昭和58〜59年に畜産局が行った草地基盤総合整備調査データによると、調査対象となった飼料基盤面積の合計は約745千ha(北海道:約574千ha、都府県:約170千ha)でこのうち牧草地が約591千ha(北海道:約494千ha、都府県:約97千ha)、飼料畑が約64千ha(北海道:約43千ha、都府県:約21千ha)、野草地が約32千ha(北海道:約36千ha、都府県:約52千ha)となっており、特に牧草地の多くは北海道に賦存している。
このうち各利用区分のうち作業効率等も面から地形が問題となる採草地をとりあげ、傾斜区分別に見ると、8゚未満が約265千ha(北海道:約239千ha、都府県:約26千ha)、8゚〜15゚が約41千ha(北海道:約27千ha、都府県:約14千ha)、15゚以上が約5千ha(北海道:約3千ha、都府県:約2千ha)となり、北海道においては8゚未満の区分が圧倒的に多くなっている。都府県においても8゚未満の区分が最も多いものの、8゚〜15゚の区分にも相当の面積があり、地形的にはより厳しい条件にあるといえる。
起伏の状況については、多い、少ない、無いの3区分により示されているが、採草地面積では北海道では「多い」とするものが約23%、「少ない」が約65%、「無い」が約12%、都府県では「多い」とするものが約29%、「少ない」が約58%、「無い」が約13%となり、都府県において「多い」とするものがやや多い傾向がある。更に各傾斜区分別の起伏状況では、北海道では8゚〜15゚区分で起伏が多いとする割合が高いのに対し、都府県では15゜以上の区分で割合が高い。一般的には丘陵地や山麓等傾斜のある所では起伏も多いが、都府県では土地の制約が大きいために、このような悪条件が重なるような所をも利用しているという状況もあるものと推察される。
表1.傾斜・起伏状況別草地(採草地)面積 (単位:団地数、ha、%)
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北海道の大規模酪農地帯においても離農跡地の取得による規模拡大という経営の発展過程において飼料基盤の分散が進んできた。北海道における「新酪農村建設事業」も大規模酪農経営の育成とともに、その時既に分散化した飼料基盤の経営拠点の周りに集約するという意味もあった。しかし、ここで建設された大規模酪農においてもその後の更なる大規模化により飼料基盤の分散化が進んでいる。都府県においても経営規模レベルは異なるものの、規模拡大に伴う飼料基盤の分散が見られる。また、中山間地においては地形の制約もあり、1カ所にまとまった飼料基盤が得にくいという事情もある。
都道府県農業公社による農地保有合理化事業等により土地基盤の集約化を図ることとされているが、実態上は土地所有者の土地への愛着や財産保全的思考等もあり、権利調整は思うようには進んでいない。
これまでも草地等の開発・整備に関連した事業の進展により飼料基盤の整備は進み、傾斜度や排水等の問題を有する草地等も改善が図られてきている。また道路の整備も進んできている。
しかし、今後は経営規模の拡大等から圃場作業の効率化が一層求められてきており、大型高性能な作業機械の稼働に適した草地が必要となってきている。大型機械が効率的に稼働するためには圃場の面積規模や形状、起伏、排水等が問題となり、これまで利用していた機械の規模では問題とならなかったが、より大型機械の稼働のためには更に整備水準を上げる必要がでてくる場面もあるものと想定される。しかしその場合も草地整備には多額の経費を要することから、経営面も含めた検討に基づき実施する必要がある。
前述のように飼料基盤そのものは開発・整備が進められたことから現状においてはかなりの整備水準に達しているものと思われる。しかし、ここにおける草生状況は好ましいものばかりではない。単収水準の農家間のばらつきは稲作単収における農家間のばらつきよりもはるかに大きいものがある。これにはここから生産される飼料が中間生産物であり、生産努力が直接的に収益につながることが実感されず、また購入飼料という代替物もあることから、一部の意欲的経営を行っている農家以外の一般農家においては、飼料の生産性を積極的に高めようとする意欲に乏しいことが考えられる。このことは草地更新が適切に行われている割合が少ないことにも表れている。
