2007年7月・8月・9月
2007年9月30日
TVアニメ最終回。
改編期が迫り帯番組で放映されていたTVアニメが次々最終回を迎えているようだ。
とはいえちゃんと見ているのは『電脳コイル』だけで、他の作品はたまたまTVの前にいる時間帯に買い摘んで観ていただけなので正直ストーリーはさっぱり解らない。だから最終回だけ並べてみていると変な感じになる。
今も昔もラストは大凡パターンが決まっている。神よりも人間が勝ち、テクノロジーより愛が優るというラストは変わっていない。多少アレンジされているとはいえSFアニメは大体これが定番。
変に穿ったラストにするとインパクトがなくて中途半端な締めになって糞切れが悪い。
この王道ラストを如何に魅力的に納めるかが作品の質を決めるのだろう。
『グレンラガン』も結局5回位しか観ていなかったのだがラストはそれなりに綺麗に納まっていたようだ。
最近感じる事は、作っている世代が自分と同じか自分より若い世代になってしまいアニメを通じて「教えを乞う」みたいなことが気恥ずかしくなってしまった。
自分より人生経験が短いクリエーターが作った作品を真剣に観ていると「俺は一体何をやっているのだろう」と戸惑うのだ。
ちょうど高校野球が自分より年下である事に気が付くと急に醒めてしまうのと同じようだ。
それだけ自分は歳を取ってしまったのだ。
『らきすた』というアニメも人気があるようだが、一度だけ観て耐え切れない展開に鳥肌が立ってしまった。
その回は何やら主人公の娘の家庭が出てきて親子共々ヲタクネタで盛り上がるという秋葉系妄想大全開の話だった。その上幽霊になった妻もそんなヲタク親子を優しく見守るという「おぞましい」展開に失禁しそうになった。
アニメだから御都合主義で何も悪い事はないのだが、やはり自分位の世代になるとこのような妄想を訳なく描いてしまう感覚は耐え切れないのだ。
あそこに描かれているヲタク夫婦と親子は理想的秋葉系家族を追求しているのだろうか?
自分の可愛い娘とヲタク話題で一緒に和む一家団欒。
恐ろしい!
そんなことありえるか!
親がヲタクだったら年頃の娘は親を汚物を見るような目で睨み軽蔑するに決まっている。
「キモ親父!」と一瞥して口も利かず10m以内にも近づかないだろう。
親父は父と娘との溝に悩み絶望する。
これが自分の世代の定番だから、ヲタク父娘の和やかな団らんが断じて許せないのだ。
だからこのアニメは直視出来ない。
恐ろしい作品だ。
他愛のないヲタアニメに恐怖を感じた秋であった。
2007年9月25日
昨日航空宇宙系同人誌即売会「東京とびもの学会」にサークル参加参加してみた。
基本的に同人誌即売会はコミケットとコミティアのみに限って出席しているのだが、今回は知り合いからこのイベントのチラシを貰ったのがきっかけでひさしぶりに小規模なオンリーイベントに出てみた。
場所は自分にとっては初めての大田区産業プラザPio 。
京浜急行蒲田駅降りてすぐの場所。アクセスは良い。
当日は幾つかのイベントが平行して開催されており、そのイベントから流れてきたお客さんもいて規模の割には本の頒布も比較的順調であった。
出店サークルは20前後。本当にこじんまりしていたが、大きなイベントにはないアットホームな雰囲気もまた一興だ。会場では航空宇宙関連のビデオ等が上映されたり、ヘリウム飛行船を飛ばしたりとオンリ−イベントならではの催しがあった。
そのヘリウム飛行船が過って天井に引っ掛かってしまったハプニングもあったが、あの後無事回収されたのだろうか?
・
夏休みの小休止を挟んで放映中の『電脳コイル』。
相変わらず毎回目が離せない。
「あっちの世界」とは如何なる所か?謎解きやストーリーの構成も起伏豊かで飽きさせない演出は見事だ。
サッチーも5台に増えたし、なにやら黒いサーチマトンも出てきそう。
あと10話近く残っている訳でまだまだ楽しみである。
2007年9月21日
航空宇宙系同人誌即売会「東京とびもの学会」にサークル参加。
頒布予定はYOKOTA TWIN
TAILのみ。
2007年09月24日(月曜日・振替休日) 11:00〜15:00
大田区産業プラザPio 大ホール(の一部)
こじんまりとしたイベントも一興かと。
2007年9月20日
吾妻ひでお『失踪日記』
あれほど煩かったセミ時雨も、もう殆ど聴かなくなって、代りに秋の虫の合奏が目立ってきた。
蝉もコオロギも鳴くのはオス。
盛んに鳴いてメスを呼ぶ。全て繁殖のための鳴き声だ。
盛夏にメスを求め、鳴き続けたオスの蝉も皆僅か一週間だけの地上での寿命を終えて累々たる屍骸を残して消え去った。
儚きぞ命。
いったいオス蝉の何割位が交尾に成功したのだろうか?
・
遅ればせながら吾妻ひでおの『失踪日記』を読む。
阿佐ヶ谷某BARのカウンター横本棚に少し前から置かれていて、たまたま先日その本を捲っていたら気が付くと最初から最後まで読んでしまった。
吾妻ひでお氏の作品は特に熱心に読んでいた訳ではなかったが、かつての週刊少年チャンピオン等に掲載されていた『8ビート』や『ふたりと5人』は妙に気になる作品だった。メジャー少年漫画誌の中で当時から「美少女」を描ける人は氏くらいではなかったか?
さて、失踪日記の中で語られる吾妻ひでお氏の自伝は正直壮絶なるモノなのだが、3等身位のギャグ漫画風作画とのミスマッチがその悲惨さを相殺して口当りのよいエッセイとして読めてしまうところが凄い。
いわいる放浪失踪癖のある人は芸術家肌には結構多いようで、漫画家のみならず多くのアート系著名人の自伝なんか読むと大抵は放浪の記録。最悪の場合は何処か人知れぬところで野垂れ死んだりしている。
もともと漫画とか絵とか音楽とか文章書いて身を立てようと志す人間は皆「変人」な訳で「変人」が放浪失踪しても、ある意味違和感はない。
以前、阿佐ヶ谷の某ワークショップでお会いした事のある故永島慎二先生も若い頃、放浪していたと聞いた事がある。
どんな放浪だったかは知らない。でも端から見れば世捨て人として世間から隔離された場所に逃げ込んでいるような放浪とは趣が違うような感じがする。
そう感じたのは、随分前の日記にも記したが、永島慎二氏の息子さんのミニリサイタルを観た時。
現在も著名なクラシックギター演奏者として活躍されている。
もし父親がいい加減な自暴自棄に基づいて失踪するような人間であったならば、おそらくこのような立派な息子さんは育たなかったであろう。
たぶん氏の放浪中でも奥さんが家をちゃんと守っていたと思われる。
氏にはそのような「安心して帰れる家」があったからこそ放浪出来たのではなかろうか?
吾妻ひでお氏も同じく、失踪中でも心の支えとなる家族が存在していた訳でただの失踪とは違うのではなかろうか?
『失踪日記』でも描かれているが、氏の失踪中もちゃんと家族によって「捜索届」が警察に出されていたという。
ここでの家族は何といっても奥さんであろう。
だいたいアート系変人と結婚し居を同じくすると言う事は、相当の覚悟がいる所業であろう。
世間的常識が通用しない男の妻など、普通の女性では勤まらない。
並みの女性であったならば、旦那が失踪、放浪してしまったらさっさと関係を解消して逃げ出してしまっていたかもしれない。
そうしなかったのは、おそらく相当肝が座った奥さんに違いない。ちょっとした事でも動じない「強い女性」だからこそ旦那を見捨てなかったのだ。
勿論、実際の事は判らない。直接会った事もなければ素性を知った訳でもない。あくまでも著書や間接的なエピソードで憶測しただけの話。
だがそうでなければ、永島慎二氏の息子さんがあんなに立派になれる筈もないし、吾妻ひでお氏が復帰して『失踪日記』を執筆出来る程もなかろう。
「内助の功」とは古い言葉だが、立派な奥さんが居てこそ男子は偉大な仕事を成し遂げられるのは今も昔も変わるまい。
もっともその男に「相当なる魅力と才能」がなければ「立派な奥さん」はやってこないし、たいした才能もない平凡な男には決して「内助の功」など得られない。
つまり「立派な奥さん」とは決して自己犠牲に基づく献身ではなくて、「才能のある男=高収入が期待出来る男」であって「立派な奥さん」になる女性もそれなりに十分な計算をしている訳だ。
苦労も忍耐もあるがそれなりの見返りもちゃんと獲得出来る。
「立派な奥さん」とはそういうものであろう。
『失踪日記』を読んで一番感じた事は、「生きていくには誰かしらの助けがいる」ということだ。
無能な男にはそんな女性の功を得る事は一生出来ない。
力のない男には誰の助けも得られない。
その他大勢の「本物のホームレス」となって野垂れ死ぬしかないのだ。
交尾出来なかったオス蝉の屍骸のように。
2007年9月18日
連休。
ラジオを聴いていたら今年はあと4回も3連休があるという。
そんなに休みを作ってどうするのだ?自分は自由業だからあまり影響はないが、勤めている人はしわ寄せが他の平日に来て大変だとか。
学校等は土日休みの分、夏休みを削って授業を設定すると聞いたが、これでは本末転倒。
いったい何のための誰のための休日、連休なのだろう?
