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有機農業って何なんだ

農業研究家 吉田信威
 これは、「酪農ジャーナル2007年3月号(特集"有機酪農は高付加価値を持ち得るか")」(酪農大学エクステンションセンター発行)に掲載したものです。

−− 目  次 −−


  1. 有機農業に対する意識
  2. 化学肥料が使われるようになる以前の農業
  3. 戦後の農業と問題点(畜産と耕種農業)
  4. 有機農業への転換
  5. 有機農業の問題点
  6. 有機農業って何なんだ
  7. 今後の課題

1.有機農業に対する意識

日本で有機農業、あるいは有機肥料や無農薬栽培等について農業関係者や消費者の一部からもいろいろと言われるようになって久しいものがある。有機農業による農産物生産もかなり伸びてきている。もちろん有機農業は化学肥料を使わずに有機質肥料を使い、また農薬を使わずに行われる農業のことである。化学肥料や農薬が発明され、実用化される前に行われてきた農業は全て有機農業であったし、今でも開発途上国でこれらが購入できないところで行われている農業は有機農業である。

しかし、私たちの多くは昔の農業を改めてそれが有機農業だという視点では見ないし、開発途上国の農業を我々が見習うべき有機農業だとは思っていない。また、化学肥料等が無かった時代の人達は自分達の農業が「有機農業」だという意識は無かった。現代でも化学肥料や農薬の「恩恵」にあずかれない人達もそのような意識は持っていないであろう。

過去のあるいは化学肥料や農薬を使えない開発途上国の農業もまた有機農業であるのかもしれないが、現在日本や欧米で有機農業という場合にイメージするのは過去の農業や開発途上国の農業ではなく、一度化学肥料や農薬の洗礼を受けた後にそれらによる問題を認識し、化学肥料と農薬に偏した近代的な農業に対するアンチテーゼとして言われる場合が多い。また現在の日本で言われている有機農業は過去の農業とも、また開発途上国の農業ともかなり異なるものである。


2.化学肥料が使われるようになる以前の農業

しかし、ここではまず過去に遡って、化学肥料や農薬の無い時代の農業を垣間見ることにしたい。

焼き畑農業では長い年月の間に土壌鉱物の自然の分解によるミネラルの供給、マメ科植物に共生する根粒菌をはじめとする微生物等による窒素固定等により土中に蓄えられた肥料分により作物を生育させた。樹木や野草を焼き払うことにより、これらに含まれる成分も肥料として利用できるようになる。これら肥料分が利用されて乏しくなり、また栽培に障害となる野草等が生い茂り、作物が生産できなくなるとそこでの生産を止め、別の所へ移る。これにより生産水準は低いながらも広い土地をうまく使い回せば作物の生産を継続することができた。

農業が定着化し、同じ土地が継続して農業生産を行うようになると、このようにして肥料成分を外部から持ち込むことが不可欠となる。当時ののヨーロッパ農業には役用・食用の家畜が不可欠だったが、その飼料は麦稈等の他に農地の周辺に広がる野草地の草が利用された。そして家畜の糞は肥料とされた。即ち周辺草地において天然供給された肥料成分が家畜を通じて農地に供給されたのである。後に輪作体型の中でマメ科牧草(クローバ)が導入されたが、これは肥料成分として最も不足しがちな窒素を効率的に家畜−農地体系にもたらすことにもなった。

日本では古くは草や木の若枝を刈り取り、肥料として農地に入れることが行われた。鎌倉時代以前は人糞尿は穢れたものとして食料を生産する農地には入れられていなかったが、鎌倉時代に人糞尿が肥料として極めて有効であることがわかった。室町時代には農業技術の向上により農業生産性が高まったが、人糞尿の肥料としての利用が広まったこともその一因となっている。江戸時代には江戸等の都市からは大量の人糞尿が農村にもたらされた。人糞尿の収集・運搬も当時の重要な産業の一つであった。現在有機農業を標榜する人達や畜産関係者の間で「物質循環」ということが言われているが、当時の日本ではこれが当然のこととして行われていたのである。

