3月に観た映画


狙われた男 飛行士の妻 殺したのは誰だ 憎しみ デンジャラス・マインド 美しき結婚 ブルー・イン・ザ・フェイス おかえり レベッカ (ハル) ブロークン・アロー くちづけ ユリシーズの瞳 汚名 白い風船
題名をクリックして下さい。
直接その感想に飛びます。


3/6 狙われた男

1956年制作
監督:中平康
主演:牧眞介/天路圭子/南寿美子

 東京国立フィルムセンターの「1950年代の青空と太陽」特集に行ってきました。日本映画に清新な風を吹かせた大映の増村保造と日活の中平康監督の特集です。

 きょう観たのは中平康監督の1956年の作品で、彼の初監督作品です。

 画面一杯に広がる目。その目がさらに拡大され、画面は黒色になりその黒色を通り抜けるようにしてビルの屋上から捉えた東京の街並みのショットに切り換わる。カメラはパンして銀座四丁目の服部ビルを捉え、やがて七丁目辺りの路地裏で止まる。路地裏がズームインされる。その路地裏のクレーンショットが続く。カメラが上から下に移動する。娘が明るく鼻歌を歌いながら美容院に入っていく。悲鳴。渦巻が回転する美容院の看板のクローズアップ。

 冒頭から才気が迸るような映画話法でなるほどなあと思いました。フランスのヌーヴェル・ヴァーグの作家たちが注目したのも首肯けます。あと印象的だったのはビルとビルの狭く暗い路地での乱闘です。闇の中で男たちが暴力をふるっている。流れるのはモダンジャズ。かっこいいなあと思いました。ドラムを叩いているのがフランキー堺でシンプルで安定したドラムを聴かせてくれます。

 刑事役が内藤武敏で当り前ですが本当に若々しい。彼は端正な顔立ちでクールな刑事役にぴったりでした。

 銀座にはあの頃川が流れていたんだというのも、なんだか感激しました。あの頃川が流れていたのは一丁目と八丁目辺りですね。

 最後は冒頭と同じショットです。路地裏。娘が明るく鼻歌を歌いながら美容院に入っていく。悲鳴。渦巻が回転する美容院の看板のクローズアップ。でも今度は死体は飛びださず、痴話喧嘩が飛びだし、映画は明るく終わるのでした。

題名一覧へ



3/7 飛行士の妻

1981年フランス映画
監督:エリック・ロメール
主演:フィリップ・マルロー/マリー・リヴィエール/アンヌ=ロール・ムーリー

 1981年の作品。「喜劇と格言劇シリーズ」の第1話。

 エリック・ロメールは1975年の「O侯爵夫人」そして「ベルスヴァル・ガロワ」と過去に題材を求めた作品を撮っていましたが、この作品で再び「現代のパリ」をテーマにしています。その意味ではパリこそこの作品の主人公です。この作品はいまを生きているパリの光と音に充ち満ちています。

 僕は生活費のために郵便局で夜勤している学生のフランソワがカフェでうとうとと眠ってしまうシーンが好きです。彼の背後にはガラス越しにパリの街道が見え、行き交う車の音が彼を包んでいます。それらの音はパリが歌うララバイのようで、思わずにっこりしてしまいました。

 ロメールって赤が好きなんだなと改めて思いました。路上に駐車している車の中には赤の車があるし、街角を捉えたショットには赤の標識があるし、フランソワが公園を一緒に歩く女の子は赤のネックレスをしているし、フランソワの恋人は右手に赤の腕輪をしているという具合です。

 会話がやっぱり魅力的です。機知に富んで鋭いけれど、決して深刻にはならない。軽快で楽しさを印象に残します。
 登場人物たちが置かれている状況はかなり厳しいものです。急に姿を消した恋人が久しぶりに現れたと思ったら、別れ話を切り出す。恋人のアパートを訪ねたら、別の男と部屋を出る恋人を目撃してしまう。でも、陰々滅々にはならない。そこには明るい虚無主義とでも言うべきものがあって好きです。どんな状況に置かれても顔は光に向かっていると表現すればいいのかな。闇に目を向けて、闇の奥に捕らわれてしまうということはありません。