休み癖がついたらもう元には戻せない。
その内3連休など当たり前になって、働くのは週の半分とかになりそうだ。
その一方で年金年金と毎日煩い。働かずしてお金が欲しい人達の大合唱だ。
誰もおかしいとは思わないのだろうか?
昔、こんな歌があった。
「海の男の艦隊勤務!月月火水木金金!」
もはや勤勉な日本人は過去の世界。
もっともニート引き蘢りにとっては1週間、日日日日土日日だが。
2007年9月15日
夏コミの新刊YOKOTA TWIN
TAILが『とらのあな』のサイトでも通信販売で購入出来るようになったので御報告。
宜しくの程を。
2007年9月14日
打ち上げ成功。
日本の月探査回周衛星「かぐや」が無事H2ロケットによって14日午前打ち上げられた。
現在のところ順調に飛行中だとか。
それにしても地上波テレビではどこも生中継しない(打上げの様子はネットでも中継されてたようだが、相変わらず古いOSとソフトのため観る事が出来なかった)。アポロ以来の月探査と言われながらメディアは殆ど無視する。
直近のニュースを観ても政局はまだしも、どうでもよいような殺人や強盗、詐欺の話題が先に報道される。
自分達が今、如何に「下らない連中が支配する時代」に生きているかを実感する。
月へ向かうという魂の高揚こそ伝えるべき最優先の議題であるはずなのにネガティブな汚物報道に終始するメディアの姿勢はいつもながら万死に値する愚行だ。
いつまでこんなことをつづけるつもりだ?
それはさておき、「かぐや」には自分も応募したメッセージが搭載されている。
無事、月軌道まで到達する事を祈る。
月からのハイビジョン映像など楽しみだ。
2007年9月13日
エヴァンゲリヲン
当初、観る予定がなかった新劇場版『エヴァンゲリオン』。知り合いのブログなど拝見すると比較的好印象な感想が記されていたので先日映画館に足を運んでみた。
場所は新宿シネマスクエアとうきゅう。
ここは10年前の劇場版や年越しオールナイト上映の時にもエヴァを観た映画館だ。なぜかまた同じ所。
平日午後であったが結構お客さんが居た。秋葉系というより普通の若者客が多い。
上映が始まって暫くすると、何か猛烈な自己嫌悪に襲われる。
なぜ10年経っても自分は同じ場所で同じ作品の同じ場面を繰り返し観ているのか?
これではただの反芻行為ではないか?
これは恥ずべき行いだという幻聴が何処からともなく頭に響いて、思わず席を立って映画館から逃げ出そうとした。
確かに最新CGを駆使して場面場面はリアルにリニューアルされてはいたが、それだけだった。無論それは最初から解っていたにも拘らず自己嫌悪は強烈だった。
かつて感じた登場人物への感情移入は全くといってよいほど、ない。
自分にとって通過儀礼としてのエヴァはすでに心象に焼き付いた「過去」であり、今更新たなリニューアルを観る必要性はなかったのである。
更に言えばエヴァは己の世代においての「滅びと絶望の美学」であって、そんなキャラクター達が妙に前向きに再構築された映像には拒否反応が起こってしまうのだ。
スクリーンを眺めつつ、自分の10年間を振り返る。
いったいこの10年間、自分は何を獲たのか?
それよりも失い、削られてきた事の方が多かったのではないか?同じ作品をこんな風に観ている事自体、何も成長していない証拠ではなかろうか?
2007年において『エヴァンゲリヲン』を観ている者、作った者、演じる者全てが「人生の敗北者」ではないのか?
この『エヴァンゲリヲン』は商売としては間違っていない。知名度も高く利潤を上げるタイトルとしては申し分ないネームバリューを持つ。
そしてそれは興行として大成功する事が確約されているから、スタッフ、投資者達も喜び勇んで再結集したのだ。
なぜタイトル曲が高橋洋子ではなくウタダヒカルなのか?
その答はひとつ。ウタダの方が知名度が高く集客力があるからに他ならない。
そしてその思惑とおり『エヴァンゲリヲン』は好調のようだ。
だから『エヴァンゲリヲン』は商業作品として、興行として決して「敗北」などしていない。
むしろ「勝者」であろう。
だが、結局のところ、10年前に完結された筈の『エヴァ』を再劇場化しなければ収益が上げられない情況は、クリエーターとしては敗北しているのではなかろうか?
宮崎駿がもし『ナウシカ』『ラピュタ』をはじめとするジブリ新作を次々発表するのではなく、何回も『カリオストロの城』をリメイクし続けていたら、たとえ興行的によかったとしてもクリエーターとしてどれだけ評価されたか。
だが今の商業アニメ映画情況を考えるとジブリが特別なだけであって、過去ヒットした作品の再構成化はむしろ普遍的な映画作りの王道なのかもしれぬ。
リニューアルされた『エヴァンゲリヲン』はその王道に忠実に乗っただけのことだ。
観賞後、映画館ロビー売店でたくさんのエヴァグッズが販売され、結構売れていた。サイトで紹介されている商品以外にもアイテムは多く、劇場各々の場所でしか扱っていない限定商品まであった。
自分はクッキーを買ってみる。
帰宅後、開封してみると中味は10個だけ。上げ底パッケージに落胆すると同時にそれが『エヴァンゲリヲン』を観にいって自己嫌悪に陥った自分の情けなさを率直に物語っていた。
10年経って何をやっているのだ。
同じ事の繰り返し、リニューアルだけが自分に残された「活動限界」なのか?
痛い虚しさが、上映後のウタダヒカルの楽曲とシンクロしていた。
2007年9月12日
世襲首相辞任。
報道によると日本の首相が唐突に辞めたとか。
結局この世襲議員に首相の素質がなかったということか?政治家なんてモノは狡猾さ太々しさがないと勤まらない。多少世間やメディアに叩かれようと我関せずに一徹さを貫かないとやってられない商売だろう。綺麗で潔白な政治家など存在しない。そんなのは政治家とは言わない。
特に保守系でナショナリズムに重きを置く首相ほどあらゆる内外の妨害勢力から叩かれるのは目に見えていた。
おそらくそれを防御する役割の人物が居なかったのだろう。
10年位前までは、日本にも狡猾老練な政治家やそれを裏で支える黒幕みたいなのがいて「汚れ仕事」を効果的に処理していた。旧日本軍の大本営参謀や戦犯将校みたいな国の存亡を賭けて歴史を潜り抜けてきた猛者が内政外交を裏で取り仕切っていた。
今回辞めた世襲首相の祖父も半世紀近く前、国会の周りに何万と押し掛けたデモ隊を尻目に強硬に日米安保条約を更新。まあ多少死人が出ても動じない図太さがないと国政は勤まらない。
閣僚の一人や二人自殺した位で狼狽しては国の指導者になる資格はない。
なにせ戦中大本営参謀やってた元将校なんて、自分の命令で何万人の部下を死地に追いやっているのだ。
背負っている魂の重みが違う。
そんな黒幕が死に絶えてしまった今、日本には一国を司る図太い指導者を期待する事はもう無理だろう。
次の首相も世襲議員らしいから結果は知れている。
あと何やら漫画マニアの首相候補がいらっしゃるようだが、あまり表に出ないで頂きたい。この人が不祥事やら失政で叩かれたりしたら、真っ先にこの議員が支持していた漫画を含むアミューズメント産業が矢面に立たされスケープゴートにされる可能性がある。
日本の漫画が海外で焚書にされる事態だってありえるのだ。
漫画文化を日本外交の一手段と考えるならば水面下でひたひたと進めるべき。派手にやったらとんでもない事になりそう。
まあとにかくこの首相候補氏は日本の宰相になるなんて野望は捨て、深く静かに潜行して裏方に徹して頂きたい。
どうせ次の首相も任期は長くあるまいから。
2007年9月10日
『トトロの家』
9月10日付け朝日新聞夕刊に実家の近所にある北5丁目の薔薇庭園のことが載っていた。
築80年の木造平家建て。薔薇やキンモクセイの庭木に囲まれて、古来阿佐ヶ谷にあった正統的庭付き家屋の象徴でもある。あの宮崎駿氏も著書で「トトロの住む家」と紹介するほど有名。CMのロケ地にもなった。
しかし、家主が高齢化して7月に地主の神社(神明宮)に借地を返し、家の所有権も神社に譲渡したという。地元町内会が保存に向けた著名活動をし、地元自治体の杉並区も保存に関心を寄せているという。
この辺りは昔から「お伊勢の森」と呼ばれ、現在阿佐谷北1丁目に有る神明宮の旧社地。殆どがその神社の借地だ。
だが最近、その借地が住民の高齢化等で神社に返されるケースが相次ぎ、その跡地は尽く潰され木々一つない建て売り住宅や月極駐車場として醜悪な情況を曝している。
閑静な緑豊かな街並がアスファルトとコンクリートで埋められ居住環境を著しく悪化させているのだ。
真偽は定かでないが、現在の神明宮は八百万神に仕えるより俗欲に溺れているとの噂が絶えない。
御神木として近隣住民に崇められていたイチョウの大木を平然と切り倒し、マンションを建てたりと、旧来からの阿佐ヶ谷住民からは神明宮の悪行に対して怒りの声が木霊している。
これに関しては、自分も2年前、イラストストーリーとして自費出版した『阿佐ヶ谷お伊勢の森覚醒巫女』の中でも訴えている。
そのような情況であるから、この「トトロの住む家」もどうなるか解らない。
ヒートアイランド防止とか温暖化防止とかでマスコミは都市緑地保護キャンペーンしているが、実態は金のためなら神聖な森すら潰してしまう輩によって貴重な緑は尽く破壊されている情況なのだ。
根本的に税制を大変換させない限り都市緑地は絶対に守れない。「土地の有効利用」という掛け声の下、個人の都市緑地が如何に破壊されてきたかを阿佐ヶ谷住民は肌で感じてきた。
宮崎駿氏が紹介したからマスコミも関心を寄せたのだろうが、この僅かな庭を守る事すら難しい情況では、遅かれ早かれ阿佐ヶ谷もマトモな人間が住める土地ではなくなってしまうだろう。
このようなことは個人の財力では如何ともし難い。行政が率先して保護戦略を推進しない限り情況は変化しない。
さもなくば、この「お伊勢の森」にヤマトタケルが再び降臨し、俗欲に塗れた愚か者に手痛い神罰が下されるだろう。
覚悟せよ。
2007年9月9日
荒修行「百里航空祭」
9/9開催された航空自衛隊百里基地での航空祭に赴いた。
8月の横田基地友好祭には行けなかったので、その分の埋め合わせという感じ。ただ前日まで行くか行くまいか決めかねていたので準備不足のまま出撃、案の定大変な目にあってしまった。
百里基地は茨城県霞ヶ浦の北に位置する飛行場。なのでアクセスが極端に不便。陸の孤島のような場所だ。それに今年は鹿島鉄道も廃止されて不便さは増している。
以前の日記にも記したように百里航空祭はこれまで2回程行った事があるがいずれも苦痛を伴う行程であった。3年前はバスが渋滞に巻き込まれ6時間も缶詰め。着いた時には航空祭が終っているという洒落にもならない事態だった。
なので相当早くから出かけないと間に合わない。体調も万全ではなく、徹夜だったのだが迷ってはいられない。
急いで午前5時に家を出る。ところが財布には3500円程度しか入っていない。交通費は最低往復4840円掛るから勿論足りる筈もない。ATMでお金を下ろそうとコンビニに駆け込む。
しかしなんと「只今取り扱っていない」との表示が。銀行の都合で午前7時からでないとお金が下ろせないのだ。
休日とはいえ24時間受け付けているのではなかったのか?この辺りがよく解らない。イレギュラーな銀行の都合で突然お金が下ろせないのは非常に困る。「24時間いつでも」に慣れてしまうとこういうことが起きてしまう。
たしかゴールデンウイークの時もこんな感じで資金不足に陥った事がある。また同じ轍を踏むのか?
