LOVE CHASER


「・・という事で、宇宙は女王陛下のお力で、まだある程度は安定しているようです」
オスカーは報告書を読み終えると、顔を上げた。
「そうか。・・わかった」
ご苦労、とジュリアスは資料をまとめた。
「ただ、次期女王ロザリアが予想以上に順調に大陸育成を進めているようなので、
 この分だと、あと一月もしない内に女王交代が行われるでしょう」
「・・そのようだな」
ジュリアスの表情が僅かに動いた。
「アンジェリークもよく協力しているようですし、一安心、といった所ですね」
オスカーの表情も和らいでいる。
「・・だが、まだ油断はできぬ。二人には頑張ってもらわねばな」
そう言いながらも、ジュリアスは少し表情を和らげた。
「そうですね。・・それにしてもアンジェリークは本当によく頑張っていると思います。
 試験が始まったばかりの頃はあんなレディーに成長するとは、思ってもいませんでした」

まるで、花の蕾が綻ぶように日々輝きを増していく少女。

この自分さえも虜にし、目が離せなくなってしまった天使。

「・・オスカー」
ジュリアスの声にはっと目を上げる。
「そう言えばそなた、先日テラスの上で何か私の噂をしていたようだな」
「・・・・・・・」
ジュリアスの前でアンジェリークをレディーと呼ぶのはやめよう、とオスカーは堅く心に誓った。


それから一週間が過ぎ、ロザリアの大陸育成は最終段階へとさしかかっていた。
「・・思ったよりも、もっと早く進んでいるみたいね」
ロザリアは手元の資料を見返して驚いたように言った。
「うん。だって女王候補二人がかりで全力投球してるんだもの」
大陸の民達も以前にも増して生き生きと生活している。
「この分だと、三週間もかからないかも」
アンジェリークは嬉しそうに笑った。
「早くロザリアの女王様姿、見たいなあ!」
楽しみ〜、とはしゃぐアンジェリークに、ロザリアも言い返す。
「あなたの補佐官姿を見た時のジュリアス様、どんな顔をなさるのかしらね?」
私も即位式がとっても楽しみだわ、とアンジェリーク以上に楽しそうに笑う。
「もう、ロザリアったらっ!」
アンジェリークは困ったように赤くなった。
「はいはい、もうここはいいから少し休んでいらっしゃいな」
ロザリアはそんなアンジェリークにひらひらと手を振ると、再び資料に向かった。


アンジェリークはロザリアの館を出ると、久しぶりに森の湖へと足を運んだ。
最近はずっとロザリアと行動していたので、こうして一人きりでゆっくりと過ごす時間は
久しぶりだった。
「やっぱり、ここは落ち着くわ」
水音と優しい緑の薫り。
湖の傍に腰掛けると、そのまま後ろに横たわる。
「・・・・・」
青い空を見上げていると、あの深い色の瞳を思い出す。
「ジュリアス様・・」
最近は毎日一緒にいることもあまりない。
少し寂しいけれど、もう少し頑張らなければ。
「・・・・・」
ゆっくりと目を閉じると優しい風がほおを撫でていく。
そのやさしい感触にアンジェリークは身をゆだねた・・・。


「・・・・ん・・?」
柔らかい感触を唇に感じて、アンジェリークは目を開けた。
「・・あ・・ジュリ・・アスさま・・!?」
目の前に優しい蒼い色の瞳を見つけて、アンジェリークは意識が戻った。
「・・こうしてお前を起こすのは三度目、だな」
少し含みのある微笑に、顔が赤くなるのを感じる。
「わ、私また眠っちゃったんですね」
あわてて起き上がると、隣に腰掛けたジュリアスに向き直る。
「あんまり気持ちがいい所だから・・・・って、今何時ですか!?」
はっと、焦ったように聞くアンジェリークにジュリアスは小さく笑う。
「まだ1時だ。もう少しここで休んでいっても大丈夫だろう」
そう言ったジュリアスに、アンジェリークはほっとする。
「そうですね。・・でも、こんな時間本当に久しぶり・・・」
そう言って自分を見つめ、幸せそうに微笑んでいるアンジェリークを見つめていると、
胸が幸せな気持ちで満たされる。
「そうだな・・・」
そっとその細い体を抱き寄せると、腕の中に閉じ込める。
「ジュリアス様・・」
「・・何だ・・?」
「・・私、ジュリアス様に相応しくなれるように、頑張りますね!」