 この作品に登場する人物たちは表面の世界の住人で、地下の世界の住人ではありません。だから光がこんなにも印象に残るのでしょう。

題名一覧へ



3/9 殺したのは誰だ

1957年制作
監督:中平康
主演:菅井一郎/西村晃/山根寿子

 きょうも東京国立フィルムセンター「1950年代の青空(増村保造)と太陽(中平康)」特集に行ってきました。2階の大ホールへ昇る階段の壁には大好きな大河内伝次郎のスチール写真が掛けてあって、毎回見惚れています。

 この作品は中平監督の1957年の作品です。主演が菅井一郎です。小津安二郎の「麦秋」では枯れてすがすがしい美しさを見せる人物を演じている菅井がここでは欲望に振り回される生々しい人物を演じていてなぜかどっきりしました。息子役が小林旭。これは全然知らなかったので、わあーと思ってしまいました。ビリヤードでキューを構えるときの目は野獣のようで思わずドキリ。

 銀座の並木通りにあるレストランの窓ガラス越しに並木座が映り、嬉しくなりました。映画の中の並木座はちょっとお洒落な映画館といった感じでした。いまの並木座は渋いという言葉がぴったりですね。場末ではあの頃も女性が往来を上半身裸で歩いていたということも驚きでした。

 日活のロゴが映し出されると同時に車のエンジンの音。ギアレバーと手のクローズアップ。アクセルを踏み込んでいる靴のクローズアップ。スピードメーターのクローズアップ。カーラジオのクローズアップ。スイッチが入れられる。テーマ音楽が始まる。冒頭から中平監督の清新な感覚が飛び散ります。
 最後は列車の窓の中の紀伊の美しい海。トンネルに入り、窓は黒一色になる。そこに「殺したのは誰だ」とタイトルが入る。そして映画は終わる。この辺の感覚は本当に若々しいと思います。

 カットの構成がとても考えられていて、感心します。賭けビリヤードのシーンなんかは編集(モンタージュ)によって非常に緊迫感の高いものになっています。
 菅井が自動車をぶつけようとするシーンを例に取ると、

 鉄道の高架線の下の向こうに小さく見える障害物。それを自動車の窓から首を出して不安そうに眺める菅井の顔。アクセルを踏む菅井の足のクローズアップ。排気管から出る白い煙。猛スピードで走る車を正面から捉えたカット。迫ってくる障害物。

 なんでもないシーンでもカット構成に注意しながら見ると、その緻密さに驚かされます。僕の知らない監督で優れた監督はいくらでもいるんだなあと思ったことでした。

題名一覧へ



3/10 憎しみ

1995年フランス映画
監督:マチュー・カソヴィッツ
主演:ヴァンサン・カッセル/ユベール・クンデ/サイード・タグマウイ

 ジョディ・フォスターがこの映画を観て感動し、この映画をアメリカで一般公開しようとしているとチラシで紹介されていましたが、そうさせるだけのものがこの映画にはありました。

 結末は救いのないものでしたが、久々に観た偽善のないストレートで気持ちいい青春映画でした。ユーモアもあって本当にこんな映画は好きだなあ。少年とトイレの老紳士のタランティーノ的お喋りもあって、タランティーノファンの皆さんは必見です。そう言えば「パルプ・フィクション」は徹底的にトイレに拘ってみせた作品でしたね。

 パリ郊外のスラム地域の暴動のシーンから始まります。流れるのはボブ・マーリーの'BURNIN' AND LOOTIN''。ジャマイカのゴミゴミして騒がしく殺気立った首都キングストンから生まれたレゲエはこの暴動シーンにぴったりでした。

 タイトルロールが終わっても、'BURNIN' AND LOOTIN''は遠くで鳴り続けます。焼け残ったビルの中でサンドバックを叩く重いパンチの音。団地に響くバイクの音。主人公の3人の青年たちは 'CR'さ、いや'YZ'だよとバイクの音に耳を澄まします。音が印象的でした。