(後で調べてみた結果、コンビニATMは「毎月第2、第3土曜日の21:00〜翌7:00はご利用になれません」と記してあった。こんな制限があるとは全く知らなかった)
だが今から家に戻ってお金を取ってくる時間が勿体無い。やむなく最寄りの駅に着いたらそこのコンビニで下ろそうと考え、交通費不足のまま出発する。
これが間違いの元であった。
中央線、山手線、常磐線を乗り継ぎ、最寄り駅JR石岡駅へ午前7時ちょっと過ぎ到着。ここまでの運賃が1620円。残り所持金2000円を切る。お金を急いで下ろさねば。
さっそくコンビニを捜すが駅周辺にはそんなものは見当たらず。駅員に聞いてもこの辺りにATMが設置してあるコンビニはないと言う。
逆にそんなものある訳なかろうというような対応で吃驚していた。
なんなのだ。これは?東京都内の常識は通用しないのか?
特急も停車する石岡駅でも利便性は都内の比ではない。午前7時からお金の出せる場所などこのような地方駅にある訳がないのである。
なんと目算が狂ってしまった。
仕方なく人影のない駅周辺の銀行を回るが何処もATMは休日の営業午前9時から午後5時まで。
まずい。お金が出せない。
こんなところで時間を食っていては航空祭に間に合わない。かといって所持金は1900円。これで百里基地までの往復1600円のバス乗車券買ったら帰りの電車賃が無い。
でも此所まで来て引き返すなど癪だ。取りあえず基地まで向かう事を決断しバス往復券を購入する。
後は野となれ山となれだ。午後5時までに戻って来れればなんとかなると甘い考えだった。それにたしかSuicaには多少残金があったはずだ。
この日は晴天で暑く、飛行場での炎天下では水分補給は必須。しかし所持金はわずか300円程度。ペットボトル2本位しか買えない。取りあえず駅で1本購入。所持金わずか150円のまま百里基地へのバスに乗り込む。
道中車窓から見えるコンビニにはATM の看板が。しかし途中下車する訳にも行かず見送るだけ。
そう、このような茨城の郊外では車中心社会なので、駅よりも街道沿いの方が便利だったりする。
渋滞の中、なんとか9時半過ぎに百里基地到着。
予想どうり滑走路脇エプロンは猛烈な陽射しで汗が吹き出す。事前に購入したペットボトルのお茶はあっという間に消費。もはや航空祭見物というより、残り150円でどうやってこの場を凌ぎ、家にたどり着けるかばかり考える状態に。
勿論お土産はおろか、食べ物も買えない。ずっと断食状態だ。
なぜこうもいつも余裕のない行動をするのだろうと自分を呪うが後の祭り。もう開き直るしかない。
暑さと渇きに苦しめられつつも、RF4やF15、F2の爆音や機動飛行を目前にすると急に元気になるのは哀しき性か。
必死になってカメラのシャッターを切る。
この暑さは来場者も基地側業者も予想出来なかったらしく、売店のドリンク類は昼頃に品切れだとか。あとは基地内の水道に頼るしかない。あまりの水不足に基地に装備されている給水車まで出てきた。
水道口には長蛇の列。自分もそこで水を浴びペットボトルに水を補給。普段は水道水など飲まないのだがこの日は例外である。
このような情況で長時間、基地に留まるのは危険なのでブルーインパルスの演技もそこそこに午後2時半、帰りのバス停へと向かう。
ところがそのバス停にはすでにびっくりする程の列が・・。
簡単に帰れそうにない。5時までに石岡駅に戻れないと銀行のATMが閉まってしまう。そうなると電車賃がない!
そんな焦りも虚しくバス停の列は延々と続く。列の最後尾を捜すも行けども行けども列が途切れない。
そんな時、自分の名を呼ぶ声が。
なんと知り合いが列の中に居たのだ。「これから帰りは大変ですよ。お互いがんばりましょう」と声を掛け合う。
結局その列は500mはあったか。最終的には1kmにもなったという。
全く動かない列。
バスはなかなか来ない。と言うより列の先が遥か彼方で窺う事も出来ずバスが来ているのかさえ解らない。何時になったら帰れるのか。不安は募るばかり。
その上、列は陽射しの中。水分補給はわずかに残ったペットボトルの水。トイレにも行けない。もっとも水分は皆汗になって尿意はゼロ。しかし並んでいる周りのお客さんも苦しそう。息絶え絶えの人や朦朧と座り込む人。自分も朝4時半から何も食べていない上に徹夜で来たから立っているのもしんどい。靴下を脱いで道端の芝に座り込んでじっと耐える。
もはや生命の危機すら感じるサバイバル状態。にも拘らず基地側もバス会社も抜本的な対応する訳でもなし。列の後方では給水車が来たらしいが。
入場料タダなんだからすべて自己責任で対処せよという事だろうか?バス会社の段取りの悪さは毎回の事ながら呆れる。もっともこんな人の集まる行事は年に一回位なものだからそのために準備するのは酷かもしれぬ。しかし厚木や浜松もバス経由の航空祭だが、ここよりずっと段取りはよい。
やはり土地柄ということもあるのだろうか?
待つこと2時間弱。
やっと石岡駅行きバスに乗れた。
しかし帰路も渋滞に引っ掛かり石岡駅着は午後5時半過ぎ。駅周辺の銀行ATMは勿論全部閉まっていた。
だがちょっと歩くと午後7時までATMが開いている銀行があるというので一途の望みを賭けて10分程歩いてみつける。やっとお金が出せると思いきや、
「只今この銀行のカードはお取り扱い出来ません」。
もうどうしようもない。
なけなしの150円を自販機に突っ込み、レモンウオーターで喉を潤し、暫し思案に暮れる。
仕方ない。残っているSuicaでいけるところまで行って乗り越し分の料金を友人に立て替えてもらうしかない。
幸い大学の旧友と連絡が付き、都内の某駅に来てくれるとか。
さて、これで何とか帰れるとSuicaを改札に通そうとすると
「残金0」。
そんなはずは?まだ800円位残っているはずだったのに?
しかし実際は一銭も残っては居なかったのだ!これも自分の「思い込み」。
財布の中は5円玉と10円玉全部で30円位だけ。
これでは初乗り運賃で取りあえず乗り込む事すら出来ない。
多分大丈夫であろう事が尽く「大丈夫」ではなかったのだ。
最初からして往復運賃不足で現地に向かう事自体無謀だったのに、なんという「思い込み」で生きていることか。
「なんとかなる」は「なんとかならない」のだ。
途方に暮れて駅案内の人に聞くと「かなり歩くけどATMのあるコンビニが街道沿いにあるはず」とのこと。しかし果してそこで確実にお金が下ろせる保障もない。どうしたものか・・と、ふと券売機を見ると特急指定券売機の横にクレジット会社のマークが。
そうだ。クレジットカードは持っている!
