幸せの……? 
前編
 




「……おなか…空いたな。」
宇宙の女王、アンジェリーク・リモージュはソファの中でそう、ぼそりと呟いた。

全宇宙を巻き込んだあの戦いが終わってまだ僅かの時しかたっていない。アンジェリークの体はまだ本調子とはいえないようだ。
(うー、だるい。まだ起きたくないなあ……)
そう思いながらごろり、と寝返りを打って何気なく上げた視線の先にいた人物に、アンジェリークは本当にびっくりした。


「……食欲が、出て来たようですね。」
「ジュリアス……!…いたの…。」
「何か、作らせましょう。」
そう言うとジュリアスはアンジェリークが横になっていたソファの隣にある椅子からすっと立ち上がって2、3歩ほど歩んだ。
「あ、あのっ……ジュ、ジュリアスさまっ?」
「……なんでしょうか。」
怪訝そうな顔をしてジュリアスが振り返る。
「…だから、あの……『ジュリアスさま。』」
アンジェリークはその部分だけ強調して言ってみた。つまり、女王と守護聖モードはやめてくれと言うことを訴えたいらしい。

「……アンジェリーク。」
「は、はいっ!」
ジュリアスは少し困ったような顔をしてアンジェリークを見るとふうっと溜息をついた。それに反して嬉しそうな顔のアンジェリーク。
「…まあ良い。…私に何か言いたいのだな?」
「はい……。あのっ、その…」
「…なんだ?はっきり言ってくれぬとわからぬぞ。」
「他の人は呼ばないでください。」
ジュリアスはそれを聞くとその左手の長い人差し指を額に当ててぐりぐりと眉間を押した。
いったいどうすればいいのだ、と言うパフォーマンスのようである。
「…そなたは空腹なのであろう?」
「えと、まあ、そうですけど……でも、ここで何か作りますから。」

アンジェリークの寝ていた場所は、宮殿の片隅の小さないくつかの部屋の一室。すなわち、『ふたりの愛の巣(笑)』である。
その部屋はLDKと言ったところか。まるでショールームのようにきちんと作られたカウンター付きのキッチンの先にダイニングテーブルや応接セットがある。そのソファに彼女は横になっているのだ。

戦いで『皇帝』に力を吸収されたアンジェリークは、とりあえず簡単な公務をこなせるまでに回復はした。だがやはりまだ心許ない、と言うことでこうして時間が空いたときには彼女にとってもっとも必要な『力』を供給することの出来る、つまりは愛する夫である光の守護聖ジュリアスの介護の元に休養を取ることが効果的とされてきたのだ。
そう言うわけでこんな感じの時間が以前より少しだが増えてきたわけだ。
だがそれも彼女の体が回復するまでの間だけと言うことなので、アンジェリークはその短い間を誰にもじゃまされたくはないのだ。

そう言うわけで何か作ろうと思ってアンジェリークは体を起こそうとした。だがそれをジュリアスの大きな手が押しとどめる。
「そなたは休んでいるが良い。……私が何か作ろう。」
ジュリアスの形の良い唇がそう告げたとき、アンジェリークは思わず大声を上げていた。
「……ジュリアスさま、お料理なさるんですかっ?!」
ジュリアスはほんのちょっと、得意そうな笑みを浮かべたように見えた。…アンジェリークの見間違いでなければ、だが。そして言う。
「旅の最中には、いろいろな環境で食事をせねばならなかった。きちんとした宿ばかりではない。小さな幕屋一つで十何人もの男どもが共に一夜を過ごしたこともあるほどだ。
…だから当然のことながら自炊と言うことにもなった。むろん私にその役を任せようと思う者がいたわけではないが、そう言う日が何度も続いたときはさすがに私の方から手伝いを申し出たことがあってな。」
「…で、どうなさったんですか?」
「まあ、私のことだ。たいした役にも立ちはしないが、他の者が料理を……そうだな、そう言うことを器用にやってのけたのはヴィクトールやチャーリーくらいなものだったが…まあ、それ以外の者もそれなりに手伝いをしたり、人の作る様子を覗いていたりしているうちに見様見真似と言うのか、だんだんサマになって来たようで……まあ、結果を言えば私はたいしたことはさせてもらえなかったが…煮込み料理を作ってみた。」
「……作ったんですか!」
「ああ、作ったのだ。まあ、お世辞にも美味いとは言えぬだろうが、皆さほど文句も言わず食べていたようだから、何とかなったのではないか?」
「うわあ……」
「まあ、他の者が切った野菜と肉を、鍋で軽く炒めて水を入れて、ただ煮てざっと味を付けただけのものだ。本当にたいしたものではない。」
「…あくは、取りました?」
「灰汁、か?ああ、前に誰だったかうるさく言われていたのを見ていたので、忘れず取った。あれを取るのと取らぬのとではだいぶ違うようだな。」
アンジェリークはちょっと寂しげな表情をして言った。
「いいなあ……。わたしも…一緒に旅をしたかったなあ……」
ジュリアスはアンジェリークのその表情を見逃しはしなかったが、気が付かない振りをして言った。
「だから、私に任せるがいい。……材料は……うむ、これくらいあればよいな。」
ジュリアスはキッチンに行くとあちこち覗きながらそう言う。いったいいつの間に野菜入れや冷蔵庫を確認するなんてことを覚えたのだろう。アンジェリークが目をまん丸くしていると、更に驚いたことにはどこで見つけてきたのか生成りの綿で出来たシンプルなエプロンを引っ張り出して、あの執務用の正装の上に締め、(どうやらあのずるずるやがちゃがちゃなパーツは外しているようだ。)髪の毛も後ろで一つに縛り、腕まくりをし、もうすっかりやる気モードのようだ。
「わあvv」
アンジェリークはもう感動することしきりであった。自分の方が立場は上とは言え、生まれも育ちも格式も人生経験も、問題にならないほど上のはずのジュリアスが自分のためにこんなことまでしてくれるなどと。
(他の人の前では死んでもやらないだろうなあ……、たぶん。)
そう思ったが口には出さない。勿体なくって他の人に見せたくもない。

うふ、うふふふふ。
ちょっと不気味な笑いがこぼれてしまうアンジェリークであった。



(……ええと、ちょっと待って?)
アンジェリークは思う。
ソファからジュリアスの様子が見える。調理台の手元が見える。
(何?…どうしてあんなに…綺麗に切れるわけ?…ジャガイモむいたり、出来るわけ?)
アンジェリークはジュリアスの、心許ない手つきを楽しみにしていた。指でも切りはしないかと心配もしていた。だが、うまい。
時間はそれなりにかけているが、うまい。
(……完璧主義なんだわ、やっぱり、この方。)
手を抜くのが嫌い。いいかげんなことをするのが嫌い。負けるのも嫌い。いつかこういうことをするつもりでこっそり練習でもしていたものか。まったく、寝る時間も惜しいくせになんでそんなこと、とアンジェリークは溜息をつく。
(…こういう人だったのよね。……抜かったわ。)
何が抜かったのかわからないが、アンジェリークはいつの間にかソファの上に座り込んで腕組みをし、ジュリアスの作業を凝視していた。
と、ジュリアスがそれに気が付く。
「……アンジェリーク。」
「…は、はい?」
「横になっていた方がよい。…いや…あまり見ないで欲しい…」
そう言ってちょっとジュリアスは頬を赤らめた。
(あ、可愛い^^v)
そんな顔で言われたら逆らえないじゃない、とアンジェリークは仕方なくソファに横になり、上掛けに潜り込んだ。

そしてアンジェリークはそのまま眠ってしまったのだった。

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