 ボブ・マーリーのポスター。東京オリンピックで黒の手袋をした拳を高々と挙げている表彰台の黒人選手のポスター。'ELVIS SHOT JFK'と書かれたTシャツ。S&W44の銃弾を受けた衝撃で窓ガラスから飛び出すパトロール中の警官。それらはユダヤ系のヴィンス、アラブ系のサイード、アフリカ系のユベールという3人の青年の置かれている状況を見事に表現していました。

 僕が気に入ったのは、夜のパリのビルの屋上に3人が昇るシーンです。
 3人の正面にはエッフェル塔。あの光を消してやるぜ。指を鳴らす音。エッフェル塔の光は消えない。映画と現実は違うさ。映画の中じゃお袋も美人だしな。笑い声。3人は屋上を去っていく。彼らの背後でエッフェル塔の光が消える。
 なぜか感動しました。

 最後に響く一発の銃声。誰が死んだかは問題じゃない。僕だったら?引き金を引いていただろう。

題名一覧へ



3/11 デンジャラス・マインド

1995年アメリカ映画
監督:ジョン・N・スミス
主演:ミシェル・ファイファー/ジョージ・ザンザ/ブルックリン・ハリス

 女性の顔をきつね顔とたぬき顔に大きく2つに分けるならミシェル・ファイファーは明らかにきつね顔ですね。「バットマン リターンズ」でのキャットウーマンの役はまさに適役でした。エンディングで夜空に浮かぶバットシンボルをじっと見つめるキャットウーマンを観て、次回作ではバットマンの心の闇から飛び出したようなキャットウーマンが大活躍するのかなと期待していたのですが・・・。まあ、それは別の話です。この作品での彼女はぼさぼさの髪の毛で、少年のようです。ジャケットにおとなしい赤の水玉が入ったシャツ、それにサングラスというさりげない格好がとても素敵でした。

 セピア色の画面。壁には'I LOVE YOU,BABY'と白いペンキで書かれている。流れるのはラップミュージック。まさにスタイリッシュ。
 でもこれは冒頭だけで、あとは淡々となんの衒いもギミックもなしに映画は進んでいきます。こういうのは好きだなあ。砂漠で出会ったオアシスです。監督の気取りが透けて見えたり、外連だけの映画はうんざりです。

 登場人物が先生も生徒も背伸びしていず、等身大なのも魅力的です。ルアン先生の家もきわめて庶民的。そんな等身大の登場人物の交流を描いた作品です。

 ルアン先生の言葉に「詩を読むこと、それはそれ自体で喜びです」「賞品は、'LEARNING'です。学ぶこと自体がご褒美です」といった言葉がありますが、この作品の中心にあるのは、物事を学ぶことは決して苦痛ではなく、楽しく素晴らしいことなんだという考え方でしょう。そんな考え方を根本に持って生徒に接するから、最後にはルアン先生は生徒たちにとって光となるのです。

 決して派手でなくきわめて地味な作品ですが、観終わった後心に残ります。

題名一覧へ



3/12 美しき結婚

1981年フランス映画
監督:エリック・ロメール
主演:ベアトリス・ロマン/アンドレ・デユ・ソリエ/アリエル・ドンバール

 1981年の作品。「喜劇と格言劇シリーズ」第2話。

 エリック・ロメールの作品を観るとき、赤を探すのが習慣になってしまいました。本当にこの人は赤が好きなんだから。

 冒頭から赤です。列車のシートは本当は赤でないけれど光線の加減で赤系統の色に見えるし、カーテンは臙脂色だし、主人公のサビーヌはピンクのシャツを着ているといったぐあいです。

 あと思いつくままに挙げてみます。
 ・サビーヌのパリの部屋。ベッドの脇の壁には赤を使った絵のポスターが貼られている。
 ・石畳の道の正面には赤の車。その正面に行き当たって角を曲がっても正面には赤の車。
 ・ドアを開け車に乗るサビーヌ。横に停っている車には下の方に赤のラインが引かれている。
 ・パリから田舎の実家に車で戻るサビーヌ。田舎の家の窓からは赤い光が見える。
 ・恋人候補を車に乗せて田舎道をドライブするサビーヌ。車のフロント・ウィンドウ越しにすれ違う赤のトラックが見える。
 ・椅子の上の猫。椅子には赤の織物が掛かっている。