また役畜として牛や馬が少ないながらも飼養されており、これらのふん尿も敷きわらと共に堆肥に調製されて貴重な肥料とされた。鰊や鰯も乾燥させて肥料として流通していたが、このようなお金を出して購入するような肥料は、主により高い収益が見込まれる商品作物用として用いられた。


3.戦後の農業と問題点(畜産と耕種農業)

戦後、特に高度経済成長を背景とした食生活の改善を背景に大家畜生産は大きく発展した。そのような大家畜生産、特に草地酪農においては、生産されるふん尿は肥料として最大限に活用されるはずであった。しかし規模拡大路線の中では有効に活用されるべきふん尿を堆肥として調製し、飼料生産基盤に施用するための余力は次第に少なくなり、その結果として大量の利用されないふん尿の処理に苦慮する一方で、飼料基盤には化学肥料を施用するという状況になってしまった。そして草地酪農といえども乳量の増のためには購入飼料依存度を高くせざるをえず、その結果として大量の窒素、りん酸等の成分が経営内に持ち込まれ、その量は飼料基盤に投与しうる量をはるかに超えてしまった。そして一部の土地は飼料生産というよりはふん尿の捨て場となるようなことにもなりかねない状況となった。

他方で耕種農業においても大きな変化とそれに伴う問題も生じるようになった。日本において化学肥料が大幅に使われるようになるのは第二次世界大戦後のことであるが、その背景としては①農業機械の導入により役畜が無くなった、②農村における大家族が崩壊し、いわゆる「三ちゃん農業」化する中で多くの労力を要する堆肥調製は困難になってきた、③農村においても農業以外の人達が増え、堆肥調製に伴う悪臭が嫌われた、④回虫等の寄生虫の問題や、衛生上の観点、そして主に都市生活者の間に広まった「清潔志向」等があるが、何といっても所謂「基本法農政」の中で農業生産が規模拡大と専業化(個々の農家のみならず地域までもが)し、特定の部門、作物に集中するようになったことにより農地と畜産が乖離してしまったことが大きい。当初は土壌中にはそれまで施用されてきた有機質が残っていたため、当面は化学肥料だけでも作物は生産できた。更には化学肥料多用の条件における高位生産をめざした品種改良や栽培技術の改良等もあり、これらによりそれまで以上の生産性をあげることができたことが日本農業を化学肥料依存としてしまった。

そして土壌の劣化、連作障害という大きな問題が特に主産地とされる農地を襲うことになる。


4.有機農業への転換

今に見る化学肥料・農薬漬けの今の日本の農業は、特に戦後における第二次・第三次産業を中心とする経済発展に伴う人口の流出やその中で農業の「選択的拡大」を図ろうとした「基本法農政」の負の遺産である。消費者の一部から食べ物に対してより安全・安心を求める声がでてきた。農家の一部からも化学肥料と農薬で疲弊した農地やそこで生産される作物を見、また自ら農薬の影響を受ける等を通して、本来の農業生産に立ち返ろうとする動きから有機農業は発展してきた。

このような有機農業の動きは主に耕種において大きかった。そして耕種作物栽培における堆肥等の有機肥料の需要は高まってきている。酪農に限らず畜産全般においては、耕種部門におけるこのような動きはふん尿の有効を図るため、耕種農業との連携を図る好機であるともいえる。

加えて飼料基盤を有する大家畜生産においても自ら飼料生産のためにふん尿を最大限に活用することも必要である。これまで労力等の経営資源を飼料生産やふん尿を活用するということに十分に振り向けられなかったという事情もあった。しかし時代は既に規模拡大や生産性の向上(個体乳量の増加)だけに邁進するのではなく、ふん尿の活用も含めた経営全体の改革が重要な段階になってきている。

かつては耕種農業が化学肥料依存体質になってしまった時期においても草地畜産においてはふん尿を飼料基盤に施用するということはあたりまえのことであった。しかし、現今はまだ耕種農業の一部とはいえ有機農産物の生産は着実に拡大してきている。振り返って草地畜産はどうかといえば、改めて「有機農業」という観点で国民にアピールしようとする動きは弱かったのではなかろうか。


