2001insight

建設業界のCGデザインの第一線で30年近く活躍してきた笠原教授は、3年前、首都大学東京のシステムデザイン学部インダストリアルアートコース開設に合わせて教育界に転身。次代のモノづくりを担う人材育成に情熱を傾けています。特に今後のモノづくりに不可欠な3次元CAD/CGソフトを活用した造形表現を専門として担当。3次元造形に必要な3次元CADソフトとして、直感的な操作性と低コストを兼ね備えたAMAPIを活用した授業を行うと共に、産業界でのCG実用化のためのコンピュータアルゴリズムの研究も行い、その成果を広く公開して産業界への還元を目指しています。


モノづくり教育に不可欠になった3次元CADソフト

 今やモノづくりに3次元CADは欠かせません。ボールペンやケータイから、家電製品、車、船、航空機に至るまで、ほとんどの製品は3次元CADによって設計されています。半導体が産業の米ならば、さしずめ3次元CADは産業の鉛筆です。3次元CADはどんな形をも精密に造形できるだけでなく、作り上げた形はそのまま工作機械によって加工されるデータとして活用できますから、リードタイム短縮や省エネにも大きな効果があります。
 モノづくりに携わる者にとって、3次元CADは鉛筆のように自由自在に使いこなされなければならないツールになりました。しかし、次代のモノづくりを担う若者を育成する教育分野での3次元CADの導入は始まったばかりで、担当者の試行錯誤による創意工夫に頼っているのが現状です。しかも、3次元造形は個々の3次元CADソフトの操作性に依存してしまうため、共通のカリキュラムがないことも大きな壁になっています。
 そこで本誌では、3次元CADソフトを活用した教育の第一線を訪ねて、その現状と問題点、そしてどのような方法論で3次元造形教育を実践しているかなど、3次元教育現場を探るレポートを連載することにしました。第1回は、30年近く建設業界におけるCGデザインの第一線で活躍してきた笠原教授に、教育分野に必要な3次元CADソフトの条件や教育法などについて伺いました。


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システムデザイン学部は日野市の旧東京都立科学技術大学*にある。
*東京都立科学技術大学は、東京都立大学・東京都立保健科学大学・東京都立短期大学と統合され、2005年4月に「首都大学東京」が開学した。
笠原先生のおられるシステムデザイン学部の特長を教えてください。

 笠原 システムデザイン学部は、システム工学系のヒューマンメカトロニクスシステム、情報通信システム工学、航空宇宙システム工学、経営システムデザインの4コースと、デザイン工学系のインダストリアルアートコース(2006年4月開設)から成り立っています(コラム参照)。文字通りシステムとデザインの融合した学部であり、「ダイナミックな産業構造を持つ高度な知的社会の構築」を目標に、大都市で人間が豊かな生活を維持するためのシステム構築や多様な産業の芽を生み出すための教育研究を行ないます。
 私はデザインとアートの領域であるインダストリアルコースを担当しています。本コースでは、問題解決のための「大胆な発想(柔軟なこころ)」とそれを実現するための「綿密な作業(自己表現技術)」を育成することが目的です。何事も興味を持ち、豊かな感性と正直な表現方法でコミュニケーションできる行動派を支援しています。ここでは3次元CADソフトは不可欠となります。

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まだ設立されて3年目と新しい学部のようですが、3次元CADソフトを使ったことのある新入生は何人いるのでしょうか?

