LOVE CHASER
1


 

蒼い髪と紫藍の色の瞳を持つ、優美で優しい親友。
「幸せに、なるのよ」
彼女は優しい目をして、私を抱きしめてくれた。
「ごめんね」
彼女の体を強く抱き返しながら、囁く。
「ごめんね。・・ありがとう」
彼女が何より私の幸せを願ってくれたから。
だから、私も彼女の傍にいて、彼女の為にできる事は何でもしよう。
大好きな親友ロザリアの為に・・・。



女王試験が始まって、4ヶ月近くが経とうとしていた。
試験は最初に大方予想されていた成り行きを大きく裏切り、
金の髪の女王候補が圧倒的に優勢になっていた。
アンジェリーク・リモージュと、ロザリア・デ・カタルヘナ。
この二人の関係も、ライバルからかけがえのない親友へと変化していった。
それと共に女王候補と試験に協力している守護聖の関係も大きく変わってきている。
特にアンジェリークの周辺は大きく変化していた。
最初こそ「少々天然ボケな所のある、ほんわかした少女」という印象しか周りに与えなかったものの、
その内面に眠っていた無垢な天使の様な魅力は少しずつ磨かれ、
序々に周りの守護聖の目を引く様になり、やがて虜にしてしまう程になった。
そして、今や守護聖だけでなく聖地の人々からも好意を持たれているアンジェリークが、
今日、突然告白した。

「私、・・私、女王試験を降りたいんです・・」

突然の申し出に女王補佐官ディアは驚いた。
「なぜそんな事を言うの?試験は順調に進んでいるし、貴女はとても良く頑張っていると思うわ。
 ・・・何か他に理由があるの?」
話してごらんなさい、と優しく促されてアンジェリークは俯いた。

「私、・・・大切な、かけがえのない人ができたんです。
 もう、その人の事以外考えられない。・・・とっても勝手な事を言っていると思います。
 でも、あの人が好きなんです。
 あの人の傍にいたい。
 あの人の隣にいて、支え、支えられて生きていきたい。
 ・・そう願ってしまったから・・・だから、・・どうしても女王になれないんです・・」

何度も何度も一生懸命考えた末に出した結果だったけれど、
口にすると、また決心が揺らいでしまいそうになる。
自分を心から慕ってくれていた優しい大陸の人達。
自分の為に精一杯協力してくれた守護聖の方達。
・・そして、最高のライバルと認めてくれていた大切な親友。
皆、自分にとってとても大切な人達だった。

・・・でも・・・!

それでも、それ以上に、自分以上に大切に思う人がいる。
この気持ちは止められない。
小さく痛む胸元でぎゅっと手を握り締める。
「・・顔をあげて、アンジェリーク」
ディアの声に、体がわずかに震える。
顔が上げられない。彼女の顔をまっすぐに見る事ができない。
涙がじわり、とこみ上げてきた時。

ふわり、と肩に優しい手が置かれた。

「・・顔を上げよ、アンジェリーク」

優しく囁かれた声。・・その声の持ち主こそ、アンジェリークの最愛の人。
「・・ジュリアス様・・!」
アンジェリークは潤んだ瞳を上げて、隣に歩み寄った光の守護聖を見つめた。
美しい毅然とした姿。迷いの無い、神々しい輝きに目を奪われる。
その瞳が自分の顔を見つめると、愛おしそうに細められた。

「何も恐れる事はない。そなたが心から願うままに申すがよい。
 ・・それがどのような道であろうと、私はそなただけを見つめている」

そう言って、優しい眼差しで微笑を浮かべる。
そんなジュリアスを見てアンジェリークの震えは止まり、肩から力が抜けていく。

そう。この人と共にいられるのなら、何もいらない。
誰に何を言われようとも構わない・・!

そう心から思った時、アンジェリークの意志は、はっきりと決まっていた。



「・・・にしても、ショッキングよね〜」
オリヴィエはため息をついた。
「あのおとなしくて、自分の事より周りの事ばっかり考えてて、
 人一倍責任感が強かったコがねえ・・・」

よりによって。

「・・ジュリアスよ!?・・あのジュリアスの為に女王の座を放棄しちゃった、なんてねえ」
世の中、まだまだわかんない事だらけだよ、と更に大きなため息をつく。
「でも、アンジェリークが幸せになったのは本当に良かったと思いますよ〜」
ルヴァはまあまあ、とオリヴィエを宥めた。
「そうだよな。あいつ、何だかすっげー無理してたみてーだし、
 見てるこっちも・・その・・なんつーか・・」
「好きなコが悩んでる姿を見てるのはつらかった、ってわけだ?」
「なっ!!・・ち・・ちげーよ!!」
オリヴィエが、ん?とゼフェルの顔を覗き込むと、慌てたように顔を背ける。
「・・ジュリアス様もお変わりになられましたね」
しみじみとリュミエールが呟く。
「そうだな。何か・・その・・雰囲気が柔らかくなられた、というか・・」
「お〜や、オスカー。あんたにしちゃ素直な意見だね?」
ま、その通りだけど、と笑うオリヴィエにルヴァも苦笑する。
「そうですね〜。今回の女王試験で皆それぞれ少しずつ変わったと思いますよ〜」
あの二人のお陰でね、と微笑む。
「ああ、そうだな。・・お嬢ちゃん達は、俺達守護聖の間に新しい風を運んできてくれた
 天使だったからな」
オスカーがふっと笑う。
「「「「「・・・・・」」」」」
無言の肯定。・・それぞれ彼らには彼女に対する想いがあるのだった。
「そうよね〜。・・だから、ああなるのも無理は無いんだけど」