美と優しさと賢さを兼ね備えた女性。

自分には遠い道のりかもしれないけれど、少しでも近づきたい。

その一心で、育成も頑張ってきた。
「・・・アンジェリーク」
ジュリアスはその言葉に少し戸惑いながら微笑する。
彼女は自分にとって、かけがえのない大切な愛しい存在だった。
どこが好きなのか、などという疑問はいまさら愚問だ。
彼女の全てが愛おしい。
自分の全てが彼女を求めて止まない。
「相応しい」か、などと、そんな事はまったく関係ない。
そんな事を言う者がいれば、自分が許しはしない。
ただその笑顔を向けていてくれれば、それで心は満たされる。
「・・ジュリアス・・さま・・?」
不意にきつく抱きしめられ、アンジェリークは戸惑ったように声を上げた。
「愛している・・そなただけを・・」
囁かれた言葉にアンジェリークは恥ずかしそうに、嬉しそうに微笑んだ。
「私もです・・」

つかの間の幸せな時間が、風と共に過ぎていった午後だった。



それから更に一週間程が過ぎ、大陸の育成はもうあと3〜4日ほどで終わろうとしていた。

「あと、3日ってとこか・・」
王立研究院で大陸の育成状況を見ていたゼフェルは、ため息まじりに呟いた。
もう間もなくロザリアは女王に、アンジェリークは補佐官に就任する事になる。

その前に・・。

ゼフェルは王立研究院を急いで飛び出して行った。


コンコン、と扉をノックする音に、ジュリアスは顔を上げた。
「・・誰だ」
「俺だよ。ちょっといいか?」
ゼフェルの声だった。
「お前が私の執務室を訪れるとは珍しいな。・・入るがいい」
カチャリ、と扉が開くと、ゼフェルが中へ入って来た。
「何の用だ?」
そう尋ねて顔を書類から上げると、そこには少しこわばった顔をしたゼフェルが立っていた。
「どうした?・・何かあったのか?」
ジュリアスの質問には答えずに、ゼフェルはジュリアスの前に近づいて来る。
バサッと机の上に書類が投げ落とされた。
「・・・?」
「あと3日位で、女王が決定するんだとよ」
その口調はどことなく腹立たしそうなものだった。
「知っている」
「どうする気なんだよ!」

ダンッッ!!と大きな音を立てて机に手が押し付けられた。

「何の話だ」
「あいつの事だよ・・!!」
ゼフェルの目は真剣だった。
「あいつを・・アンジェリークを幸せにしてやれるのかって聞いてんだよ・・!!」

守護聖と補佐官。女王候補だった時とは違う関係。
それでも変わらず彼女を愛し、守り、幸せにできるのか・・?

ゼフェルの問いかけにジュリアスはふっと微笑した。
「愚問だな」
「幸せにしてやれるんだな・・っ!?」
目を怖いくらいに真剣に覗きこんでくるぜフェルに、ジュリアスは片手を上げた。
「これを見ろ」

中指にはまった金の色を放つ指輪。

「・・彼女が補佐官になった日に、これに似た美しい物を彼女に贈るつもりだ」
それがどういう意味を持つのか。
「・・・・・!」
わからない程、ゼフェルは子供ではなかった。
今ジュリアスは確かに宣言したのだ。

「アンジェリークにプロポーズする」と。

「・・そうか。わかったよ」
ゼフェルは小さく笑った。
「俺が聞きたいのは、それだけだ。・・邪魔して悪かったな」
それじゃ、と手を上げて、ゼフェルは部屋を出て行った。