 こんどロメールの新作が公開されたら、赤を使った素敵なジャケットを見つけて、着て観にいこうかな。

 やっぱり光と音が印象に残ります。この作品はパリと地方都市ル・マンを舞台にしています。ル・マンの光と風もとっても素敵だったけれど、僕はパリの光と音に魅せられました。そして印象に残ったのはパリとル・マンを行き来するサビーヌが列車の通路の窓から光を受けながら景色を眺めるときのきらきらした目の輝きと、年上のパリの弁護士に初めて会ったときのきらきらした目の輝きでした。

題名一覧へ



3/13 ブルー・イン・ザ・フェイス

1995年アメリカ映画
監督:ウェイン・ワン&ポール・オースター
主演:ハーヴェイ・カイテル/ルー・リード/ジム・ジャームッシュ

 題名の「顔色が真っ青」とは、そうなるまで出演者をしゃべらせるということだそうです。だから各出演者の「おしゃべり」がこの作品の最大の魅力になっています。僕は全然気づきませんでしたが、各テイクはきっかり10分間だそうです。

 音楽は、ルー・リードがあそこはまともに歩けないとけなすロード・アイランド出身のデイビィッド・バーン。相変わらずのエスノ・ファンクを聴かせてくれます。でも僕は最後のルー・リードの「エッグ・ソング」が一番気に入りました。この人のアルバムではベルリンでのライブが好きです。そこには本当にかっこいいロックンロールがあります。「エッグ・ソング」にもロックンロールを感じました。

 ある本でマンハッタンは応接室、ブルックリンは家族がくつろぐ居間、ブロンクスは屋根裏部屋とたとえてありましたが、そのたとえがブルックリンに関してはぴったりだなとこの作品を観て思いました。町にいる人たちがとても生き生きとしています。僕が気に入ったのは、RUPAULが自然に集まってきたみんなにダンス、ブルックリンチャチャチャを教えるシーンです。'Step step and back back'。オーギーの店の前でみんなが踊り始めます。いいなあと思いました。

 一番愉快だったのは、歌い踊るメッセンジャーです。演じるはマドンナ。オーギーはチップに5ドル渡していたけれど、あんなに愉快なんだからもっと渡してもいいんじゃないかなと思いました。

 一番共感したのは、オーギーとジム・ジャームッシュがタバコを吸い始めたのは、かっこよくタバコを吸う映画スターに憧れてと語り合うところでした。
 僕だったら、ゴロワーズを吸うジャン・ギャバンかな。

 ともかく愉快な映画でした。そうそう、野球ファンなら必見です。

題名一覧へ



3/14 おかえり

1995年制作
監督:篠崎誠
主演:寺島進/上村美穂/青木富夫

 この作品をヘラルド・トリビューン紙は「(ヌーヴェル・ヴァーグの先駆者とも言うべきロベール・)ブレッソンの気風漂う」と評しています。
 言葉ですくおうとすればこぼれ落ちてしまう、それだけに深い生の不安を静謐で美しい画面で見事に捉えているこの作品には確かにブレッソンに通じるものがあります。

 監督は篠崎誠。アテネ・フランセ文化センターで映写技師をやっていた人です。その頃から映画評論を書き始め、いまは「愛ある」インタビューで知られた映画評論家です。
 撮影は加藤泰(藤純子のお竜さんシリーズの監督さんですね)のカメラマン古谷伸。
 撮影に使われたのは、ダニエル・シュミットの使い残しのフィルム。シュミットの作品は今度玉三郎主演のものが公開されますね。
 小津映画のファンの方には、「生まれてはみたけれど」等で印象的な演技を観せてくれた突貫小僧こと青木富夫が出演していることを言っておきましょう。

