2001insight

ポストペットの開発者としてつとに有名な八谷氏は自らを「メディアアーティスト」と呼ぶ。生活の中の発見や喜び、豊かさをモチーフに発明型のアート作品を多く発表し続け、現在はパーソナルジェットグライダー「オープンスカイ」プロジェクトでの飛行テストに向けて、その準備に余念のない八谷氏に、発明型装置への愛着、着想の秘密、アートに対する独特のスタンスなどを聞いた。


メディアアーティスト八谷和彦の慧眼

--- 子ども時代、アートやモノづくりとはどんな関係をお持ちでしたか。

 子どもの頃、好きだったのは工作ですね。プラモデルとかも好きでしたが、とにかく動くものをつくりたいという欲求が強かったんです。モーターとギアで動くリモートコントロールの戦車をつくったり、6本足で動くカブトムシのロボットをつくったり。ずっと飽きずにそういうことをやっていました。中学や高校になると、電子工作というか、プリント基板に電子部品を組み込んだり、トランジスタとかICとかをハンダづけしていくようなものになっていって。絵や彫刻など、純粋なアート方面に惹かれたことはあまりありませんでした。
 そんな感じなので、大学も単なる美術大学に行く気はあまりなくて。当時、美術系の進路はファインアート系か工学系かにパキッと分かれていたんですが、ボクはデザインにかかわることをやりたかったので、近場にある九州芸術工科大学という「理系の芸術大学」に行くことにしました。


--- 美術が得意な人はあまり理数系が得意じゃないというイメージがありますが、八谷さんはちょっと珍しいタイプなんでしょうか。

 得意というよりも、そっち寄りのことが好きなんでしょうね。中高生の頃にいわゆるマイコン、パーソナルコンピュータといわれるものが出始めたんですが、高価でとても手が出ないから、ショップに入り浸っては、雑誌のベーシックのプログラムを入力したりして、ああ、こういうのって楽しいなあ、と思っていました。九州芸術工科大学を選んだ理由も、まだ競争相手が少ないから楽しくやれそうだというのと(笑)、コンピュータの授業があるというのがあったと思います。
 それに、数学とか物理にはある種の美しさがあって、個人的にはファインアートの情念的な世界よりも、数式とか物理、地学、化学の世界の整然とした美に惹かれたんですね。そっちのほうが普遍的でユニバーサルな美しさなのではないかと。数学の美しさは多分宇宙人にもわかるけど、日本的な美の概念は、日本の風土がベースになっているから。といっても、この2つの、どちらも好きなんですけれど。


--- その頃から、モノづくりの世界のIT化、デジタル化を予見していた部分がありそうですね。

 そうですね、大学の終わり頃というのがデスクトップパブリッシング(DTP)の走りの時期で、マッキントッシュ版のIllustratorとかPhotoshop、Quark Xpressなどがちょうど出だした頃でもあったんです。ボクはたまたまそのβ版を評価する会社にアルバイトで行っていて、まだ世の中にソフトウェアが出る前の不安定なバージョンで作例をつくったりしていました。1分に1回セーブするクセがついたり、セーブしたデータが読めなくなったり……コンピュータとはこういうものか、とだいたいそのときに把握しました(笑)。
 IllustratorとかPhotoshopってデザイナーの間では当初はかなり否定的に見られていたんですよ。今では信じられない人も多いと思うけど。でもボクにはすごくインパクトがあって、その時点で、いずれ全部デザイン作業はこれになるだろうと思いました。当時、デザイナーの仕事には、並んでいる文字を切り貼りしたり、1ミリの間に何本線を引けるか、みたいな手作業の部分がかなり残っていたんですが、そして僕もこういう作業を実際にしたほぼ最後の世代なんですけど、こうした部分はいずれなくなっていくだろうと確信できました。


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--- でも、大学卒業後、デザイナーとしては就職されなかったとか。

