top > 一寸コラム>補正予算案の可決と定額給付金(2009.03.04)

補正予算案の可決と定額給付金

昨日、景気刺激を主目的とした補正予算案が衆議院議員の3分の2以上の賛成により可決、成立した。これは衆議院の賛成多数により可決し参議院に送られたが、野党多数の参議院議員により否決されたため、再度衆議院議員において3分の2以上の賛成により可決されたものである。もとよりこの補正予算案の審議においては「定額給付金」が議論の中心となったし、また国民の関心も高かった。

与党側は「定額給付金」にこだわり続けた。これは元々は公明党が主張した定額減税が与党側の議論の末に形を変えたものであった。これは国費を使った与党の選挙対策という側面をも有している。一方の野党側はこれに反対し、国民に「定額給付」としてばらまくのではなく、雇用対策等に重点的に使うべきと主張した。当方は与党、野党のどちらの主張に景気浮揚や雇用対策、低所得者対策として有効かということに関しては野党側の主張に軍配をあげざるを得ない。雇用対策として雇用拡大のための予算として使う方が真に困っている人のためになり、また総体的にも日本経済のためになるように思うのであるがいかがであろうか。

「定額給付金」は、国民1人当たり1万2千円(65歳以上、および18歳以下は2万円)が支給されるものである。支給された「定額給付金」は直ちに国民の支出増、即ち有効需要の増加につながるのであろうか。職を失った人や低賃金で働かざるをえない人にとっては即支出の増加となるであろう。しかし当面そこまで困窮していないという人は、必ずしも支出増とはならないのではあるまいか。

デパートや旅行業者等は「定額給付金」目当てのセールを行うであろうが、これらは生活必需品ではない。どれだけの国民がこのような業者の宣伝に耳を傾けるであろうか。

麻生総理は「景気が回復したならば」との条件付きながらも3年後には消費税率のアップをすると言っている。3年後が5年後になるかもしれないにせよ、将来は消費税率をアップするだろうことは国民の消費行動に影響を及ぼすことは予想されることである。もし国民が十分な余裕資金を持っているとするならば、将来において消費税率がアップするとなれば、税率アップ以前に買えるものは買ってしまおうとするであろう。しかし財布に余裕が無い場合には将来に対する不安から、当面は無駄な消費は控えて将来低下するであろう生活水準をできるだけ低下させないように貯蓄するようになるであろう。

「将来は税率アップ」と言ったとたんに、そのことは現在の消費を冷えさせることになる。少なくもこのようなことは不況時に言うべきことではない。当面の景気刺激策に必要な経費は、将来的には増税という形で国民に負担を求めなければならない。だからといって、不況に直面した今、造成を言いつのることは不況対策の足を引っ張り、その効果を減殺することに他ならない。

一方で野党(野党第一党の民主党)はどうかと言えば、政権奪取が現実味を帯びてきたこともあり、与党案については「何でも反対」とし、議論を長引かせたのにも問題がある。

また、麻生総理自身が「定額給付金」をもらうかどうかですったもんだしたが、当方はこのようなことが国政上重要なこととは考えない。野党ももっと重要なことで政府を追及してもらいたかった。

与党は「定額給付金」に固執し、一方で野党は反対、反対で議論を長引かせる。このことが国政の機能不全をもたらしているのではなかろうか。このような不況時には何がベストかということを時間をかけて審議するよりも、たとえ次善の策であったとしても早期に行うことの方が重要である場合が多い。このことからすれば、与党は野党の案を「丸呑み」にしても良かったのである。与党(自民党)が野党案を「丸呑み」したのは過去にも例があるのである(バブル崩壊時に民主党提出の「金融再生法案」を自民党・小渕政権は「丸呑み」した)。一方で野党はこれほどまでも執拗に与党を攻撃することは無かったのではあるまいか。

いずれにせよ「定額給付金」は国民に支給される。しかし、国民の中で一番困っている人…ホームレスの人は「住所」が無いために支給されない可能性が大きい。一番困っている人に給付されないというのは非常に大きな制度的欠陥といえる。このような時こそ困っている人に手厚い措置が求められるのである。

一方で「定額給付金」は麻生総理や請負、派遣社員の雇用契約の解除を行った大分キャノンの親会社、キャノンの会長であり日本経済団体連合会会長でもある御手洗氏をはじめとする富裕層、生活に困らない人にも給付される。できればこのような人は定額給付金を数倍して非正規雇用の人やホームレスの人を支援しているNPO法人などに寄付する等してほしい。自分のために無駄な金を使うよりもどれほど生きたお金の使い方になるか。日本人のモラルが試される時でもある。

(2009.03.04)


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