 窓から入る陽光。白いカーテン。百合子がヘッドホーンを外すと、町の音が飛び込んでくる。
 僕は冒頭のこのシーンだけでこの作品が気に入ってしまいました。古谷のカメラは全編を通して低く構えられています。加藤泰の映画ではこの低く構えられたカメラが登場人物に神々しさを与えていましたが、この作品では百合子の持つ生の不安に張り詰めた緊迫感を与えていました。
 斜めに切り取られた青空に中央にまっすぐ上に延びる白い煙突を配した画面ははっとするほどの美しさを見せてくれました。

 会話がとても新鮮でした。現実の日常生活にマイクロフォンを持ち込んで録音してきたようなリアルな息遣いの感じられる会話。それだけに百合子の持つ生の不安が切実に感じられます。

 クライマックスはあの長回しのショットでしょう。これはみなさん、自分で観にいって確かめてください。泣く人はみんなここで泣くようです。僕は泣くよりも静かな感動に包まれました。

 篠崎誠監督は本当に映画が好きなんだなあと思いました。なにしろ変則的ですがカーチェイスまであるんですから。
 突貫小僧こと青木富夫はもう老人ですが、孫を連れて公園で百合子を相手にお喋り(ナンパ?)をするシーンでは「生まれてはみたけれど」でのあの腕白な少年が髣髴としてきて思わずにこにこしてしまいました。

題名一覧へ



3/15 レベッカ

1940年アメリカ映画
監督:アルフレッド・ヒッチコック
主演:ローレンス・オリヴィエ/ジョーン・フォンテーン

 この作品は、ヒッチコックの記念すべきハリウッド映画第1作です。1940年の作品です。アカデミー賞を受賞しています。ヒッチコック自身はオスカーを逃しています。ヒロインを演じるのはジョン・フォンテーンですが、最初20名以上の女優がテストされその中にはヴィヴィアン・リーの名前もありました。この作品で主演しているローレンス・オリヴィエは、当時リーの恋人でもあったので、ヴィヴィアン・リーを強く押したようです。オリヴィエはフォンテーンにかなり強く当たったようで、オリヴィエを作品中のデンヴァースと見做せばまるでこの映画そのままですね。

 ローレンス・オリヴィエに関してはロンドンでシェークスピア俳優として成功してからの経歴については書く必要はないでしょう。
 ジョン・フォンテーンについて紹介すると、1917年生まれで、なんと東京生れです。フィルムデビューは1935年。近年では1994年にTVに王女役で出演しています。息の長い女優さんですね。姉妹も女優ですが、どうも犬猿の仲だったようです。フィッツジェラルド原作の「夜はやさし」等に出演しています。

 この作品のキーポイントとなるデンヴァースを見事に演じるのは、ジュディス・アンダーソン。この人も息の長い女優でしたが、近年亡くなっています。「熱いトタン屋根の上の猫」等に出演しています。

 海中深く身を潜め、城の中に軽やかな足音を響かせるモンスター。最後まで姿を見せることなく空を紅く染める炎の中に滅びていくモンスター。謹厳な男に'the most beautiful creature'と言わせるモンスター。死に面しても毅然としているモンスター。最後の最後まで人を破滅に誘うモンスター。僕が出会ったモンスターの中で最も魅力的なモンスターでした。

 冒頭のシーンの美しさはどうやって説明したらいいのでしょうか。光と影が作りだす映像は神秘的で神々しくさえあります。僕はこれより美しい映像を外に知りません。撮影はジョージ・バーネス(Barnes)。当然のようにオスカーを獲得しています。

 語り口にも惹かれます。けっして急がずじっくりと、しかし無駄なことは語らずに効果的に語られます。

 実はこの映画を初めて観て、これは僕が出会った中で最高の映画ではないかと興奮している状態で、感想は書けそうもないのです。

題名一覧へ



3/16 (ハル)