駅員に聞くと「みどりの窓口」だったらそれで購入可能だと。
結局「なんとかなった」のである。
クレジットカードで切符が買えるなど思ってもみなかった。これも逆の「思い込み」である。
こうしてなんとか家まで辿り着く事が出来た。
それにしてもこんな適当な資金不足、情報不足、徹夜のままサバイバルに近い百里航空祭から無事に帰れたとは。
目的意識がはっきりとしていると人間案外タフになれると改めて思い知る。
戦闘機の爆音と夏空に描かれるブルーインパルスの軌跡だけで渇きも暑さも疲労も忘れ、魂を震わす事が出来る。
多分、メッカ巡礼やお遍路廻り、アイドルの追っかけなんかも同じ感覚なのだろう。
そう、陸の孤島百里基地はある意味、航空ファンにとって仏陀の荒行みたいな場所なのだ。
また来年。
2007年9月5日
冷蔵庫壊れる。
自宅の冷蔵庫が突然冷えなくなった。どうやら故障したらしい。冷凍庫の中の食品がみんな解凍してしまい大変な事に。まだまだ暑い季節なので冷蔵庫が使えなくなるというのはとても困る。
もう14年も使っているので寿命といえばそうかもしれない。いつも当たり前のように機能しているものが突然停まってしまう喪失感はパソコン同様かなりの痛手だ。生活に欠かせない物が電化製品のみならず身の回りに如何に多いかと言う事を改めて知る。
いつのまにか有って当たり前という存在が増え、いつしか己の脆弱な「依存体質」を露呈させてしまう。
曾てはパソコン、携帯はおろかクーラーもない時代が当たり前だったのに、この存在に慣れると今やこれら無しに生活する事はかなりの苦痛を伴おう。なおも遡ればテレビ、洗濯機、冷蔵庫、掃除機すらなかった時代もあった訳で、この全てに依存しない生活はもはや不可能に近い。
冷蔵庫が復活する迄にかなりの時間を要するようだ。
機能しない冷蔵庫を見ると何だか恐ろしさを感じる。冷気を吐き出さない冷蔵庫は巨大な石棺のようで保存食料がみんな霊安室の遺体のようだ。
早く蘇ってほしい。
2007年9月1日
絵コンテ作業。
9月になった。やっと東京も涼しくなって凌ぎやすい。
商業誌で不定期連載中の「影男シリーズ」絵コンテ中。あと1回か2回で完結させ単行本化させようと思っている。どういうラストに持っていくか、なかなか難しい。
うんうん唸りながら絵コンテを記す。大凡のシナリオは出来てはいるがそれをどうイメージ化するかが難しいところ。思いとおりのイメージが描けず頭を掻きむしりたくなる。
毎回のように記すが漫画制作で一番頭を悩ますのがこの絵コンテ作業。この間はラジオも音楽も聴けない。ない知恵を総動員して漫画というコマ割りフキだし規格に自己表現をどう詰め込むかが大変なのだ。
嗚呼しんどい。
・
少し前、近所の西友に行ったら「ダンゴ虫飼育セット」なるものが売っていた。カブト虫なら商品になろうが、ダンゴ虫までとは。ただし、このセットにはダンゴ虫そのものは付いていない。石の下から拾ってきて飼育するらしい。
なんだか不思議である。
2007年8月27日
慌ただしい週末。
COMITIA81も無事終了。二週続けての同人イベント参加は初めてではなかろうか。
コミケット直後のコミティアは、まだ先週の余韻が残っていて7日続けてビッグサイトに居続けている錯覚に囚われる。何だが『ビューティフルドリーマ−』的。もっともコミティアはまったりしていて落ち着くから、コミケットとは別の感覚ではあるが。
さて、この週末は普段必ず参加する催しが三つも四つも重なって難儀した。ビッグサイト西館隣では『ハムフェア−』が開催されていたし、横田基地友好祭も全く同じ日程。その上、近所の高円寺では「阿波踊り」もこの土日にやっていた。
すべて行っていたら身体が持たない。結局横田はキャンセルせざるおえなかった。
8月の第1週と2週に主だったイベントがなかった分、後半に偏ってしまったようだ。
但し天候もよく、猛暑とはいえイベント日和の週末。8月はひきこもりの「虫干し」期間として結構外出している。
ああ、でも花火は見に行けなかったような。
いずれにしろ、これだけいろいろあっても、あっという間に過ぎてしまうこの感覚はなんだろう?
茜色の8月の夕景が心地よい。
・
久々に『阿佐ヶ谷誘覧』トップに書き下ろしイラスト一点追加。阿佐ヶ谷七夕の夜景。
2007年8月24日
最新情報ではすでに告知済であったがネットラジオのおしらせ。
創作集団『Strawberry
Cross』が主催するWebラジオにゲスト出演した。
第十一回・『ゐづも&ゐづもパパ登場!話が弾んで長くなっちゃった!の巻』 の回。
興味ある方はどうぞ。
2007年8月20日
コミックマーケット72終了
コミックマーケット72も無事終了する事が出来た。
来訪していただいた紳士淑女各位に御礼申し上げる。
当日は幸い夏らしい好天に恵まれた。多少気温が高くとも雨よりはよい。
今回のコミケットは来場者も多かったらしく3日で延べ55万人だったとか。
朝、りんかい線国際展示場駅からビッグサイトへ向かう途中、待機中の一般入場者の列を観て思ったのだが、従来の典型的な「秋葉」系に混じって、どこか「渋谷」系風の場違いに思える男子が結構居た。参加者層がボーダレス化し、従来このようなイベントに無縁な人種が流入してきたのか、それとも「秋葉」系自体の本質が変化してきたのか?
いずれにしろ、これまでのコミケにはない参加者が増えてきたのかもしれない。
もっとも1970年代半ば頃の初代参加者と新参者とを比べれば、親子程の世代の開きがある訳で価値観もスタイルも違ってくるのは当たり前か。
それはさておき、今回で13年目のコミケサークル参加。いつしか出品アイテムも増えて接客も慌ただしくなってしまう。今回も14種の既刊本を扱ったので不手際が目立ってしまう。今回も来客ピークの時に自分一人で接客していたため混乱してしまった。万一、当スペースで購入したはずの本が帰宅したらなかったという方がいらしたら御一報を。
幸い、昼には何人かの助っ人が来てくれて午後は何とか乗り切る事が出来た。
多くの方から差し入れ等頂いて感謝の極み。
この場を借りて御礼申し上げる。
3日目は20万人の参加者と聞いたが、少年創作オリジナルジャンル周辺は混雑する程でもなく終日まったりとしていた。午後2時には人の流れも疎らとなるのが最近の夏コミ傾向。
5〜6年前までは閉会前でももう少し人が多かった気がする。
さて、コミケットも終ってホッとする間もなく、来週はコミティアである。例年なら2週間程開くのだが。
今年の夏は慌ただしい。
2007年8月18日
コミックマーケットあびゅうきょサークルの御案内。
すでに最新情報等でもお知らせしているように、明日19日コミックマーケット72(8/17〜19・東京ビッグサイト午前10時〜午後4時)にて、今回もあびゅうきょサークルが出店します。
販売スペースは東4ホール”モ”37b。
新刊はYOKOTA
TWIN TAIL。及び電脳コイルのコピー誌。他既刊オフセット等頒布予定。
会場の東京ビッグサイトへはJR山手線大崎駅経由りんかい線国際展示場駅下車が便利です。
お誘い合わせの上、御来場いただければ幸いです。
2007年8月15日
激暑。
この日、ロケハンのために埼玉行田市にある「さきたま古墳公園」という場所に行く。7年前に一度行った事があるのだが、あの時は厳寒の季節で霜の降りた公園内を凍えながら歩いた記憶がある。
今回は一転盛夏、それもかなり猛暑が予想される日だったのでなるべく午前中にロケハンを済まそうと早めに家を出る。
現地に付いたのは午前8時半頃だったのだが、それでも異様な暑さに息も絶え絶えな感じ。纏わリつく熱気が尋常ではない。古墳によじ登って写真を撮っていると目の前がくらくらしてくる。埼玉の内陸部だからかなり暑くなるとは予想していたがこれ程までとは思わなかった。
日向に居ると生存の危機を感じるような熱気。風も生ぬるく皮膚呼吸が妨げられているような感覚。おそらく体温より気温の方が高かったせいだろう。日陰でしばらく休むがそれでも汗がだらだら出てくる。ペットボトルのドリンクもあっという間に「お湯」だ。
このまま現地に居たら「熱中症」で倒れかねないと感じ、公園に付属する冷房完備の資料館に一時避難。午後2時には早々に現地を退散する。
帰りのバスの中、携帯ラジオで天気予報を聞いたら群馬県館林市でなんと摂氏40.2C。
この古墳公園のある行田市からは僅か北東に15キロ程しか離れていないから、おそらく自分の居たところでも40C近くはあったのではないか?
