「だからね、ジュリアス。」
宇宙の女王が顔を真っ赤にして興奮している。
いや、正確にはそうではなく、顔を真っ赤にしているのは照れているためで、興奮してている方はそれほどではないのであるが。
「バレンタインと言うのはね。」
女王陛下、本名をアンジェリーク・リモージュと言う彼女が、宮殿の片隅の小さな『愛の巣』で、夫である光の守護聖ジュリアスに、もともと辺境の惑星の風習であるこの他愛もない行事に参加するべく熱弁を振るっているのだ。
彼女はバレンタインの説明を夫に懇切丁寧にすると、ため息をついてこう言った。
「バレンタインは2月14日なの。」
「……今日は2月21日だな。」
「……そうなの。」
「終わってしまったことは仕方あるまい。」
「いいのよ、一週間遅れでも!」
ジュリアスは少し視線を泳がせてため息をつく。こうなってしまうと彼女は言うことを聞かない。いや、それはまだいいのだが、次はきっと泣き始めるのだ。それがジュリアスにはたまらなく重荷だった。泣かれる位なら大概言うことを聞いたほうがましなのだ。
「……それで?」
ジュリアスが観念した、と悟ったアンジェリークはくるりと後ろを向くとごく小さくガッツ・ポーズをとり、テーブルの前の椅子の上から小さな包みを取り上げた。
「はい。ジュリアス。」
それは10センチ四方くらいの大きさの物を包んだ濃い青の包装紙に、豪華な金のリボンを掛けたものだった。
ジュリアスは受け取った包みをそっと掌で転がすようにいろいろな角度から見た。
「どうなさったの?」
「……いや。」
「まさかジュリアスが緊急に出張するなんて思わなかったから、今年は焦っちゃった。」
アンジェリークはえへへ、と笑った。
「これと同じような包みを見たな。」
「え?」
「…正確には包み紙か。確かオスカーの部屋で濃い緋色の…ルヴァの部屋では深い緑色だった。……そういえばゼフェルの部屋では銀の包みをまだ開けてはいなかったな。…マルセルは明るい緑。ランディはリボンも入れて三色だったか。リュミエールは水色の紙を大事そうに書類の間に挟んでいたし、オリヴィエは虹のようなリボンだったが確かこれと同じような材質の……そうだ、そしてあの男は……濃い紫の…。」
アンジェリークは血の気が引くような気がした。
ジュリアスはそんなこと全然気にとめていないだろうと思ったのに、全員の持ち物をすでにチェック済みだったのだ!
「……ご存知だったの……?」
「わざわざ私に教えてくれるお節介がいたのですよ。」
アンジェリークはごくりと息を飲む。しかもジュリアスは敬語を使って来た!これは怒っている証拠だ。
「……クラヴィス?」
ジュリアスは怖い顔をして黙っている。図星だったらしい。
「あの……あのね、ジュリアス?」
「…なんですか?」
「あのね、確かにね、本来バレンタインは大好きな人に女の子から告白するための日なんだけど…でも、長いことこういう事をやって来て行くうちにね、少しずつ変わってくるものなの、何でも。」
「どう変わったと言うのです。」
「だって、大体私とあなたはもう夫婦でしょう?告白だってしたし、されたし、そういうことならもう私があなたにプレゼントを渡す意味なんてないわよね。」
「そうでしょうね。」
ジュリアスはアンジェリークに背中を向けたままほんの僅かに肩を震わせている。よっぽど怒っているに違いない、ああもう、この方は、とアンジェリークはジュリアスの生真面目さを呪いたい気分だった。
「だからね、今ではお世話になった男の人とか、男のお友達とかにも渡すようになってきたのよ……あの…だからね、あなたと他の方との中身は全然違うのよ。」
「……どう違うのですか?」
「他の方に渡したのは、ウォンさんから買ったものなの。でもね、あなたに渡したのはね、あ、もちろん材料はウォンさんに買ってきていただいたものだけど……」
そう言ってもう一度アンジェリークはジュリアスを見る。相変わらず背中は細かく震えている。……でもなんで?ジュリアスの口調はそれほど怒っているようには聞こえてこなくなっているのに……。
「ジュリアス……?」
「そなたの手作りだと言うのだな?」
「…ええ、そうよ……ジュリアス、あなた…?」
ジュリアスはくるりと振り向く。
やっぱり。ジュリアスは笑っていた。いや、笑いをこらえていたのだ。
「すまぬ。最初から知っていたのだ。そなたがこの日にわれわれ守護聖に何かを配るだろうと言うことは、オスカーあたりに知らされていた。そなたが何もしないわけはない、とな。だが、肝心のその日に私は出張せねばならなくなって、そなたが私以外の者だけにいそいそと何かを配っているのかと思うと……少し、切なかったのだ。」
ジュリアスは最後は少し真顔になって言った。
「……義理チョコよ。」
「……そう、言うそうだな。」
「あなただけが本命。」
「そうらしい。」
ジュリアスは大きな掌を広げた。その上にはすでにほどかれた金のリボンと青い包装紙。そして上品な純白の紙箱に入った何か。ジュリアスは紙箱の蓋を開く。
「……トリュフ……あなた、お好きでしょう?もっとも、チョコレートの方だけど……あなたの好きなのはきのこよね。」
箱の中から現れたのは薫り高い上品な丸く小さなチョコレート。
ジュリアスはそっとそのひとつを摘み上げると自分の口の中に入れた。
「……おいしい?」
ジュリアスは何も言わない。黙って味わっているようだ。
「ね、ジュリ……」
アンジェリークはその先を言わせてもらえなかった。
でも、味は自分の舌で味わうことが出来た。
ブランデーの芳香と、ビターな風味のチョコレート。
(自信作、だったのよね。)
アンジェリークはジュリアスのチョコレートよりずっと甘い、とろけるようなくちづけを受けながら、そう思ったのだった。
相変わらずの、バカっプルでした。
お粗末さま…(;^_^A