2001insight

莫大なコストがかかる人工衛星は、長い間国家的な巨大プロジェクトだった。もっと安く簡単に民間で活用できる人工衛星を飛ばしたい。そんな“身の丈”宇宙プロジェクトを推進する佐鳥新 北海道工業大学教授らは、2007年度に北海道衛星の打上げを計画。高級車を買う感覚で人工衛星を打ち上げることができるよう、北海道から世界に通用する小型衛星の開発を推進している。


一研究者から宇宙ビジネス創出のアントレプレナーへ

1990年から宇宙科学研究所 (現宇宙航空研究開発機構:JAXA) で小惑星探査衛星「はやぶさ」のエンジンや、次世代の反物質推進の研究・開発などを行っていた佐鳥新助教授(2009年4月教授に就任)は 98年北海道工業大学に転職。以来、100年先の「宇宙時代」到来を見据えて、民間主導の宇宙ビジネス創出に向け、研究者としてまたアントレプレナーとしての活動を展開している。

「94〜96年まではやぶさのイオンエンジン開発、その後プラズマスラスターの研究などを行っていました。日本の小型エンジンは耐久性が高く、故障率の少なさでは世界最高のレベルにありましたが、実用面では数が少なく信頼性もいまいちでした。最先端の研究で面白かったのですが、エンジンというパーツの研究・開発に携わっているだけでは、これからの宇宙時代を切り拓くには限界があると感じていました。そこで、当時の宇宙科学研究所所長が北海道工業大学の教授に赴任されたのを機会に、私も同大学に移ることにしたのです」

子供の頃から宇宙への夢を育んできた佐鳥氏は、エンジンという一つのパーツから衛星本体へと守備範囲を広げ、一般生活に役立つ身近な人工衛星を構想する。しかし、そのビジョンは単に人工衛星だけに止まらず、100年先の宇宙時代を見据えた宇宙産業の創出も視野に入れている。

「2003年4月、北海道衛星構想を発表したところ、道内50社の中小企業含めて100人くらいが集まりました。そのうちの17名が役員になり、2005年12月には北海道衛星株式会社を設立。北海道ですから、作物の生育状況をセンシングする小型農業衛星『大樹 (たいき) 』の2007年度の打ち上げを最初の目標に設定しました。

また、宇宙という新しい視点を導入することにより、新たな産業 (宇宙産業) を興すために第三の足場を作ることができると考えています。まず1つの小型衛星による宇宙ビジネスの成功事例を世界に先駆けて示し、その成功パターンを様々な分野に広げることにより、日本に宇宙産業を創出する。宇宙技術により道内の製造業の実力を強化すると共に、主として農業・バイオ・IT等の分野への応用分野を開拓し、近未来には数万人規模の新規雇用を創出できると期待しています」 (佐鳥氏)

一辺 50cm の立方体、50kg の小型衛星を打ち上げ

打ち上げる北海道衛星は、一辺50cmの立方体、50kgの小型衛星。従来の大型衛星と異なり、機能を絞り込み1つの衛星に対して1つのミッション (仕事) を行う衛星を製作して打ち上げるという基本方針を掲げている。

「北海道衛星の概念設計は、大学と地元のエンジニアで行いました。しかも、既存の技術で作れるのです。2004年1月、JAXAの有識者にそのレポートを提出し設計審査を受けたところ、『荒削りだが光るものがある』という評価をいただきました。

衛星をシリーズ化し本体部分 (バス機器) を共通化することで、従来にない低コスト化と納期の短縮化を実現します。また、アメリカの特許を取得したマイクロ波エンジンを搭載、精度の高い画像データ取得装置を標準装備、レーザーを使った大容量のデータ交信装置を標準装備、ユーザーが自由に使える空間を設けます」 (佐鳥氏)

シリーズ1号機となる農業観測用の「大樹」は、ミッション機器としてハイパースペクトルカメラを装備しており、宇宙から地球を撮影し情報を地球へ送信することができる。軌道は高度567kmの太陽同期軌道で、一日に2回日本の上空を通過する予定だ。佐鳥氏らは、次のような北海道衛星の利用分野を想定している。

農業観測:米・麦などの作柄を毎日農家へ配信
創薬研究 (タンパク質の合成)、新薬製造
森林観測
峠などでの観測計測・路面情報の収集
宇宙からの気象予報 (極狭範囲での天気予報)
宇宙ロボットコンテスト
野生動物の生態観測 (鹿、熊、渡り鳥など)
釧路湿原などの自然環境・国立公園等の観測、監視
安全・被害予防:日常生活上の安全確保。盗難防止、強盗からの予防
産業廃棄物防止、追跡調査
宇宙コンテンツの配信
宇宙ライブカメラ放送事業

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JAXA の有識者から「荒削りだが光るものがある」という評価を得た北海道衛星の概念設計書

通信用として北海道工業大学に設置した地上局は通常の衛星アンテナであるUHF帯アンテナに加え、最先端の光通信装置を装備。また、衛星内部に宇宙実験室を設け、約5kgまでの実験機器を搭載し宇宙で実験を計画。打ち上げには安価なロシアのロケットを使用する予定だ。

しかし、いくら安価とは言えロケット打ち上げには数億円はかかる。当初から官からの援助を期待していない北海道衛星では、民間からの出資や独自の事業収益による自助努力でプロジェクトを進めることを参加者のルールとしている。その一つの手段がハイパースペクトルカメラなどのスピンオフによる事業収益だ。

 