奇しくも何の因果か「40C激暑の世界」の真只中にいたらしい。
後で気象衛星画像をみたら猛暑の典型的なパターンで日本列島を中心に時計周りの風系。ちょうど関東地方に高気圧の中心があり、熱気が下降気流となって圧縮されて関東内陸部に流れ込んでいたという。
以前ここに来た時は恐らく摂氏2〜3C位しかない真冬の朝だったので、その差35C以上。
なんとも両極端な日に訪れたものである。
2007年8月13日
コミックマーケット72(8/17〜19・東京ビッグサイト)新刊情報をアップ。
宜しくの程を。
2007年8月12日
『うる星やつら2ビューティフルドリーマー』
先日、NHKBSで押井守特集があり、未見だった『うる星やつら2ビューティフルドリーマー』を初めて観賞した。
評判がよいとかねてから聞いてはいたが、これ迄まったく見る機会に恵まれなかった。元々高橋留美子の作品に馴染みがなくて『うる星やつら』が流行していた頃もテレビシリーズすらマトモに見た事がなかった。
制作年月日は1984年。ちょうど『風の谷のナウシカ』が公開された年である。
『ナウシカ』は何回も映画館に通った記憶があるが、ビューティフルドリーマーはその存在すら知らなかった。
それはさておき、見始めてから思った事は、この作品には1980年代半ばのあらゆるエッセンスが詰まっていると感じた事である。
画質、テンポ、台詞、キャラクターの表情等、当時この世界から醸し出されていた「匂い」が充満しているのである。
手描きのセル画で無理矢理表現された荒削りの感覚がとても香ばしい。セルに付いたゴミも含めて。
『うる星やつら』はその時代性を如実に象徴する80年代の「示準化石」だ。
反面『ナウシカ』は時代の流行に背を向けた作り方をしているので、製作された世相をその画面から想像するのは難しい。
ジブリ作品はいつの時代に製作されてもジブリ「宮崎作品」でしかない。
一方で押井作品はその時代の流行作品にヤドカリのように間借りしているので、時代そのものが作品に反映されて興味深い。
このビューティフルドリーマーはいわばいつまでも醒めない夢、学園祭前夜の高揚した楽しい仲間達との一時が永遠に続くというドラマだ。
その設定自体は珍しいものではないし、自分の知っている小松左京のSF小説にも同様の物語はあった。最近注目の『ハルヒ』も原点はこの作品に近い。
ただ、当時その世界観を人気アニメ劇場版で表現するのは恐らく希有な事だったのだろう。
当初、想像していたストーリーとは少し違っていたが、イベント前夜の楽しい時間が永遠に続くという設定に、この映画を観ていた青少年が感化されたと言う事は大いに想像出来る。大学のサークル仲間と馬鹿をやりながらすごした青春の青臭い宴の時代を重ね合わせた者も多かったろう。自分がもし、この作品を当時観ていたら、やはり何かしら影響を受けたに違いないと思う。
残念かな「未来少コナン」から宮崎アニメに傾倒してしまった二十歳前の自分には、押井守作品を知る余裕はなくなっていた。結局、押井作品を評価出来るようになったのは1993年制作の『パトレイバー2』まで待たねばならなかった。
だからこの押井特集を観て感じる事は、『パトレイバー2』の原点はすでに80年代から出来ていたという再確認になってしまったということ。発表された同時代に観なければ感動は味わえないという教訓でもあった。逆に言えば押井作品をずっと観続けてきた人にとっては、このビューティフルドリーマーだけで、もう押井守の評価は十分なのかもしれない。『未来少年コナン』で宮崎アニメに目覚めた自分のように。
ビューティフルドリーマーでは印象深いシーンも多々あった。雨上がりの朝の町を仲間達と一緒に学校へ向かう描写。水たまりに反映される青空と登場人物。このような芸術作品っぽいシーンを敢えてギャグアニメの『うる星』で取り入れるミスマッチが、なんというか苺大福的な意外性を醸し出す。
いずれにしろ、若い仲間が恋愛を含め、美しくも楽しい時間を共有する空間を永遠に切り取ってしまいたいという究極的願望を主人公ラムの夢の中に封じ込めるというのは興味深い。女性の子宮を中心とした思考回路を全宇宙とシンクロさせたところに、この作品のテーマがあるのだろうか。
諸星あたるがその夢から逃げ出そうとした時、最後にラムが告げた台詞は相当深いものがあろう。
永遠に楽しい時間は続かない。その夢の終りには、女の一言が待っていると。
恐ろしい。
こんなのは子供には解らない。だがこのビューティフルドリーマーを観た子供が大人になった時、ラムの台詞の真の意味をそれとなく気が付かせる戦略を押井守は描いていたのかもしれない。ビューティフルドリーマーを観る者が歳を重ねる程、解釈が変わってくることを見越してね。
いままでなんとも感じなかったラムがちょっとだけ可愛いキャラクターに思えた。
そういえば、また祭が来る。
ある意味、よいタイミングでの放映であった。
・
余談。
この特集番組に解説者として出てきた通称「オタキング」氏。
違う人になっていた。ダイエットとかそういうレベルではない。
おそらく、漫画版『ナウシカ』に出てきた土鬼皇帝の不死身の秘技を使って身体を・・。
こっちの方がアニメ的であった。
2007年8月7日
映画『いつでも夢を』と『ゲバゲバ90分』
昼間、たまたまNHKBSにチャンネルを合わすと、昭和30年代と思われる東京の街並が頻繁に出てくるカラー映画を放映していた。
橋幸夫や吉永小百合が出演している1963年制作青春映画『いつでも夢を』だ。テーマ曲も結構有名なのだが、じっくりと観た事がなかった。
最近はこういった1950〜60年代にかけての街並が克明に描写される映画、ドキュメントに敏感に反応するようになった。当時の記録映像そのものが年を追って貴重さを増すこの感覚は何なのだろう?2度と戻っては来ない失われた何かがこの映像の中に変調されているような気がしてならない。
『いつでも夢を』のストーリーは当時の定時制高校に通う勤労学生の葛藤、挫折、恋などを描いている。
40年以上前、主人公である団塊世代がまだティーンエイジの日本。その猛烈なる青春爆発力が渦巻く高度成長期におけるストライクど真ん中の魂の叫びがこの映画にはある。
当時はまだ、貧乏や病気、母子家庭、中卒、施設孤児が身近に溢れかえっていた頃だ。そんな世相の中、若い勤労青年は青臭い純朴なスローガンを纏い、激烈なる「生きる闘争」をしていた。
何をするにも激烈に真面目で選択肢のない細道を無理矢理オート3輪でゴリ押しに前に進むしかないような時代。今から見れば滑稽な行動も当時は貧困故に当たり前だったのだろう。
夜も更けた工場地帯を学生服の定時制勤労学生たちが合唱しながら行進する姿は溢れんばかりのティーン団塊世代が持っていた巨大なエネルギーを感じる。
先頭に立って行く吉永小百合はさながらカルト宗教の狂信者のごとく仲間を励まし前進を促す。
彼等は謳う!
”春先の花の芽が、深い根雪の中に生まれるように、
僕たちの喜びは日々の厳しさの中に鍛えられる
僕たちは今日も歌おう、僕たちの冬、この国の冬を突き破る歌を。”
まるで『太陽の王子ホルスの大冒険』のヒロイン、ヒルダの歌のごとく!
当時は若い人間が、この世の中の理不尽を自らの手で打開する!いや打開してみせるぞという気概を本気で信じられた「幸福な時代」だった。
そしてそれを堂々と商業メジャー映画で表現出来たのである。
今日では「若い人間が世の中を変える」なんて噫にも出てきやしない。全ての理不尽は諦めと妥協の中で燻り消えていくだけ。
当時、自らを「春先の花の芽」などと信じていたティーンエイジ団塊は無邪気すぎる程楽観的世代だったのだ。
さて、この映画で繰り返し描写される都内は何処へ行っても怒濤の車の洪水。
横断歩道なんかマトモになく、年間2万人近くが交通事故で死んでいるのに世間はお構いなし。そんなネガティブな情況もオリンピックへ向けてなり振り構わないエネルギーによってすべて消し飛んでいった。気狂いじみた所得倍増計画や高度成長的ガンバリがこの東京の映像からこれでもかこれでもかと漏れ出てくる。
冬晴れの青空なのに千住の火力発電所お化け煙突からのスモッグで霞んだ荒川の土手でジャンヌダルクのごとく吉永小百合は叫ぶのだ。
「嗚呼、この煤煙の香りで私達は生きているって実感出来るわ!」
煤煙すら生きる喜びと語るこの頃の生きざまとは何とポジティブであろうか!
今日だったら焚き火の煙りでさえ健康被害云々で糾弾されるのに、である!
