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「それにするんか?」
一人コートの掛かった棚の前で思案していた和葉に低い声が掛けられる。
振り向かなくても分かる。
服部平次だ。
「ん〜。どないしよ。」
「・・・和葉。」
「何?」
洋服に気を取られて振り返る事もしない和葉に少しだけ今は感謝して、平次がその言葉を口にした。
「すまんかった。」
数秒の沈黙の後、和葉が柔らかく笑った。
「改めて言わんでもええよ。そんかわり、一緒にコート選んでや?」
「・・・俺のセンスに妙な期待しとんのか?」
「してへんわ。」
「・・・じゃ、なんでや。」
下手に出て小声の平次に和葉がおかしそうに笑う。
「平次の好みのコートが欲しいんよ。あたし。」
振り向いてにっこりと笑うと、平次がぽかぁんと間抜け面を晒して和葉をまじまじと見た。
「口開いてんで。」
人差し指でかっくんと顎を持ち上げ平次の口を閉じさせると、和葉は再びコートに向き直り悩み始める。
平次は大きな指を髪の毛に挿し入れてかき乱すと、締りのない幸せそうな顔のまま和葉と共にコートを選び出した。
鏡でスカートを身に合わせ、全体的な雰囲気を見ていた蘭が、自分の背後に映り込んだ影に、複雑な表情を見せた。
心無しか弱弱しい瞳で新一が蘭を見詰めている。
溜息一つで蘭は新一に正面から向き合った。
「新一。あのね。」
「悪かった。あれはやり過ぎだってあいつらにも言われたよ。」
「・・・本当。新一って見境無い時あるよね。」
「返す言葉もございません。」
「子供相手に。」
「でも・・・蘭の体に俺の断り無く触ったのは、小さいも大きいもないだろ?」
「・・・」
本気で言っているのかと蘭はまじまじと新一の顔を眺めた。
それこそ穴が空くんじゃないかというくらいだ。
新一は気恥ずかしそうに瞳を半分伏せ、早口で捲し立てる。
「俺は嫌なんだよ。蘭がそういう標的になんのも、子供に甘い顔すんのも、ついでに言えばああいう格好を俺の居ない所で他の野郎に見せんのも!!」
「・・・」
独占欲が強いとかヤキモチ焼きとか、子供っぽいとか。
言葉こそ多種多様に飾り立てても、これこそが工藤新一の真髄だというモノを見せられた気分になってしまって、蘭は黙り込んでしまう。
分かっていたつもりだったが、まだまだ甘かったんだと、蘭はなんとも言えない気分になった。
「・・・呆れたか?」
蘭が弱い角度で、新一が不安に揺れる瞳で蘭を見上げてくる。
分かってやっているなら相当の悪だよね、と心の片隅で呟く自分が居る。
「呆れもするわよ。・・・バカ。」
言葉に許しが滲んでしまっている。
そういう事には敏感な新一がほっとした様に表情を緩め、蘭に半歩近付いた。
手に持っていたミニのスカートを奪って棚に戻すと、別の一枚をそのまま抜き取って蘭に持たせる。
「これが良いんじゃねー?」
「・・・相当短いわよ。」
「そ。だから部屋着。」
「ロングブーツと合わせるからミニスカートが欲しいの。それじゃ意味ないじゃない。」
「外で着るのかよ。・・・じゃ俺が隣に居る時だけ着ても良いぜ。」
「・・・我侭。」
頬を赤く染めて蘭が呟くと、新一は目に付いた体にフィットしそうな細身のセーターを手に取って、背後から蘭にぴたりと寄り添い体に当ててやる。
スカートと合わせると、意外にベストコーディネートになっていて、蘭はちょっと新一を見直した。
「これならこの上。どうだ?」
「良いね。でももうちょっと見る。」
洋服越しの体温が心地良くて、蘭は結局薄情な幼馴染を許してしまっている自分に気が付いたが、もうどうでも良くなってしまった。
こうして自分の洋服を一緒に選んでくれている今が、とても嬉しかったから。
蘭は擽ったそうに笑って、新一を別の陳列棚に誘った。
快斗は時々凄く分かり易いと青子は思う。
今も、快斗は青子との距離を測りながら、どうやって許してもらおうかと一生懸命考えていた。