パタン・・と閉じられたドアを見てジュリアスは自嘲気味に笑った。
「大人気なかったな」

ゼフェルが自分と同じ様にアンジェリークに想いを寄せていたのも、知っていた。

だからついあんな事を言ってしまったのだ。
「彼女は誰にも渡さない」と。

だが、これだけはプライドを投げうってでも、誰にも譲るわけにはいかない。

ジュリアスは大きく息をついた・・。



翌日、ロザリアの大陸育成は中央の島まであと一息、という所まで来ていた。
「すご〜い!三週間かからないだろうとは言ってたけど、ホントに切っちゃうなんて・・」
終了を目前に、二人の心は清々しい充実感で満たされていた。
「本当にお疲れ様。あなたが手伝ってくれたお陰よ」
感謝してるわ、と心から言う親友にアンジェリークは慌てた。
「や、やだ、ロザリアってば。二人で頑張ってきたんじゃない!」
強く言う友人に、ロザリアも大きく頷いた。
「そうね。・・ほんとに楽しかったわ」
これからもよろしくね、と手をさしだすロザリアに、アンジェリークも笑って手を差し出した。
「私こそよろしくね、ロザリア!」

女王ロザリアと補佐官アンジェリーク。
間もなく二人の即位式が行われようとしていた。



試験終了二日前の夜。
月は今それを見つめている者の気持ちを表すかの様に、薄い雲の中で
ぼんやりと霞んで輝いていた。

「・・・・」

あと、2日、あと2日で半年にわたった女王試験は終わる。
・・その時、自分は・・・

ジュリアスは僅かにグラスを傾けた。

あの愛しい少女にプロポーズしたら、彼女はどんな顔をするのだろう?

カラ・・ン、とカシス酒の入ったボトルが氷の間で澄んだ音を立てる。


喉が、ひどく渇いている。


手にしたグラスを一息にあおる。

甘く冷たいカシスの潤いが、喉を満たす。

空になったグラスを見つめても、まだ渇きは満たされない。


心が、ひどく渇いている。


ボトルを取り出し、再びグラスをカシス色の液体で満たす。

それを蒼い瞳で見つめると、ゆっくりと唇に運ぶ。

流れ落ちる感触は、冷え切った喉にはほとんど感じない。


違う。

グラスをコトリ、とナイトテーブルに置く。

本当に欲しいのは・・この潤いでは、ない。

純白の絹のローブに、黄金色の髪がゆっくりと滑り落ちる。


あの愛おしく柔らかい、甘い唇の潤い。

幾度口付けても満たされない。

幾度抱きしめても、その細い体はすりぬけていってしまいそうで。

「アンジェリーク・・」

あの自由な、誰よりも無垢な天使。誰をも魅了してしまう輝き。

あの身も心も自分一人のものにしたいと思うのは、許されないことなのだろうか・・?

「・・だが、もう引き返す事はできぬ」

例え許されなくても、追い求めてしまう。・・渇いた唇が潤いを求める様に。

自分はもう彼女に身も心も囚われてしまった。

強く目を閉じても、そこには常にあの愛しい輝きが見えるのだから。


ジュリアスはその蒼い瞳で霞む月を見続けていた。




森の湖にアンジェリークは一人佇んでいた。
ふう、とため息をつきながら、湖面を見つめている。
ロザリアの館に移ってから、あっという間だった。
明日、遂に新女王が決定する。
二人の努力の甲斐あって、育成は無事終了しようとしていた。
「長かった・・かなあ?」
この半年ほどの飛空都市の生活を思い出して、少し笑う。

色々と忘れられない事が沢山あった。

大変な事もあったが、新しい驚きや楽しかった事の方が遥かに多かった。

そして、なにより


ジュリアスに出会えたこと。


それは何にも代えられない幸せ。

「・・アンジェリーク」
不意に名前を呼ばれて、アンジェリークは顔を上げた。
そこに立っていたのは鋼の守護聖ゼフェルだった。
いつもと少し違う雰囲気に首を傾げる。
「ゼフェル様?どうなさったんですか?」
偶然ですね、と微笑みかけるアンジェリークにゼフェルは硬い表情を崩さない。
「明日、女王が決定するんだったな・・?」
動揺を隠した声。
「はい!」
それには気付かず、アンジェリークは嬉しそうに答える。
「・・じゃあ、お前も明日、補佐官になっちまうんだな・・?」

