5月に観た映画


ちょっと出ました三角野郎 上海ルージュ アンディ・ラウの逃避行 ハード・ボイルド 三十九夜 愛(ラムール)撫 ケス イル・ポスティーノ アンカーウーマン 
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直接その感想に飛びます。


5/1 ちょっと出ました三角野郎

1930年制作
監督:佐々木恒次郎
主演:坂本武/大国一郎/酒井啓之輔

 東京国立フィルムセンター。日本映画史ー無声映画時代ーです。
 きょう観てきたのは「ちょっと出ました三角野郎」と「貝殻一平 第一編」です。

 「ちょっと出ました三角野郎」(1930 松竹キネマ)は「フーテンの寅さん」シリーズの原型のような映画でした。
 玄界灘の荒々しくも清がしい自然を背景にした流れ者の純な恋を中心に据えた喜劇です。腹を空かせた流れ者が子守の背に負われた子供が手に持っている饅頭にかぶりつくところなんて本当に面白かったです。
 作り笑いをする流れ者。子供も負けずに作り笑いをする。それから子供は真剣な顔になる。そこのところの間がなんとも愉快でした。
 流れ者が村中の人間に追われる追っかけシーンもダイナミックでなかなか楽しめました。みんな走る走る。本当にただ走るだけなのですがそれがとても愉快でした。流れ者はけっきょく橋から川に通りかかった舟に落ちるのですが、その舟は村人の鉄砲で穴を開けられてしまいます。舟に水が浸入してきます。相棒から柄杓を渡された流れ者は川から水を掬い船の中に入れます。なんだかのんびりしたおおらかさがあって好きです。
 なんだかんだで流れ者は海辺村に落ち着きます。流れ者は優しい村娘に一目惚れします。流れ者は唄の才能を生かして海辺村のためにひと働きし認められますが、流れ者は娘に心から愛する人がいることを知ります。本気で娘に恋している流れ者は娘の幸せのために安定した生活を捨て、飢えのつきまとう放浪の旅に戻るのでした。
 流れ者の背中がやけにカッコ良く見えました。

 「貝殻一平 第一編」(1930 日活)は、影の使い方が印象的でした。道路に映る武士の影。障子に移る女の影。それらが効果的に使われていました。
 俳優では断然酒井米子が光っていました。一人二役で、自分の敵も助ける清純な女性と相手の恋心を利用して短剣を突き立てる妖女とを見事に演じ分けていました。血だらけの敵を見下ろしながら悠然と煙管を吸う悪女の演技のほうが魅力的だったかな。
 この映画のクライマックスは芝居小屋の炎上シーンでしょう。燃え盛る炎。逃げ惑う観客。殺到する役人たち。ダイナミックで感心しました。

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5/5 上海ルージュ

1995年中国映画
監督:チャン・イーモウ
主演:コン・リー/リー・パオティエン/リー・シュエチェン

 黒一色の画面。人々の騒めき。港の音。画面が輝くと少年の印象的な目が現われる。期待と不安が混ざった眼差し。この目は5日間の間に全てを見る。

 赤を基調にした画面と青を基調にした画面が交互に現われる。青の画面で印象的なのは月光の青白い光に照らされた揚子江の川面。揚子江は冷たく幻想的な表情を見せる。赤の画面で印象的なのは女と少年と少女が桟橋で童謡を歌うシーン。揚子江の川面に反射する太陽が3人を優しく包む。至福の時。しかし川には男の死体が浮かんでいる。

 女が殺される!小屋に飛び込む少年。そこで少年が見るのは策略と裏切りだ。本気で愛していた男が自分を殺そうとしていたことを知る女。女はあくまで気丈に振る舞うが、最後に涙が二筋流れる。

 女は殺され、少女は女の運命を繰り返そうとしている。少年はどうすることもできずに、逆さまの揚子江の揺れる和やかな景色を見ている。

 そして逆さまの揚子江の揺れる和やかな景色のまま映画は終わる。

 まるでコン・リーのために作られたような映画でした。「覇王別姫」のときもそうでしたがコン・リーはスケールの大きな演技を見せてくれます。コン・リーは世界でもトップクラスの女優だなあと改めて思いました。指で揉み潰される赤いバラの花。それはそのままコン・リーが演じた女の運命でした。そしてコン・リーは見事に演じ、深い印象を与えてくれたのでした。