それにしても、だ。

「・・あの変わり方はハンパじゃないよね」
「・・・同感です」
「俺、人を見る目が変わったぜ・・」

あの溺愛ぶりは、誰も予想していなかった。

「あ〜、結婚式はいつなんでしょうね〜?」
「ル、ルヴァ!いくらなんでもそれはまだ・・」
早い、と言いかけたオスカーだったが、その可能性は大いにありそうだった。
「って言うか、今がもう既に新婚状態だよね」
まあ、私はアンジェが幸せだったらそれでいいんだけど、と心の中で小さなため息をつく
夢の守護聖だった。


「・・勝手な事を」
バルコニーの下、壁によりかかっていた話題の主は、苦笑していた。
通りがかりに聞こえてしまい、ジュリアスは立ち去るにも立ち去れずにここに佇んでいたのだった。
アンジェリークが女王の座を辞退したのはつい先日。
今は女王になるべく大陸の育成を続けているロザリアの補佐をしている。
「私、大した事はできないけど、精一杯協力したいんです」
自分を祝福してくれた親友の為に、彼女は毎日欠かさず協力している。
そんなけなげで一生懸命な彼女を見ていると、愛おしさはますます募っていく。
そしてそんな彼女を守りたいと思わずにはいられない。
「私はそれ程変わったのだろうか・・・?」
彼女を愛しく想う気持ちが、自分を変えたのだろうか。
だが、たとえそうだとしても、もうこの気持ちを止めようとは思わない。
むしろ彼女の為に変わったのならば嬉しくさえ感じる。
「アンジェリーク・・・」
愛しさをこめてその名を呟いた時。

「あ、ジュリアス様っ!!」

最愛の恋人の声が聞こえた。
顔を上げると、向こうから書類を抱えて走ってくるアンジェリークの姿が見えた。
壁から身を起こすと、少女に歩み寄る。(頭上が一気に静まり返ったのは、気のせいではないだろう)
「あ、きゃっっ!!」
石につまずいて倒れそうになった彼女を、ジュリアスは素早くその腕の中に抱き止めた。
「あ・・」
アンジェリークはぎゅっと瞑っていた目を開ける。
「・・その様に慌てて走るな、といつも注意しているではないか。
 転んで怪我をしたらどうするのだ・・・?」
少女の無事を確かめるように強く抱きしめると、ジュリアスは耳元で囁いた。
「ジュリアスさま・・・」
ごめんなさい、とアンジェリークはジュリアスの顔を見上げた。


「・・・あ、甘い・・。甘すぎ〜〜〜っっ!!!」
オリヴィエはテーブルにつっぷしていた。
「・・・やはり、ジュリアス様は変わられましたね・・・・」
リュミエールはしみじみと呟いた。
「・・・・・・・・・・・・」
そしてオスカーに至っては言葉を発する事もできないようだった・・・。


頭上の一団がそそくさと退散したのを横目で確認すると、ジュリアスはふっと微笑した。

ライバルが未だに多い現状。常に牽制はしておくべきなのだ。

「・・・あの、ジュリアス様・・?」
急に黙り込んだ自分を見上げてくる愛しい少女を、ジュリアスは改めて見下ろした。
「お仕事の方は、終わったんですか?」
「ああ。今日の分は大方終わっている。・・そなたの方はどうなのだ?」
その言葉に、アンジェリークは少し身体を離すと抱えていた書類を見せる。
「今日、大陸に降りてみたんですけど、また新しい花が咲いてたんです!」
ピンク色で、とっても可愛い花なんですよ、と嬉しそうに笑う。
「ここ1週間位でまたすごい早さで発展してるんです」
ロザリアって、ホントにすごいなあって感心しちゃいました!と頬を紅潮させて話す少女の姿。

・・・・チリ・・・ッ・・

一瞬よぎった微かな胸の痛み。
自分ですらほとんど気付かないそれに、ジュリアスは一瞬戸惑った。

何だ、今の感情は・・?