そして新鮮なのが女性の貞操感だ。
この頃はまだ日本に処女信仰が強く、お嫁に行くまでは貞操を守るのが未婚女性の常識だった。劇中の吉永小百合も貞操を守るためには死ぬ覚悟すら窺わせるシーンもある。男達も意中の女性には「デモクラシー」によって民主的にアプローチするというような描写もあって欲望より理性を優先させることが人間として大切だとか語っている。
更には誕生日パーティーでの世代を超えた宴席シーンにおける子供の多さ。吉永小百合の「みんなのお姉さん」的パーソナリティー。机に並ぶバヤリスオレンジとコーラの瓶。
自分が子供の頃、一世代上の団塊が逡巡し格闘していたイデオロギーや価値観が、この映画には全部ある。
だが結局、その価値観は21世紀に見事に裏切られる事になるのだが。
・
そこで先日、朝日新聞『Be』に連載されている「サザエさんを捜して」で紹介されていた『ゲバゲバ90分』を思い出した。
今回は1970年1月14日朝刊の「サザエさん」4コママンガがテーマになっている。
当時流行っていたバラエティー番組『ゲバゲバ90分』のキャラクターそっくりのサザエさんがコント調に描かれている。あの頃圧倒的な影響力を誇った『ゲバゲバ90分』。生司会で大橋巨泉と前田武彦が好き勝手な事を喋っていたというエピソードが紹介されている。
更に凄いのは番組始まって3回目にして何と「10/21国際反戦デー」当日にゲバ学生で溢れる新宿西口を見下ろす小田急百貨店屋上から生中継したという事実。
映画『いつでも夢を』から7年。
団塊世代がティーンエイジから20代に遷り、社会を突き動かす中核機関として台頭して来た1970年。その価値観の実践は最高調に達する。
大衆の意思とメディアの価値観がこれほどまでにシンクロした時代はなかったろう。テレビや新聞の伝える事、即ち先進的大衆の忠実な「声」として機能していたのだ。
なにせマスコミは団塊世代が牽引するゲバルトを容認し加勢していたのだからね。
正にだからこそ「ゲバゲバ90分」のような番組が堂々と存在し、ゲバ学生運動を生中継で見守るという、今では信じ難い情況が成立したのだ。大衆の生の声が何の加工もされずそのまま全国中継されたのだから。
このコラムにも記されているが当時の司会の一人、前田武彦氏はあの頃を振り返りこう語っている。
「スタジオには殺気と活気があった。誰もが自由に発想し、やりがいを感じた」
今、バラエティー番組の現場にそんな活気があるか?
否。
おそらくないだろう。社会の理不尽を生の声で反映させる事など、制作者や出演者にとっては自殺行為だからだ。
だが結局、このコラムはそんな団塊世代が2007年を迎え老年期に入りつつある今、如何に欺瞞的に社会を歪める張本人に成り下がったかをも語っている。
最近騒がしい児童虐待等の事件を取り上げて前田武彦はこうも語っている。
「ゲバゲバなんてしゃれている場合じゃない。本当のゲバルトの時代だもの」
なんとも身勝手な発言だ。
昨今、子供や女性関連の事件が如何に欺瞞に満ちた擬政者の詭弁のために存在する「扇動」であるかは今更説明する迄もない。
こんなものゲバルトでも何でもない。ただの戯れ言である。
実際、統計を見ても青少年の凶悪犯罪や児童虐待の割り合いは1960年代の方が遥かに多い。
単に当時はそんなものを取り立てて社会問題にする余裕などなかっただけの話だ。躾と称して子供を半殺しにひっぱたくなど当時は日常茶飯事。もっと他に伝えるべきポジティブな事象で溢れかえっていたから報道する必要性もなかった。
つまりどうでもいいことなのだ。
現代の方が洒落にならないというのならば1960年代当時2万人もいた交通事故死者が、今や6000人台まで減っている事実はどう説明するのか?街中がゲバ学生で溢れ、火炎瓶や鉄パイプ、投石で繁華街は破壊され騒乱罪まで適用される情況が頻繁にあった1960〜70年代は「暴力」は存在しなかったのか?それでも当時は洒落で今の方が「凶悪で陰惨」な時代なのか?どうして今の方が「ゲバルトの時代」というのか?
まさに笑止千万であろう。
団塊の世代が率先してゲバルトの世界を容認し社会を変革しようとした1960年代を正当化しながら、21世紀を迎えたとなると途端に手の平を返すように自らが安泰な老年期を獲得せんがため、次世代の変革の波を欺瞞的な方法で糾弾するとは何と卑怯な連中か。
自らが若かった1960年代、己を「春先の花の芽」と称しながら、いつしか自分達がその春先の花の芽を押しつぶす「根雪」となってしまった事に気が付かず、いつまでも美味しい汁を吸い続けたいと謳う団塊の世代は恥と言うものを知るべきであろう。
昨今の年金問題も老醜を晒しながらも意地汚く生に固執する身勝手な団塊世代の表れなのだ。
前田武彦はこのコラムで尚も語っている。
「哀しい、嬉しい、痛々しい。そんな感性がどんどん薄くなっていく感じがする」と。
だったら率先して「根雪」たる団塊の世代が消え去るべきではないのか?
重石になっている世代が傲慢に君臨しているからそんな「豊かな感性」が消えて無くなったんだ。
テレビで『テロテロ90分』をやらせろ。
『ゲバゲバ90分』でハナ肇がヒッピーの姿で「あっと驚くタメゴロー」と叫んだのごとく、『テロテロ90分』では今の芸人に麻原彰晃やビンラディンの格好をさせて「あっと驚くサリンガス!」とか「アンタかて自爆やろ、ウチかて自爆や!」とか叫ばせるバラエティー番組を作らせろ。
コントはみんなテロ自爆カルトネタだ。あとフェミファシストを徹底的にこき下ろすコントも必要だ。コントは反権力が基本だからね。
司会は爆笑問題の太田氏と元オウムの上祐史浩辺りが面白い。生放送でカルト教団の集会に潜入したり、タリバンの自爆聖戦士とDS「どうぶつの森」を一緒に楽しんだ後、自爆テロを見届けたり、女子高生のパンツをいきなりずり下げたり、4歳くらいの女の子のおっぱいに吸い付いたりと言いたい放題、やりたい放題させよう。
そうすればテレビの前のよい子も大爆笑だ。「豊かな感性」が戻ってきて朝日新聞しりあがり寿氏の4コママンガもテロエロネタ満載になろう。
ネットで燻る「声なき声」が公共電波に乗った時、人々に希望が蘇るのだ。
・
『いつでも夢を』見られるのは団塊世代の特権ではない。
絶望独身男性で溢れる今日、その苦悩の言葉さえ奪われた次世代に、見る「夢」はない。
テロテロッ!ピーッ
2007年8月4日
阿佐ヶ谷七夕まつり
毎年夏の恒例、阿佐ヶ谷七夕祭りが4日から始まった。いつもながらの賑わい。蒸し暑いねっとりとした熱帯夜。遠くのとしまえん花火の爆音が低く響いて「嗚呼日本の夏・・」と思わず呟いてしまった。
人込みのパールセンターを進んでいくと、なんか見覚えのあるキャラクターが浮いている。
サッチーだ。
今、注目のNHK教育で放映中の『電脳コイル』に出てくる赤いオートマトン。
劇中もこんなふうにふわふわ浮いているので、まるで「本物」がパールセンターの中の古い電脳空間を消去し回っているようにも見える。
これがよく出来すぎている。張りぼてとはいえ素人が作ったようには見えず、専門の業者の制作だろうか?ピーナッツ型のサッチーをそれらしく造型するのはなかなか難しいと思うのだが。
この「本物」サッチーは必見である。
阿佐ヶ谷七夕は8日迄なので興味ある『電脳コイル』ファンは是非カメラに納める事をお勧めする。
おばちゃんやハラケンのコスプレして「待て!」のポーズをこの張りぼての前でしてみるのも一興かも。
2007年8月3日
コミケット用新刊入稿。
ずっとこの原稿に掛りきりだったので日記更新滞ってしまい御容赦。
今回表紙をカラーにしてみた。かなりの手間で普段よりエネルギーを使ってしまう。ちょっとオーバーワークぎみ。
気が付けば遅れ気味だった梅雨明けも宣言され、盛夏がやってきた。
今のところ夏らしい事は一つもしていない。
5月からぶっとうしで商業、自費出版原稿掛かり切りだったので約3ヶ月引き蘢り状態。
そういえば明日から地元阿佐ヶ谷の七夕祭だ。
ちょっと出掛けてみよう。
2007年8月1日
宣伝
幻冬舎「月刊コミックバーズ」2007年9月号が7/30に発売された。最新作『百億の絶望と千億の絶望』(24P)掲載されているのでよろしければ御覧下さい。
2007年7月24日
8月に打ち上げられる月探査衛星「かぐや」
ジャクサのサイトを観たら特設ページが出来ていた。イメージイラストも募集中だ。
時間があれば投稿してみたいがあいにく自費出版原稿描きで忙しい。
上手く打ち上がってほしいものだが果して?
最近の傾向として、やたら大きい衛星にいろいろ詰め込んだはいいが、衛星軌道上でアンテナの電源が入らなかったり、保護回路が働いて機能不全になったりとあまり結果はよろしくない。
この『かぐや』もハイビジョンカメラとか子衛星とか機能満載ゆえに故障も多そうだ。軽量化多機能化は壊れやすいという意味でもある。
もう少しタフさを追求しないと同じ失敗の繰り返しだ。
せっかく衛星に搭載されるメッセージに応募したのだから、せめて月軌道までは順調に飛んでほしいものである。
そんな矢先に打ち上げ延期の報、なにやらコンデンサーを逆に取り付けた部品がみつかったとか?
