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地域伝統野菜をどう活かすか

その特質と活用方法

吉田信威
 これは、にいがた市民大学『学び、楽しむ新潟の「食と花」〜地元農産物の魅力を探る〜』を受講した際の修了レポートとして作成したものです。

−− 目  次 −−


  1. 生産・流通形態から野菜を区分する
  2. 地域伝統野菜の多くが衰退した経緯
  3. 地域伝統野菜の意義
  4. 地域伝統野菜の活用方策
    (1)振り分けが必要
    (2)生産振興
    (3)育種素材としての活用
    (4)遺伝資源として保存
  5. おわりに

1.生産・流通形態から野菜を区分する

以下の議論を進めるためにも、最初に生産・流通形態から野菜を大きく3つに区分しておきたい。それぞれのキーワードを「全国(major)」、「地方」、「地域(minor)」としておく。「全国」とは各地で生産され、日本全国に広く流通するメジャーな野菜である。トマト、レタス等の主要な野菜がこれに該当する。大根やナスのように古くから日本で栽培されてきたものもあるが、後に外国から導入されたものが多い。従前から日本で栽培されていたものでも、大規模産地化するにあたっては多様な品種群の育成により作期も拡大され出荷時期の幅も広がっている。更に都会の消費者の口に合うような品種改良もなされている。

「地方」とは全国的な知名度はないが、県域ないし県内のある程度まとまった区分(例えば「新潟地方」)の中ではよく知られ、流通している野菜である。新潟の野菜では女池菜、十全ナス、黒崎茶豆等がこれに区分される。また「地域」はいくつかの集落群ないし旧市町村程度の範囲でのみ生産され、主に生産された地域でのみ消費される「地域伝統野菜」である。全国レベルで流通する野菜から比べれば極めてマイナーな存在であるばかりでなく、生産・利用も衰退傾向にあり、その中には消滅の危険があるものも多い。ここで取り上げるのはこのような「地域伝統野菜」である。

一方で中には時を経てランクアップするものもある。例えばニガウリは沖縄や九州といった暖地でのみ栽培・利用が見られたが、今では新潟においても普通の野菜になりつつある。元々は京野菜の一つであった「水菜」も全国区入りした感がある。

なお、流通形態に関しては以上の区分とは別に、インターネットによる直販という形態も近年見られるようになった。今後の地域伝統野菜の販路の一つとして注目される。

2.地域伝統野菜の多くが衰退した経緯

日本における野菜のほとんどは歴史的にはそれぞれが栽培される地域内で消費される地方なり地域内の伝統野菜であった。その中で江戸や京都・大阪等の大都市周辺では都市での消費に向けた野菜生産が盛んであって、その中から小松菜等の今日においてもメジャーな野菜(種類、品種)が成立していった。しかし野菜のほとんどはそれぞれ地域に独自のものであったため、当時は「地域伝統野菜」という言い方さえしなかったはずである。

この状況が変化したのは、戦後における日本が発展する中で人口の都市集中が進んだことがきっかけとなった。即ち人口の都市集中により、都市への食糧供給が課題とされた。国は1961年に農業基本法を策定し、これにより農業の近代化を目指すとしたが、その背景としては都市における食糧需要を満たす必要性も大きな要因であった。これにより野菜生産も「主産地形成」の名で大産地化が進められた。大産地での生産が行われ、市場を通じて大消費地の需要を満たすのに適した野菜が「全国区」の野菜として大規模生産が推進された。品種改良が公的試験研究期間や種苗会社において進められた。

