無駄をダストシュートへ!後編









蛭魔君はやっぱり蛭魔君で、意地悪だった。

「・・・確かに部屋に入れてくれなくても良いって言ったのは私だけどね。」

きっと暖かで居心地の良い温度を保っているだろう部屋の中は蛭魔君の体の向こうにちらりと見える程度。

入り口には長身の蛭魔君が番人の如く立ちはだかり、私を入れてくれる気配はまったくなかった。

「用件をさっさと言え。俺は寒いんだよ。」

「私も寒いです。」

「だったら早く用件言って帰れ。そんな簡単な方程式も分からないのか、糞風紀委員。周りで言われている程には頭良くねーな。」

頭の回転が光速なんじゃないかと感心するくらい早くても、こんな言い合いで活かされるくらいだったら、少しくらい鈍い方が地球にもきっと優しいし、私は嬉しい。

冬の空気は容赦無く私の体温を奪い、指先が悴んで痛みに似たじんじんとした痺れを伝えて来た。

コレはやがて手の平全体に広がり、腕・胸・腹と侵略範囲を広げて最終的にはこの身を滅ぼすんじゃないかと思えた。

「頭の良い蛭魔君は今日がどんな日が当然知ってるよね?」

「2月14日。悪魔が大挙して押し寄せるおぞましい日だ。」

きっぱりと言い切る蛭魔君の顔の方がよっぽど悪魔的だと言おうとして、話が抉れるからやっぱり止めようと判断を下すまで一秒。

私も随分順応したものだ。

でも蛭魔君の台詞に引っ掛かるものを感じて、私は唇を軽く噛む。

「・・・ねぇ。『悪魔が大挙して押し寄せる』だなんて言い方をするって事は、蛭魔君そんなにチョコレート貰う当てがあるって事?」

答えない蛭魔君。

それは『はい』とも『いいえ』とも取れるような態度で、私は折角ここまで来たのにこのまま回れ右をして帰りたくなった。

根拠も無く、蛭魔君は女の子に怖れられているからあんまりチョコレートとは縁がないんだと思い込んでいたけど。

私が気付かないだけで、結構女の子に想いを寄せられるタイプだったのかもしれない。

アメフトやってる蛭魔君は、圧倒的な存在感を伴って、切れ味の鋭いプレーを見せてくれるから。

格好良い、と思うから。

私がそう感じるんだから、他の女の子だってそう感じるかもしれない、と今間抜けにも気付いてしまった。

そっか・・・

貰う人、一杯居るんだ。

ああ・・・なんか、駄目かも。

急に心が折れそうになって、慌てて背筋を伸ばした。

必死にポーカーフェイスを務めるけど、上手く言ってる自信は皆無で、こういう時の自分が弱い事が悔しかった。



「糞マネ。」

「今はマネージャーを引退してます。」

「糞元マネ。」

「・・・変よ。ソレ。」

律儀に言い直した蛭魔君が何だかおかしくて、私は自然に笑顔を浮かべた。

そして不意に気付いた。

今更じゃない?