これでは先が思いやられる。
2007年7月23日
メリケンキチガイアニメ『スポンジボブ』
日曜の夕方、何となくNHK教育テレビを観ていたら『スポンジボブ』というアメリカ製アニメをやっていた。
今回初めて観たのだが、なんというかえげつないコメディーアニメだ。主人公がスポンジで気持ちが悪い。悪い油で揚げたポテトチップをこれでもかと食わされた気分になる。内容も虐めの類のエピソードが連続するストーリー。考えてみると昔、東京12チャンネルで夕方放映されていたメリケンアニメと変わっていない。えげつなさが倍増しただけ。
主人公のスポンジボブは知的障害なのか天然なのかは知らないが精薄児童を思い起こすキャラクター。目玉で歩いたり溶剤を身体に流し込んでぶちまけたりする化物だ。
やることが常軌を逸していてまさにキチガイがやりたい放題といった感じ。弱い相手と見るやとことんまで攻め付ける陰湿さはまさに粘着キチガイ。これを軽いギャグで連続して見せるのだ。アメリカの子供はこんなのを観て育つのか?
こんなキチガイキャラクターのグッズが何と日本の女子高生に大人気なんだとか?ゲームにもなっているという。
どうやら衛星テレビで以前から放映されていたらしい。
おぞましい現象である。
可愛いキャラクターならまだしも、スポンジボブはキチガイ精薄である。そんなアニメのグッズを嬉しそうに買い求める女子高生の感覚には底知れぬ恐怖を感じる。
もっとも集団でいじめを得意とする若い婦女子からすれば、「幼気なキチガイスポンジボブ」に親近感を抱いてもおかしくはあるまい。
そういえば今週の『電脳コイル』もそんなエピソード。
フミエという女の子がクラスメートのダイチという男児を土下座させて悦に入っていたなあ。
小学生の頃は女の子の方が断然に強く、自分のような気の弱い男子は彼女等にとって恰好の玩具であり、いじめからかいの対象であった。
小学校5年生の頃であったか、夏の林間学校か何かで、具合が悪くなって寝ていたところにクラスメートの女の子数人が集団になってネチネチと締め上げるような仕打ちを受けた事があった。自分は逃げ出す事も出来ずにひたすら布団に籠り耐えていた。
女の子は集団になると陰湿な暴力集団と化す。その魔の手に何度となく辱められたことか。
その時の担任の女先生も陰湿でそんな仕打ちを受けていたのにも拘わらずこう言い放ったのだ。
「お前は世話が焼けるばかりのお荷物児童!こっちの苦労も考えなさい。のろま!」
クラスメート女子と担任の女教師両方からネチネチ攻撃されていた小学校時代を思い起こすと今でも恐怖で硬直する。
だから女子高生がスポンジボブに親近感を抱くのはある意味理解出来る。つまりスポンジボブに自分の姿を投影しているのであろう。
悪行の限りを尽くしても悪びれた様子もなくニコニコ笑うスポンジボブ。
嗚呼なんと恐ろしい怪物キャラクターか。
こんなキチガイアニメをNHK教育で放送しているところにこの世界の異常さが垣間見れる。
スポンジボブ恐ろしい。
2007年7月21日
「猛暑」は来ない?
7月21日といえば夏休み初日。そろそろ梅雨も開けて蝉が鳴出す頃である。
しかし今年7月の東京は梅雨寒が続き日照時間も短い。
6月末の梅雨入り時がまるで梅雨明けに感じてしまったあの「猛暑」はどこに消えた?
長期予報では今年は猛暑の筈。
西大平洋の海水温度が高く、赤道付近の対流活動が活発で大平洋高気圧が発達するのではなかったのか?
猛暑の年は7月中から暑い好天が続くのが常識。
しかし、今年は7月に入ってから日照も少なく、中旬からはオホーツク高気圧からの北東風が吹いて30度にも届かない日が続く。
台風4号が大回りして日本海側を通ったら大平洋高気圧も発達して好天猛暑を齎したろうが、何故か太平洋側を抜けてしまい逆にオホーツク高気圧を増長させてしまった。大陸からの寒気の渦も南下するようになって、この傾向はしばらく続くと予想されている。
偏西風の蛇行が原因となるとそう簡単にこの情況は解消されそうにない。
となると梅雨明けも遅れ、下手をすると猛暑どころか冷夏の年になる可能性もある。
この週末もぐずついた天気で小雨混じり。先週の台風に続いて土日が雨模様となったら各所の花火大会もまたもや中止となって盛り上がらない「夏」が続く。
もし来週末もこんな感じであったなら今年の夏は完全に「冷夏」になろう。特に東日本はその傾向が強い。下手をすると梅雨明けを特定出来ない可能性もある。
振り返ってみれば「梅雨入り宣言」した夏至前後がもっとも夏らしい期間だったりするかも。
つまりもう今年の「夏」は夏休み前に終っているということになる。
なんとも皮肉である。
2007年7月18日
テレビの伊集院光
最近、ラジオDJの伊集院光が朝のテレビ情報番組でコメンテーターとして出演しているのに気が付いた。
自分にとって伊集院光はあくまでラジオDJであってタレントではない。
ニッポン放送で帯番組レギュラーになる前から注目していたDJなので、氏のラジオを聴き続けてかれこれ20年近くになるだろうか。
最近はタレントとしても活躍中でよくテレビに出ているようだが、テレビの伊集院はあまり関心がない。ラジオでのシュールな面白さが完全に失われていて見ていて辛くなる。
「爆笑問題」とかはテレビラジオともほぼ同じスタンスで自己表現しているのに、何故か伊集院はテレビとラジオでは別人のよう。敢えてキャラクターを使い分けているのか、それとも大人の事情なのかは知らない。
だが、せっかくテレビでコメンテーターという立場で出演しているのだがら、堂々と言うべき事は言うべきではないか?
同じ番組に60年代深夜放送人気DJ落合恵子も出ているから彼からすれば好敵手。
彼女は好き放題自己主張しているぞ。
「反フェミニズム派」の伊集院としては、この場で一発大反撃すべきなのだ。
幸い落合恵子の後ろに位置する伊集院なのだから、傲慢な「女の主張」を謳いあげる恵子に対し、すかさずピコピコハンマーで後頭部を殴打しながら叫ぶ!
「レモンちゃん!レモンちゃん!童貞ボーイに代わって神罰を受けよ!」
恰も東京裁判で東条英機の頭を叩いた気の狂った学者のごとくね。
こうすれば番組も盛り上がろう。ついでに隣の鳥越某の頭も引っぱたくのもよかろう。
これぐらいしなければ、あそこに伊集院が座っている意味がない。
なぜ伊集院の口が重く、落合恵子の口が軽いのかを見るにつけ、この日本には偏向した「表現の自由」しかないことに気が付く。
伊集院が深夜ラジオで主張する事がテレビで言えない、あるいは敢えて言わないという事実はテレビが如何に「怪しげな常識」によって操作されているか窺い知れる。
一度でよいから伊集院が生放送中落合恵子に放尿攻撃するシーンを見たいものだ。
・
それはさておき、テレビを見ているとたまに女優のインタビューかなにかで「理想の男性は?」という類のお約束的質問があるが、それに対しその女優は「男らしい人」「私を引っ張ってくれる人」とか答えているのをよく耳にする。ローティーンなら未だしも分別の説く20代半ばの女優である。
若い独身女性が何不自由なく大抵のモノを手にする事が出来る時代において「私を引っ張ってくれる人」とは如何程の男をいうのだろう?
そして嫌いなタイプは必ず「女々しい男」だそうだ。ならば家事や子育てする男も相当女々しいから「お断り」ということか?
なぜこんな前時代的なことを平気で言えるのか?逆に男性が理想女性を「三つ指付いていつも夫の帰りを待つ淑やかな女性」というのと同じで、そんな要求を現代の女性に投げかけたとて鼻で笑われるのが落ちと分かっているから男は誰ひとり噫にも出さない。
にも拘らず、平然と理想男性像を「男らしい」とか「引っ張って行ってくれる人」とは何事だろうか?
これは冗談なのか?あるいは居るはずがないと分かっているから敢えて無理難題な時代錯誤な理想像を宣っているのだろうか?
この感覚は理解に苦しむ。
「引っ張っていく」男とはある意味DV男かも知れないのだが、「暴力は嫌」と宣うのだろう。
じゃあ魔法使いのハリーポッターみたいな男か?
ジェンダーフリーの時代とか謳われながらも、女性は未だ男性を頼る感覚は空恐ろしさを感じる。
「子育て家事も共同で」と謳っているのに「引っ張ってくれる男性」とは矛盾も甚だしいのではないか?