 ええ。デザインやエディトリアルの勉強をしていても、自分にそんなに才能があるとは思えなかったのと、あと下積みするのがイヤだったんです(笑)。
 その代わり、できる限り制作の工程の最初から最後までを見通せるポジションに行きたいと考えました。学生と社会人の最も大きく異なるところは、工程を管理したり、会計や経理部門など、制作のマネジメントそのものについて考えるか否かですから、そういう部分を補強したいな、と。それで、CIに強いコンサルタント会社に入り、デザイナーと営業の中間的なセクションである企画の仕事を選んだんです。
 社長に同行して、ずいぶんプレゼンなどにも出向きましたが、いろいろな企業の社長に会えるのが面白かったです。CIの決定権があるようなオーナー社長にはカリスマ性のある方が多いので。また、事業というのは結局のところ、「人間」がやって成り立っているんだということがよくわかって、非常にいい勉強になりましたね。
 それと、モノをつくるということは「つくって終わり」ではないということ。流通経路とか、そこから先、どういう人の手に渡って最終的にエンドユーザーの手に渡るのか、逆にそこをどう短くしていくか、あるいは商品の持っている意図をエンドユーザーにストレートに伝えられるか、そこが大事なんだろうなと。
 そう見当をつけていたら、今度はパソコン通信やインターネットが始まって、これはまたスゴイことになりそうだと思いましたけど(笑)。

 

3,000人の見えない友達に向けてつくったポストペット

--- そこうするうちにメディアアーティスト=八谷和彦の芽が少しずつ伸びていった……。

 そうですね、途中から、会社員のかたわら、自分で作品をつくり始めました。社員としては、ちょっと不良ですけどね(笑)。
 最初にやったのは「SMTV」というミニテレビ局。自分の好きな人の自宅にインタビューに行って、8ミリビデオで撮ってVHSデッキで編集して、本当に限定されたエリアだけに流すんです。なぜ、そんなことを始めたかというと、世の中のほとんどの人はテレビのエンドユーザーだけど、テレビがそのニーズに応えているようには思えなかったから。不特定多数の人がなんとなく見るような番組ばかりで、ディープな趣味の世界がカバーされていないような気がしたんです。
 で、じゃあ、自分でつくるか、と(笑)。ほとんど自分のためのテレビ番組ですが、それを観たい人が3,000人いれば成り立つんじゃないかと。この3,000人っていうのはなんの根拠もない数なんですが、なぜかその数字が僕の考え方の中心にずっとあるんですよ。


--- 最初の3,000人がクリアできれば次の展開が見えてくるということですか?

 ポストペット(※1)も最初は3,000人くらいの人に届けばいいと思ってつくったんです。自分の目の届く範囲というか、友達の友達とかをたどっていくと、だいたいそのくらいの規模だろうから、その3,000人の人に向けてつくるのがモノのつくり方としては一番正しいのかな、と。それが正解ということじゃなくて、自分の資質に合っている、ということで。まあ一言でいうとニッチということだと思うんですが(笑)。たとえばジブリのアニメみたいな2時間アニメをつくるのはたいへんなことですし、それをヒットさせる宿命があるとしたら、つくっていてもそれはツラかろうなと思うんです。とても僕にはできない。でも、3,000人が買ってくれるようなものなら、わりとラクに考えられるじゃないですか。
  商品化されている「サンクステイル(※2)」という作品があるんですが、これも車の中から「ありがとう」と言いたい人は世の中に3,000人くらいはいるだろう、というのが発想の原点です。車を運転していたら親切な人がいた。この人に感謝の気持ちを伝えたいのに、車の中からだとそれができない。車であれば、つくるときにどうしても「走り」が優先になりますが、人ってもう少し個人の気持ちに近いモノを望んでいるんじゃないかと思うんですよ。基本的には僕は性善説の人なので、たとえば「ありがとうと言いたいのに、言えない状況というのは私の本意ではない」のだとしたら、ボクはそういうときに自分が我慢すればいいとは思わない。足りてない車のほうがおかしいんだからこれを何とかしてやろう、みたいに考えちゃうんです(笑)。


--- 「ポストペット」の話が出ましたが、ここまでヒットし、バージョンアップを重ね、長く支持されるものになると想像できましたか。

 ある程度、量産されなければ存在価値のない作品ですが、ここまでの規模になるとは考えていませんでした。
 ボクは、ディスコミュニケーションの状態をあえて設定し、そこを乗り越えていく装置というのが好きで、「サンクステイル」も「ポストペット」も発想の根っこは似ています。メールって確かにいつでも送れて便利だけれど、実は相手がいつ、どう反応したかはわからない。そういう点ではコミュニケーションが断絶されたツールでもあるわけで、そこが面白いな、と。
 最新版(V3:ブイスリー)では、画像が3Dになっていたり、キャラが増えていたりと、時代やメディアの変化に合わせ、ずいぶん進化しています。以前から、ペットにはもっと個性を与えたかったので、飼い主がカスタマイズできる要素を増やし、個体差をつけてみました。実際のペットと同じで、「一緒に何かをやる」という行為が、このポストペットにおいては一番面白い部分じゃないかと考えています。これはどの作品にも共通したボクの考え方なんですが、当初の作品コンセプトを守った上で、今後も時代に連れてどんどん中身を変えていこうと思っています。