1995年制作
監督:森田芳光
主演:深津絵里/内野聖陽/戸田菜穂

 きょうが初日。初回上映前の1時間位前に着いて、少し早すぎたかなとビルの入り口を見れば「先着50名様のプレゼントは終わりました」の表示がしてあり、あ、どうせならもう少し早く来るんだったと思いながら入場口に辿り着くと、「立ち見です」と表示してありました。うーむ、甘かったか。結局周りの壁にも人がぎっしりと立ったのでした。

 上映後舞台挨拶がありました。主演の深津絵里は白のシンプルなカットのワンピースでした。内野聖陽はやっぱりかっこよかったです。「ほし」に付纏う戸部を演じた米米クラブの竹下宏太郎が一番人気がありました。森田監督はマイクを壊し、ずっこけていました。

 森田監督はシノプシス(あらすじ)を作る段階からコンピュータを使ったようです。いろんな場面をランダムに書いていき、最後にそれをストーリーにまとめるという手法を取ったようです。これって「ほし」が愛読している村上春樹の小説の手法ですね。ロケハンにはデジタルカメラを使用し、デジタルカメラで撮影したものをプリンターで出力して使ったようです。軽快にロケハンできてこれはいいですね。あと、思い付いた映画のアイデアはハイパーカードに書いて適宜利用したようです。一昔前まではハイパーカードがあるからデータベースソフトはマックには必要ないとまで言われていたものですが、いまはほとんど顧みられることの無いそのハイパーカードを使って森田監督が映画を作ったというのは、ハイパーカードファンの僕にはとても嬉しいことでした。

 ブルーの背景に白く浮かぶ文字。その文字を読みながら、これは「ほし」から「ハル」への或いは「ハル」から「ほし」へのメッセージというよりは、「ほし」から「ほし」への或いは「ハル」から「ハル」へのメッセージなんだと感じました。文章を書くということはなによりも自分自身を見つめ直すことだと改めて思いました。
 森田監督が舞台挨拶でパソコン通信を始めたからといってすぐにこの舞台の上ににいるようなかっこいい人たちに出会えることはないでしょう、でも自分を見つめ自分の人生をよりよいものにすることができるはずですと語っていましたが、その言葉はそのままこの映画のテーマだと思いました。

 「ハル」は「ほし」宛のメールに書きます。こうして書いていると自分に素直にストレートになれるんだ。

 最後に出会う2人。2人の目に映るのは、こうあって欲しいと願いそれに向かって日常生活の中で努力している自分自身の姿でしょう。僕はそう感じました。
 だから「はじめまして」は、「ハル」から「ハル」へのそして「ほし」から「ほし」へ挨拶です。

題名一覧へ



3/19 ブロークン・アロー

1996年アメリカ映画
監督:ジョン・ウー
主演:ジョン・トラボルダ/クリスチャン・スレーター/サマンサ・マシス

 2月11日現在の全米興行収入でこの作品は初登場第1位。2月19日現在でも第1位。2月25日現在では「レッドブロンクス」が初登場第1位、この作品は第2位。この間香港映画ファンは狂喜したのではないでしょうか。僕は「レッドブロンクス」の初登場第1位に胸が熱くなりました。

 さてこの作品は、ジョン・ウー監督のハリウッド第2作ですね。ウーのハリウッド作といえば、チョウ・ユンファ主演のものを準備していると聞いていたのでそれを楽しみにしていたのですが、これは97年の公開になるようです。
 この作品の主演の1人はクリスチャン・スレーターですが、「トゥルー・ロマンス」においてパトリシア・アークエットがウー監督の「黒社会」をスレーターの家のビデオで観るシーンを思い出しました。
 至近距離で撃ち合うユンファと殺し屋。ウーお得意のショット。もちろんこの作品にもあります。

 地下の坑道で2丁拳銃を構えるスレーター。ウー監督のファンならすぐさま「男たちの挽歌」での2丁拳銃のユンファを思い浮かべるでしょう。持っている拳銃も同じような気がします。そうだとすれば、スレーターが持つのはベレッタM92Fとブローニング・ハイパワーでしょうか(銃に詳しくないので、断言できません)。