その一方で地域伝統野菜は特定の地域で栽培されてきたために、特定の限られた条件に適する形でそれぞれの生産農家による選抜がなされてきた。このため同一の種類といえども農家間の違いがあり、また同じ農家のものであっても形状、品質等にばらつきがある。長距離輸送に耐える特質も有していない場合が多い。そして何よりも地域の人たちの嗜好に合わせて選抜されてきたため、地域の伝統料理、即ち和食に適した風味を有しており、洋風化してきた多くの日本人の好みとは合わない。地域伝統野菜には独特の「クセ」を有するものもあり、これは必ずしも都市住民の好むものではない。このようなことから地域伝統野菜のほとんどは大規模流通に乗ることはなく、農家が自家消費し、余った分をリヤカーや後には軽トラック等に乗せて近隣の町で売り歩いたり、定期市で売る程度にとどまった。そして高齢化により耕作を止めてしまったり、あるいは生活環境の悪化等から集落が限界集落となり更には崩壊していく過程で失われてしまった地域伝統野菜も少なくない。現存している地域伝統野菜も今後失われてしまう危険性を有している。

3.地域伝統野菜の意義

地域伝統野菜は地域の食文化とも密接に繋がっているだけにこれが失われることにより独特の食文化も失われてしまう場合もある。即ち地域伝統野菜の保存と活用が地域文化の維持に欠かせないという側面もある。

また地域伝統野菜の中からは生産が拡大し、全国的にメジャーなものとはいえないまでも、ある程度のまとまりのある地域において主要な野菜の一つとして位置づけられるに至るものもある(女池菜、十全なす、黒埼茶豆等)。

地域伝統野菜は農薬の使用が一般的になる前から栽培されてきたものも多く、近年注目されている有機栽培、無農薬栽培に適しているものも少なくないと思われる。

一部の地域伝統野菜では和食のみならず場合によってはプロの料理人が地域伝統野菜の持つ独特の風味を高く評価する場合もあり、時にこのような事例がNHKの「産地発!たべもの一直線」やBS朝日放送の「食彩の王国」等の番組で取り上げられることがある。

4.地域伝統野菜の活用方策

次に地域伝統野菜を今後どのように維持し、活用するかについて考えてみたい。

(1)振り分けが必要

地域伝統野菜に対処する方法としては大きく「栽培・利用を振興する」、「育種素材として利用する」、「遺伝資源として保持する」の3つが考えられる。これらのうちどれにするかは野菜の特質(どのような食べかたをされるか、どのような料理に適するか)と消費拡大の可能性、栽培上の問題点等をふまえて検討しなければならない。

「栽培・利用を振興する」となれば、既に栽培され、流通・利用されている野菜の中に割って入ることになる。特に近縁の野菜で既に広く栽培されているものがあれば、それとの競争になる。そのような中で消費者に買ってもらえるだけの特長や魅力がその野菜にあるかどうかを見極めなければならない。「育種素材としての利用」にしても、その種の野菜の育種が行われていることが前提であり、また育種素材としての何らかの魅力ある特質がなければならない。更には今すぐ栽培・利用されない場合も遺伝資源としての価値がある場合が多い。しかし遺伝資源としての保存をどこが担うかも問題となる(このことについては更に「(4)遺伝資源として保存」で論じる)。

(2)生産振興

その地域伝統野菜が「売れる」との見通しがたった場合には生産振興を図ることになるが、それを推進するためには、「推進役となるリーダー」、「生産組織」、「販売ルート」が重要なポイントとなる。

リーダーあるいは中核となる人達は、先ずその特産野菜が消費者に買ってもらえるかどうかを見極める必要がある。また売れる見通しが立ったならば、そのためにはどのような戦略が必要かを考え、農家に説き、農家を組織する必要がある。また販売ルートも開拓しなければならない。高級食材として利用が見込まれるならば、相応の料理店(料亭、レストラン等)の料理人の意見を聞くことも必要かも知れない。売れるようになるかどうかはこのようなリーダーの資質に負うところが大きいのではなかろうか。

次に実際に生産、販売するとなれば、生産する人達の組織化を図る必要がある。生産面では品質の統一、栽培技術の平準化等が必要である。農家ごとに異なる栽培する系統が異なり、品質に差異があるような場合には、どれかの系統に統一するということも場合によっては必要になる。また生産した野菜をまとめて出荷するためにも生産者の組織化は必要である。このような組織の中で次の世代のリーダーが育っていくことが望ましいが、特に高齢化が進む中山間地域では高齢者のみで若年層に欠ける場合も少なくない。地域伝統野菜を含めた農業振興とこれによる地域活性化により若手の定着を図ることが必要と考える。