そしてそれが当の青子にモロバレなのである。
「快斗・・・もう怒ってないから普通に来なさいよ。」
「・・・本当か?」
「疑われるなら、快斗の事許すの止めようかな?」
緩くそっぽを向いて、青子が棚のカットソーに手を伸ばすと、快斗が素早く傍にやって来て、両手をぱんっと合わせた。
「悪いっ!青子が俺の事許してくれたの疑ってませんっ!」
「よろしい。」
甘い顔をすると付け上がるとばかりに、青子は渋い顔をしてみせたが、快斗はふにゃっと安堵の表情を見せると、持ち前の人懐っこさで青子に懐きだした。
「なぁ。これにすんのか?」
両手に広げて持ったのは淡いピンクの起毛素材のセーター。
青子は暫し考えてふるふると頭を振った。
「去年似たようなの買ったと思うから、それは止める。」
「こっちのはどうだ。結構オメー好みの柄じゃん。」
次に手に取ったは小さな花が蔦に絡まりダイヤ型の模様を象っているカットソー。
後側に白いリボンが付いていてそれで襟首を絞るようになっている。
またしても青子がん〜とそれを目の前にして悩んでいると、快斗の手が伸びて来て勝手に青子の半身にソレを当てて見る。
「きゃ?!ちょっ!快斗っっ!!!」
無防備な脇腹をさらりと撫でられて、青子が悲鳴のような声を上げるのに、快斗は知らん振りでじぃっと青子を見詰める。
「これ似合うんじゃねーの。オメーの鎖骨綺麗に見えるし。」
「快斗っ!どさくさに紛れて変な所触ったでしょ?!」
「・・・減らねーし、良いじゃん。ケチ臭い事言うなよ。」
にかっと笑って快斗が怒る青子を窘める。
瞳には確信犯の輝き。
青子はかぁっと頬を紅く染めて、快斗の靴を思いっきり踏み付けた。
「いってぇっ!青子っ!てめっ!」
「快斗の見立てなんか当てになんないもん。青子自分で選ぶ。」
快斗の手からカットソーを奪い取ると、棚に戻し、青子は別の洋服へと手を伸ばした。
面白くない快斗は青子が手に取ったカットソーを同じように奪い取ると、先ほどのカットソーを青子の手の中に押し込んだ。
「俺がこれが良いって言ってんだから、素直にコレにしとけよな〜。」
「嫌ですよ〜っだっ!だって快斗裏がありそうなんだもん。」
「別にねーよっ!このカットソーにならオメーのおきに入りのブルーグレイの細身のジーンズにも、一昨年に警部に買ってもらってたタイトミニにも合うじゃん。」
快斗の言葉に、青子はびっくりして思わず棚に洋服を戻し掛けた手を止めてしまった。
思った事がそのまま口から出ていく。
「・・・よく覚えてるね・・・青子のワードローブの中。」
「オメーな。俺をなんだと思ってんだよ。天才快斗様がソレくらいの事覚えてねー訳ねーじゃん。」
口では生意気な事を言っていても、仄かに染まってしまった頬と照れ臭さに泳いだ視線は誤魔化しきれなかった。
青子の事だから、覚えているのだ。
改めて問われるまでも無い。
それが知られるのは恥かしいから、ついいつもの調子であやふやにしてしまおうとしたのに、こんな時には気が付いてしまうのが、中森青子という人物だったのだ。
じぃっと青子が快斗の顔を見詰めて、やがてくすくすと笑いを零し出した。
「素直じゃないんだから♪」
リズムに乗って楽しげに快斗の頬をつっつくと、青子は可愛らしい仕草でそのカットソーを再び半身に当てて、快斗に微笑みかけた。
「快斗の為に、コレ、買おうっと♪」
上弦の月がぽっかりと夜空に浮かぶ。
上機嫌の彼女と、でれでれに笑み崩れた彼氏。
許してもらった格別の夜は、くすぐったいような心地良さが漂っていて、なんだかふわふわの綿の上を歩いている様に足元が覚束ない。
言葉が無くても、寄りそう体温は本当に気持ち良くて、3組のカップルは今宵の宿である工藤邸を目指していた。
長い一日が終わって。
今夜は良い夢が見れそうだと偶然にも6人がその時思っていたのは、ここだけの話。
++ END ++
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