無駄をダストシュートへ!前編









まるで目の前に本物が居るみたいに想像出来る。

嫌そうな顔も。

ダークトーンの声も。

だから、私は最初からそんな事を考えなかった。

だって、無駄じゃない?











「まもり姉ちゃん。」

セナのクラスメートは、私の伝言を本人にきちんと伝えてくれたようだ。

私の姿を校庭の隅の桜の木の下に見付けた幼馴染は、その俊足を生かして一瞬で私の目の前に駆けて来た。

知らない人が見たらきっとまるで映像フィルムのコマを途中だけ抜いたように、A地点からB地点まで瞬間移動したように見えた事だろう。

爆発的なそのダッシュは、アメフトを離れた所でもしっかりと活用されているみたい。

「ごめん、待たせたかな?」

「ううん。そんな事ない。・・・ねぇ、鈴音ちゃんは?」

「え?鈴音?え、まもり姉ちゃん何か用なの?」

必要以上に上擦った声と、急にきょろきょろと視線をさ迷わせる不審さっぷりに、思わず我慢出来なくて声を上げて笑ってしまった。

セナが鈴音ちゃんを妙に意識している事はバレバレね。

「用事はないわよ。ただ、今日来てないのかなって思っただけ。」

多少からかうような意地悪な顔になってしまったかもしれない。

私を見て頬を紅く染めたセナは、照れ隠しに硬くて自己主張するようにてんでばらばらに跳ねる髪の毛を右手でばりばりと掻き上げた。

「多分、練習に顔を出すんじゃないかな。メール来てたし。」

「ふふ。楽しみね、セナ。」

「・・・まもり姉ちゃん、勘弁してくれないかな。」

すっかり男の人になった幼馴染は苦笑を薄く唇に刷いて降参の白旗を振る。

私はそんなセナを見ても、まったく動揺しなくなった自分を感じて、私もまた成長したんだと知った。

弟にべったりだった日々はもう遠い。

そう。

泥門デビルバッツのマネージャーだった日々も。

すっかり過去の事になってしまった。

寂しい事だけれども。

私は鞄からスティールブルーの包装紙に包まれた四角い箱を取り出した。

セナが居心地悪そうにもぞりと身動ぎをする。

今日だけは、男の人は皆エスパーのように開けずとも差し出されるプレゼントの中身を100%当てるだろう。

「はい。チョコレート。受け取ってくれる?」

差し出した感謝の気持ちが詰まった手作りのチョコレートを、セナは当たり前のように笑顔で受け取ってくれた。

私の不安に、まったく気付かないまま。

「毎年ありがとう、まもり姉ちゃん。今年も手作り?」

「今年はスタンダードにトリュフにしたわ。甘さは大分押さえたつもりだけど。あっ、香り付けにブランデーをちょっと入れてるから、鈴音ちゃんに気を付けるように言って!」

「へ?鈴音に?」

「そうよ。はい、これ、鈴音ちゃんの分。セナから渡しておいてくれる?」

鞄から取り出したセナに渡したのとまったく同じ大きさの箱に、セナが目を見開き瞬きを繰り返した。

色違いのそれの中身は、手作りのトリュフで、数も大きさも、まったくセナに渡したものと一緒だった。

「バレンタインデーは何も『アイノコクハク』だけじゃないでしょ。鈴音ちゃんとセナに親愛の情と感謝の気持ちをプレゼントしたいの。」

「まもり姉ちゃんが直接渡せば良いのに。」

「ごめんね。ちょっとこれから行く所があるから。」

スポーツバッグに二つのチョコレートの包みを仕舞うセナの手がピタリと止まり、何か言いたげな視線が私に向いた。

その視線の意味に気付かぬ程愚鈍ではないけれど、敢えて答えたいとは思わなかった。

溜息のような笑みは、幾分か諦めのようなものを含んでいたように思う。

セナが言葉に詰まるのが分かった。

「じゃあね、セナ。皆に宜しく。」

ひらりと手を振って、引き止められないようにと小走りでその場を去った。



私の次の目的地は、悪魔のお城。





















悪魔の移住は人間界にある高層マンションの最上階。

セキュリティー万全のデザイナーズマンションは、何処か無機質で冷たい雰囲気がある。

ヒル魔君にぴったりと最初に思った事を、再び思い出した。

両手で持った学校指定の鞄とヒル魔君に渡すモノが入った紙袋が、歩く度に私の膝に当たってかさかさと音を立てる。

インターフォンの前で、ヒル魔君の部屋番をキーに打ち込むと、心臓がばくばくと音を立て始めた。

呼び出し音が遠くで長く鳴り響く。

ヒル魔君が出ない確率は結構高くて、私はその場合はどうしようかと考えを巡らせた。

絶対部屋に居ると思うのに。

私の勘はそう告げているのに。

呼び出し音の悠長な音は、なかなか悪魔を引き摺り出してくれない。

心臓のばくばくは次第にズキズキに変わり、私は途方に暮れる寸前までだった。



『糞マネ。テメー、今日来るたぁ良い度胸じゃねーか。』

電子っぽい響きだけど、間違い無くヒル魔君の声が、私の耳朶を打つ。

何時の間にか俯いてしまっていた顔を慌てて正面に戻す。

モニターにはヒル魔君の姿は映っておらず真っ暗なままだったので、何となくほっとして私はこっそり息を吐いた。

不機嫌絶好調の、低い低い声だったけど、ヒル魔君は私の呼び出しにようやく答えてくれる気になったようだ。

長い沈黙の裏にどんな葛藤があったのか、(あるいはそんなものは無かったのかもしれないけど)、多分一生知る事は無いだろう。

実際の時間としては多分数分だけど、近年稀に見る緊張を強いられた長い長い時間だった。

「ヒル魔君、部屋に上げてくれなくて良いけど、会って頂戴。」

『断る、と言ったら?』

「ここに居座るわよ。」

脅すように早口で告げると、向こう側でヒル魔君が悪魔的な響きの笑い声を立てた。

『糞風紀委員が不審者に早変わりかよ。管理人に警官呼ばれるぞ。品行方正な糞風紀委員も落ちたモンだなぁ。』

「そんな事ある訳ないでしょ。管理人さんにはちゃんと説明するわよ。こちらにお住まいの蛭魔妖一さんに会いに来たんですけど、ここで待たされているんですって。そっちこそ管理人さんに、女の子をこんな寒いエントランスホールで待たせたまま放置するなんてどういう人間だって疑われるわよ。」

『脅迫かよ?この俺を。』

皮肉げな口調だったけど、私には分かった。

蛭魔君の機嫌が若干上方修正された事が。

それはすぐに証明された。

『良いだろう。上がって来い。』

目の前の扉は音も無く開き、私を悪魔のお城へと導き入れた。











2006/03/01 UP

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