恐怖でテレビの電源を切ったのは言うまでもない。
恐ろしい。
2007年7月17日
地震。
また新潟の方で大きな直下型地震があった。
ここ20年前後、太平洋側より近畿や日本海側での内陸型地震による被害が頻発している。奥尻島も含めると相当な数。地質学的スパンで考えると数十年の時間経過は殆ど一瞬のようなもの。原発立地場所選定などそんな地質学的スパンで考慮出来るはずもなく、日本中普く直下型地震の可能性はある訳で、いまさら活断層直下だったと騒いでもナンセンス。まさか原発を空中に作る訳にもいくまい。
それにしても中越柏崎の地震被害映像を見ると、やたら目立つのは寂れた商店街、老人、駐車している車、交通量の少ない立派な高速道路。
高齢過疎地に似つかわしくない近代土木建築物というアンバランスな風景。
これだけの震度がありながら一桁台の犠牲者で済む現実のほうが奇妙に思える。道路があれだけ崩れていても、車や電車での犠牲者がないということは殆ど利用者がなかったということだろう。
いつもこのような地震が起こる度に思うのだが、これが東京で起きた場合、尋常ではない事態に陥るのは火を見るより明らか。
避難地もライフラインも救助も何一つ断たれた中で何百万人もの人間が阿鼻叫喚の中、逃げる事すら出来ないのだから想像するのも恐ろしい。
道路も鉄道もビルも住宅街も深夜を除けば人、人、人と車だらけ。
柏崎ならば、まあちょっと隣の空き地や田畑に逃げ込めば何とか凌げようが、東京23区内にはそんな緩衝地は皆無。狭い地域にこれでもかと寿司詰めに人が密集。更にはマンション等立体的に人間が営んでいる訳でひとたびドカンときたら救いはない。
一極集中の東京が潰れたら中枢を破壊された脳と同じだから、つまり「地震災害情報」は流れない。それどころかネットワークされた全国放送は中断。日本中携帯電話もアウトで国内情報伝達手段は失われる。
たぶん首都圏以外の日本人は何が起こっているのかすら知る事は出来なくなる。情報も物流も止まって救援はおろか、全く被害のないその他の地方も公共サービス、情報メディア全機能が止まって右往左往するだけ。
首都圏壊滅の報は2、3日経って外国経由でやっと伝わるがそれだけである。
今、メディアで流されている「災害報道」はすべて情報の中枢である首都圏が存在するから可能なのであって、その首都圏が潰れたらこの国は頭の取れたトンボみたいなものと果てる。
「THE END OF JAPAN」
みんな薄々気が付いてはいるけれど、今更どうする事も出来ない。
結局、今回の地震も首都圏直下地震と比べれば洒落でしかないのだ。
2007年7月15日
台風4号が大平洋沿岸を東進して三陸沖に抜けた。
東京ではそれほど風雨が強くなかったが数日前からの雨で湿気が酷い。
台風一過でカラッと晴れてくれないものか?
気がつくと3連休。7月に3連休等記憶にないが、「海の日」がハッピーマンデーとして月曜日にくっ付いたらしい。
台風のせいで横浜の花火大会が中止になったとか。再来週も日曜日が選挙になったため、土曜に予定されている主だった花火大会が雨になると順延にはならずそのまま中止になるとか。
もし、来週の土曜が降雨だと今年の7月はメインの花火大会全てキャンセルとなってしまう。
選挙日を延長したためにこんな盛り上がらない夏を演出とは現政権も天から見放されたか。
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『電脳コイル』第10回
今回の話の中で道順が一種のパスワードとして描かれたシーンがあった。
神社には鳥居が幾つかあるが、物事が上手く行かなくなった時に敢えて普段使わない鳥居を潜ったりする。
そうする事によって運気を変えるとか、もしかすると鳥居の向こうには平行世界の出入り口があって各々の鳥居が別の未来、可能性のゲートになっているんじゃないかと妄想する事はある。あるいは潜った回数や方向によって空間移動の暗証番号のように働くのではないかと。
人は無意識的にそのような時空間ゲートを潜って、日々の運命を変えているのだとしたら。
実に興味深い。
2007年7月8日
七夕余韻。
なんだか最近は七夕もバレンタインデーやクリスマスイブと並んで逢い引きの日として定着してきたようでディズニーランドとかも賑わったとか。浴衣姿も多かった。
繁華街に行くと客寄せとして店頭や店内に笹と短冊が用意され、お客さんが願い事を記せるようになっている。
恋人同志や女の子同志なら様になるが如何にも寂しそうな独身男が短冊に願い事など記している光景は堪え難い。だから自分はそんな店の前はそそくさと通り過ぎるしかない。
それにしても七夕の由来は、逢い引きばかりして仕事をしない牽牛と織女の親が怒って、一年に一回しか会えないようにした中国の民話だったような。
ようするにサボってばかりいる怠惰な恋人を戒める日なのかも。
そんな日に天に願い事するのも変な気がする。
まあいずれにしろ、会いたくとも会えない恋人同志の物語は古今東西たくさんある訳で、これがいつでも会えるハッピーな恋人同志だったら何の物語も生まれない。すべての歌、詩、絵画、小説、映画、演劇等普く芸術と言われるものの原点は、そんな悲恋から発生する訳で、ある意味、上手くいかない恋愛こそ創作の原点なのかも知れない。
それはさておき、七夕に来客サービスとしてディスプレイされた願い事の記された短冊と笹も、8日になるとあっけなくゴミとして出されてしまう。TVドラマ『電車男』にも同様のシーンがあった。メイド喫茶の裏に捨てられた七夕飾りが物悲しい。
こういう現実を見せられるとなんだか嫌である。願い事は一日限りのゴミではないのだ。
なんだかバレンタインデーに売れ残ったチョコと同じ。
その捨てられた短冊の願い事から「ウオーンウオーン」と悲痛な声をあげている幻聴が聴こえ、思わず「グギャー」と叫んで逃げ出したくなる。
まあ、七夕当日に願いは天に届けられている訳で、七夕飾りはその日限りの戯れ言として楽しめばよい小道具。
屈折した人生を過しているとこんなどうでもよい事で悩むのだ。
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『電脳コイル』第9回。
夏休みの夜の学校は題材に事欠かない。
近くの学校に夏休みの夜中、ロケット花火を水平撃ちして遊んだ事があったなあ。
2007年7月4日
ハラケン
いきなりハラケンといわれても何の事だか解らないと思うが、アニメ『電脳コイル』に出てくるモテモテキャラクターである。
『電脳コイル』観ていないとさっぱり解らない話なので御容赦。
どうしてハラケンはもてるのか?
ただのアニメキャラクターと言ってしまえばそれまで。そんなのはキャラクター設定した人の架空世界の話であって論ずるまでもない。
だがこういう男はリアル世界にもたまに入る。
ルックスがそんなに冴えている訳ではないが、何故か女子に人気で世代を越えてモテてしまう男子。
幼児から年配の女性まで慕われる原因は何か?
多分先天的な異性を引き付ける何らかの誘引フェロモンを持っているのだろう。
男が思う「優しさ」と女が感じる「優しさ」というのはかなり別物で、男からするとどうでもいいような振る舞いが女性からすると奇妙な包容力として発揮される、そんな力をハラケンは持ち合わせている。
これが有るとないとでは人の器が桁違いだから、無い男は有る男と比べ人生の貧相さが際立つ。
異性に慕われる男と嫌われる男では、恐らく日常の景色の色すら違うだろう。何気ないことが好感をもたれるのと、逆に嫌われるのでは周りの空気が酸素か炭酸ガスかの差に等しい。
やる事成す事異性に嫌われる男の人生を思うと、なんで自分はこの世に生きているのかすら疑問に思う。
もっとも優秀な雄など種全体の数パーセントしか含まれない訳で、生物学的に言えば道理に叶っているのだが哀しい事に違いはない。
ハラケンみたいなキャラクターは自然体で女にモテるのだ。いわいる、生理的なレベルで相思相愛になれる。表層上の条件など関係ないのだ。オシャレしなくとも風呂に入らなくてもハラケンはもてる。
なにせこの物語ではハラケンのガールフレンドが交通事故で死んだ後すら、ネットを通じた絆が構築されている設定だ。
ここまでいくとさすがのハラケンも神憑かってくるが、絆とはそういうものなのだろう。
その猛烈な融合エネルギーに打ち勝てる者だけが最終的な恋愛成就を獲得出来る。
ダメな男はその融合エネルギーに恐れおののき逃げ回るか、そもそもそんな機会すらない。
「男はタフでなければ生きていけない。優しくなければ生きる資格がない」
ハラケンは恐ろしくタフで優しいのだろう。
『電脳コイル』の制作者がそんな事を考えてハラケンのキャラクター設定しているのかは知らない。
おそらくそんなことこれっぽっちも考慮していないだろう。
だが古今東西悲恋を扱う物語はこういうキャラクターが必ず居る。ハラケンはその一人に過ぎぬのだ。
もっとも子供向けTVアニメにそんな大それた妄想を発揮している自分がどうかしているのだろう。
ダメ男の妄想は尽きない。
2007年7月1日
「影男シリーズ」新作がやっと完成。
今回は絵が細かかったとはいえ、やはり時間が掛り過ぎた。予定では6月初旬に仕上げる目標だったのだが。
5時間目に入っても、まだクラスで独り給食を食べている感覚。スケジュールがどんどん後ろにずれていく。コミケの新刊も出したいし馬力を入れて頑張らねば。
バタバタやっていたら『未来少年コナン』の切手が6月22日に発売というのをすっかり忘れていた。
あわてて中央郵便局で数シートを購入。しかし限定絵入り消印は発売当日限りなので後の祭り。
集中力を欠く生活していると肝心な事を忘れる凡ミスがつづく。猛省せねばならぬ。
しかし今回の『未来少年コナン』切手のデザインは余りにイージー。
殆ど既存の初期セル画をそのまま流用しただけという感じ。せっかく唯一現ジブリスタッフによる作品の切手化なんだからもう少し工夫してほしかった。宮崎駿の新作書下ろしというのも見たかったが版権が日本アニメだから無理か?
いずれにしろ、レプカの切手は使うのに勇気がいる。
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考えてみたらもう7月だ。
6月が暑かったので季節が一ヶ月先行しているイメージ。長期予報ではこの夏は猛暑になるそうなので体調管理に気をつけなければ。
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