そう尋ねる瞳は思いつめた切ない光を宿していて。

「ええ、そうですけど・・・ゼフェル様?」
ようやくゼフェルの異変に気付いたアンジェリークが、いぶかしそうに顔を覗き込もうと近づく。
「・・・っっ!」
不意にぐいっ、と腕を引かれ、そのまだ少年らしさを宿した腕の中に抱きしめられる。
「・・・っ!?」
ぎゅっ、ときつく抱きしめられ、アンジェリークは息苦しさと戸惑いで目を見開いた。
「ゼ・・フェル・・様・・?」
「・・何も言うな。・・今だけ、今だけでいい。・・こうしていてくれ」

愛しい少女。愛しすぎた少女。今だけは彼女の薫りとぬくもりを独占したい。

「・・アンジェリーク・・!」
ゼフェルはその切なさに耐え切れない様にアンジェリークを見つめた。
「・・ゼフェル様・・!?」
戸惑いながらも自分を見つめてくる彼女のその澄んだ瞳に、自然に吸い寄せられる。

「・・っっ!」

気が付くと、彼女の甘い唇に口付けていた。

「・・っっっ!!」

彼女の身体がわけもわからず大きく震えたのを感じ、はっと我に返ると唇を離した。


「・・ご、ごめんな・・!」
ゼフェルは驚いたままのアンジェリークに謝罪の言葉をぶつけると、いたたまれずに
その場を走り去った。



「・・・っ」
アンジェリークは何が起こったのか把握できず、ぺたん、とその場に座り込んだ。

「・・・っ・・!?」

唇に触れた感触。
まだ少年らしさを残した、それでも女性のものとは明らかに違う腕。
痛い程に抱きしめられた胸の感触。
「・・う・・っ・・ぅ・・!」
涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
あの腕に抱きしめられた時、あの唇が触れた時、
反射的に、嫌だ、と身体が拒んでいた。

ジュリアス様の腕じゃない。

ジュリアス様の唇じゃない。

それが、こんなに嫌な事だなんて、今の今まで気が付かなかった。
「・・私って・・馬鹿・・っ」
泣きながら、アンジェリークは呟く。

こんなに胸が痛い。

こんなにもあの人のぬくもりを求めている。

「ジュリアス・・さま・・ぁ・・!」

今ここにいるのは優秀な補佐官ではなく、愛する人を探し求めて泣いている17才の少女だった。



金色に光る細い小さな輪。

ジュリアスは目を通した書類を横に置くと、机の端に置いてあるビロードの箱を見つめ、目を細めた。
箱から取り出すと、その輝きをじっと見つめる。
その指輪の中央には、小さなラピスラズリに挟まれてダイヤモンドが輝いている。
彼女にこれを贈れば、おそらく「こんな高価な物、受け取れません!」
と言うであろう事は簡単に予想がついた。
だが、ジュリアスにとってはこれは特別な物だった。
自分の指輪とは似ているが少し違うデザイン。
自分の物と同じ物を贈ろうと思っていたのだが、彼女が女王試験を降りた時、
これの事を思い出したのだ。

