家なき子レミ 創作小説
ふれあい
「レミ、あのさ……」
「うん? なあに?」
今までのわだかまりが解決したせいか、それともこの二人っきりの状況がそうさせるのか……マチアは自分の中にある欲求が大きくなっていくのを認識していた。キスだけなら……キスだけならこの間もしたし、レミも嫌がっていなかったから良いじゃないか、とそんな考えが頭にあった。自分の抑えられない欲求がありつつ、それでもレミが嫌がる事は決してしたくないと思っていた。葛藤と恥ずかしさと戸惑いを抑えるようにレミの指を絡める力を強めて、思い切って言った。
「あのさ、キス……してもいい?」
「……うん、良いよ」
レミは穏やかに笑ってくれた。この間のキスは……自分でも意識しないうちにしてしまったから、するまでに何を考える事も無かったのだが、今回は違う。そして今回はレミが良いよと言ってくれた。そのせいか、マチアはすぐにでもレミにキスをしたい自分があったのだが、それと自分の高まる鼓動を一生懸命抑えつつゆっくりとレミに近づく。顔を近づけてレミの顔を見るとさっきまで寝ていたせいか、目が潤んでいた。レミの吐く甘い吐息が自分の顔にかかるまで近づいて一層マチアはレミに引き寄せられる感覚に陥ったが、どうにかそれを抑える。レミがそっと瞼を閉じるのを確認して、ゆっくりとやさしく唇を重ねた。今まではお互いの心は通じ合っていたし、抱きしめあった時もお互いの気持ちのつながりは感じられたのだが、今回の重ねた唇からは今まで以上にマチアの中にレミが流れ込んできた。レミの脈動、レミの呼吸、レミの体温、……そしてそれら全てがいとおしかった。もっと……レミの全てを知りたかった。さっきまで必死で自分を抑えようとしていたものはレミの唇に触れてから一瞬で無くなってしまい、マチアはレミを求めて重ね合わせた唇から舌を進ませた。レミの歯をそっと舐めて、更に奥へ進ませる。
「んっ……」
レミがいつもとは違う、オクターブ高い声を洩らした。マチアにはそれがレミが嫌がっている声には思えなくて、むしろもっと聴きたいという欲求に駆られて更に舌でレミを求める。そうしているうちにマチアは遂にはレミをベッドに押し倒す体制となってしまった。レミは浅いが早い間隔で呼吸をして息を整えていた。マチアは唇をレミの口から移動してレミの顔全体、首から耳、うなじまで出来る所全てにキスをした。その度にレミは震えて小さな声あげたのだがそれはマチアの欲求を更に高めるものとなった。
「マ……チア……」
今までマチアのなすがままであったレミがようやく、か細い声で言葉を口にした。マチアははっと我に返る。レミの目は潤んでいて今にも涙がこぼれそうな感じであった。
「マチア……私……何だか変だよ……。胸がすごくドキドキして……何だか……変な声も出るし……」
レミがマチアの手を握る指には力がこめられていて、マチアの手の甲はレミの爪の跡で赤くなっていた。少し肩を震わせながらレミは言った。
「私……何だか……怖いよ……。マチアは……マチアは大丈夫なの?」
マチアはここでまた……罪悪感にさらされた。自分の欲望でレミに嫌な思いをさせてしまったことを。マチアは起き上がって、レミをゆっくり起こした。
「レミ、ほら、俺も一緒だよ。胸がすごくドキドキしている」
マチアは心臓の鼓動が聞こえるように自分の胸にレミを抱き寄せた。胸を通して伝わるマチアの心臓の鼓動はレミのと同じくらいか、それ以上に激しく拍動していた。
「あ……」
「俺も……すごくドキドキしている。……でもそれ以上に……俺レミにこういうこと出来るのがすごく嬉しくて……。レミの声を聴いていたらもっともっと聴きたいって思った。……でも俺女の子の事よく分かってなくて……ごめんな、もうしないから……」
「え……私の声、変じゃなかった?」
「変じゃないよ。すごく……すごく可愛い声だった」
少し照れながらマチアはレミに言った。そしてレミの髪の毛に触れ、優しく撫で続けた。心なしか、レミの震えや呼吸が落ち着いたように感じられた。
「良かった……私、自分が自分じゃなくなるみたいな感じになって」。マチアから変に思われるんじゃないかって、嫌われるんじゃないかって思ったの」
「俺がレミを嫌いになるわけないだろ?」
「本当に?」
レミが顔をあげる。まだ少し不安そうな表情だった。マチアは優しく笑って「ああ」と答える代わりにレミの顔に近づいてキスをしようとした。
「レミお嬢様?」
と、突然、ドアをノックする音と共に、ドアの向こうからネリーの声が発せられた。マチアは慌ててレミから離れて、上着を整える。レミも立ち上がる。
「ネ、ネリー?! ちょっと待って、今髪の毛がぼさぼさなの!」
ネリーがドアを開けないよう、レミは急いでドアの元へ行き自分で開ける。
「な、なあに、ネリー?」
「ご体調はいかがですか? お昼の仕度が出来ましたので呼びに参りました。……あら、マチアもいらっしゃったのね。それでは一緒に食堂の方へどうぞ」
……どうやら変には思われなかったらしい。二人はお互いに目を合わせて、良かったね、と合図を交わすようにくすりと笑った。
「それじゃ、マチア……体に気をつけてね」
「ああ。レミもな」
レミが出発する日がやってきた。仕度をすべて終らせたレミは馬車の横でマチアと話していた。
「ロンドンか、、、。。」
「シャバノン村に行った後、北の都市カレーまで行って、その後ドーヴァ海峡を船で渡ってイギリスに行くの。私船に乗るの初めてだから緊張しちゃうな……」
「俺も乗ったこと無いや……遠いんだろうな……」
しばらくの間二人に沈黙が続いた。沈黙を破るためにレミが口を開いた。
「ロンドンについたら手紙、書くね」
「ああ。俺も返事書くよ」
「それじゃ、行くね」
「あ、レミ」
行きかけたレミを慌てて呼び止める。
「え……?」
「俺……今度会うまでには……もっとバイオリン、上手くなっているから」
「うん! ……じゃ……」
「あ、待って!」
やはりまた呼び止める。
「なあに?」
「いや……リーズや他の子達の事、お願いな」
「うん! 安心して!」
そして再び歩き始める。
「レミ!」
マチアがレミの腕を掴んでレミを深く抱きしめる。これから長い間、抱きしめられない分を貯めておくかのように。レミもその事を感じて、悲しい顔になるが、それを押し殺して明るい顔を作る。マチアから離れて、レミは言った。
「マチア、私も私の新しい夢を見つけて、頑張る。バイオリニストになる夢を追うマチアに負けないように頑張る。だから……一緒に頑張ろ!」
「……ああ! ありがとう、レミ」
二人は、お互いの夢が叶う事を願って、自分の道を進むために歩き出した。
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