また、わが国の気象条件が高温多雨であり、これは一般的にはわが国在来の植物(雑草)の旺盛な生育に適しているといわれるものの、しかし寒地型牧草の最適条件ではない(夏季の高温等)。このようなことから、雑草の侵入が問題となる草地も少なくない。草地等からの雑草の駆除に関しては以前から様々な努力と研究も行われてきており、成果も出てきているが、十分な解決策はまだ見いだせない状況にある。
表2.傾斜区分別開発可能地面積
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戦後の国内における食料供給に関しては、エネルギー源たる米の増産からタンパク質を得るための畜産物の生産拡大の時を経て、これらの多くについては現在既に大幅な需要の拡大は望み得ない状況となってきている。加えて農産物輸入自由化の波の中で、国内における農畜産物の生産には数量と価格の両面から大きな圧力がかかってきている。このような中で、個々の経営レベルでは規模の拡大(その一方で離農も)はあるものの、畜産全体の更なる拡大(飼料生産の拡大も含めて)は農家の自助努力のみでは困難な点もあり、これを一層推進するためには行政施策上の配慮も必要と思われる。
また、草地畜産においても家畜の能力向上は必然的に濃厚飼料依存率を高め、家畜個体における粗飼料を利用する能力や放牧適性を低めることにもなる。一方で多頭化の進展はフリーストール等の省力技術はあるものの、家畜飼養面での労働力需要を高め、経営全体において自給飼料生産に振り向ける力をそぐことになる。わが国の大家畜畜産全体が円高により安価で入手しやすくなった購入飼料に多くを依存する経営を志向することとなり、多くの畜産経営において、自給飼料やこれを生産する飼料基盤には十分な関心を持たれない状況となってきている(周知の通り、一方ではこのことによる環境問題等がわが国畜産の大きな課題となっている)。
昭和58〜59年に畜産局が行った草地基盤総合整備調査データによると、開発可能地は全国で約2018千ha(北海道:約614千ha、都府県:約1404千ha)ある。これを地域区分で見ると、農振その他区域と農振外区域に多くが賦存している。また、傾斜区分では、8゜未満が約413千ha、8゜〜15゜が772千ha、15゜以上が約833haとなり、全国的には傾斜がきついところに多くの開発可能地があることがわかる。しかし、このうち北海道では15゜以上の割合は少なく、比較的緩傾斜であるのに対し、都府県では15゜以上の区分に約1/2の開発可能地があり、このような傾斜地を実際に畜産的活用ができるのか、またこれを利用する場合には技術面(開発手法、利用方法)や経営面での問題を解決することが必要となってくる。
一方、関係集落から団地までの距離では、1q未満及び1〜2qに北海道では約1/4、都府県では約6割の面積がある。
このようなことから開発可能地については、北海道では傾斜のきつい所は少ない代わりに関係集落から離れた所に多くあり、都府県では逆に傾斜のきつい代わりに関係集落からは比較的近い所に多くあることがわかる。このようなことからこれら開発可能地へのアプローチ(どのように利用するのか、そのための開発はどうするのか)も北海道と都府県とでは変わらざるをえないものと思われる。
表3.関係集落から団地までの距離別開発可能地面積 |
地域 | 合 計 | 1q未満 | 1〜2q未満 | 2〜3q未満 | 3〜5q未満 | 5〜7q未満 | 7〜10q未満 | 10q以上 | 無 回 答 | |||||||||
団地数 | 面 積 | 団地数 | 面 積 | 団地数 | 面 積 | 団地数 | 面 積 | 団地数 | 面 積 | 団地数 | 面 積 | 団地数 | 面 積 | 団地数 | 面 積 | 団地数 | 面 積 | |