小さな頃、聖地へ守護聖として来る前に母がはめていた物。

細く白い指にはまったそれは、子供心にも美しいと思ったのを覚えている。

母にどうしたのかと聞いた時に答えてくれた言葉は、今でもはっきりと覚えている。

「私の一番大切な人から、もらったのですよ」

そう言った母の顔が本当に幸せそうで、輝いていて。

それが自分の中に残っている母の一番美しい顔だった。

そして、思ったのだ。

自分にも大切な人ができたら、あの指輪と同じ物を贈りたい、と。

あの時の母の様に美しい、優しい笑顔を向けてほしい、と。

アンジェリークと想いが通じた後それを思い出し、同じ物が宝物庫に眠っていたのを
思い出したのだった。

大切に大切に保管されていたそれの横には、幼い頃の自分のメッセージが添えられてあった。


「過去の私から、未来の大切な貴女へ」と。


この指輪を彼女に贈りたい。

「お前は受け取ってくれるだろうか・・?」

幸せそうな穏やかな目でそれを見つめ、ジュリアスは呟いた。


コト・・・ン


その時、不意に扉の方で物音がした。
「・・・?」

ノックではなく、何かがぶつかった様な音。

「・・?」
ジュリアスはその音が気になり、立ち上がると扉へ歩み寄った。
ガチャリ、と扉を半分ほど開け、外の様子を窺ってみたが誰もいないようだった。
「気のせいか・・」
扉を閉じようとした時、
ドンッと勢い良く、柔らかいものが自分の胸の中に飛び込んできた。
「・・!?」
ジュリアスは驚いて、その人影を見下ろした。

「・・アンジェ・・リーク・・?」

金の髪の愛しい少女は、ジュリアスの胸にすがりついていた。

どうしたのだ、と尋ねようとした時、彼女の身体が震えているのに気付いた。
「・・!」

泣いている・・?

そう思った瞬間、反射的に俯いた顔に指をかけ上向かせていた。
「・・!」
澄んだ緑色の瞳は涙で一杯だった。
その目元は赤く、ひどく泣いた後だというのがわかる。
「!」
それを見るとジュリアスは少女の肩に手を置き、部屋の中へ招き入れた。

「・・どうした・・・?」
ジュリアスは優しく尋ねるが、アンジェリークはなおも強くジュリアスにしがみつき、
泣いているばかりだった。
そんな彼女を包み込む様に抱きしめると、ジュリアスは小さく息をついた。
「・・大丈夫だ。・・何も泣く事はない。私がここにいる・・」
もう一度優しく諭すように耳元で囁くと、そっと髪を撫でる。
「・・やで・・す・・っ!」
少女の震える声が途切れ途切れに聞こえる。
「アンジェリーク・・・?」
もう一度促すように、穏やかに問う。
「・・いや・・っ。・・リアスさまじゃなきゃ・・!」
アンジェリークは泣きじゃくったまま、震える体を更にぎゅっと押し付けてくる。
「・・いや・・っ!・・ジュリアス様のキスじゃなきゃ・・ジュリアス様の・・腕じゃなきゃ・・
 いや・・なの・・っ!」
泣き声に混じったその言葉に、ジュリアスの身体が震えた。
「他・・の人は・・いや・・です・・っ!・・・ジュリアス・・さまじゃなきゃ・・・っ!!」
そう言って震えながらぎゅっ、と抱きついてくるアンジェリークに、ジュリアスの思考は止まった。

私・・以外の誰かが・・彼女に・・!?

ゆっくりと流れる思考の中でそう思い至った瞬間、体内の血が凍り付いた様な気がした。

自分以外の誰かが、この細い体を抱きしめた・・?

自分以外の誰かが、その唇に・・触れた・・のか・・!?


張り詰めていた何かが切れた様な気がした。


「・・アンジェリーク」
今までとは違う、感情のこもっていない声に、アンジェリークは、はっと涙でぐしゃぐしゃになった
顔を上げた。
「・・っ!」
その蒼い、何よりも綺麗な瞳が、自分をじっと見つめている。
その瞳にアンジェリークは怯えた様に身を震わせた。
「ジュ・・リアスさ・・まっ!」
怒っているのかもしれない。・・嫌われてしまったのかもしれない・・!
「・・めんなさ・・・・ごめん・・なさ・・いっ・・!」
アンジェリークは自分をじっと見つめているジュリアスに、泣きながら必死で謝った。

嫌われたくない。この人に嫌われてしまったら、・・どうすればいいのかわからない・・!

