3月に観た映画
2001/3


見い出された時
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3/9 見い出された時

1998年フランス映画 3/9シャンテ・シネ
監督/脚本:ラウル・ルイス
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ/エマニュエル・ベアール/キアラ・マストロヤンニ

 マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』は、老年に入ろうとしている「僕」がもはや自分に書く時間は残されていないのではないかと深い不安に襲われながらも、書く決心をするところで終わる。「僕」が自分の老いを意識するのはパーティで一同に会した「僕」の人生の登場人物たちがみんな老いているからだ。かつて生き生きと人生という舞台に登場し、「僕」を感動させてくれた人物たちの老いは時間の流れを強く意識させる。プルーストはそこまではっきりとは書いていないが、時は流れ去って行くだけ。登場人物たちがかつて作り出した輝く時間も消えて行く。そこに書く(表現する)ことの意味がある。流れ去った時を呼び戻し、その時が放っていた輝きを再生させること。それが書くことの意味なのだ。書くとはまさに「失われた時を求めて」なのだ。
 だから映画もまた時間を彷徨う。彷徨いながらかつての輝きを追い求める。いや時間の輝きはその流れの中にいる時には見えない。再びその時間を呼び戻した時に初めて光を放つのだ。現在の「僕」が過去の様々な地点に帰って行くとき、それぞれの登場人物たちが持っていた意味が明らかになる。僕たちはその意味が明らかになるときに放たれる光を見つめればいい。そしてその光を見るのは心地よい。なぜ心地よいのだろう?それは時間がいま流れている時間ではなく、記憶の中で喚起された時間だからだ。記憶は時間をやわらかくやさしくする。記憶の層に埋まっている時間はどれもやさしい。そして記憶の層に埋まっている時間こそがこの映画の核心なのだ。喚起された時間のやさしさに僕たちは包み込まれる。

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