Last UpDate (09/06/03)
人々の寝静まった夜の街。
街灯のない、暗闇に包まれた路地裏を、走る少女。
後頭部に纏めた、漆黒の髪。
身体を、四肢のラインをなぞるように包む黒の布は、鉄鎧を着るときに纏うインナースーツ。
月明かりに照らされた幼さの残る顔は、険しく曇り汗ばんでいる。
空の風が流れ、雲が月を隠した瞬間。漆黒の暗闇の中から突如、少女に向けて白刃が降り注ぐ。
全て急所を的確に狙った、殺意の籠もった鋭い攻撃。
少女は「くっ」と短く息を呑み、流れるような動きと手刀でそれらをやり過ごすと、刃の降った闇を睨み付けた。
「……さすが、と言うべきですか、「聖王姫」」
再び雲が流れ、月明かりが闇を照らし黒き暗殺者が姿を現す。
肩口で切りそろえられた黒い髪。薄闇に映える鋭い龍眼と白く美しい肌。
風にはためく漆黒の装束に足下まで伸びるロングスカート。
着用されたコルセットのためか、豊満な胸はより強調され、細いウエストは女性らしいラインを美しく見せる。
しかし、各所にあしらわれた白いフリルの布と、コルセットから膝の前に垂れたエプロンにより彼女の姿はまるで、どこかの洋館に仕えるメイドを思わせた。
無表情でありながら射すくめるような瞳が、「聖王姫」……旋璃亜を捉えたまま離さない。
「私を「聖王姫」と呼ぶ……と言う事はお前は「魔王姫」の手の者か」
交差した視線をそらすことなく、旋璃亜は言葉を返した。
「魔王姫」とは「魔族」であり「魔王の姫」である旋璃亜の「魔」の部分を受け継ぎ、分離したもう一人の旋璃亜。 そして、「聖王姫」と呼ばれる彼女は「人間」であり、「勇者」である部分を持った旋璃亜である。
「お初にお目にかかります、私は「エックス」。「魔王姫」旋璃亜様より生まれた新たなる使い魔です」
言い終わるが早いか、数多の白刃がエックスの手から音もなく放たれた。
旋璃亜はそれらを紙一重で躱しエックスの懐へと踏み込む。
いくつもの流派の奥義を修得する実力を持つ旋璃亜にとって、それほど難しいことではない。
流れるような動きで、エックスを捉える。
しかし、元は同じ旋璃亜から生まれた使い魔であるエックスもまた、それを予測し罠を仕掛ける事は容易だった。
勢いにのせた旋璃亜の一撃が入るよりも早く、スカートの中の暗器が旋璃亜の心臓を捉える……はずだった。
チュンッチュンッ!
一瞬。
エックスは半身ずらし、旋璃亜の攻撃のクリーンヒットを免れつつ反転すると、遠い建物の屋上に向け、攻撃により崩れた体勢からとは思えないほど鋭く、ナイフを投げつけた。
彼女の動きに少し遅れて二発の銃声が響く。
「名癒理姉さん……ですか」
無理な体勢からの反転と旋璃亜からのダメージを受けているにも関わらず、それを気に留める様子もなく立ち尽くすエックス。
ナイフが投げられた建物の屋上にはすでに影1つ無い。
「聖王姫、今日は退くとしましょう。ですが、次こそは必ず」
銃弾を無視し、旋璃亜の命を絶つ事だけに集中すれば、そこで終わらせられたかもしれない。
しかし、それはエックス自身の命をも犠牲にする選択。彼女自身も知らない、彼女が生まれた理由ゆえに本能がそれを回避した。
そして、これ以上戦ったとしても、これほど正確な援護射撃を背に受けながら戦う事は無謀と言える。
形勢の不利を悟った彼女は後退を口にした。
「ああ、だが次は今日のようには行かんぞ?」
構えを解き、しかし隙を見せずにエックスに返す旋璃亜。
「ええ。それでは失礼いたします」
言うが早いか、エックスは姿を消した。
気配が消えるのを確認し、空を仰ぐ旋璃亜。
黒き暗殺者の登場に、先の旅がまた険しいものになることを予感していた……。
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