販路に関しては当初は生産量も少なく消費者にも馴染みがないことからすぐに市場流通に乗せることができない場合も多い。このため農産物直売所での販売や地域のスーパーマーケットの野菜売り場内に特設のコーナーを設けてもらう等が考えられる。販売促進の意味も兼ねて、地域の飲食店でその野菜を使った料理を出してもらう等も有効であろう。「道の駅」等のレストランと売店が連携し、売店でその野菜を売ると共に、レストランではその野菜を使った料理を出すということも考えられて良いのではないかと思う。

また、地域伝統野菜は漬け物等に加工して食べられるものも多い。その場合、加工は生産者の組織あるいは農協等が担うことになる。これらは各地で行われているが、その良い例の一つは群馬県中之条町の沢田農協であろう。農協が漬け物工場を建設し、農家や特に第一線を退いた高齢者が作った野菜(地域伝統野菜だけではないが)を全て引き取り、漬け物に加工した。その品質が東京にも知れることになり、デパートで扱われるようになると需要も大幅に伸び、地域の振興や生産者の「生き甲斐」にもつながった。全てがこのようにうまく行くとは限らないが、このような先例からも学ぶことが重要であろう。

最近ではインターネットを使ったPRや販売も一般化してきた。特長ある野菜ならばインターネット直販は魅力ある販売方法である。

(3)育種素材としての活用

既にある地域伝統野菜をそのまま生産拡大し、販売に打って出ることは難しい場合でも、その特性を改善し、あるいはそれが有する何らかの特性(不良環境に対する耐性、独特の味覚、食感等)を活かすための育種素材として利用することも考えられる。これは地域の農家が自ら近縁の種類の野菜と掛け合わせたりすることもあり、また県の農業試験場(新潟県の場合は「新潟県農業総合研究所 園芸研究センター」)がこれを行う場合もある。ただし、全ての地域伝統野菜がその対象となりうるわけではない。県としてその野菜の育種を積極的に行っているかどうかにも関わってくる。そして育種を行っている組織や人がそれに育種素材としての価値を認めることがその前提となる。

(4)遺伝資源として保存

地域伝統野菜の中で当面は生産振興を図るに至らず、かつすぐには育種素材としての活用も見込めない場合であっても、遺伝資源としての価値を有する場合も多い。その種類・系統というものは無くなってしまえば永久に復元することはできない。そのためには遺伝資源として保存することが重要であるが、どこがそれを担うかが問題となる。

国レベルでは「独立行政法人農業生物資源研究所」がこれを担っている。しかしここに保存されている植物等は利用を希望する者には広く提供することになっている。このようなことから、県関係者には県内の遺伝資源は県として維持したいとの考えがある。このため県の試験場での保存・維持を望む声が強いが、一方で県の試験場では人的資源(研究者)、予算、設備それぞれが切りつめられている状況であり、多くの地域伝統野菜の保存・維持は困難な状況にある。このため、当面育種素材としても利用の見込みがたたないものについては農業生物資源研究所に保存してもらうことも積極的に考えても良いのではないかと思う。そして少なくとも近い将来に育種素材として活用の見込みがあるもののみ県の試験場で保存を行うという仕分けが必要と思われる。

5.おわりに(本稿の摘要)

地域伝統野菜の多くは生産されなくなり消滅してしまう危険性をはらんでいる。独特の風味が都市部の消費者にはなじめないものもあるが、中には野菜として価値が高いものもある。

生産拡大が可能なものは生産振興を図り、そうでないものも育種素材や遺伝資源として維持を図ることが有用であるが、全ての地域伝統野菜がその対象としうるものでもない。それぞれの野菜としての価値、遺伝資源としての価値を見極めて利用・維持を図ることが重要と考える。

また生産振興を図るにはそれを牽引する人や生産組織の「やる気」と知恵も重要である。


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