 笠原 インダストリアルアートコースは設立されて3年、来年でようやく4年生が誕生します。1学年は60名です。グラフィック専門学校ではありませんので、入学者でグラフィックソフトを使ったことのある学生は数名程度、3次元CADを使ったことのある学生は皆無です。当コースではグラフィックソフトや3次元CAD/CGを入学時に知っているかどうかが問題ではなく、造形表現での発想が面白く、これから伸びそうな学生、可能性を秘めた学生を発掘して、総合力を持ったデザイナーとして育てるのが役割です。
 造形表現にはグラフィックソフトや3次元CADソフトは欠かせませんから、2次元デザインで実質標準となっているIllustratorやPhotoshopを1年生から使います。ただ、3次元デザインに必要な3次元CADソフトは数多くの種類があり、実質的な標準がありませんので、私たちは独自に教育に最適なソフトを選定しました。これはデザイナーにとっても容易に使えるソフトです。
 今まで、3次元CADソフトはデザイナーにとってハードルが高く、産業界でも3次元CADソフトのオペレータを専任で雇っているところもあります。しかし、それではデザインが終了したものを入力する清書ソフトに過ぎません。デザイナー自らが3次元CADソフトを使えなければ意味はありません。そこでデザイナー自身が使えるソフト、特別な訓練をしなくとも使えるソフトが必要になります。

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教育に必要な3次元CADソフトの条件は何でしょうか?

笠原 産業界では、エンジニアが使う高機能・高性能な数多くの3次元CADソフトが使われています。もちろん、そうしたソフトを教育用に使うこともできますが、残念ながら直感的な操作性とコスト面で難点があります。直感的に理解できないソフトだと、ソフトの操作に慣れるのに時間が取られてしまいます。一方、教育用に特化したソフトでは機能が不十分のため、3次元造形に制約が出てしまい、3次元の概念や3次元造形力を磨くのに支障が出てしまいます。
 またライセンスコストが高いと、せっかく授業で慣れても、学生は自宅で気軽にソフトを使うことができないため、日常的に3次元CADソフトに触れることができません。ツールは常日頃使っていないと使いこなすのに時間がかかりますから、教育用のCADソフトは学生の自宅でも使えるような低コストである必要があるのです。そこで直感的操作性と低コスト、そして十分な機能を備えたAMAPIを採用したわけです。
 まだ、一般に知られているソフトではありませんが、AMAPIの操作性は他のソフトとは次元を超えた使いやすさであり機能も豊富です。教育用に適しているため、もっと使ってもらおうと考え『AMAPI PRO 7.5 プロダクトデザインのための3次元モデリング教本』(BNN新社)を執筆・紹介しています。

どのようにして3次元造形の概念を教えているのでしょうか?

  笠原 1年生では、2次元と3次元の世界をコンピュータで体験します。まず2次元グラフィックソフトのIllustratorとPhotoshopを使って2次元平面に慣れ、AMAPIで3次元の世界を感じてもらうことに主眼を置いて3次元空間の基本的な概念を理解してもらいます。3〜4年はツールの使い方より、デザインのコンセプトが主眼となります。
 高校までの限られた経験から自分のデザインの進路を決めるのでは、学生の可能性が狭くなります。たとえば、このコースに入学した当初は、ケータイのデザインをやりたいという学生は8割に上りますが、それは単にケータイが自分の身近にあってデザインの対象として思い浮かべやすいということでしょう。この希望が本当に自分の興味や適性にあっているのかは別物です。そこで本コースでは最初から学生を希望の専門の分野に分けることをしません。1年2年ではプロダクト系からメディア系までの幅広いデザインの分野の授業を履修して体験し、興味の幅を広げ適性を見極めさせます。
 学生が3次元空間の認識に悩むのは、2次元の画面上で奥行き方向の情報をどう定義するかです。そこにツールの使いやすさの差が出てくるのです。通常の3次元ソフトは、作業平面が限定されているのですが、AMAPIは奥行き方向も含め任意の位置を直感的に定義できます。この点が他の3次元ソフトと決定的に異なる点です。しかも、3次元ソフトを使ったことのない学生でも、3カ月間(延べ20時間)の授業で、AMAPIの操作の習得を通して、容易に3次元モデリングの概念を理解することができます。

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Amapi授業課題作品(制作:武市美穂)


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低コストで操作性の優れた3次元CADソフト『AMAPI』



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『AMAPI』を活用して3次元モデリングの概念と方法をわかりやすく解説した教則本