全 国 | 12,272 100.0 | 2,018,165 100.0 | 4,192 34.2 | 317,203 15.7 | 4,482 36.5 | 688,269 34.1 | 1,678 13.7 | 417,618 20.7 | 1,007 8.2 | 315,055 15.6 | 308 2.5 | 130,026 6.4 | 155 1.3 | 58,430 2.9 | 351 2.9 | 80,800 4.0 | 99 0.8 | 10,764 0.5 |
北海道 | 1,583 100.0 | 613,508 100.0 | 171 10.8 | 29,501 4.8 | 503 31.8 | 128,137 20.9 | 363 22.9 | 140,573 22.9 | 305 19.3 | 154,544 25.2 | 124 7.8 | 91,877 15.0 | 61 3.9 | 41,844 6.8 | 49 3.1 | 25,194 4.1 | 7 0.4 | 1,838 0.3 |
都府県 | 10,689 100.0 | 1,404,657 100.0 | 4,021 37.6 | 287,702 20.5 | 3,979 37.2 | 560,132 39.9 | 1,315 12.3 | 277,045 19.7 | 702 6.6 | 160,511 11.4 | 184 1.7 | 38,149 2.7 | 94 0.9 | 16,586 1.2 | 302 2.8 | 55,606 4.0 | 92 0.9 | 8,926 0.6 |
資料: | 草地基盤総合整備調査(昭和58〜60年調査) |
注. | 上段は実数、下段は構成比(%) |
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1の(2) において既存草地に関して背景となる農業・畜産情勢、経営環境について触れたが、これらのことは今後の草地開発にも同様におおきな影響を及ぼしている。現在草地の開発面積が非常に少なくなっていることは、開発適地そのものの立地条件(地形、利用の便等)によるものではなく、このような農業・畜産情勢、経営環境によるところが大きい。また、開発適地そのものに関しては開発の容易な部分については草地やその他用途(ゴルフ場、リゾート開発等)により既に開発済みとなっているものもかなりの部分あるものと思われる。
一方、農産物の需要と生産の長期見通し(平成7年12月11日)においては、平成17年における飼料作物作付面積を120万haと見積もっており、これは今後約17万haの増加を図らなければならないこととなる。この中では水田裏作の利用等も考慮に入れなければならないが、やはり新たな草地の造成もかなりの面積を見込まなければならない。これを現実のものとするためには、補助施策等の直接的な対策以前に畜産を巡る厳しい環境そのものの改善施策がとられなければならない。
草地等の開発を推進するためには開発可能地の賦存状態(立地条件)、社会条件、あるいはだれがどのように利用するのか等を勘案の上で進めることが必要と考えられる。また、飼料基盤の生産性の一層の向上とその有効活用を図るためには既存草地の実体の的確な把握や、今後に想定される経営の形態、生産・管理技術、作業機械体系等を踏まえ、的確な整備を進める必要がある。
飼料基盤に際しては、経営拠点に近い所においては一部周辺の未利用地の造成等も考えられるが、その主体は既存の草地の整備水準の向上であり、このことにより一層の集約的利用、効率的利用が求められる。平坦かつ大面積圃場を有する北海道等の大規模草地畜産(酪農)地帯では、今まで以上に高能率作業機による収穫が行われるようになる。飼料基盤においてはこれら高能率作業機が有効に稼働するための特質(圃場規模、平坦性等)が備わっていなければならない。放牧においてもスーパー放牧のような集約的放牧技術が更に取り入れられるものと考えられる。
一方今後新たに開発が進められる所は経営拠点より離れ、地形的にも厳しいものが多い(北海道では経営拠点からの距離、都府県では地形が特に問題となろう)。このような条件においては綿密な管理(草地管理、家畜管理)は困難であり、粗放的な放牧利用を考慮すべき場合も考えられる。このような場合は、かつてわが国において行われていた「大牧場(おおまきば)」のような伝統的(しかしその多くは失われてしまった)技術を現代に復活し、今日的な技術と適切に組み合わせた新しい技術体系を創設することが必要である。また、農家経営の実態、あるいは開発適地の集落からの距離等から農家の個別利用が困難な場合もあり、公共牧場としての利用を考えざるを得ない場合も多いものと考えられる。また、奥地の開発となれば河川の上流域にあたり、土砂流出の防止等環境保全にも十分配慮することが求められる。
