絶対そうに決まってる! -【10】-
がたりと快斗は席を立った。
「その手、退けなさい。」
声を荒げた訳ではない。
それでも男がびくりと体を揺らして、瞬時に手を離すくらいには、迫力に満ちた声だった。
青子も快斗の青白いオーラに吃驚して、ただでさえ大きな瞳を更に見開いて快斗を見上げている。
「見れば分かるでしょ?女同士で気楽にショッピングしてるの。男なんて願い下げだわ。」
自分が男である、というのはこの際横に置いておいて。
快斗は女王様然と言い放った。
言われた二人はただただ平伏するしかなかった。
意味も無くぺこぺこと頭を下げながら遠ざかって行く二人組に、青子は憐憫の眼差しを向けた後、厳しい表情で快斗を振り返った。
「快斗、今の言い方感じ悪いよ。」
ナンパを撃退した快斗にこの言いよう。
まったくもって青子は分かっていないと、快斗はじわりと黒い感情が渦を巻き掛ける。
一度痛い目に遭えば良いと思う気持ちが無いでもないが、その一回で消せない傷が青子の心に付くのは絶対に許せなかった。
ジレンマを抱えて、快斗は青子を静かに見返す。
「・・・快斗、どしたの?」
「・・・名前。」
指摘されて、青子はあっと口を手で押さえて周りをきょろきょろと見回した。
幸い誰にも聞き咎められなかったようだ。
「まったく、少しは気を付けようって思わないの?青子ちゃん?」
「き、気を付けてるもん!・・・でも、その、長年染み付いちゃってるから、なかなか上手く呼べないよ。」
「ふぅん。ま、そういう事にしておきましょう?」
「・・・今馬鹿にしたでしょ?」
「してないわよ。僻みっぽいと女の子に嫌われちゃうわよ?」
「意地悪っ!」
そのまま下らない口喧嘩じみた言い争いをした後、何時の間にか2人でお腹を抱えて笑い合うような話題に移り、時間が短針90度分程あっと言う間に過ぎていた。
青子が何気なく腕時計に目をやり、出し掛けた言葉を思わず引っ込めてしまうほど驚く。
「どうしたの?青子。」
「もうこんな時間だよ〜。」
そのまま快斗にも見えるように腕を伸ばし傾ける。
銀色のブレスレットタイプのソレは日に焼けていない腕の内側の眩しいまでの白さと絶妙なコントラストを描いていた。
そして時間は既に夕刻である事を確認する快斗。
「帰らないと。」
美味しい夕食にありつけなくなってしまう。
荷物を持って立ち上がった快斗に倣って、青子も席を立ちながら、伝票を手に取る。
「あ〜。青子達このお店に4時間近くも居た事になるよぉ。どうしよ。お店の人に悪い事しちゃった。」
入店時間を見て眉を顰める青子に、快斗はぐるりと回りを見回した後、「そんなこと無いわよ。」と言い切った。
ずっとこの店に居た二人が、見事なまでに客寄せパンダになっていた事を示す、満員御礼の席。
普段あまり縁の無さそうな男連ればかりがテーブルに座っている。
オープンテラスだから、外からも二人を眺める男の群れが出来てしまい、それを見て通りを行く女性達がお店の存在を気にしだす。
十分に長居しただけの働きはしていると、快斗は自分達の効果を見積もった。
それぞれ支払いを済ませ、家へと向かう二人に未だ付きまとう好奇と羨望と恋慕の視線。
快斗はそれらを観察しながら、今日一日を振り返り、複雑な気分だった。
今日は折角二人っきりでデート(と快斗は思ってる)なのに、自分は何の因果か女装しなければならなかった。
どうせ化けるなら飛び切りの美少女に化けてやれ、と意欲を燃やしたのは、青子の隣に並んでも見劣りしたくなかったのと、あともう一つ目的があったからだ。
青子はモテる。
なんだか知らないけどやたらモテる。
快斗が隣に並んでいようと無かろうと、何故か身の程を弁えぬ輩から、勘違いした自信を持っている男まで寄って来る。
そんなのを今日見せられたら、さすがにムカっと来る。
だから、自分が美少女に化けたのだ。
青子よりももっと色気があって、派手で分かり易い魅力を持ってる美少女に。
本来青子に群がる虫達を、今日ばかりは自分に集めておいて、心の平穏を買おうと、快斗は思っていたのだ。
しかし。
世の中上手く行かない。
快斗は青子の魅力を甘く見ていたと、反省するしかない。
確かに半分くらいの愚かな男は快斗の見かけに騙されていたようだった。
しかし、勘の鋭い、もしくは本能に忠実な男達は、何故か見抜いてしまうようだった。
洋子、ではなく、ちゃんと青子に目を奪われ、その輝きに惹かれている。
面白くなかった。
全然心の平穏を買えてない。
それどころかライバルは多いと、邪魔な虫は手強いと、認識してしまったのだ。
「快、じゃなくて、洋子ぉ?変な顔してるけど?」
無邪気な声に、快斗はポーカーフェイスを纏う。
青子は知らないままで良い。
自分が如何に魅力的だなんて事は。
「何でもないわよ。」
快斗の歩く速度が上がる。
青子は小走りに付いて行きながら、不思議そうな顔をする。
早く家に帰ってしまおう。
快斗は強くそう思う。
邪魔な虫などいない。
本来の自分の姿で、青子を独占しつつ食卓を囲む。
今の所、未だ幼馴染の関係のままの快斗にとってこれ以上の至福はそうそう無い。
「ちょっと?!早いよっ!」
「オメーがとろいんだよっ!」
小声で言い返して、快斗は後ろを付いてくる青子の腕を引っ張ったのだった。
† END †
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