着想と実行の間〜簡単にあきらめず、さらに一歩踏み込んでみる

--- 発明型のアートがお好きという八谷さんですが、日常の中で、どういう瞬間に発想のチャンスがあるのでしょうか。

 大きく分けて2種類あるんです。一つはさっきの「サンクステイル」のように自分の個人的な体験から来るもの。ニーズがあるのに、それにプロダクツが応えきれていないというのは、実はまだいろいろあるんじゃないかと、と。ボクは自分のことを突飛なアイデアを思いつく人間だとは思っていなくて、いくらなんでも賛同者は300人じゃないだろう、3,000人はいるはずだよ、という読みがあるんですよ。
 もう一つは、ハードウェアからの発想。カタログを見たり、サンプルを見たり、ハードウェアをいろんな角度から眺めていたり、あるいは分解したりすると「おっ、これは使える」と思うことが多いんです。見慣れないモノを触ったり目にしたときのびっくりした感じは、すごく大事。今はまだうまく使われていないけどきっと面白い方法があるに違いない、自分だったらもう少しこういうふうに使いたい……そういうところにボクの着想の原点があるような気がしています。

 両方ですね。こんなにモノや情報の溢れかえっている時代ですけれど、実はボクらってモノをあまり知らないのではないかというのがあって。たとえば、テレビの映る仕組みなんかも、みんな知っているようで知らない。ブラウン管の原理も、液晶の原理も、電波についても。だから原点まで遡れば、まったく別の使い方があり得るんじゃないかと。コンピュータのアプリケーションを使って何ができるかと考えるよりも、むしろ原理そのものにこだわってみると、面白いものができたりしますし、「ハッカー的」というのは本来そういうことだと思ってもいます。まず分解。そして違う使い方をしてみる。
 IT化、デジタル化で、今はモノをつくることに関してどんどん敷居が低くなっていますが、趣味的な発想だけではプロの作品にはならないことも事実ですね。


※1:ポストペット〜人工知能付きインターネット「愛玩」メールソフト

八谷氏は原案・ディレクションを担当。ペットワークスの他のメンバーがグラフィックデザイン(真鍋奈見江氏)とプログラム(幸 喜俊氏)を担当。コンピュータの中でペットを飼い、そのペットが伝書鳩のように電子メールを運ぶ。先方もポストペットを持っていれば、相手のところに自分のペットが出現する。このペットは成長すると、飼い主や飼い主の友人にも自分で勝手にメールを書くようにもなる。昨年、3度目のバージョンアップが行われ、ペットのルックスや種類、、機能も大きく変わっている。

※2:サンクステイル〜車がありがとうって気持ちを伝えるためのしっぽ

自動車用のシッポ。クルマが「ありがとう」という気持ちを他の人に伝えるための器官。世界中の誰もがすぐに意味を把握できるように、犬のシッポ的な動きで感情表現を行っている。
http://www.e-revolution.co.jp/
株式会社ワコーにより商品化され、大手カー用品店の大規模店舗やネットショップ等で好評発売中。
--- では、着想をうまく作品化させていくコツのようなものはありますか。

 さっきから何度も出てくる「サンクステイル」みたいなコンセプトは、たぶん日常の中で誰もが思っていることでしょうが、たいていの人は思っているだけで終わってしまうんです。
 たとえば「オープンスカイ(※3)」にしても、映画『風の谷のナウシカ』を見て、メーヴェが欲しい、自分も空を飛んでみたいと思っても、自分でつくろうとは思わないまま終わっちゃう人がほとんどでしょう。でも、なんで簡単にあきらめちゃうんだろう? と、ボクは思うんですよね。もう一歩踏み込めば、その先に面白いことがいっぱいあるのに、と。
 ハンググライダーも実際やってみるとメーヴェに近いし、「オープンスカイ」ももともと、揚力の計算をモスバーガーのレシートの裏に書きつけたところから始まっているんですよ。時速45キロくらいで体重50キロくらいの人を飛ばすなら行けそうだ、なんだ、できるじゃん、というのがわかって。その後、俄然、力が入りました。まあ、確かにコストも大事ですが、億単位ではないというのがわかったので、数年かけてやれば相当面白いことができるのではないかという判断したんです。
 作品化するコツということでいえば、発想そのものよりも、むしろ大したことのないアイデアをどうあきらめないかという部分が重要なんじゃないでしょうか。入り口のところで簡単にあきらめず、もう一歩ぐっと踏み込んでいく姿勢のようなものですね。死ぬまでにできればいいじゃないか、と。働いている人はそんな悠長なことはやっていられないかもしれませんが、学生さんとか時間がある人は、そういうクセをつけるといいんじゃないかと思います。


