分かってくれない -3-










リピートしたシーンが、生々しい感触を伴っていて新一は動揺して全ての動きを止める。

冷静に受け止められう無い自分の若さを呪うべきなのだろうかと苦悩していると、蘭が意を決した様に問い掛けた。

「何時まで反省したら許してくれるの?」

請うような声音で、蘭は新一を一途に見詰める。

「いつまで、とかじゃなくてだな。ちゃんと意味が分かって反省するまでは、許すつもりはねーよ。」

さすがに表情の暗い蘭を見るのが心苦しくなってきた新一は、言葉程冷たい印象を与えないように声のトーンを調整する。

それでも甘い答えを返す事をしなかったのは、それが後々自分の首を絞める事を正確に予想しているからだ。

「意味・・・分かってるつもりだけど。」

「分かってたら、今日みたいにまた夜中に男が一人で暮らしている家の前で一人で待つ事しねーだろ。」

出来の悪い弟子に何度でも言い聞かせる師匠にでもなった気分で、新一は同じ事を繰り返した。

額にやった指先が程好い影を作り出して、新一の渋い表情を翳らせた。

蘭は新一の言葉を頭の中でゆっくりと租借しているのか、長い睫を微かに揺らしながら新一から視線を逸らさずじっとしていた。

新一が不安になる頃にやっと瞬きをして肩から前方に流れていた髪の毛を指先で肩の後ろに払い、蘭は不器用に笑った。

「・・・分かってても自分がどうしたら良いのか分からない時ってない?」

「・・・なるほど。」

新一は納得せざるを得なかった。

頭では分かってる。

でも自分がやろうとしている行動がその理解に沿っているのか咄嗟には判断が出来ない。

つまりそういう事が言いたいんだろうと、新一は溜息を吐いた。

元々蘭は勘が良いし運も強い。

だからそれと引き換えに、頭でじっくり考えてから行動に移すというような事が苦手だと、長い付き合いの新一も知っていた。

「・・・ね、新一。」

「あ?」

「今思い付いた事があるんだけど、聞いてくれる?」

小首を傾げた蘭はちょっと困ったような恥ずかしいような、そんな表情をしていて、新一は何故か良からぬ予感を抱いた。

聞いてはいけない、と本能が警告する。

わざとらしく時計を確認して、新一は立ち上がった。

「もう体も温まっただろ?送っていくから家に帰れよ、蘭。」

「話、聞いて?」

「・・・断る。聞いたら、マズい気がする。」

「そんな事ないわよ、きっと。」

言葉より行動と、さっさと玄関に向かう新一を蘭は慌てて引き止めに掛かった。

全身でタックルするように新一の右腕にしがみ付いくと、おいそれと剥がされない様にぎゅっとその腕を抱き込んでしまう。

「おい、蘭!」

「あのね、新一。私、別に新一に怒られたくてこういう行動を取ってる訳じゃないの。頭が禿げるんじゃないかってくらい悩んだんだよ?どうしてこうなっちゃったのか。」

「・・・禿げたら困るぞ。蘭も、俺も。」

「うん。困っちゃうね。私も、新一も。」

何が嬉しいのか、蘭は新一の言葉を繰り返すとくすくすと笑いを零した。

そして何かに勇気を貰ったのか、しっかりと新一の視線を捕らえて、確たる決意を瞳に宿した。

空気が変わった事を察知した新一の背中がぴんと伸びた。

「新一が男の人だって認識した上で・・・こういう行動して、それが引き出す結果も納得してたら、新一怒らない、よね?」

自分で言っておいて今更照れくさいのか、瞬く間に全身を真っ赤に染めた蘭を、呆然と新一は眺めた。

眩暈を起こして倒れても良いなら、今すぐにでも倒れてしまいたいと、新一は思う。

「俺が、怒る、怒らないの問題じゃなくて。」

「新一の問題だよ、多分。私は、納得したもん。」

喘ぐ様な反論も、明快な蘭の返事に一蹴されてしまう。

腕に抱きついたまま、蘭がきゅっと手に力を込めた。

「新一以外には、ちゃんと正常に判断して、こんなことしようとも思わないもん。今までちゃんと出来てるから問題無いし。」

「いや・・・ちょっと、待てって。」

「えっと・・・手、出しても良いよ?」

