優しい闇 PART・2




全てが終わり、激しい絶頂感も疲労感もやがて去った。ジュリアスは我に帰ったように厳しい蒼白な顔をしてなにかを考え込んでいる。やっと体を起こしたアンジェリークが見ると、ジュリアスはベッドの上のただ一点をじっと見つめていた。
シーツに残された小さな、紅い染み…。アンジェリークの失った純潔のしるしだ。
「ジュリアスさま……?」
「……私は、とんでもないことを、したのではないか……?」
「…ジュリアスさま…」
「五歳よりただひたすら……女王陛下にお仕えして来たこの身を以って自ら、女王陛下の純潔を汚してしまった。…あまつさえ……」
ジュリアスは本気だ。本当に全身全霊で畏れおののいている。ここまで守ってきたなにかがジュリアスの中で崩壊したのかもしれない。アンジェリークは堪らずジュリアスをその胸に抱きしめた。ジュリアスは震えている。先程まで熱かったはずの体もすっかり冷え切っていた。
「ジュリアスさま…だいじょうぶ…大丈夫です……。私は、女王になったとき、本当の女王のサクリアと共に、自分のものではない色々な記憶が流れ込んでくるのがわかったんです。…そう、いままでの女王の、記録に残せない色々な想い…切なくて、苦しくて、そして幸せな、そんな、想い…。」
ジュリアスはなにも答えない。アンジェリークの胸の中にいて、顔も見えない。
「女王が恋をしてもいいって言うことも、なんとなくわかっていました。ただ確信が持てなかっただけ…それがあの昔の日記で、確信に変わっただけ…。だから、うまく言えないけど、ジュリアスさまはなにも怖がらなくてもいいんです。私を、信じてください。」
「……だが…それでも…そなたの、中に…」
「…?…あっ……そ、それなら大丈夫です。女王は……に、妊娠しません。」
アンジェリークはさきほどの感覚を思い出したように顔を赤くして、言った。
「女性である以上、見も知らぬ男に襲われたりすることだって有り得ますでしょう?…いえ、ちゃんとしたパートナーだって、やっぱり子どもができたら多分後々ややっこしいことになりますよね?だから…女王である以上、子どもができないことになってるんです。これは、おそらく女王しか知らないでしょうけど…確かです。」
「……そう…だったのか…。」
アンジェリークはやっと顔を上げたジュリアスを、心からいとおしく見つめる。
ジュリアスはようやく安心したらしく、わずかに笑みをこぼした。
「ジュリアスさま。愛してます。」
「私は…もっと愛している、アンジェリーク。」
「じゃあ私はもっともっと…愛してる。」
「……いや、きっと私のほうがもっと愛しているぞ。」
「えー、私のほうが愛してますったら!」
ジュリアスはそれ以上言わずに、アンジェリークを強く抱きしめた。
暖かい、確かに自分と同じ人間である、アンジェリーク。愛しいひと。
(私の天使…アンジェリーク。)
月の光と、優しい闇と、波の音だけが彼らを包んでいる。


最後の夜は、ただ抱き合って眠った。


「あー、お帰りなさい、ジュリアス。」
「ん?ああ、ルヴァか。留守中は済まなかったな。」
「いやー、留守と言ってもたった一晩ですからね。いつもと変わらないですよ。」
「そうか。そうだな。……ところでルヴァ。」
「はい?」
「これは土産だ。皆に分けてくれぬか?」
と、手渡されたものは、いかにも観光地のみやげ物、と言う風情の菓子箱だった。
「ああ、おいしそうですねー。部屋に戻ってお茶にでもしましょうかねえ。ご馳走様、ジュリアス。」
いそいそと去って行くルヴァを見送りながらジュリアスはほうっ、とため息をついた。
「たった一晩…、か。」
たった一晩で、今まで護ってきたもの全てが変わってしまったような気がする。そう思いつつジュリアスは、筋肉痛気味の腰をとんとんと叩きながら執務室に向かった。


賭けは誰が勝ったのか知らない。
そもそも賭けが成立したのかもわからない。
でもこの旅行から帰ってきたアンジェリークがなんとなく変わった、と言うのはみんな気付いていた。オスカーなどは、
「お嬢ちゃんからレディに昇格だな。そうさせたのが俺でなくて残念だがな。」
などと、ジュリアスに聞かれたら大目玉を食らいそうな事を言っていたらしい。
ジュリアスはといえば、表向きはまるで変わらなかった。それでも時々ぼーっとしていることがある、ともオスカーは言った。
「まあ、あの方のことだから、公私を混同するようなことはなさらないがな。最も敬愛する女王陛下よりも大切な人が女王陛下なんだからな。結構大変だぜ。」
などと言ってはリュミエールにたしなめられている。


「あれもやっぱり人の子か…」
クラヴィスはのどの奥でクックッと笑う。
「クラヴィス様もお人の悪い…。それにしてもゼフェルなどはクラヴィス様が水晶玉で全部ご覧になっていたと言い張って聞きません。私はそんなことはできないと申しておきましたが…。」
「当たり前だ。これは覗き穴でも監視カメラとやらでもない。それにそんなことは公園の噴水だって映すまい。ただ時々垣間見えるだけだ。ククッ…。」
…と、また笑った。
「時々…?!ご、ご覧になったのですか…?」
リュミエールは思わず身を乗り出して言った。そんなリュミエールの様子がおかしいらしく、クラヴィスは声も出さずに顔を覆って笑っている。
「クラヴィス様…っ。」
クラヴィスの見たものもまた、他の誰にもわからない。ただ、後でリュミエールにこう話していたことだけは確かである。
「まあ、あれもようやく闇を必要とするようになったと言うことだ。」


二人を包む、優しい闇を…。


あとがき
今回は裏用のテキストを製作するときにH部分を抜けばそのまま表に出せるようにしました。
だからそういう作りになってます。パート1と2の間にねっちりとヤバイ描写がはいっています。
今回も表とはいえ13禁。次こそは全年齢にしたいなーと、思っているのか?私。
で、これは「女王命令」の続編になってます。まだの人はさきにそちらをお読みください…って、
ここ読んでる方に言ってもしょうがないですね。「週末の戀人」はこのあとの話です。
ちなみにもちろん「女王が妊娠云々」はオリジナル設定です。えへ。