2000.5.20

Elvis Country:
I'm 10,000 Years Old
Elvis Presley
(RCA)


 まあ、このページでもしょっちゅうエルヴィスのことは取り上げているので、繰り返しになってしまうのだけれど。エルヴィスにとって最後の黄金時代はここでも取り上げた68年のカムバック・スペシャルTV番組『エルヴィス』に始まる。で、その直後、69年にメンフィスのアメリカン・スタジオで強力なR&B/カントリー・ロック・セッションをぶちかまし、見事復活ののろしをあげて。以降、病魔と悪質な取り巻き連中に身も心もぼろぼろにされてしまう70年代半ばまで…。


From Elvis
In Memphis

(1969)


Promised Land
(1975)


Moody Blue
(1977)

 と、そんな時期に残されたオリジナル・アルバム群の中から、4枚が今回アップグレード・ヴァージョンとして再発された。ここに大きく取り上げた『エルヴィス・カントリー』(1971年)のほか、強力な69年のメンフィス・セッションから産み落とされた大傑作『フロム・エルヴィス・イン・メンフィス』(69年)、ここでもちょっと触れてる73年のメンフィス・セッションから生まれた『プロミスト・ランド』(75年)、そして76年、2度にわたってメンフィスの自宅“グレースランド”の通称“ジャングル・ルーム”という部屋で録音された音源や77年のライヴ音源で構成された『ムーディ・ブルー』(77年)というラインアップだ。各盤それぞれ同一セッションで録音されたボーナス・トラックを多数満載。『ムーディ・ブルー』に至っては同じジャングル・ルーム・セッションから生まれたもう1枚のアルバム『フロム・エルヴィス・プレスリー・ブールヴァード…』をまるごと収録していて。すごいです。音もまたまたすっげえ良くなってます。

 でも、今回は『エルヴィス・カントリー』。これをイチ押しです。まあ、基本的にはアルバム・タイトル通り、エルヴィスが自らの重要なルーツでもあるカントリー系の名曲を独自のスタイルで歌い綴った、ある種のコンセプト・アルバム。69年のメンフィス・セッションではずみをつけたエルヴィスが70年6月4日から8日まで、ナッシュヴィルのRCAスタジオBで行なった伝説の5日間のマラソン・セッションから生まれた1枚だ。

 50年代からナッシュヴィルでそれこそ無数の名録音を残してきたエルヴィスだけれども、この70年のセッションではバック・ミュージシャンの顔ぶれを一新した。ノーバート・パトナム(ベース)、デイヴィッド・ブリッグス(ピアノ)、ジェリー・キャリガン(ドラム)、チャーリー・マッコイ(ハーモニカ、オルガン)らエリア・コード615系の気鋭に、チップ・ヤング(ギター)、ジェームス・バートン(ギター)ら名手が加わった強力な顔ぶれ。当時最新の技術だった16チャンネルのマルチ・トラック・レコーダーも初めて採り入れられ、まさに心機一転、エルヴィス新時代の到来を高らかに宣言する仕上がりとなった。

 66年以降、デビュー以来の付き合いだったチェット・アトキンスに代わってプロデューサーの座についたRCAのスタッフ、フェルトン・ジャーヴィスが、この70年のナッシュヴィル・セッションからエルヴィス専属の独立プロデューサーになったことも大いに影響したのかもしれない。当初、ジャーヴィスはこの5日間でアルバム1枚とシングル2枚分、計18曲の録音を目論んでいたのだとか。が、68年以降の好調ぶりを持続していたエルヴィスは、若さと確かなテクニックとを兼ね備えた新しいミュージシャン仲間にも刺激されて、想像以上のペースでレコーディングを展開。なんとこの5日間のセッションでレコーディングされたOKテイクは34曲! これらの曲は、『エルヴィス・カントリー』をはじめ、『エルヴィス・オン・ステージVol.1』、『ラブ・レター・フロム・エルヴィス』、『エルヴィス・ナウ』などに振り分けられてリリースされていくことになる。

 実は“エルヴィスがカントリー系の名曲を独自のアプローチで歌う”という本盤のコンセプトは、レコーディング・セッションに入る前に用意されたものではなくて。セッションを続けるうち、4日目にあたる6月7日、ジャーヴィスの頭に突然浮かんだものなんだとか。すでにそれまでの3日間で当初目論んだアルバム1枚分以上の曲を完成させてしまった余裕からかもしれない。もちろん、それまでの3日間にもすでにカントリー系のレパートリーは数曲録音されており、それらでエルヴィスが特にリラックスした歌声を聞かせていたからもしれない。いずれにせよ、こうして6月7日のセッションにはあえて予定外だったカントリー・スタンダード「知りたくないの」の録音が加えられて。エルヴィスはこの曲を持ち前のゴスペル感覚たっぷりの力強い歌声でカヴァー。この曲の仕上がりにエルヴィス本人も大いにインスパイアされ、ここで『エルヴィス・カントリー』というある種のコンセプト・アルバムが実体を持ち始めた。この日、エルヴィスは「知りたくないの」に続いて、快調に7曲のレコーディングを終了。それらを核に構成されたのが本盤『エルヴィス・カントリー』だった。

 ただ、実際に収録曲を眺めてみると、ビル・モンロー、ボブ・ウィルス、アン・マレー、アーネスト・タブ、エディ・アーノルドといったカントリー系アーティストの曲ばかりでなく、ジェリー・リー・ルイス、サンフォード・クラークらロックンロール系の曲も多いし、ダラス・フレイジャー作のゴスペル風味の曲もあるし…。これはけっして生粋のカントリー・アルバムというわけじゃない。アルバム・タイトルは『エルヴィス・カントリー』ながら、むしろ本盤はカントリー、R&B、ロックンロール、ゴスペルなど、アメリカ南部に渦巻く様々なルーツ・ミュージックにエルヴィスが真摯な“里帰り”を試みた1枚ととらえるべきだろう。冒頭にも書いた通り、今回のアップグレード・ヴァージョンのリリースにあたって同じレコーディング・セッションで録音された同趣向のナンバーがボーナス追加されているのだけれど、それらボーナス曲も含めて、エルヴィスの身体の奥底にしっかりと刻み込まれている南部音楽の感覚を存分に味わえるはずだ。

 ただ、オリジナル・アルバムの収録曲に関しては、アナログ盤発売のとき同様、「おいらは何でも見ちゃったよ」というジャム・セッション曲をブリッジとして全曲曲つなぎで収録されていて。それをうるさいと思う人がいるかも。そういう人は、全曲それぞれのフル・ヴァージョンが単独で収められている70年代ボックス『ウォーク・ア・マイル・イン・マイ・シューズ』のほうをゲットしてください。高いけど。


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