「良くねーよ!」

間髪入れず叫んでも、肝心の『良くない理由』が出てこない。

ぐるぐる回転し出した思考には理性も本能もぶち込まれて、原型を留めない程に粉砕されて跡形も無い。

立場は完全に逆転した。



「それは火中の栗を拾う行為だぞ!」

「・・・新一、その引用おかしいよ。混乱してるでしょ?」

「お前、自分から痛い目に遭って懲りて直そうとか思ってんのか?」

「直そうとは思ってないよ。」

「駄目じゃねーか。」

「駄目じゃないと思うけど。・・・それより、痛いの?」

「ばっ、あ、ぅ・・・痛くねーと思・・・じゃなくて、痛くしねーけど。」

「それじゃやっぱり新一の言ってる事、矛盾してるよ。」

余裕を取り戻した蘭と、ますます混乱具合に拍車が掛かる新一では、まともな会話が出来なくなってしまっている。

「くっ・・・じゃぁ、火事に飛び込むようなもんだ!」

「それって自殺行為じゃない。そんな事しないわよ。・・・それとも新一に私殺されちゃうの?」

「そんな事言ってねーよ!」

「ほら、振り出し。」

「・・・」

新一はその場に座り込んでしまった。

もう、白旗を揚げるしか方法が無いように思えて、苦笑するしかない。

天下の名探偵が、だ!



「オメー、手を出される意味、分かってる?」

「それは嫌と言う程お母さんと園子と和葉ちゃんと青子ちゃんと哀ちゃんと佐藤刑事に聞いたよ。」

「・・・オメー、そんだけの人数に相談したのかよ。」

「うん。」

後が怖いと、頭を抱えた新一に、蘭が暢気に口止めしたから平気だよと慰めの言葉を掛ける。

蘭は新一を引っ張ってソファーに戻ると、二人で一緒に腰を下ろした。

新一の腿の上に手の平を置いてバランスを取ると、蘭は体を捻って新一を斜め前から見上げた。

「男と女が一つ屋根の下二人っきり、だよ?何もしないの?」

「オメーが、ソレを、言うか・・・」

「なんか覚悟決めたら度胸が付いちゃった。」

「・・・俺の今までの苦悩の数々を無駄にするのかよ、オメーは。」

「大事に取っておくと良い事あるの?」

「・・・俺が一体今までどのくらい忍耐を重ねてきたのか、教えてやろうか?」

「ううん。面倒だから要らない。」

「・・・」

「・・・もう、怒ってない?」

「怒ってない。」

今は困ってる、とは声に出さずにいたが、蘭は新一の言いたい事が分かったようだった。

「他の人にはやらないからね。」

「当然だろ。」

「もう怒られたくないから、受け入れてね?」

「・・・もうどうなっても知らねーぞ。」

「平気。責任取ってくれるでしょ?」

「そりゃ取るけど・・・ん?責任?何の?」

気になって聞き返すと、蘭も改めて考えると具体的に何の責任なのか分からないのか、曖昧に「何だろうね?」と疑問で返してきた。

「分かってねーで、『責任』なんて言ってんのかよ。」

「えへへ。」

「笑って誤魔化すな。」

でこピンすると、痛いと恨みがましい表情で蘭が新一を睨み、仕返しに耳朶を指先で引っ張られた。

済し崩しに二人笑い合って、それも落ち着くと互いに目線を合わせたまま無音で小さく息を吐いた。

「・・・今度こそ送る。ぐずぐずしてると日を跨いじまう。行こうぜ。」

「待って!その前に、責任取って欲しい事が出来たの。」

「・・・今出来たのかよ?」

「うん。だから責任取って下さい。」

「言ってみろよ。」

「・・・恥ずかしい。」

急に頬を染めて下を向かれて新一はぽかんと口を開けた。

暫くもじもじとしていた蘭が、やっと顔を上げると、人差指で自分の唇をとんとんと2回ノックした。

彼女なりの合図に、新一は合点がいって破顔した。

「その気にさせた『責任』って事か。」

「・・・はい。」

「ではしっかり男らしく責任取らせてもらいますか。」

新一は嬉しそうに囁くと、細い顎を取って、ゆっくりと唇に唇で挨拶を交わした。




end

2007/06/03 UP

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