Dancin on the moon 【1】





その話は突然帝丹高校執行部に持ち込まれた。

使者は陽気で人懐こい笑顔を浮かべて巧みな話術であれよあれよという間に話を纏め上げた。

その手腕は底知れぬ実力を窺わせていたのだが、その深さを推し量れる人物が帝丹高校執行部には存在しなかったので、その使者の本当の凄さが知れることはなかった。

しかし、目の前に決定事項として横たわる物が執行部の面々をこれから忙殺の日々へと突き落とすことは確実で、でもそれを楽しもうとする雰囲気がそこには存在していた。





――― こうして、帝丹高校と江古田高校の合同ダンスパーティーが開催されることとなった。











「は?ダンスパーティ?」

珍しく呼び出されることも無く教室で退屈な英語の授業を受けていた新一は、隣のクラスメートに耳打ちされてその聞き慣れない単語をオウム返しにしてしまった。

壇上の英語教師がじろりと睨むのに、軽く謝罪の笑みを返す。

ここで教師があてつけに新一を当てるようなことはしない。

何故なら、嫌味なほどすらすらと難題を答える優等生には大して罰の意味など持たないからだ。





何事も無かったかのように再開される授業を尻目に新一はノートに『ダンパってどういう事だ?』と書き込む。

静かすぎる教室で内緒話など筒抜けに違いなくて、筆談に切り替えたという訳だ。

クラスメートの手によって書き込まれる答え。

『江古田高校が話持ってきたらしい。』

『何で』

『表向きは両校の交友関係を深める為』

『裏は?』

『恋人の為の美味しいイベント』

『いつ?』

『今月末』

『何処で?』

『江古田の体育館』

『何すんの?』

『ダンス』

答えを書き込んでから呆れたようにクラスメートが溢す。

「ダンパって言ってんじゃん。」

そこで授業の終わりを告げるのどかなチャイムが響き渡りクラス全体がざわっと蠢いた。

英語教師は端的に終了を告げると最後に新一を一睨みして教室を出ていった。

どうやら新一が授業そっちのけで、筆談をしていたのはバレバレだったらしい。

「コリャ後で呼出かもな。」

自分でも授業態度が悪いことを自覚しているのであっさりとそんな感想を漏らすと改めて筆談相手に向き直った。

「今更ダンパなんて何考えてんだろうな?江古田も。」

「さあなぁ?でも面白そうじゃん?俺らも高校生活最後の年だし!」

「準備とか誰がやるんだよ?結局俺らなんだぜ?面倒じゃん。」

新一がかったるそうに英語の教科書を鞄に放り入れながら溢すと後頭部をぱしんっと叩かれた。

見ると不満気なクラスメートの顔。

「ダンパって言ったら女と踊れるんだぜ?なんでそんなに醒めてんのかね。この男は!」

「・・・フォークダンスだったらどうすんだよ?マイムマイムとか・・・」

「夢も希望も打ち砕くようなこと言うな!馬鹿!」

「悪ぃ悪ぃ。冗談だよ。」

「ちっとも笑えねー。」

憮然とした表情を崩さず腕を組むクラスメートに苦笑いを返し、新一はそう言えばなどと視線を蘭の席に向ける。

女ってこういう行事好きだよな?

新一の視線の行き先に気付きクラスメートが羨ましそうに新一の脇腹を小突いた。

「良いよな。パートナーがもう決まってる男は。」

離席している名探偵の幼馴染を思い浮かべながらクラスメートがふと思い付いたように嘯く。

「別に決まったパートナーとしか踊れないなんて規則はないよな?俺も毛利さんにダンス申し込もうかなぁ。『Shall We Dance?』とか言って!」

おどけた仕種で手を差し伸べるクラスメートの不埒な妄想を掻き消すように容赦無くその手を叩き落とす新一。

「悪いが蘭は俺専用。」

当たり前だろ?と目が脅しを掛けていて、クラスメートはホールドアップの体勢を取った。

冗談も通じないらしい。

余程惚れ込んでんだなぁと普段は冷静沈着な名探偵の変貌振りに半ば感心しながらクラスメートは苦笑いを浮かべた。





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