2001insight

1979年にガンプラ(ガンダムのプラモデル)が誕生して四半世紀。今や3億9,000万体ものガンプラが世界に広がった。世代と国を超えた支持を得ていることの証だ。それは、原作のMS(モビルスーツ)という斬新なアイデアを、動くガンプラとして具現化したバンダイの確かなモノづくりの賜でもある。それを実現した秘密は、ファーストガンプラ誕生以来、一貫して日本での製造にこだわり工夫を重ねてきた高度な生産技術、そしてどこにも真似できないフォルム(外装)と精密な機構を実現するクリエーターたちの情熱と細部へのこだわりにある。(c)創通・サンライズ (c)創通・サンライズ・毎日放送


世界唯一のガンプラ工場=バンダイホビーセンター

 宇宙船のようにソーラーパネルが覆う外観と、宇宙船内部のイメージに統一されたバンダイホビーセンター(写真1)を訪ねた。しかも、全従業員は地球連邦軍のクルーと同じような制服を着て任務に励んでいる。「ホビーセンターを建てる際に、ガンダムの工場という物語を追及し、地球連邦軍のイメージで統一しました。工場建屋はガンダムの身長と同じ18メートルに押さえ、社員もガンダムのクルーと同じようなユニフォームを着用して感情移入しやすいようにしています」と、赤い制服(冬服)を着用できる佐々木克彦ホビーセンター長は話す。
 2006年3月、従来プラモデルを生産していた静岡市清水区の静岡ワークスから静岡市葵区に新装移転したバンダイホビーセンターは、世界で唯一のガンプラ工場だ。今では、年間1,500万体のガンプラを生産する工場として24時間フル稼働している。廃棄物・廃熱をゼロにし、オフィスゴミの分別廃棄や回収・再利用だけでなく、省エネルギーとCO2削減にも取り組んでいる。外壁の大型ソーラーパネルが年間56,000kWhを発電し、雨水や地下水を年間2,000t再利用するための浄化システムを設置するなど、宇宙船のようなエコ工場だ。
 ホビーセンターではガンプラに関わる営業とプロモーション以外の分野、開発・設計・金型・生産までをセンター内に統合することで、生産効率と品質の向上を図っている。「設計者の中心は30代、経験が必要な開発部門の中心は40代前半の者がガンプラの開発に携わっています。センターで働く社員は皆ガンダムマニアと見られますが、意外に思われるかもしれませんがマニアは少ないです。大半の社員はライフスタイルの中心にガンプラがあった世代であり、ガンダムは概念なのです。私も最初からガンプラ担当ではなく、当初は商品の生産や成型をする部門に配属され、偶然開発に異動してガンプラを担当するようになったのです」と、ホビーセンターの司令官である佐々木氏は語る。


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独自開発の多色成形機で世代と国を超えたファンを獲得

写真1
宇宙船のようなバンダイホビーセンター外観と内部のドア

 日本の人口の3倍を超えるガンプラが広がった背景には、ガンダムのテレビアニメが放映されているアジア(韓国、中国、フィリピン、シンガポール、特に香港は熱狂的なファンが多いという)の多くの人に受け入れられているからに他ならない(写真2)。ただ、欧米ではガンダムは戦争アニメと位置付けられて深夜枠でしか放映できないため、東南アジアほどのガンプラファンはいないらしい。しかし、欧米でもDVDは見ることができるので、毎年アメリカで開催されるアニコン(アニメコンベンション)にはコスプレオタクも出現し、熱狂的なガンプラファンもいるという。
 通常、プラモデルはランナーと呼ばれる骨組みから部品を切り離し、組み立て、彩色して完成する。当初のガンプラもこうした手順に従っていた。ところが、最近のガンプラは、最初から4色に色分けされた部品をランナー(写真3)から切り離して組み立てるだけなので、彩色する必要がない。しかも、関節などの可動部分も最初からランナーに成型されているので、細かな組み立ても不要というから驚きだ。手先が不器用な人でも、アニメに登場するガンダムを容易に組み立て楽しめるのだ。
 これを実現したのが、独自開発した4色の異なる素材を成形できる多色成形機だ。4色のパーツを一体成型できる秘密は、時間差による素材の固形化を利用している点にある。つまり、固まった後に別の色の素材を流し込むので混ざり合うことがないという高度な技術の結晶だ。同様に可動する関節部分も、時間差による異なる素材の固形化で実現している。これはどこにも真似できない生産技術だ(写真4)。しかもホビーセンターは、24時間稼働という高生産性によって、年間1,500万体のガンプラを送り出せるので、工場を海外に移転する必要もない。もちろん、成形後の不要な部分はリサイクルして黒色の材料として再利用され、黒いガンプラとしてホビーセンターだけで販売される。


