大切な遊び。



それなのに。

新一は隠れんぼなんてしたくないって言った。

嫌そうな顔をした。

面倒臭そうな顔をした。

それが泣きたい程悲しかった。

隠れんぼしたくないって言われたら、お前なんか探す価値も無い要らない子じゃないかって言われたような気がして。

心の何処かでソレは間違った考えだって誰かが言ってるけど。

刺々した気持ちの方が大きくて。

駄目だって分かってるのに落ち込んで、悲観的になって、なんだか全部が嫌になって、誰も信じられなくて。

……一人になりたくて。

家にも帰らず、ビルとビルの隙間の忘れ去られたような狭い路地の一番奥に打ち捨てられたダンボールの中に身を潜めた。



その隠れ場所は、まったくの無音ではなくて、薄暗くても怖がりの私は怖くなかった。

表通りを歩く人々の賑やかな声も小さく聞こえてきたし、電線に止まって囀る小鳥の鳴き声も聞こえてきた。

ビルの後ろには忘れ去られたような川が流れていて、小川のせせらぎが穏やかな気持ちを運んできてくれた。

外はぽかぽか陽気で上着なんて着ていられないくらいあったかくて、優しい風がそよそよ吹いてた。

一人で身を潜めていると、考える時間はたくさんあった。

隠れんぼをしたがる自分を客観的に考える。

そんな風に自分の存在を確かめたがるだなんて、私って変なのかなぁ。

もっと違うやり方があるのに、幼くて物知らずな私には思い付かなくて。

馬鹿な事をしているのかなって、胸が痛んだ。



新一、怒ってるかな。

あんな風に無視しちゃって、隠れんぼどころかもう一緒に遊ぶのもゴメンだって、感じちゃったかな?

じわり、と熱い水が瞳の縁に湧き出た。

私みたいに面倒な子、要らなくなっちゃったかな。

涙はあっという間に頬を濡らした。

声を堪えると喉の奥がひくひくと痙攣し、熱い鉄の杭が穿つような痛みが襲った。

謝りに行こうか?

間に合わないのかな。

でも新一は、ぶっきらぼうだけど凄く優しいし。

そうやって何時までも甘えさせてもらえると思う?



大丈夫だよ。

駄目に決まってる。



交互に正反対の考えが頭の中で反響して、一向に考えがまとまらなかった。

頭、割れちゃいそう。

両手で頭をぎゅっと挟んでみたけど、別の種類の痛みが加わっただけで、ちっとも良くならなくて、次第に怖くなってくる。

要らない子だから、痛みが寄って来るの?

このまま、頭が割れちゃって死んじゃうのかな……?

怖い……!



「……新一!」











2008/02/23 UP



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