この他、耕作放棄水田等の畜産的利用とそのための整備についても、現状の把握(賦存状況、立地条件、改善すべき点等)やこれを有効に活用する手法、整備方策等十分な検討が必要と考えられる。
草地の多面的機能については、本論の主題ではないので詳しくは述べないが、今後草地の拡大と一層の有効利用を図る場合には、地域の人々の理解を得つつ行う必要がある場合も多いと考えられ、草地の有する「ふれあい機能」を有効に活用することもそのための有力な方策となるものと考えられる。また草地畜産の次の世代の「担い手」確保のためにも一層「教育的機能」を発揮させるようにすることが重要であると考える。今後の開発・整備においては単に草地等の生産機能にとどまらず、このようなふれあい機能等にも配慮する必要のあ場面が増えるものと考えられる。
また、草地は国土の保全機能等を有しているが、一方では造成・整備時の裸地状態の下では土砂流失の危険性が高く、特に傾斜地に立地している草地は特に大規模な災害に結びつく危険性があり、十分な配慮が必要と考えられる。
草地の造成・整備とその利用については、マクロ的視点とミクロ的な視点の両方から考える必要がある。マクロ的視点とは ① 国土の利用による食料生産(国内における食料自給率の向上等)、 ② 国土保全、 ③ 環境保全等であり、これらのうち特に後の2つはその機能が十分に発揮されたことが直接的に経営を良くするわけではない。国(及び都道府県、市町村)が草地の開発整備に助成するのは、草地が適切に利用されることにより発生するこのような外部効果があるためである。
一方ミクロ的視点からは、開発・整備した草地を経営がどのように利用するかといった技術的側面や経営・経済的な効果であり、直接的に受益農家の経営に関連するものである。
草地の開発整備にあたっては、それが受益者の経営に最大限の効果が発揮されるようなものとすることが重要である。このような草地の開発整備の積み重ねによってマクロな視点から見た効果が発揮されるものと考える。
近年は飼料基盤の開発整備技術に関する研究ニーズは多くはない。草地の開発整備技術は即ち土木技術であるとの意識が一般的であり、しかもそれら土木技術は既に成熟したものとみなされている。しかし、既存草地や開発適地の立地条件、畜産を巡る諸情勢、社会条件等を考え、また飼料基盤の開発整備とその利用についてもこれまでの延長ではなく、新たな技術的展開を図ろうとするならば、これらに関する技術についても研究開発が更に進むことが求められる。
開発適地は従来以上に開発困難な条件のものが多くなっている。草地の整備についても新たな時代に即応した、より整備水準の高いものとすることが要望されよう。表面的な技術ニーズは少なくとも、潜在的には多くの解決すべき技術課題があるものと思われる。
最近草地の開発・整備関連の研究において取り上げられているのは、シバ草地造成技術、混牧林(林内草地)関係等の具体的技術に結びつく研究や草地の水文環境、牧草の発芽に及ぼす物理的環境(光、温度等)等の基礎的研究となっており、未利用土地資源の活用につながるものが多い。今後はこれら研究の一層の推進が図られなければならない。その中ではこれまで以上に具体的技術ニーズに応える研究と、それを支える基礎研究が密接に連携して進められることが重要と考える。
行政は広く農業の現場と接している。また単に現状対応だけではなく、長期計画等に基づき長期的な視野に立った施策を展開すべき責務がある。行政に対しては、行政上把握した現場における技術ニーズ、あるいは長期計画等(土地改良長期計画、酪肉近代化計画等)を遂行する上での問題や、これに対応するため解決すべき技術的事項について、的確に研究サイドに伝えていただくこと等研究サイドとも十分連携を図っていただくことを希望する。