「・・ご・・めんなさ・・っ!」
何度目かわからないその言葉が唇から掠れて出た時、
ぐいっ、と強く背中を引き寄せられた。
「・・・っ!」
バランスを崩しそうになった体を抱きとめ、その腕の中に抱き上げる。
「ジュ・・リアス様・・?」
アンジェリークが驚く間もなく、ジュリアスは少女を抱き上げたまま私室へと向かった。
「・・!」
バタン、と大きく扉が開け放たれ、その奥にある寝室へためらいもなく入ると、
大きな寝台の上に彼女の身体を横たえた。
「ジュリアス・・さま・・?」
扉がガチャリ、と音を立てて鍵をかけられると、ジュリアスは驚いているアンジェリークに
再び歩み寄り、寝台の脇に腰掛けた。
「・・アンジェリーク」
名を呼びながらほおに触れる指は優しかったが、
自分を見つめるその瞳は、まだ氷の様だった。
「・・・ジュリアス・・さま・・」
優しくほおをたどるその形の良い指に手を重ねると、ジュリアスの瞳が僅かに細められた。
「アンジェリーク・・」
自分の名前だけを、胸が痛くなる様な切ない声で紡ぎ出す唇に、
アンジェリークは顔を近付けようと身を起こした。
「・・・っ!」
唇が触れそうになる直前、ジュリアスの手が彼女の肩を強く掴んだ。
その肩にジュリアスの額が強く押し付けられると、アンジェリークは戸惑う。

「・・・どうすれば、お前を繋ぎ止めておけるのだろう・・?」

苦しそうな、少し掠れた声が肩先で聞こえた。
「ジュリアス様・・」
アンジェリークはその切ない声に、胸を締め付けられる。

「私は・・いつでも・・ジュリアス様だけの・・ものです」

貴方をこんなにも求めている。貴方なしでは生きられない。

こんな自分の想いに気付いたのは、ついさっきの事だけれど。


・・鈍感でどうしようもなく子供な自分の、精一杯の愛の告白。


ジュリアスの顔が驚いた様に上げられる。
「アンジェリーク・・」
「ごめんなさい。・・私って本当に馬鹿です。・・こんな事になって、初めてどんなに
 貴方が好きなのか、思い知りました・・・」

その蒼い瞳を見つめているだけで、胸が締め付けられる。

「「好き」って、こんなに痛いものだったんですね・・・」
そう言って強くすがりついてくる少女に、ジュリアスは目を細めた。
「今までは、ジュリアス様と一緒にいるだけで幸せでした。
 幸せで嬉しくて、心地よくて・・・他には何にもいらない、って思ってました。
 ・・だから、貴方にふさわしくなりたい、なんて肩肘張って、
 それが好きって事なんだ、って思ってました・・・」
ぎゅっ、と首にすがりついてくる少女の背に、ジュリアスの腕が回される。
「でも・・そうじゃなかった。・・ジュリアス様にこうして触れていると、もっと切なくなる。
 もっともっとそばにいたい。
 私の中をジュリアス様だけで、一杯にしたくなるんです・・・」
そう言って、アンジェリークは涙に濡れた瞳でもう一度ジュリアスを見つめた。
「ジュリアス様、貴方が好きです。私には貴方しかもう見えない・・」
そう言って、また溢れ出してきた涙をその指でぬぐうと、
ジュリアスは息が止まる程美しい、優しい微笑を浮かべた。
「・・私はもうずっと前から、お前だけに囚われている。
 この命も、この心も、全てがお前を求めている。
 お前のこの涙の一滴まで、全てが愛おしい・・」
涙の跡を唇でたどると、アンジェリークは目を閉じた。
「私の無垢な天使・・。・・お前を私だけの元に繋ぎ止めておきたい・・」
囁きながら、ほおに額に優しく降りてくる口付けに、アンジェリークは震える吐息をついた。
「他の誰にも触れさせたくはない。・・・お前の全てを私だけのものにしたい・・・」

囁きと共に、その細い身体がゆっくりと寝台へ横たえられる。

「・・ジュリアス・・さま・・」
少し震えながらそれでも自分をじっと見上げる少女に、愛しさが募っていく。
「アンジェリーク・・」
その白い首筋にそっと口付けただけで、びくん、と震える体にジュリアスは目を細める。