5.有機農業の問題点

有機農業といえども問題がないわけではない。有機質肥料はその材料、製造方法も多様であり、肥料成分や肥効、土壌・作物に及ぼす影響もそれぞれに異なる。有機肥料を購入する場合には、それぞれ作物に適した資材を選ばなければならない。あるいは自ら調製する場合には適切な材料を選び適切に調製しなければならない。材料が悪ければ、また適切な調製を行わなければ品質も悪いものしかできない。品質が悪ければ時に作物の生育に支障をきたすこともある。緩やかな効き方のものが多く、また地温や水分条件等の土壌条件に大きく左右される。有機質肥料は作る際にも、また使う際にもそれぞれに高いレベルの知識と技術が必要になる。

草地畜産では、堆肥は草地の更新や青刈作物の栽培には使えても、その形状(次回収穫の支障となる)や肥効(遅効性)の面から牧草刈り取り後の追肥としては使いづらい。一方でふん尿の液肥としての調製には相応の設備(牛舎構造等も含めて)が必要となる。特に冬期には施用できないため、この期間には大量のふん尿を貯留する必要があり、これに見合うだけのかなり大規模な設備が必要等の問題もある。

また畜産側から耕種農業へ堆肥等を供給する場面を考えた場合、畜産側においては家畜糞尿をこれにより「処理」したいという下心が暗に含まれていることもある。しかし、永続的な供給のためには、畜産側としてはこれをふん尿の処理ととらえるのではなく、耕種農業側で活用される資源と考え、使いやすく調製し、供給するように配慮することが重要である。特に蔬菜や花卉は牧草や飼料作物に比べて繊細であり、有機肥料といえどもその品質は生育や生産された農産物の品質に大きく影響する。適切な材料を使い、適切に熟成した堆肥でないと生育障害を起こすことも多い。敷料中の成分(フェノール類等)が作物の生育に影響を及ぼしたり、配合飼料に由来する成分(微量要素や抗生物質等)がふん尿中にも含まれ、堆肥中にも残留することもある等の問題点も指摘されている。有機肥料の供給側とすれば、利用側の意見を聞きながら調製方法等を工夫し、試行錯誤しつつ品質を高めていくことが重要と考える。


6.有機農業って何なんだ

「有機農業とは何か」ということに対する答えはもちろん化学肥料や農薬を使わずに、有機肥料を使って作物を栽培するということに尽きるのであるが、これを主張する人によってその定義するところが異なっている。中には「○○を使わなければならない」、「○○を使ってはならない」、「○○菌を使わなければならない」等々。更には有機肥料の施用さえも否定して、無施肥にこだわるようなものもある。これらの中には広く普及させるには問題のあるものも多い。あまりに特殊なものは一種新興宗教的なものを感じさせるものがある。良い有機肥料を調製し、適切にそれを使い、また作物や栽培条件に適した栽培管理を行うことが有機農業の基本であると考える。


7.今後の課題

戦後の農業技術の進展は化学肥料や農薬の使用が前提となっており、試験研究機関における研究とこれによる技術の改善もそのような路線の上でなされてきた。最近でこそ有機農業にも関心が向けられてきたが、現状ではまだ有機肥料の品質やその利用等についての研究はまだ十分とはいえない。有機農業についてはまだ科学的に解明されていないことが多い。今後の試験研究を通じて栽培作物毎の適切な肥料の調製・利用方法が確立することが必要と考える。

特に草地畜産での活用場面を考えた場合、前述のように堆肥、液肥とも問題なしとしない。このため家畜ふん尿の草地への施用に関して適切かつ実際に普及しうる技術に関しても研究が継続されることが必要と考える。生産した飼料においては栄養価を分析することが各地で行われている。同様なことが農家が生産した堆肥等においても行われるようになることが望ましい。

まだ耕種農業サイドでも多くの農家が有機農業に取り組むにはまだハードルが高いものがある。有機農業の科学的な解明と技術向上により多くの農家が取り組みやすくなり、有機農業の一層の進展がなされるよう期待する。


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