「見積もり力」増強のススメ

-- 八谷さんはご自身の強みをどのように分析されていますか。

 「見積り能力」ですかね。つまり、社会人ならではの強みです。時間があっても学生さんが実践にまで至らないのは、この見積り能力がないからです。逆に社会経験のある人は、その見積り能力がゆえにわりとあきらめやすい部分もあるかもしれませんが。
  そもそも人間って、見当がつかないことをやろうとは思わないじゃないですか。自分の知っている範囲じゃないことは調べないといけませんが、逆にいえば調べればわかりますし、前例があることならおおよその目処もつけられます。未経験のジャンルでも、とりあえず見積りをとってしまえばいいんですよ。時間と費用とそれをやれる能力を持った人について。自分を金持ちのクライアントだと仮定して、自分を喜ばせるつもりで、自分が最も欲しいモノについて見積りを立ててみる。そういうクセをつけると、いろいろ具体化しやすくなると思います。


--- 八谷さんの場合は「面白いな」と思った瞬間、無意識にすでに見積りが始まっているのではありませんか。

 いや、初めの1か月くらいは「できるかなあ?」という感じで、そんなに明確でない(笑)。それが実現したら面白そう、という気持ちで、いろいろ調べている期間がひょっとしたら一番楽しいかもしれない。始めてしまうと、問題が必ず出てきますから。決して無意識に見積るという感じではないですね。マーケティングの仕事とかプロジェクトマネジメントの仕事そのものというか。このアイデアをどう応用させようかとか、真剣にいろいろ調べるので、仕事の時間以外は、いつも、本当に寝ているときもそのことばかり考えていたりします。
 で、技術的な見積りと経費的な見積りだけだと、自分の中の燃料がちょっと足りないので、たとえば「自分が空を飛んじゃおうかな」などと考えたりもするわけですが(笑)。
 会社員をやっていたときに思ったのは、人は仕事に影響されるものだということです。1日のうちに8時間、あるいはそれ以上の時間を業務に捧げているわけですから、仕事がその人の心根に与える影響は小さくないと思うんです。仕事だからといって、嫌いなことをやっていると本当にストレスが溜まりますし、逆にその仕事の考えが身に付いてくる。これをやってもあまり人は喜ばないんじゃないかと思いながら、つくりたくない製品をつくっているエンジニアや設計者は非常にツライだろうと思います。
 でも、これは面白い、誰かの役に立つ、使った誰かがうれしいと思ってくれる。そういう気持ちでモノをつくるのは楽しいですよね。もともと創造の根本ってそういうことのはずなんです。そういうことをするのに一番いい立場がアーティストだとボクは思ったんですよ。 というのも、アーティストは1個からモノをつくれるから。そういう意味ではすごく自由です。それと、締め切りや利益目標があまりないから、ラクにやれるというか。だから、もしメーカーが試作品をつくるようなスタンスでひとつから製品をつくるようになったら、ボクなんて作品の発表の場がなくなっちゃうかもしれないですけれどね(笑)。


心を開くツールとしてアートを考える

--- 八谷さんの作品は、こちらから見ていると、生活に密着していて、思わずくすっと笑ってしまうところに特徴があるんですが、ご自分の中で意識的に追求しているテーマはありますか。

 まず、機能が付いているということですね。ボクのすべての作品には、単純でも複雑でも何らかのファンクションが付いています。目標にしているのは、生活場面というのとは少し違うかもしれませんが、人の気持ちにくっついていること。その人の経験や感情に近い部分にボクの作品が存在していれば、そう感じてくれた人はきっとまたボクの作品を見に来てくれると思うので……。
 ボクは発明型の装置をつくるのがすごく好きなんですが、ハードウェアとして、ちょっと人をびっくりさせたり、感動させたり、笑わせたり、というのは、すごく大切なことだと思っているんです。そういうもので、人の心を開くというか、感覚を開くということが。


--- アートとは「人の心を開く装置」ですか?