細い手を取り、その震える指先に口付けると、そっと自分の指を絡める。

「アンジェリーク・・」

その手をそのまま寝台に押し付け、耳元で甘く囁くだけで、
その体は再びびくん、と震える。

「ここにいてほしい。・・私の腕の中に・・」

私だけのものにしたい。・・もう決して離れられぬように。

「・・・っ!」
もう一度強く首筋に口付けられ、無垢な身体は反射的に逃れようと体を浮かしかける。

「逃げないでくれ・・・」

切なげな優しい声とは裏腹に、その指は更に強く絡みついて。

「・・ジュリアス・・さま・・」
愛しさで一杯になっていても、どこか不安な心を落ち着かせる様に、その名を呼ぶ。

「もう一度・・呼んでくれ」

パサリ・・、と音を立てて、衣服が床に滑り落ちていく。

「・・ジュリ・・アス・・さ・・ま・・っ!」

柔らかな絹の様にすべらかな肌に唇を滑らせながら
ジュリアスは愛しい者が自分の名を呼ぶのを聞いていた。

「・・・っ!」

柔らかなふくらみを愛おしむ様にゆっくりと唇がたどると、その身体が大きく震える。

まだ誰の足跡もついていない白雪の様な肌に、所有の紅の印をを何度もゆっくりと付けていく。

愛しい少女の体は、どこに触れても柔らかくてすべらかで、

そのほのかな甘い香りに溺れてしまいそうになる。

「・・・い・・や・・っ!」

白い足の間にその長い指が滑っていった時、ついに泣き出しそうな声を洩らした少女に、
ジュリアスは顔を上げる。

「ジュ・・リアスさま・・・っ」

泣くのをこらえようと、涙をうっすらと浮かべながら自分を見つめる少女を
ジュリアスは切なさを宿した瞳で見つめ返した。

「お前の全てを愛したい。・・・私を信じて、その身を委ねてほしい・・・」

「・・・っ!」

返事をしようと開きかけた少女の唇を、ジュリアスは甘く深い口付けで封じた。


彼女の全てが愛おしい。

何度触れても、口付けても、切ない程の渇望がこの身を焦がす。


彼女の一つ一つを確かめるように。

全てに自分を刻み付け、忘れさせぬように。

・・そして、自分がどれ程彼女を愛しているのかを教えるように。


ジュリアスは寄せては返す波の様に、何度も腕の中の少女を愛し、
アンジェリークはその全身で、痛い程その愛を受けた。

「・・・っ!」

痛みと共に、その身体が繋ぎとめられる。

その小さな悲鳴すら逃がさない、という様にその唇は甘い口付けを繰り返し、
少女の唇から言葉を奪う。

このまま、時が止まってしまえばいい。

このまま、彼女の中に溶け込んでしまえればいい。


ジュリアスのその想いを感じ取ったかの様に、その細い腕がジュリアスの背に回された。

「愛している。・・私の、アンジェリーク・・」

囁きと共にジュリアスはアンジェリークの体を強く抱き返した・・・。




小鳥のさえずりを遠くで聞きながら、金の髪の少女はけだるげに体の向きを変えた。

「・・・ん」

間近に感じた気配に、重いまぶたをぼんやりと上げる。
「・・目覚めたのか、アンジェリーク・・?」
そっと髪に触れる指の感触に、序々に意識が戻ってくる。
「ジュリアス・・様・・」
目が覚めると、体のあちこちが甘く痛む。
そんな様子に気付いたのか、ジュリアスは腕の中の少女の顔を覗き込む。
「体が・・痛む、のか?」
気遣う様に自分を見つめてくるその蒼い瞳は、朝の光を浴びてサファイアブルーに輝いていた。
「ジュリアス様の瞳の色、・・この指輪の色によく似てますね」
アンジェリークは薬指にはまった指輪をかざして、微笑む。
「そうだ。・・お前が常に私と共に在るように・・」
ジュリアスは微笑して、そっと恋人の額に口付けた。



即位式当日。
補佐官就任の式が急遽、光の守護聖と次期補佐官の婚約式も兼ねることになったというニュースは、
飛空都市を始め、聖地及び大陸の人々を大いに騒がせた。

特にすごい騒ぎになったのは、言うまでもなく守護聖達の間でだった。

最初にそれを知ったのは、あの後反省してアンジェリークに謝ろうと私邸を訪ねたゼフェルで、
わかってはいた事だったがあまりに急な展開に呆然とし、自分の館に無事帰り着くまでに
3時間程かかったという。