3次元教育はどんなカリキュラムに基づいて展開されているのでしょうか? <

笠原 インダストリアルコースでは、1〜2年生では総合基礎ワークショップとよばれる専門の基礎教育に重点が置かれます。これは、平面構成、立体構成、デッサン、製図法、デジタル編集、3次元モデリング、CG、色彩論、デザイン史など幅広い構成になっています。3年生からプロダクトコア、メディアコア、システムコアのいずれかに分かれて専門科目を履修します。さらに各コアは複数のスタジオで構成されています。
 例えば、プロダクトコアは、トランスポーテーション(車のコンセプトデザイン)、イクイップメント(家電製品や工業製品)、スペース(室内空間、舞台装置)、リビングデザイン(家具)から成っています。3年生ではいずれかの分野をメインとして選択しますが、他の分野についても幅広く学び、4年生になって初めて専門に特化します。3年生はいわば仮免許の段階、4年生になって初めて専門コースになるわけです。そうすることによって、幅広い知識を身につけた総合力のあるデザイナーになることができます。
 いずれも3次元CADソフトは不可欠のツールで、2年生になると3次元での造形力を身につけていきます。『AMAPI PRO 7.5 プロダクトデザインのための3次元モデリング教本』を使って、具体的に3次元モデリングを教えています。これでAMAPIの操作はすぐに覚えることができますが、いろいろな形の3次元造形を身につけるには苦労します。どこから始めたら一番効率的なのか、いろいろ試行錯誤しながら覚えていくわけです。
 ソフトの操作や機能を習得しても、それだけで例えばカメラのモデリングできるかというとそういうわけにはいきません。モデリングの各機能をどう組み合わせてどのような手順で行えばその形状が作成できるか、の作戦立案が重要なのです。これをサポートするために、様々な形状に対してその作成手順を記述した逆引き辞典を用意しておくことが有効です。私は本の他に、AMAPIで造形したものを用意して講義に臨んでいます。それぞれのソフトで形状の逆引き辞典を用意することが、学生の3次元造形力を引き出すことにつながると思います。 (2008年9月)

文:佐原 勉/写真:山下武美

プロフィール
笠原信一
首都大学東京 システムデザイン学部インダストリアルアートコース 教授
博士(工学)/一級建築士
1955年生まれ。九州芸術工科大学(現九州大学芸術工学部)大学院修士課程修了。1979年より鹿島建設にてCAD/CGの研究開発に従事。米国ユタ大学建築学部で研究助教授を7年間務めた後、2006年より現職。

首都大学東京 システムデザイン学部
システムデザイン学部は、システムのデザインをシステムの機能と感性という2つの側面から、総合的に研究教育するという日本でも極めてユニークな最先端をいく学部だ。履修コースとしては、デザインの機能面を主に扱うコースとして、ヒューマンメカトロニクスシステムコース、情報通信システム工学コース、航空宇宙システム工学コース、経営システムデザインコースがあり、デザインの感性面を主に扱うコースとしては、インダストリアルアートコースがあり、大都市空間を活躍の場として21世紀型システム技術者の育成を目指している。 デザインとアートの領域に求められるのは、問題解決のための「大胆な発想(柔軟なこころ)」とそれを実現するための「綿密な作業(自己表現技術)」に尽きるため、何事も興味を持ち、豊かな感性と正直な表現方法でコミュニケーションできる、行動派を支援する。インダストリアルアートコースでは、「基礎総合ワークショップ」でデザインやメディアにかかわるアートを体験的に学び、プロダクトデザイン、メディアアート、アート&デザインシステムの3つのコアにそって専門的な技術と知識を習得する。また、「総合プロジェクト」で横断的かつ実践的なケーススタディに取り組み、最終的には12のスタジオ(専門領域)に分かれて特別研究をまとめる。


首都大学東京
http://www.tmu.ac.jp/
システムデザイン学部
http://www.sd.tmu.ac.jp/