 サブマシンガンを構えるスレーター。ウー監督のファンは今度は「男たちの挽歌2」でサブマシンガンを構えるユンファを思い浮かべるでしょう。なんと嬉しい映画でしょうか。

 ヒロインが大活躍するのにはウー監督のファンはびっくりでしょう。あの女嫌いのウー監督が!ウー映画ではヒロインはほとんど活躍しないのです。「スピード」の路線をと映画会社に押し切られたのかな。負けるな!ウー監督。

 僕は至福の時を過ごしました。ユンファ主演の新作が本当に楽しみです。

題名一覧へ



3/21 くちづけ

1957年制作
監督:増村保造
主演:川口浩/野添ひとみ/三益愛子

 東京国立フィルムセンター「1950年代の青空(増村保造)と太陽(中平康)」特集です。

 1957年の大映作品です。チラシでは原作が川口松太郎になっていますが、これは源氏鶏太の間違いです。「オール読物」に掲載された小説です。

 この作品はイタリア留学から戻った増村の監督第1回作品です。タイトルロールでは張り出した木の枝に被われた空を、並木道を移動するカメラが捉えます。爽やかなショットでしたが、この作品全般に渡って地中海の明るい光と海の香りが満ちています。

 川口浩は青春そのもので魅力的ですが、それよりも野添ひとみの好演がきらりと光ります。川口の宝石ブローカーをやっている母親役を演じる三益愛子がきびきびしていて色っぽく素敵です。

 小菅にある留置所で知り合う男と女。男の父親は選挙違反で捕まっている。母親は離婚して家を出ている。女の父親は役人で公金を使い込んで捕まっている。母親は結核で入院している。男は半分ぐれている。女は1人で両親の面倒を見なければならないので突っ張っている。

 撮りようによっては陰々滅滅の映画になりそうなのに、増村の爽快とも言えるスピーディーなシーンの切換はこの作品を地中海の空気のように乾いたものにしています。

 工事現場の板の階段を人夫が降りてくるときの光と影の動きははっとするような美しさでした。最近本当に美しい画面はカラー映画ではなく白黒映画にあるんじゃないかなと思っています。

題名一覧へ



3/23 ユリシーズの瞳

1995年ギリシャ映画
監督:テオ・アンゲロプロス
主演:ハーヴェイ・カイテル/マヤ・モルゲンステルン/エルランド・ヨセフソン

 ユリシーズはオデュッセウスの英語圏での名前ですね。ホメロスの「オデュッセイア」ではオデュッセウスは10年に渡るトロイア戦争の終結後帰郷しようとしますが途中嵐に襲われさらに10年間漂流します。

 僕はこの作品を観て、オデュセウスとナウシカアの出会いを思い起こしました。浜辺に流れ着いたオデュセウスは裸のまま光り輝く海を背景に若く美しいナウシカアを口説くのでした。

 この作品のオデュセウス、映画監督Aが巡るのはバルカン半島です。バルカン半島にはブルガリア・ユーゴスラヴィア・アルバニア・ギリシアおよびトルコの一部にルーマニアがありますね。Aを演じるハーヴェイ・カイテルの母親はルーマニア系だそうで、そのことを知ってAがルーマニアで母親と踊る幻想的シーンを観ると感慨深いものがあります。

 暗い道路の奥でゆっくりと動く多数の光。画面の手前から機動隊が登場する。機動隊は画面の中央まで進む。機動隊の後ろには傘を持った人々が集まる。黒い傘が画面の下半分を覆う。光が機動隊に向かって動く。人々は手に持ったロウソクを捨て、静かにしかし決然と機動隊に突入する。

 冒頭のこのシーンから圧倒されます。

 最後のサラエボを舞台にした場面では映画博物館にイングマール・ベルイマンの「ペルソナ」のフィルムが置いてありました。「ペルソナ」は人間の中にある感情的、心理的、道徳的な葛藤を探求した作品ですが、それはこの作品のテーマとも響きあうように感じました。