オリヴィエとオスカーは実はふとどきな賭けをしていたらしく、
負けたオスカーは一ヶ月間、オリヴィエの私邸の大掃除をする羽目になったらしい。

ルヴァとリュミエールは表向き三人程の騒ぎにはならなかった様だったが、
「まだあきらめませんよ」という恐ろしい言葉をメイドが私邸の裏庭で聞いたとか聞かないとか。

結局、二人を素直に祝福しようという気があったのはランディとマルセル、
そして次期女王だけだった、というもっぱらの噂だった。
何はともあれ、婚約式に急遽取り寄せた純白のロングドレスを着て現れたアンジェリークに
守護聖は皆息をのみ、
同じく純白に金糸で彩られた貴族の正装着に、藍色に金の肩止めのついたマントを羽織った
ジュリアスの姿に聖地じゅうの女性、そして次期女王は大いに騒ぎ、
中には失神した者もいた程だった。

式は指輪交換と誓いの口付けのみ、という簡単なものではあったが、
二人はとても幸せそうで、その上取り締まったのは女王陛下、という事だけあって
大いに盛り上がったようだった。


「ふう・・」
全ての儀式が終わると、アンジェリークは自分の私邸に戻って来た。

今日でここともお別れ。

明日からは、聖地のジュリアスの私邸の方で暮らす事になる。

荷物は何度かに分けて必要なものだけ運び出す事になっているのだが、
いざ整理してみると、どれもこれも思い出の詰まった物ばかりで捨てられそうにない。
カタン、と両親の写真の入った銀の写真立てを取り上げ、見つめる。
「お父さん、お母さん、私ね・・大切な人ができたのよ」
幸せそうに微笑む。
「これからはその人と一緒に暮らすの。・・私、とっても幸せよ」
だから心配しないでね、と笑いかける。

コツン、と開いているドアがノックされて、アンジェリークは振り返った。
「ジュリアス様・・」
「どうした?・・何か見つかったのか?」
椅子に座って写真を眺めていた恋人にジュリアスは歩み寄ると、後ろからその体を抱きしめる。
「・・はい。これ、私の両親なんです」
そう言って見せた写真にジュリアスは微笑んだ。
「そうか。・・では近い将来、私の父上、母上にもなっていただく、という事だな」
言いながら、優しく髪に口付けるジュリアスにアンジェリークは嬉しそうに頷いた。
「ええ。・・お父さん、お母さん、この人が私の大切な人よ。
 すごく素敵な人でしょう?」
褒めてくれるよね?と笑うアンジェリークに、ジュリアスも微笑む。
「では、私からも約束させていただこう。・・貴方方の大切なご令嬢は、私が必ず幸せにする、と」
真剣な声で後ろから語りかけられて、アンジェリークは幸せそうにジュリアスの胸に顔を埋める。
「私も貴方の支えにならせて下さい。・・二人で一緒に幸せになりましょうね」
そう言って微笑むアンジェリークに、ジュリアスの愛おしさは募る。
「ああ、アンジェリーク。・・二人で幸せになろう」
「はい、ジュリアス様・・・」


木漏れ日が白い部屋を照らす穏やかな午後。

恋人達の幸せな時は、まだまだ始まったばかりだった・・・。
 
                   
 




                  〜FIN〜

うふふ、甘〜いですね。このサイトで補佐官(ていうか、まだ女王候補だけど)アンジェは初めてなんで、結構新鮮ですね。
地下室行きか!?という話もあったんですが、いわゆる「朝チュン」なので大丈夫でしょう。
私はロザりんも大好きなのに書くとなるとあまりちゃんと書いてあげられないんで、彼女の出番が多いのはとても嬉しいです。
ウチの奥手なジュリ様と違って(?)結構積極的なジュリ様がまたいいかも。あと、某鋼の守護聖の(某、じゃないじゃん)についてはファンの方…というか、彼×リモージュの方ごめんなさい…って、ここで言ったほうがいいのでしょうか、萌さん?何はともあれ、甘々ラブラブをどうもありがとうございました!

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