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5/6 アンディ・ラウの逃避行

香港映画
監督:ベニー・チェン
主演:アンディ・ラウ/ン・シンリン/ン・マンタ

 シネマ有楽町は一度閉館して寂しく思っていました。以前のシネマ有楽町(有楽シネマ)で観た映画では、ヨゼフ・フィルスマイアー監督の「カティの愛した人」が心に残っています。
 再開後は成人映画上映館になって複雑な思いでいたのですが、合間に映画ファンが狂喜するような特集をやってくれて嬉しく思っていました。
 さていまは「香港有型的明星特輯(香港いい男スター特集)」をやっています。きょう観てきたのは「アンディ・ラウの逃避行」とアーロン・クォック主演「風よさらば」です。

 アンディ・ラウは僕にとっては香港映画の中で一番いい男です。本当にいい男だなあと見惚れていました。ジージャン+ジーパンというスタイルがとても良く似合います。横顔はナイーブでどこか寂しげです。

 冒頭のバイクのシーンから飛ばします。ストップ・モーション、コマ落としというクサイ編集もなぜかカッコ良く見えます。ほんの1秒のバイクがトラックとトラックの狭い隙間を通り抜けるカットが印象的でした。
 銀行襲撃シーンも素敵でした。本当に勢いが命の襲撃です。突っ込む、発砲する、殴る、それらを息を継ぐ暇もなくやってのけます。突風が吹いたといった感じです。バックの急発進から始まるアンディ・ラウのカー・チェイスも迫力満点でした。

 夕日の丘。燃え盛り爆発する車。それを背景に後ろに女を乗せてアンディ・ラウはバイクで去ります。紋切り型だけれど、やっぱりカッコ良かったです。その女を燃えて爆発するトラックを背景にアンディ・ラウは抱きしめるのでした。アンディ・ラウには炎が似合う。

 満身創痍のアンディ・ラウ。ご飯を食べている。手が不自由なので思うように食べられない。女が戸口に立つ。なにも言わずアンディ・ラウに近づき箸を取ってアンディ・ラウの口にご飯を運ぶ。その手を押さえるアンディ・ラウ。なにもしてやれないぞ。女は静かに微笑む。とても好きなシーンです。

 恋人も親友も置いて、たった一人でナイフを持ち敵に向かうアンディ・ラウ。瀕死の重症を負っているアンディ・ラウは歩くのもままならない。しかし敢然と敵に挑む。血だらけになって道路に横たわるアンディ・ラウ。最後の痙攣が身体を襲う・・・。

 香港映画はやっぱり最高です。

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5/11 ハード・ボイルド

香港映画
監督:ジョン・ウー
主演:チョウ・ユンファ/トニー・レオン

 きょうはシネマ有楽町で「ハード・ボイルド」と「ドラゴン・イン」を観てきました。両方合わせると約4時間の上映だったのですが、あっと言う間に時間は過ぎたのでした。香港映画はやっぱり超絶的に面白い!

 「ハード・ボイルド」では2人の刑事よりも長髪サングラスの殺し屋がカッコいいです。バイクをコンクリートの床に滑らせながらのサブマシンガンの掃射には言葉がありません。演じるはフィリップ・コク。ブリジット・リン主演の「キラーウルフ」ではアクション設計を担当しています。
 「ドラゴン・イン」は制作がツイ・ハークです。ブリジット・リン主演の「スウォーズマン」からも分かるようにこの人の制作する映画は荒唐無稽です。そしてそれこそがツイ・ハークの魅力なのです。空中に身体を猛スピンさせながら、敵陣の真只中に登場するブリジット・リンのカッコよさはちょっとないのではないでしょうか。天井の横木に引っ掛けた布を掴んで空中に踊り出し馬上の敵兵の首を撥ねるリンの姿に、倉庫の天井に掛かった鎖を掴んで空中に飛び出しサブマシンガンを掃射するチョウ・ユンファの姿が重なりました。
 「ハード・ボイルド」ではチョウ・ユンファと潜入刑事のトニー・レオンの時間差攻撃が印象的でした。ドアから身体を寝かせたまま廊下に飛び出すレオン。レオンの手の中の拳銃が火を吹く。それを凌ぐコク。次の瞬間ユンファが窓ガラスを突き破りながら空中に飛び出す。ユンファの拳銃はコクを捉える。
 「ドラゴン・イン」は剣戟のスピーディーさが魅力です。ほとんど目で追えません。マギー・チャンの剣技も冴えに冴えます。そう言えばブリジット・リンとマギー・チャンのお風呂場での戦いもこの映画の見所の1つでした。勝負はブリジット・リンの勝ち。リンに全裸にされたチャンは屋根の上で能天気に笑います。そこに登場するのがレオン・カーファイです。最後の場面では戦いに向かうリンとカーファイの後をチャンは地獄まで私も一緒だよと追うのでした。ちょっぴり感動しました。