 ボクはわりとそう思っていますね。その考えを人に押しつける気はないし、アーティストとしてのスタンスは人それぞれだと思いますが、そこが欠けるとアートではなくアミューズメントになってしまう気がして。驚いたり、楽しかったりしてももちろんいいんだけれど、アートには、その先に、その人の心に影響を与える豊かさがあってほしいんです。
 ボクは展示会をよくやるので、ボクのツールを体感したお客さんの反応というのを、かなり直に見ているアーティストだろうと思うんですが、お客さんが面白がってくれたり、なんか開かれた感じの反応を見せてくれると、非常にうれしいというか、ものすごく達成感があります。
 だいたいの人は、その場で開いておしまいなのかもしれませんが、その人の考え方に影響を与えられそうだと思ったときには格別ですね。さらに、その人が別の人にそれを伝えてくれて……そういう連鎖を想像するだけでもうれしくなってしまいます。

※3:オープンスカイ─the Project to make personal jet glider─ 〜個人的に飛行装置を作ってみるプロジェクト〜
このプロジェクトの最終的な目標は、人(体重50キロ未満の女性)が一人乗れる「パーソナルジェットグライダー」を作ることで、現在、フェーズ2でのグライダー実機を製作中。
■フェーズ1(2003年終了)
機体の基本設計およびいくつかの模型機による実験。1/2スケールのラジコン機「メーヴェ 1/2」による実験と、データ収集が目標。
■フェーズ2
実機と同サイズの実験機の製作。この実験機はパイロット訓練用のグライダー機であるM-01、予備機のM-02、そしてM-01をジェット化したM-01Jを制作予定。
■フェーズ3
2005年予定 フェーズ2の結果を踏まえ、「訓練されたパイロットが実際に乗れる機体」を制作し、飛行実験を行う。ジャンプ飛行と8の字飛行を成功させるのがこの段階の目標。八谷氏および体重50キロ未満の女性パイロットが実際に搭乗する予定

--- やはり、フィードバックがあると創作のパワーにかなり還元されますか?

 ええ、メーカーの開発の人などは、そういう機会が少ないのが少しかわいそうな気がします。「いやあ、これが欲しかったんですよ」の一言で、つくった人のいろんな苦労が報われたりしますから。
 企業の研究所がオープンハウスで展示を行うことがありますが、そういう機会をもっともっと増やせばいいと思います。技術はいろんなことに利用可能な分、人がどう反応するかというフィードバックがとても大事なんじゃないかと。企業がつくるものはどうしてもマスプロダクツにして、完成品にしないと利益が上がらないわけですが、企業がやっている研究はそういうものだけじゃなかったりするでしょう。極論すれば、一点しかつくらない場合でも、人に見せる機会を逃さず、反応を引き出すことに意味があると思います。
 ボクの「オープンスカイ」も売るためにつくっているわけじゃなく、自分がそれで空を飛びたいから、面白いからつくっているだけなんです。ただ、このプロジェクトは映像にしてリリースしようとは思っていますが。実機は3機しかつくらないので、そういう制作資金の回収の仕方は考えてもいて。大量につくって売れるものはそうすればいいし、そうじゃないものにもビジネスとしてペイするよう持っていく道はあるはずだということは思うんですよね。


魂を磨く課程としてのアート

--- 先ほども、「ちょっと燃料が足りない」という言葉が出てきましたが、創作を続けていくために八谷さんにとって不可欠な「燃料」とはどんなものでしょうか。

 ボク自身が、それができあがった状態を見たい、体験したいということでしょうね。ボクは自分のことを発明家っぽいと思っていますが、もう一方では発明家とは名乗れないとも思っていて。なぜかというと、便利とか利益とかを第一の目的にしていないからなんです。
 じゃあ、何なのかというと、ボクは自分の魂を磨くために作品をつくっているんです。美しいモノをつくっていけば自分の魂が美しくなるだろう、みたいな感覚。こういうといいカッコをしすぎのようですが、これが本音なんですよ(笑)。
 だから、最初から商品になることを目指してモノをつくる必要はないんです。自分の興味というか、まず面白い、ワクワクする、夢中になれる、誰かの役に立つというのが大前提。人間って、好きなことをしているときが一番能力を発揮するし、いい仕事をするものでしょう。


