2001insight

ユビキタス時代のTRON 坂村健 東京大学教授に聞く     携帯電話やファクシミリなど、産業機器用組み込み OS のデファクトスタンダード TRON の生みの親である坂村教授に、これからの TRON 、そしてこれからの IT について語ってもらった。


「ユビキタス」という聞き慣れない言葉が、一般にも浸透しつつある。コンピューティング環境が至る所に存在するという意味なのだが、坂村氏流に言えば「どこでもコンピュータ」となる。あまり知られていないのだが、ユビキタスという概念を世界に先駆けて提唱したのは坂村氏だった。 「そもそも TRON は組み込み用 OS として誕生したのです。ですから 20年以上前から至る所で使われることを前提にしていました。現在騒がれているユビキタスという概念も、私が 1984年に学会の研究会で“どこでもコンピュータ環境”の講演を行ったことが最初ではないでしょうか」
事実、インターネットの世界でリーダーシップを発揮しているビル・ジョイも、当時、坂村氏が提唱した「どこでもコンピュータ」というアイデアに触発されてユビキタスを考えていることを、『ビル・ジョイの冒険』 (岩山知三郎著、コンピュータ・エージ社刊) という本のなかで、「私たちが TRON から影響を受けたことは確かです」と語っている。
 
坂村氏が世界をリードするTRONを発想した背景には、「『どこでもコンピュータ』の時代は必ず到来する」という確信があった。そこで、「どこでもコンピュータ」のインフラにふさわしいコンピュータを考えた結果が、どこの国のコピーでもない日本発の TRON (リアルタイムで処理できる OS) になったという訳だ。当時は技術的に「どこでもコンピュータ」は不可能だったが、時代がようやく TRON に追いついてきた。また、オープン化や多言語対応という面でも TRON は先行している。オープン・ソースの Linux が登場するはるか以前、 TRON は誕生時点からオープン・アーキテクチャを貫いてきた。また、多言語対応では既に 17万字を表示できる「 BTRON 超漢字」を実装しており、どんな少数言語にも対応できる「 TRON コード」を備えている。 TRON は、多民族がどこでも使える、正にユビキタス時代を担える OS として成長してきた。 img01
再び時代の注目を集めている TRON だが、一時期「参入障壁撤廃という外圧」で BTRON (ビジネス用 TRON ) が排除されたときには、外野席から見て、さすがに坂村氏も元気がないように見えた。しかし、坂村氏はこうした“心配”をさらりと受け流す。
「あれは誤ったマスコミ報道の影響です。実際には、 BTRON は参入障壁リストから外されたのですが、そのことは報道しないで、そのまま騒ぎが大きくなった。回りからは大変だったでしょうと言われるのですが、 TRON はあらゆる機器の OS として構想していましたから、トロンプロジェクトの仲間たちもめげることなく、組み込み用 OS としての研究を続けていました。 TRON にとってパソコンは一分野に過ぎません」
この “挫折”体験の後、 TRON はオープンな組み込み OS として着実に産業界を席巻していく。現在では、携帯電話のほぼ 100% が TRON を採用しているのを筆頭に、自動車のエンジン制御、デジタルビデオ、デジタルカメラ、レーザープリンタ、ファクシミリなど、 TRON は産業機器の制御用OSとしてデファクトスタンダードになっている。既に 1億台を超える機器に TRON が組み込まれているのだ。
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そして、ユビキタス時代。再び TRON に熱い視線が注がれている。これからの TRON 、そしてこれからのITについて、坂村氏は語る。
「現在、ユビキタス・コンピューティング環境をさらに安全に使えるようにするために、Tエンジンプロジェクトを進めています。これは OS としての TRON をチップに組み込んでセキュリティを高めたもので、 eTRON (entity = 実体) と読んでいます。 PKI 対応のチップですからセキュリティは万全です。これによってあらゆる機器がネットワークを介して安全に使えるようになります。この 6月頃からは実際の製品が発売されるはずです」
インターネットを真に社会インフラにするためには、セキュリティを強固にして安全に使えるようにすることが不可欠となる。今、坂村氏の視線は、インターネットの弱点でもあるセキュリティに、 TRON の研究成果を活用することで、一般の人が誰でもが安心して使える環境を整えることに注がれている。坂村氏はユビキタス・コンピューティング (どこでもコンピュータ) こそが、日本の得意分野を活かして世界に発信できる IT モデルだと主張する。 (2002年10月)

文:佐原 勉/写真:神原卓実

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プロフィール
坂村 健
1951年東京生まれ。東京大学大学院情報学環学際情報学府教授。専攻はコンピュータ・アーキテクチャ (電脳建築学) 。 1999 年から IEEE (米国電気電子学会) のマイクロエレクトロニクスの学会誌である『Micro』の編集長も務めている。 1984 年から産学共同民間プロジェクト「トロン計画」を提唱。そのリーダーとして、オープン・アーキテクチャに基づいた、まったく新しい概念によるコンピュータ体系を構築して世界の注目を集める。 TRON を使った電機製品、家具、住宅、ビル、都市、ミュージアムなど、広範なデザイン展開を行っている。
著書に『電脳都市』 (岩波書店) 、『電脳未来論 トロンの世紀』 (角川書店) 、『痛快! コンピュータ学』 (集英社インターナショナル) 、『情報文化の日本モデル』 (PHP新書) など多数。


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