 無差別攻撃で崩れた試写室のスクリーンに踊る白い光。そして映写機の音。僕は座席の中で言葉を失っていました。

題名一覧へ



3/26 汚名

1946年アメリカ映画
監督:アルフレッド・ヒッチコック
主演:ケイリー・グラント/イングリッド・バーグマン/クロード・レインズ

 この1946年の作品はヒッチコックの作品の中でも人気の高い作品でアメリカでは投票で決めると必ずトップテンの3位か4位以内に入る作品で、しばしばトップになるそうです。
 フランソワ・トリュフォーもヒッチコックの意図が見事に実現された作品だと絶賛しています。

 出演者等について紹介しましょう。
 ケイリー・グラント。母親が精神を失調したために9歳から20歳の間母親に一度も会っていません。
 イングリット・バーグマン。2歳の時に母親を亡くし、12歳の時に父親を亡くしています。
 そんなことを知って愛が憎しみに変わっているこの作品を見るとまた違った味わいがあると思います。
 バーグマンの娘イザベラ・ロッセリーニは最近ではケビン・コスナー主演の「ワイアットアープ」に出演していましたね。
 リオの富豪を演じるクロード・レインズ( Rains)。この人は「アラビアのロレンス」での演技がみなさんの印象に残っているのではないでしょうか。この作品では助演男優賞でオスカー候補になっています。
 脚本がベン・ヘクト。「ローマの休日」の脚本にもノークレジットですが参加しています。レインズと同じくオスカー候補になっています。
 制作は「レベッカ」と同じデビッド・O・セルジニックで主演女優にはヴィヴィアン・リーを強く押したようです。リーならこの役柄にぴったりですね。この作品の男女の関係はスカーレット・オハラとレット・バトラーとの関係を思わせるものもあることですし。

 報道カメラマンのカメラの上に置かれた手のクローズアップ。少し開いたドア。その隙間から映しだされる裁判の様子。背中を見せる被告。刑の宣告。明るい色のジャケットを着た美女の横顔。2人の男。あの女をつけろ。
 冒頭からヒッチコック一流のシーンが続きます。
 パーティーでのクレーン・ショットはことに有名なようです。

 地下室での「敵を欺くための」キスが印象的でした。デブリンにもはや憎しみの言葉しか与えないアリシアが思わず恍惚となってしまうところは胸が切なくなりました。

題名一覧へ



3/27 白い風船

1995年イラン映画
監督:ジャファール・パナヒ
主演:アイーダ・モハマッドカーニ/モーセン・カリフィ/F・サドル・オーファニ

 監督はアッバス・キアロスタミの助監督を務めたジャファール・パナヒ。脚本はアッバス・キアロスタミです。

 新年までの2時間がこの作品の時間になります。イランでの新年は3月21日で時間は午後6時のようです。この辺は知識がないのでよく分かりません。
 キアロスタミのドキュメンタリータッチを見せながらも、パナヒは物語指向が強いようです。なによりも印象的なのは明るく気持ちのいい画面です。少女の纏っている白いベールに白いブラウスという爽やかな色がその中で浮き立っていました。

 ストーリーは母親からお小遣いをもらった7歳の少女が新年を迎えるために飾る金魚を買いに行く、それだけです。
 その買い物の中でいろんな人に出会う。その人たちの様子とその人たちと出会ったときの少女の様子が全てです。
 舞台となるのはテヘランです。そのテヘランの街を少女に話し掛ける青年は互いに見知らぬ人たちの街だと言います。他人のよそよそしい街テヘランは初め少女に苛酷でお金を取り上げたりしますが、次第に優しさを見せ始めます。苛酷さの中から覗く優しさって胸を打ちますよね。ガムを噛む少女と少女の兄と風船売りの少年の笑顔を捉えたシーンはとても印象的です。

 最後に少女と少女の兄に取り残される風船売りの少年と白い風船。少年は道路に座り込んで動かない。新年が来る。少年は立ち上がり去る。
 最後のシーンが心に引っ掛かりました。少年はどんな新年を迎えるのだろうか。少年の孤独を心に残しながら映画館を出ました。

題名一覧へ