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一人の設計者がガンプラに“命”を吹き込む

 ガンダムはアニメの世界なので、当然ながら外装や可動部分も含めた部品の設計図は存在しない。設計者はガンダムのイメージを壊さず、外装と可動部品をすべて設計して、ファンが納得できるガンプラになるよう“命”を吹き込まなければならない。ガンダムファンのイメージを裏切ると支持されないのだ。設計者は、身長18メートル、体重43.3トンのガンダムをどのように動かしたらいいのかを想像しながら、1/144(バリエーションによっては1/100、1/60)のガンプラにアニメの外観を犠牲にせず、可動部品を実装しなければならない。
 ファンのイメージを裏切らない外観とスムーズな可動を両立させるのが、設計者の最も大切な使命となる。しかも、アニメとして登場した週にはガンプラを発売するので、設計時間も限られる。大学で二足歩行ロボットを研究し、バンダイ1社に絞って就活し1996年に入社した山中信弘 製品設計チーム リーダーは、2年間開発に携わった後、設計部門に配属されて以来、ガンプラ設計の任務についている。ガンプラの設計は、一人の設計者が外部ブレーン2〜3人と協力しながら外観設計と機構設計を行い、平均して3カ月で設計を仕上げる。
 「開発部門からのコンセプトと仕様、開発仕様書に従って設計を行います。手書きの案図をベースに、外観デザインと平行しながらパーツに分割していきます。たとえばMG(マスターグレード)設計の場合、3〜4週間かけて外観デザインを決定し、その外観に収まるように機構(350点位の部品で構成される)を2カ月位かけて仕上げるのです。設計作業に対するこだわりはきりがないので、与えられた時間内で最大限努力します。ただ、同じフロアに、開発、設計、金型生産の担当者がいてすぐに相談できるので大変助かります」と、山中氏は話す。
 外観はアニメから想像できるが、その中に納められる部品のイメージは存在しないので、機構設計は苦労するらしい。逆に言えば、機構設計こそがガンプラ設計者の腕の見せ所ともいえるだろう。新人は先輩が作ったパーツにつけるシールなどを考えることからスタートし、平均して3年で機構まで設計できるようになるという。そして、ガンプラの設計に欠かせないのが3次元CADだ。バンダイが3次元CADを導入したのは1985年だというから比較的早い。


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3次元CADによって高品質のガンプラが生まれる

写真2
ガンプラの世界大会「Bandai Action Kits Universa l Cup」の2007年度優勝したインドネシアの作品。世界中のガンプラファンからの応募が寄せれ、優勝作品は聖地に展示される

写真3
赤、青、白、黄色と4つの色がついているランナー(枠につながった部品)。初めから完成に近い状態で色分けされているから、彩色する手間がない

写真4
柔らかい素材と堅い素材を合わせることができるので、切り出した時に関節など難しい部分がすでにできている。
 「当初多くの設計者は2次元CADで設計していました。私も1年くらい2次元CADを使い、その後3次元CADに移行しました。2次元CADを使った期間が少なかったためか、慣れるのには時間がかかりませんでした。3次元CADに完全移行したのは10年前ですが、2次元CADに慣れた設計部員が3次元CADを使いこなすには5年くらいかかりました。2次元CADでは頭の中で3次元の立体を想像しながら設計していますが、3次元CADは最初から直感的にわかる3次元データを扱えるので、その考え方と設計過程の変革に苦労したようです」(山中氏)
 現在使用している3次元CADはPro/ENGINEER(写真5)。当初、ミッドレンジCAD であるTOPsolidを使っていたが、パーツ精度が高くなってパワー不足になったため、2001年に移行したという。Pro/ENGINEERの採用によって、CG画像からモデリング、組立て図面のデジタル化を実現した。「ただ、生物等の有機的な形状を描くには3次元CADは不得意なので、3次元モデリングツールのFree Formも活用しています。気持ち太らせたり、細くすることが簡単にできるからです」と、山中氏は3次元ツールの使い分けを話す。
 「ガンプラの設計は外観最優先、その範囲内で機構を考えることが原則です。ガンプラの外観はメカデザイナーに監修してもらうこともあります。3次元CADデータを3次元PDFに変換して監修者に送り確認してもらい、必要があれば調整します。また、一部の映像作品では3次元データを使用してアニメを作成したり、逆にアニメで使っているCGデータをもらってCADデータに変換して利用するなど、双方向でデータを利用しておりクオリティーの向上や時間短縮につながっています」(山中氏)