 北極に住むのが俺の夢さ。潜入刑事のレオンが語る。寒いところが好きなのか。ユンファはからかう。レオンが微笑む。北極にはいつも光がある。

 渋くて面白い香港映画を堪能しました。

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5/14 三十九夜

1935年イギリス映画
監督:アルフレッド・ヒッチコック
主演:ロバート・ドーナット/ルーシー・マンハイム/マデリーン・キャロル

 この映画はアメリカでは年に5、6回は再上映されているそうです。この映画はヒッチコックの作品の中でも古典と呼べるものでしょう。

 ヒッチコックはサスペンスを持続させるには現実とファンタジーが必要だと信じていたそうです。聖書の真ん中にめりこんでいた弾丸はそのファンタジーの最もいい例でしょう。

 手のクローズアップが印象的に使われていました。背中をナイフで刺されたルーシー・マンハイムのスコットランドの地図を握る手とロバート・ドーナットの手のクローズアップ。サスペンスが一気に高まります。そしてラストシーンのドーナットとマデリン・キャロルの繋がれる手のクローズアップ。このショットには解放と安らぎがあります。「汚名」でもイングリッド・バーグマンの鍵を握る手のクローズアップが印象的でした。どうもヒッチコックは手のクローズアップに思い入れがあるようです。「サボタージュ」で一世一代の名演技をしたのに映っていたのは手のクローズアップだけだったと主演女優のシルヴィア・シドニーが文句を言ったということもあったようです。

 脚本はチャールズ・ベネット。「暗殺者の家」(1934)「間諜最後の日」(1936)「サボタージュ」(1936)「第3の逃亡者」(1937)とこの時期のヒッチコック映画の常連脚本家です。ハリウッド時代のヒッチコックのためにも書いています。「海外特派員」(1940)です。

 字幕って難しいなと改めて思いました。記憶屋の最後のセリフは「覚えるのにひどく苦労したので一度言ってみたかったんだ。・・・・・。これでもう忘れることができるよ」というものでした。記憶屋の職人気質と同時にユーモアも感じられるセリフだったのですが、字幕では残念ながらその辺のニュアンスが伝わってきませんでした。

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5/15 愛(ラムール)撫

1933年制作
監督:五所平之助
主演:岡田嘉子/新井淳/渡辺忠夫

 東京国立フィルムセンター「日本映画史ー無声映画の時代」特集です。

 脚本が伏見晃。小津が短編喜劇(「引越し夫婦」「若き日」等)を作っていたときの名コンビです。2人は「生まれてはみたけれど」で袂を分かちます。この映画の監督の五所平之介とのコンビで有名です(「伊豆の踊子」「人生のお荷物」等)。
 若々しい飯田蝶子を観れたのがなにより嬉しいことでした。この映画は1933年の制作ですから飯田は36歳位ですね。この時期のコメディエンヌとしては一番好きな人です。戦前の小津映画にはなくてはならない人でした。
 坂本武も出演しています。翌年制作された小津の「浮雲物語」では飯田と印象的な演技を観せてくれていますね。坂本はこの時期の松竹の喜劇にはほとんど出演しているのではないでしょうか。五所監督の代表作と言える「煙突の見える場所」にも出演しています。

 題名のもたらすイメージと映画の内容がこれほど離れている映画も珍しいのではないでしょうか。それでいて映画を見終わるとこの題名がぴったりだと思われてしまうのです。
 父親と息子の関係をテーマにした映画です。風にそよぐ木が印象的でした。光と風がこの映画を爽やかなものにしています。厳格な父親は自分のことを理解してくれない。息子は父親の愛情を受けることができず、酒に溺れます。そんな息子の生活を知った父親はショックで倒れますが、自分は本当に息子を理解しようとしたことがあったかと深く反省します。見舞いに帰郷した息子の手を優しく「愛撫」しながら、父親は息子に謝るのでした。
 それにしても風と木と光とが印象的でした。清々しいという表現がぴったりの映像でした。

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5/18 ケス

1969年イギリス映画
監督:ケン・ローチ
主演:デイビッド・ブラッドレー/コリン・ウェランド/リン・ペリー

 観るのを一番心待ちにしていた映画です。
 少年の「ハヤブサは人に服従しないから好きなんだ」という言葉と、「デカローグ」のクシシュトフ・キェシロフスキ監督のケン・ローチ監督のためなら喜んでコーヒーを淹れる係になるという言葉が心に響いたのです。

