南の島へ(2000.9.3-5)

第4話 サイトシーイング・チャンプルー

もの食う話

腹が減っては何も出来ぬ。沖縄で何を食ってきたか、という話を。

初日(9月3日)の昼食は午後2時を回ったころ、チェーン店風のそば屋で沖縄そばを食べる。頼んだのはテビチ(豚足)そば。沖縄そばを食べるのははじめてだが、これが思ったよりもさっぱりしている。暑い時でもスッと入っていく。豚足も骨の周りにゼラチン質のトロトロがくっついており、これがおいしい。

それにしても、どこかで食べたことがあるような・・・と、思いだしたのが、学生の時に作った、「ほんだし大量投入」のうどん。うどんを固めに茹でて、ほんだし(顆粒に限る)だけで作ったスープを合わせれば、家庭でも簡単に再現できそうである。

夕食は午後8時すぎ、国際通りまで食べに行った。ステーキ屋から流れてくる肉を焼く匂いが食欲をそそる。牧志の市場に併設されている食堂は閉まっていたので、国際通りを端から端まで歩いて、すっと入れる郷土料理屋を探した。ピーナッツで作った豆腐(モチモチしていて濃厚な味。本土で流行らせたい)とモツ汁(モツ煮込みとは異なりあっさり。干し椎茸も入っており、滋味あふれる味)とビールを頼んだ。

突き出しに出てきたのは昆布。沖縄では昆布は採れないが、交易で北海道から入ってくるものが常に食べられている。こういった、地元では獲れない食べ物が交易のおかげで名物になる、というのは非常に興味深い。

2日目も遅い昼食。念願だった牧志第一公設市場2階の食堂街で、これも念願だった本場のゴーヤーチャンプルー(ニガウリの野菜炒め)を食べる。ゴーヤー(ニガウリ)の苦さを卵、油、豆腐などがうまく中和している。一緒に炒められているのがランチョンポーク(インターネット上ではSPAM、といったほうが分かりやすいか。豚肉をペースト状にして缶詰にしたもの。第2次大戦後、米軍が持ち込んできた食材が定着した)というのが沖縄らしい。

牧志の公設市場

市場2階の食堂街で手早く食事を終え、腹もくちくなったところで、下の市場を覗いてみる。豚の顔(お面みたいで、きちんと目と鼻の穴が開いている)400円。豚足もゴロゴロ転がっている。モツ(沖縄では「中味」という)もある。豚に関するものなら、鳴き声以外何でも売っていそうだ。

ちなみに、後日那覇市内のデパートの地下食料品印売り場も覗いてみたが、豚に関するものは、中味もスパムも豚足も売っていた。「鳴き声以外は全部食べる」のを実感。

魚売場を覗いてみると、思わず食欲をなくす、毒々しいまでに極彩色の熱帯魚が並んでいる。買った魚を2階の食堂へ持ってゆくと、若干の手数料で料理してくれるので、売り場のおばちゃんたちも熱心だ。

実家への土産は、粟国塩の塩(ミネラルが豊富に入っており、塩辛いというよりも甘苦い味だった。値段も600円と手頃)。

往来

外は、アーケードの商店街である。というよりも、通りは狭く、ど真ん中にバイクやらカゴやら椅子が置いてあり、商品が溢れんばかりに並んでいて、東南アジア的な「市場」の雰囲気である。土産物屋からシャツ、日用品まで売っていて、見ていて飽きない。

せっかくだったので、外の屋台でゴーヤージュースを頼む。いろんな果汁と一緒に絞っているとはいえ、苦い。習慣性のある味だ。

やっぱり南国の観光都市だからだろうか、往来を行く服はみんな半袖である。その中で、筆者は数少ない長袖だが、タイやベトナムの人々は、夏でも長袖を常用しているというので、それに倣ってみた。陽射しは相変わらず厳しい。

途中、市内を一望できる高いところに昇ってみる。高いビルが並んでいるが、平屋ないしは古めかしいブロック積みの建物が結構残っている。それがとっても沖縄らしい。

首里城

牧志の市場を一通り見たあと、バスに乗って首里城へ。まず、首里城築城に用いる土砂を掘ったあとにできた人工池、竜タン沿いを歩く。木がうっそうと茂っており、木漏れ陽が気持ち良い。琉球王朝当時は、この池に舟を浮かべて宴を開いていたという。

正殿に入るまで、4つの門をくぐる。入場券を購入し、正殿を正面に見る。この正殿は、沖縄戦で破壊されたものを1992年に再現したもの。朱色の壁と赤白の瓦・漆喰が鮮やかである。本殿の両側には、御庭(うなー)と呼ばれる広場を挟んで、南殿と北殿とがある。先日のサミットの時には、この北殿(中は普通の展示場やみやげ売場になっている)を会場にして晩餐会を開いた。

展示の中で印象に残ったのは、やはりサミット関係の展示。筆者は沖縄に来るにあたって、首里城を居城とした琉球王朝について勉強して来なかった。そうなってくると、いちばん身近で実感がわく首里城が「サミット晩餐会会場」としての首里城である。現にここでは、足を止めてじっくり観察している人を多く見かけた。

一通り見るものを見て、帰りのバスに乗る。しかし、道路が大渋滞。首里城から牧志まで、2キロも離れていないのに、1時間もかかる始末。居眠りをしたり、職場に電話をかけて仕事の話をしたり(ごめんなさいバス車内で携帯使ってしまいました)して時間を潰す。外は激しい通り雨。

ちょっと散財が激しいし、一人で出ていって楽しめるような店を探すのも億劫だったので、夕食も牧志の市場まで出ていって、ラフテー(角煮)そばで済ませる。食堂の営業は一応8時まで、とはなっているが、早いところでは7時半頃からオーダーストップになり始めるので、注意が必要だ。

もうちょっと打ち解けられそうな居酒屋等に出ていってもよかったが、そこまで元気がなかった。早々にホテルに戻ってきて、泡盛を飲みながら日記をつけているうちに、気持ち良くなって眠ってしまった。こういう点が、一人旅の辛いところである。

第5話「遠出だ」

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