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クリエーターはバイタリティと何でも興味をもつことが不可欠

 バンダイホビーセンターは、ガンダムファンの聖地でもある。月に数回実施される工場見学会(1回30名)は、希望者が多く抽選で選ばれたファンだけが聖地に入ることを許される。「工場見学会は、ファンの皆様への感謝の気持ちで開催しています。これからの見学会では、“帰るのがいやだ”となるくらいのサプライズを用意したいと考えています」と佐々木氏は、狭き門をくぐり抜けたファンへ気遣う。
 ただ、プラモデルの街である静岡市が毎年開催している静岡ホビーショーの期間(2008年5月17日〜18日)に限って一般公開したところ、12,000人の親子連れファンが入場したという。ガンプラのルーツに対する関心の高さが伺われる。それだけに、ガンプラクリエーターにはファンの期待に応えるモノづくりマインドが求められる。
 「ガンプラが市場に評価されて子供たちの手に渡ったときが一番楽しいですね。ただ、100%の答えがないことや自分の考えた機構などがサイズの関係上実現できない時はくやしいと思うこともあります。モノづくりに必要なマインドは、こだわりを持って前向きに取り組む折れない心です。3次元CADを触ったことはなくとも、テクニカルな部分は入社してからどうにでもなります。設計をしたいという熱い思いが大切だと思います。さらにこれからは、3次元CADとCGの垣根がなくなり融合するようになると思います」(山中氏)
 「MGガンダム Ver2.0を7月に発売しますが、今後はシリーズカテゴリを整理して、次のステップに進めたいと考えています。日本でしかできないものでなければ意味がありませんから、プラスチックだけでなく金属などの素材も含めたマルチマテリアルな新しいプラモデルの形を作り上げたい。ガンプラ設計者に必要なマインドは、何よりもバイタリティ、間口を広くして何でも興味をもっていること、楽しいことが好きなことです。そして、失敗してもくじけないことです。失敗しても後で取り返せば、その失敗は帳消しになるからです。いつかは1/1のガンダムをつくることが夢ですが、そのためにはプラモデルだけではない新たな技術領域の取得が必要になります」と、佐々木氏はチャレンジし続けることを話す。
 クリエーターたちが技を磨き、1/1ガンダムという夢の実現に向けて挑戦し続ける限り、バンダイホビーセンターはガンダムファンの聖地であり続けるに違いない。 (2008年8月)

文:佐原 勉/写真:山下武美

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写真5
Pro/ENGINEERで設計されているガンプラ

プロフィール
佐々木 克彦氏
株式会社バンダイ
ホビー事業部 デピュティ ゼネラル マネージャー ホビーセンター長

1960年生まれ。1981年に(株)バンダイ静岡工場入社。ガンプラブーム最盛期に生産業務を経験。 1992年に企画開発チームへ異動。新規カテゴリーなどの商品開発に従事。 2006年、ホビー事業部ホビーセンター長就任。

山中 信弘氏
株式会社バンダイ
ホビー事業部 製品設計チーム リーダー
1972年生まれ。 1996年に(株)バンダイ入社。ホビー事業部企画開発チーム配属。 1998年にホビー事業部製品設計チームへ異動。 以降、ガンプラなど様々なプラモデルの設計に従事。 2005年、ホビー事業部製品設計チームリーダー。


株式会社バンダイ
http://www.bandai.co.jp/

バンダイホビーセンター
http://www.bandai.co.jp/hobbycenter/


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