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--- アートと離れてもかまいません。八谷さんの人生でもっとも大事なことは何でしょう。

 うーん……自分で選択する、ということですかね。選択を誤らないこと、と言い換えてもいいかもしれない。でも、「誤らないこと」というとちょっと失敗を恐れる感じかな……そうじゃなくて、自分でやりたいことをちゃんと意識的に選択する、ということです。
 ボクが会社を辞めたのも、会社で会う人の名刺と会社外でアーティストとして会う人の名刺を分けてみたら、アートの世界で会う人のほうが圧倒的に魅力的だと思ったからなんです。会社の人たちも会社員という立場を離れれば、きっとみんな魅力的なところはあると思うんですが、仕事をする上ではお互い会社員という立場でしかつきあえませんから。そういうものとは異なる世界がアートの側にはあるのかなと。で、自分も魅力的な人になりたかったら、魅力的な人と一緒に仕事をするとか、そういう世界に入るのが一番だと、そう考えた結果の選択でした。
 もちろん、選択の失敗もありますよ。ただ、失敗しても「あのとき、ああしていればよかった」というのはあまりないですね。失敗は失敗で自分の糧になっていくと思うから。「回り道を前提にした上での最短距離」かもしれないし。逆に、ヘタに成功すると大きな失敗につながることもあるような気がします。ですから、ボクなりによく考えて、そのときに一番正しい形だと思ったほうを選んでいるつもりです。もちろん、あらゆる面でのメリット、デメリットもしっかり踏まえて……はいますけどね。


--- それでは最後に、今後の抱負みたいなものがありましたら。

 進行中の「オープンスカイ」は人間が実際に空を飛ぶというリスクのあるプロジェクトなので、とにかく「死なない、殺さない」ということですかね(笑)。僕も乗りますけど、僕以外のパイロットも乗るわけですから。
 「死なない、殺さない」ためにありとあらゆる努力をしています。それは体力づくりから、環境づくりから、本当にいろいろ。 順調に行けば、今年の夏か秋くらいには飛べるはずで、無事に終わったら速やかに凍結するつもりです。ま、グライダー版は低い高度で飛ばすかもしれませんが。登山と一緒で自然のコンディションが一番大事なので、厳密に日を決めたりはせず、1個ずつ確実に積み上げていくというやり方です。命がかかっていることなので、何よりも安全のプライオリティが一番。そして、問題を起こさない、人に迷惑をかけないということも。好きなことをやらせてもらうからこそ、その部分が実は最も重要なことなのかもしれませんね。 (2005年3月)

文:加藤由紀子/写真:神原卓実


※4:視聴覚交換マシン〜お互いの見ているものを交換する装置

他人の視点でしかものが見えなくなってしまい、相手の立場に強制的に立たされてしまう。アイデンティティの境界を曖昧にすることを目的として制作された作品。さまざまな場所で公開され、そのたびに改良を重ねている。ただし最初に決められたスペック「装着したままキスやセックスを可能にする」というのは遵守されている。'93マルチメディアグランプリ展示部門奨励賞、'96アルスエレクトロニカ招待作品。(写真:黒川未来夫)

プロフィール
八谷 和彦(はちや・かずひこ)
1966年4月18日(発明の日)、佐賀県生まれ。
九州芸術工科大学(現 九州大学 芸術工学部)・画像設計学科卒業。コンサルティング会社勤務および個人TV放送局ユニット「SMTV」を経て、メディアアーティストに。「視聴覚交換マシン(※4)」や「ポストペット」などの特殊コミュニケーションツールシリーズ、ブランコをインターフェイスにした抽象CG作成マシン「オーヴァーザレインボウ」やジェットエンジン付きスケートボード「エアボード」シリーズなど、作品は藤子(F)不二雄的な発明型装置が多い。メールソフト「ポストペット」の開発者でもあり、ポストペット関連のソフトウェア開発とディレクションを行う会社「ペットワークス」の代表でもある。

ポストペットWebサイト
http://www.postpet.so-net.ne.jp/

アートワークスWebサイト
http://www.petworks.co.jp/~hachiya/


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