見出し:スピンオフ事業で収益を確保

ハイパースペクトルカメラを使って開発された鮮度センサーはスピンオフ事業として収益が期待される
北海道衛星に搭載されるハイパースペクトルカメラは、宇宙から北海道を撮影しおいしいお米作りの手助けをする。そして、スピンオフされたハイパースペクトルカメラの収益が、衛星開発とロケット打ち上げ費用の原資として期待されているのだ。

「2003年には、衛星画像を使って米のタンパク質含有量の測定をする技術は実用化間近にありました。利用価値が高いことはわかっていたのですが、いかに小型のハイパースペクトルカメラを低コストで実現するかが課題でした。ただ、学生の卒業研究としてカメラの開発に取り組んでいたので、安価にできることはわかっていました」 (佐鳥氏)

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Jハイパースペクトルカメラを使って開発された鮮度センサーはスピンオフ事業として収益が期待される
中国市場に詳しいエバ・ジャパン(株) (東京都港区高輪・野呂直樹代表取締役社長) の協力により、開発されたハイパースペクトルカメラ「Cosmos Eye」と、ハイパースペクトルカメラを使って開発した鮮度センサーを中国最大の農業メッセ「China AG Trade Fair 2005」 (2005/10/17-10/21、於北京) に出展し、市場からの反響を直接調査。その結果、中国の企業は食の安全・安心を中心に鮮度センサーに非常に大きな関心を示し、中国政府関係者及び政府系研究所の人々はハイパースペクトルカメラに大きな関心を示したことがわかったという。

「ブース訪問者総数は約3,000人、オファーの総数は304件 (23ヶ国) 、代理店希望会社数は20社以上 (大手企業は数社) にも上りました。また、鮮度センサーの受注台数は26,000台 (3社、2005年12月14日現在) になり、確かな手応えを感じています。価格はパソコン1台分の価格を想定しています」 (佐鳥氏)

中国の農業メッセへの参加で、ハイパースペクトル技術を核としたスピンオフ市場の創造に成功した佐鳥氏らは、現段階での中国での市場規模は70〜80億円と想定。また、同様の市場は日本を含め全世界的に存在する可能性があると予想しており、スピンオフ事業の積極的な展開を計画している。


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開発されたハイパースペクトル技術では、世界初の食品鮮度評価センサーとして、外乱光に影響されずに高精度な食品の鮮度を数値化することが可能となった (別売の解析ソフトが必要) 。これによって、作物の生育状況や食品の鮮度検査などを自動化することが可能になる。官能検査に頼っていた鮮度をデータ化することで、食品開発から外食産業、税関検査まで、その応用は広範囲だ。対象となる食品は、次のようなものがある。

野菜:小松菜、キャベツ、白菜、青梗菜、キュウリ、アスパラ、ニラ、ブロッコリ等
肉:牛肉、豚肉、鶏肉等
魚貝類:鮪 (マグロ)、平目、鮭、鰤 (ブリ)、秋刀魚、鰯 (イワシ)、鱈、帆立等
その他:寿司、ツミレ、シュウマイ (生)、餃子 (生)、刺身等

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J佐鳥研究室にあるハイパースペクトルカメラで鮪の鮮度を測定

 

高級車を買うイメージで人工衛星を打ち上げる

宇宙時代の創出という壮大な夢の実現に向けての歩みは、始まったばかり。研究者でもあり宇宙ビジネスのアントレプレナーでもある佐鳥氏は、今後の展開を次のように話す。

「北海道衛星プロジェクトは、農業用リモートセンシングとして「大樹」シリーズを、2008年にはハイビジョン並の高画質ライブカメラを搭載して全世界の場所を写す宇宙コンテンツ配信事業用の宇宙インフラとして10kgの衛星バス群の打ち上げを計画しています。後者の宇宙インフラ事業では、鮮度センサーの販売におけるエバ・ジャパンの海外戦略と連携し、世界各地に衛星運用のための地上局を設置する予定です。

人工衛星の量産化に向けて、1年以内にコストパフォーマンスを1/10にすることが目標です。ロシアのロケットをまるごと1基買い上げて、10〜20基の衛星を載せることで、1基5000万〜1億円で打ち上げることができます。高級車を買うイメージで衛星を打ち上げるようにしたいと考えています。そうすれば民間利用がもっともっと広がるはずです」 (佐鳥氏)

北海道衛星バスを宇宙コンテンツのプラットフォームとする事業は、将来には情報を広く民間に公開する予定だ。宇宙コンテンツ事業は多くの企業の参加を歓迎し、市場競争の原理を導入して品質の高いコンテンツが勝ち残る仕組みを取り入れることにより、人類の幸福と進歩に貢献する価値を創造すると期待される。

2006年9月には超小型技術衛星「HIT-Sat (ヒットサット)」を打ち上げ、2008年の10キロ級小型衛星群打ち上げに向けた準備を行っている。5年以内に高級車を買うイメージで衛星を打ち上げるようにするために、佐鳥氏は国内外の挑戦者の協力を歓迎している。

「北海道で設計・開発・製造される北海道衛星ですが、リスクを負って挑戦する勇気のある方であれば、国内外を問わず、どこの地域からの協力も大歓迎です。多くの方が宇宙からの画像や情報を活用できる環境を得ることができます。これにより生活レベルで宇宙が私たちの身近なものとなり、地球の価値と私たちが地球で生活する意味をより深く理解できるようになります。宇宙時代の到来により、人類にとっての新たなフロンティアと幸福がもたらされることを期待しています」 (佐鳥氏)

宇宙時代の到来を熱く語る佐鳥氏は、少年時代の心を失わない挑戦者だ。 (2006年4月)

文・写真:佐原 勉 

 

取材先

北海道衛星株式会社
http://www.hokkaido-sat.jp/

北海道工業大学
http://www.hit.ac.jp/


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