 少年がなにより魅力的です。繊細で純真であるがゆえに、けっして世間に媚びようとしない様子がダイレクトに伝わってきました。少年のハヤブサに関する言葉はそのまま少年に関する言葉です。
 夢も希望もなく先生から屑扱いされ級友からはいじめられる。少年は最悪の状況にいますが、けっして惨めに見えないのは少年の背筋がぴーんと伸びているからでしょう。屑箱にぼろ雑巾のように捨てられたものは、そのまま少年の運命を象徴していますが、少年は最後にはその運命さえも静かに受け入れるのです。

 自分の幸福しか考えていない母親、暴力的な兄、疑うことしか知らない雇い主、規則しか知らない図書館の女性事務員、30年も教えながらついに生徒を理解することのない校長、少年を取り巻く大人たちは苛酷ですが、なかには少年に優しく接してくれる大人もいます。僕は少年にハヤブサのための屑肉を与える肉屋さんが好きです。ケン・ローチは苛酷な世界を描きながらも、そのなかにある優しさもけっして忘れていません。こんなところは大好きです。

 新聞配達を終えた少年が丘の草の上に腰を下ろすシーンが好きです。眼下に広がるのは白い煙を出している黒い炭坑場です。朝の陽光の中で炭坑場は心に沁みる美しさを見せていました。
 その炭坑場では毎日人々が地下に吸い込まれ辛い労働をしています。それは少年の将来の姿でしょう。出口のない生活。そんな生活に対する嫌悪が少年をハヤブサに向かわせるのでしょう。大空を飛翔するハヤブサ。

 この映画のクライマックスは少年が教室でハヤブサの訓練について語るシーンです。訓練の最後はハヤブサを自由にしなければならない。少年は悩む。自由にしたらハヤブサは自分から逃げ出すのではないか。ついに少年はハヤブサを自由にする・・・。少年の話に魅せられた級友たちの顔が印象的です。そしてなにより少年の話に心を動かされます。

 おそらく少年はあれほど嫌った炭坑で働くのでしょう。しかし背筋はぴーんと伸ばしたままだと思うのです。

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5/21 イル・ポスティーノ

1995年イタリア映画
監督:マイケル・ラドフォード
主演:マッシモ・トロイージ/フィリップ・ノワレ/マリア・グラッツィア・クチノッタ

 美しい新緑の中を爽やかな風が吹き抜ける気持ちのいい日に観てきました。平日だというのに人の列ができていました。
 「ケス」の予告編を観るまでは一番心待ちにしていた映画です。「詩は書いた人のものではない。必要としている人のものだ」という言葉に強く惹かれたのです。実際に映画を観てみるとこのセリフはコミカルなシーンで使われていました。でも好きな言葉です。

 この映画に登場する詩人パブロ・ネルーダは実在の人でチリを代表する詩人です。日本ではなぜか人気のない人ですが、この映画がきっかけになって読まれ始めるかな。モダニズム、シュールレアリズムから社会的色彩の強い作風に移っていますが、その動機は映画の中でネルーダが語っています。「汗で顔を真っ黒にした炭坑夫に出会った。顔は激しい疲労で変形してしまっている。彼が私に彼の苦痛を人々に伝えてくれと頼んだのだ。私は書こうと決意した」。そんなネルーダの言葉からも分かるように映画の底には社会改革に対する熱い思いが流れています。

 主演のマッシモ・トロイージは陽と暗に人間を分けると明らかに暗に属する人ですが、イタリアを代表するコメディアンなのだそうです。彼のコメディアンとしての才能が映画を魅力的なものにしてました。一番好きなのは島で一番美しいものはと聞かれて不器用にしかも断固として・・・・・と答えるところです。
 トロイージが原作を読んで感動し英国人マイケル・ラザフォードに監督を依頼して映画はできたそうです。トロイージの遺作となった映画ですが、原作に惚れ込んだトロイージの思いがダイレクトに伝わってきて心を動かされます。友情、恋、社会運動、どれもトロイージにとって大切なテーマだったことが分かります。

 好きなシーンはいっぱいあります。鏡に向かってマリオがネルーダに本にサインしてもらう練習をするシーン。マリオはまるで初恋をした少年のようでした。そして最後の方のシーンで白いボールが食堂の床に弾んで虚ろな音を立てるところ。時の流れの無常を象徴しているかのようでと胸をつかれました。

 マリオからこの空、海、世界はなんの隠喩なのだろうと聞かれて、水着姿になりながらネルーダは泳ぎながら考えるよと答えます。ネルーダはマリオにどんな答えを与えたのでしょうか?