「・・それで、補佐官の勉強も兼ねて明日からロザリアの私邸に泊り込む事になったんです」
少女の言葉に我に返る。
「・・・そうか」
ええ、と楽しそうに笑うアンジェリーク。
「この分だと、今月いっぱいで大陸の育成が終わりそうなんです」
やっぱり、私よりロザリアの方がずっと女王に向いてますね、と笑う。
「3週間位、になると思うんですけど。・・私、ロザリアの私邸に泊まった事なんて無いから、
 もうすごく楽しみなんです!!」
あ、もちろん仕事も頑張りますけど、と慌てて付け加える。
「そうか。・・ロザリアもよく努力しているようだな」
安心した、と微笑むジュリアスに、アンジェリークも微笑む。
「ええ。・・それじゃ、私これからロザリアに大陸の調査書を渡しに行かないといけないので・・」
またあとで、と腕の中から抜け出ると、愛しい少女は走り去って行った。

「アンジェリーク・・」

彼女の後姿を見つめるその蒼い瞳は、見る者の胸を締め付けるような切ない光を宿していた。



「ただいま〜〜!」
アンジェリークは館の主に聞こえるように、声を上げた。
「あら、結構早かったのね」
館の主はすぐに姿を現した。
「うん。すっごく順調よ!やっぱりロザリアって天才かも」
あたりまえよ、と冗談めかして気取る友人にアンジェリークは笑った。
「そうそう、それでこそロザリアよね!」
その調子でどんどん女王街道を突っ走っちゃってね、と言う彼女にロザリアも言い返す。
「はいはい、貴女もジュリアス様と幸せ街道を突き進んでちょうだい」
その言葉に、真っ赤になるアンジェリーク。
「や、やだ、ロザリアってば!!」
ジュリアス様に失礼じゃない、と焦ったように言う友人に、ロザリアはため息をつく。
「・・あなたってば、まだそんな事言ってるの!?」
親友は女王候補だった頃よりも、少しは変わってきたとは思っている。
それでも。
「・・「ジュリアス様に失礼」ね・・」
ご本人が聞いたらどんな顔をなさるかしら、ともう一度ため息をつく。
「だって・・今だって夢みたいだって思うんだもの」

憧れていた、至高の天上の輝き。

地上に舞い降りた天使と見紛う高貴な美。

何者にも屈しない、誇り高い魂。


そして、自分を見つめるあの深い慈愛に満ちた蒼い瞳。

「ずっと、憧れているだけで十分だと思ってたのに、告白してもらえるなんて・・」
幸せすぎて、怖いくらいだった。
(・・まったくこの娘は)
ロザリアはそんなアンジェリークを見てあきれたように息をついた。
アンジェリークはわかっていないのだ。自分がどれ程の魅力があるのかを。
その純真な、輝くような微笑みに惹かれた者がどれ程いるのかも。

そして何より、どれだけジュリアスが彼女を愛しているのかも。

「・・ホントに重症よね」
鈍いにも程がある。あれだけの想いを向けられて、この反応とは。
(・・まあいいわ。私が言う事でもないだろうしね)
そのうちどうにかなるでしょ、と心中大きくため息をつく。
「それより泊り込みの事、ジュリアス様に伝えに行ったら?」
気を取り直して言うと、アンジェリークはにっこりと笑った。
「あ、それならさっきお会いしたから、もうお伝えしておいたわ」
「あら、そうなの」
じゃあ、お茶にしましょうか、と部屋に行きかけて、ふっと思う。
「・・それに対してジュリアス様は何か仰っていたの?」
「ううん、特には何も。ロザリアは良くやっているようで安心したって」
「・・・それだけ?」
「うん、それだけ」
「・・・・・ふ〜ん、そう・・」
「どうかしたの、ロザリア?」
「いいえ、別に」

三週間私がアンジェを「独占」する事に何も感じていらっしゃらないのかしら、と内心少し気になる
ロザリアだった。



ジュリアスはアンジェリークと別れた後、仕事を再開しようと執務室へ向かっていた。
(三週間、か・・)
それ程長い時間ではないはずだ。だが、短い時間とも思えない。

毎朝庭園で待ち合わせて、自分の私邸でモーニングコーヒーを共にする事も、しばらくは
できないかもしれない。

(何を考えているのだ、私は)
彼女が親友のために、宇宙のために一生懸命尽くしているのは喜ばしい事のはずだ。
(それなのに何故・・)

こうも憂鬱な気分になるのだろう?

自分の中で何かが確実に変わっていっている。
それに戸惑いながらも、胸に渦巻く感情をどうする事もできないジュリアスだった。



翌日、泊り込みの為の準備を終えたアンジェリークはロザリアの館へと向かった。

「いらっしゃい、アンジェ」
すごい荷物ね、とアンジェリークの荷物を見てロザリアは目を丸くした。
「うん。だって、補佐官の勉強の為の資料も入ってるんだもの」
「・・・あなたって、そんなに勉強熱心だったかしら?」
ちっとも知らなかったわ、と笑うロザリアにアンジェリークはふくれた。
「ひど〜い!私、気合入れてきたのに〜!」
「そう、じゃ頼りにしてるわよ、私の補佐官さん」
そう言ってロザリアは楽しそうにアンジェリークの肩をたたいた。

これから3週間。彼女達二人にとっては、女王候補としての最後の時間なのだった。




2に続く。