蛭魔君が格好良いのも実は陰では随分とモテて居るという事も、私が知らなかっただけで、前からそうだったに違いないんだから。

だから、ちゃんと、ココに来た目的を果たして、普通の顔をして帰ろう。

覚悟を決めたら胸がすぅっと軽くなった。

「蛭魔君。何も言わずに受け取って。」

下げていた紙袋を胸の高さまで持ち上げて、それを前方に突き出した。

蛭魔君の両眼が釣り上がる。

目力で殺されてしまいそうな、鋭い視線は、射るように私をまっすぐに睨み付けていた。

「断る。」

「変なものじゃないから大丈夫。」

「・・・姉崎まもり。テメーは少しは俺の事を理解していると思ったがな。」

落胆した、と吐き捨てた蛭魔君に私は負けずに言ってやった。

「蛭魔妖一君?私こそがっかりだわ。少しは私の事を理解してくれてると思ったのに。」

「あぁ?」

「当然中身はチョコレートじゃないわよ。」

受け取るなんて言語道断。

匂いだけでマシンガンを乱射して、目に見える所に置いただけでも手榴弾投げるような人に、バレンタインのチョコレートなんて持ってくる筈がないわよ。

蛭魔君はすぅっと表情を無くし、動きを止めた。

まるで無人のデパートのマネキンみたいに無機質な雰囲気だったけど、私は蛭魔君が考え込んでいる事に気付いていたから平気だった。

見慣れて無い人だったら、普段とのギャップに卒倒してたかもしれないのにね。

「・・・罠か?」

にやり、と蛭魔君は笑った。

企み顔だったので、ああ、なんかその表情好きだなと、こちらの緊張も解けてしまった。

私は黙って首を左右に振る。

「世間の馬鹿な風習に乗っかる所が浅はかで救いようも無いが、辛うじて崖ッぷちで踏み止まったな、糞マネ。」

「だから元マネージャーです。あ、分かってると思うけどチョコレートじゃないからってマシュマロとかクッキーでもないから。」

「匂いで分かる。」

目だけじゃなく鼻も良いのか、と驚いている間に私の手から蛭魔君の手にそのチャコールグレイの紙袋は映った。

「重いな。」

「そう?」

「使えるモンだろうな。」

「ちゃんと実用的なものです。」

「糞風紀委員の判断の物差しが世間一般と掛け離れて無い事を誰が証明してるんだ。・・・中身は何だ?」

「開けてからのお楽しみ。」

「ガキか、テメーは。その発想は幼稚園児並だぞ。」

「ケチばかり付けないで下さい!」

「3月に何かを期待するような阿呆じゃない事を祈るばかりだな。」

早々にお返しはしないと切り返されても、私は笑っていられる。

蛭魔君がホワイトデーなんてイベントに乗っかるなんて事があったら、間違い無く世界の終りが来てしまうだろうから、世界平和の為にも蛭魔君は貰う一方で良い。

「私、行くね。」

踵を返すと、蛭魔君は私を黙って見送るつもりなのか、一言も声が掛けられる事は無かった。











寒い寒いと思っていたら、なんと小雪が舞い散っていた。

今日はマフラーを忘れてしまったので首元がとても寒くて、風邪を引かない内に家まで帰るのが私の最重要課題だ。

走るとアスファルトに薄っすらと積る雪で転んでしまいそうだったから、慎重に、でも急ぎ足で駅に向かう。

「あ・・・!」

そうだ!

嫌だ私ったら。

ある事に気が付いて、私は一人で苦笑を零した。

ローファーの硬い靴底がさくさくと雪を踏みしめる音に被さる、音符が飛び散っている音楽のような私の笑い声。

「肝心な事を言い忘れちゃった。」

バレンタインに贈るのは甘い甘いチョコレートだけど。

本当に女の子が男の子に渡したいのは、自分の想いとそれを伝える言葉なのに。

あの蛭魔君にバレンタインデーというイベント性の高いプレゼントを渡せた事に満足してしまって、前から用意していた言葉を伝え損ねてしまった。

抜けている、とセナに呆れられそうだ。

鈴音ちゃん辺りだったら、今からでも遅くないと悪魔のお城に逆戻りさせられそうだけど。

寒いし恥ずかしいし、メールにしようかな。

携帯をぱかりと開くと、メールが一通届いていた。





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Sub:単純

From:蛭魔妖一

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泥色の忌々しい物体から離れら

れない所が未練がましいな。

今日持ち返ったモノを明日持っ

て来い。

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たったこれだけ。

それでも涙が出る程嬉しかったと伝えたら、鼻で笑われるかもしれない。

チョコレート色のシンプルなマグカップを、蛭魔君は気に入ってくれたかしら。

実は同じものを私も購入した事は内緒にしておこう。

頭が良過ぎる蛭魔君は、私が大事な言葉を添える事を失念していた事もお見通しだったみたい。

分かり難い優しさだけど、それに縋ろうと思ってる現金な自分は嫌いじゃない。

「明日、か。」

何時の間にか自分が小走りではなくスキップをしそうになっている事に気付いて、ゆっくりとした歩調に意識的に切り替える。

深呼吸は二回。

明日、何から言おうかな。

・・・今夜は眠れなかもしれないと、まるで他人事みたいに考えて、私は微笑んだ。











2006/04/18 UP


end

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