 エンドロールを観ていたらフィリップ・ノワレの声はイタリア人俳優による吹き替だったんですね。ノワレって素敵な俳優だなって改めて思いました。ちょっとした目の動きで万感の思いを見事に表現していました。

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5/23 アンカーウーマン

1995年アメリカ映画
監督:ジョン・アブネット
主演:ミシェル・ファイファー/ロバート・レッドフォード

 美男美女の恋愛映画。ハリウッドの十八番。これは観なくちゃ!映画はなによりも夢見させてくれるものであるから素敵なんだ。そんなことを思いながら観にいったのですが、'Heat Wave'のような硬派の社会派ドラマを手掛けたこともあるジョン・アブネット監督とロバート・レッドフォードが手を組んでズシンと手応えのある映画になっていたのでした。

 ウォーレンは視聴率至上主義のTV界の中で報道とは真実を伝えることという信念を持って働いている人間です。当然彼は孤立してしまいます。親友はいまや全国ネットの経営陣に属しているのに彼は地方局の一匹狼的ディレクターにしか過ぎません。
 そんなウォーレンがタリーに惹かれるのはよく分かりました。タリーは野心満々の女性ですが、たった一人の妹が困っているとなるとせっかく得たポストを失うかもしれないのに何もかも捨てて妹の元に駆けつけます。そしてタリーがスタジアムで真っ直ぐに大声で歌う「フィーリング」。我正義のために行かん。タリーは同情心と正義感に充ち満ちた女性です。
 ウォーレンはタリーになぜ人々の声を聞かないのだと言います。ウォーレンにとって真実を伝えるとは虐げられた人々の声を聞き取りそれを伝えることなのです。まさにウォーレンにとって報道とは同情心と正義感の上に成り立ったものなのです。  以上のことはこの映画のクライマックスである監獄シーンに如実に現われています。ウォーレンは監獄に人質になったタリーに逃げろとは言いません。囚人にマイクを向けろと言うのです。ウォーレンにとってタリーは最愛の人であるよりも同じ報道者魂を持った同志なのです。タリーはなぜ囚人が暴動を起こしたのか囚人にマイクを向けることによって知り、それを感動的な言葉で人々に伝えたのでした。

 最後のシーン。タリーは会場の人々に向かってこう言います。私は報道とは華やかなショーだと思っていた。しかしある人が報道とは真実を伝えることだということを教えてくれた。拍手の音に包まれる会場。そこにはアブネット監督の熱いメッセージがありました。

 この映画は女性よりもむしろ男性に観て欲しいなと思ったことでした。

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5/28 罠

1995年制作
監督:林 海象
主演:永瀬正敏/夏川結衣/山口智子

 濱マイクってやっぱりミッキー・スピレインのマイク・ハマーなんだろうなと改めて思いました。マイク・ハマーは暴力によって全てを清めてしまうけれどこの映画の最後のシーンでも暴力による「清め」がありました。それにしても切り出しナイフの刃が徐々に出されるときのギリギリという音は迫力がありました。

 さて濱マイクシリーズの最終話ですが、僕は「我が人生最悪の時」が一番気に入っています。己の野望が完成したと思った瞬間顔の半分を銃弾で吹き飛ばされる台湾のヒットマンが心に残ったのです。思えば「我が人生最悪の時」は2人の台湾のヒットマンが主人公の映画でした。この映画も濱マイクではなく濱マイクの中に潜むもうひとりのマイクが主人公です。その主人公の名前がミッキー・スピレインのミッキーという名前で呼ばれているのも意味深です。
 ミッキーの暗い底なしの穴のような目がこの映画の全てだと思います。こんな目をした人間を演じることのできる俳優はいまや彼以外にはいないでしょう。ミッキーのただ闇だけを見つめる目を中心に映画は進んでいきます。
 ミッキーが闇を見つめるときの映像はこの映画の核だと思います。サイコキネーシスというよりはミッキーの心の闇の深さを思わせぞくぞくしました。

 濱マイクとミッキーを救うのは百合子という清純な女性です。こんなところには林海象監督の女性に対するロマンティシズムを感じます。
 百合子を演じる夏川結衣は「我が人生最悪の時」の南果歩に当たるのでしょう。
 「君はいつも明るい。何故だい?」と聞かれて、「夢を見ないから」と答える南果歩。そんな南果歩のイメージと夏川結衣が重なるときミッキーは消え、濱マイクは横浜を去るのです。

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