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 1・荻野恵、志を抱く。



 高校生になった。

 彼女――荻野恵は、自分のことを、とても平凡な人間だと思っていた。
 輝かしいものとは全く無縁な、どこにでもいる普通の女の子。それが、荻野恵の自己評価だった。
 ただし、自分について、不遇だと思ったことは一度もない。たとえ平凡だろうが、自分が過してきた日々が、とても幸せなものだったということに、恵はわずかの疑問さえ抱いたことはない。

 両親からは、たっぷりと愛情を受けて育った。兄弟姉妹はおらず、父と母、そして自分という、典型的な現代家庭。平凡ではあっても、とても暖かくて幸せな家庭だと思う。それは恵にとって、自分に関わる事柄としては、ほとんど唯一の自慢ですらあるのだった。
 お父さんは適度に子煩悩な、典型的なマイホームパパ。恵も、そんなお父さんが大好きだった。たとえば、バレンタインのチョコは当然のこと、クリスマスや誕生日には、手編みの手袋といった気合の入ったものを、精一杯の愛情を込めてプレゼントする。それを受け取ったお父さんが感激して、恵のことを抱きしめてくれたり、ご近所で「恵ちゃんはホント良い子だねえ」などと言われたりすることが、こそばゆくも嬉しかった。
 お母さんはお母さんで、こんな風に言うのもなんだが、適度に口うるさい普通の母だった。お小言やお説教で、しばしば辛い思いをすることもある。でもそれは、自分のことをちゃんと見てくれているからこそなんだと、恵は中学生時代の終りごろには気づくことができた。もちろん、それ以前にだって、お母さんのことは大好きだ、と、胸を張って答えられたのだけれど。
 そんな両親の愛情を一身に受けつつ恵は育った。家だけでなく学校の方も、心優しい先生や、思いやりのあるクラスメイトに囲まれて過したそれは、とても素敵な思い出として恵の中に残っている。ちょっとだけあった辛いこと、悲しいことも含め、それがとても幸せなものであったと、恵は、確信を込めて言い切ることができる。
 荻野恵は、自分のことを、平凡ながらも、幸せな人間だと心から思うことのできる女の子だった。

 幸せに満ち足りていたせいか、恵はこの歳まで、いわゆる色恋沙汰というものには、まるで縁が無かった。
 心惹かれる存在が全く居なかったわけではない。ただし、その全てが片思いで終わっている。告白どころか、こちらから話し掛けることさえできなかった。もし仮に、その意中の相手から声をかけられたとしても、まず間違いなく逃げ出してしまっていただろう。
 もっとさかのぼれば、漫画や小説に出てくる格好良い主人公などを恋慕の対象としていた時期さえある。しかもそれは、高校生になった今もなお続いているふしが見受けられるのだが、本人はそれを強く否定している。
 中学生当時、そんな恵を心配してか、とあるおせっかいな友達が、恵が憧れていたサッカー部の先輩に恵名義のラブレターを勝手に書いて送りつけたことがあった。その友達曰く、「完璧かつ青春ムード溢れる、激リリカルな告白シチュのセッティングが超・完・了っ! さーあめぐちゃん、今こそその可愛らしい処女の衣を脱ぎ捨て、大人への階段を一歩踏み出すのよっ! わたしは草葉の陰から見守っているわっ」とのことであったが、当の恵は、ラブレターで指定した告白場所へ赴くどころか、泣きに泣きわめきつつ、「ひどいよ、ひどいよ」とひたすらつぶやくだけであった。
 別のもう一人の友達のフォローにより、その先輩には、いたずらということで謝ってことなきを得た。その後、フォローしてくれた友達が、おせっかいな方の友達をものすごい勢いで責めたて、しまいには「ごめん。ごめんねっ、めぐぢゃん……うっうっ……うえええん!」と泣かせてしまったので、恵は自分の受けたショックなど忘れ、逆に彼女を慰めた。

 しかし恵は、この時思い切って告白してしまわなかったことを、後に少しだけ後悔するようになった。
 その計画は、悪ノリが過ぎてこそいたけれど、それでも、恵のためを思ってくれたものだというのも確かだった。その先輩に、好意を抱いていたことだって。やり方はどうあれ、自分に素敵な彼氏が出来て欲しいという思いを、自分は踏みにじってしまったのだ。告白する勇気がないのは仕方ないとしても、そのせいで、大切な友達を傷つけてしまった。
 もし告白したとして、うまく行ったかというと、多分、あっさりフラれただけという気がする。すごくする。なにしろその先輩は、その事件からほどなくして、とてもお似合いの可愛い彼女を作っていた。そのことは別にいい。片思いと言っても、ほとんど勝手な思い入れというだけだったし、その先輩が幸せになれたことを、恵は心から祝福したいと思うだけである。その後悔は、そういうところから来るものではない。

 恵は自分のことを、とても満ち足りた、幸せな女の子だと思っている。その気持ちに嘘はない。
 しかし。今が幸せだから、満ち足りているから、これ以上を求めない――恵は自分の中に、そういう弱い部分があることに気がついたのだ。
 それを自覚したとき、恵は自分が、とても臆病な人間だということを思い知った。
 今のままでいい。今のままなら、自分は、幸せに包まれたままでいられるから――そう思い続けることで、自分を守っていたのだと思う。周りから愛されて、幸せでいられる自分のことを。

 臆病ではいけないのだ。臆病では、人に、何も与えることができないからだ。
 人に、何かを与えるのには、勇気がいる。
 たとえば、新学期。新しい学校の、新しいクラス。誰も知っている顔がなく、さびしい思いをしているとき。隣に座っている知らない誰かに、「ねえ、一緒にお昼ご飯食べよ?」と声をかけてあげたとしたら。その言葉はまさに、自分が誰かにかけてもらいたい言葉である。もしその子が、自分と同じ寂しい思いをしていたとしたら、その子の心をほんの少し、幸せにしてあげられるかも知れない。
 ちょっとだけ、勇気のいることだ。拒絶されるかも知れない。惨めな思いをするかも知れない。でも、そういうことが怖くて、声をかけるのを止めるとしたら、世の中の幸せなことが、ほんの少しだけど、失われてしまう。ほんの少しの勇気が足りないせいで。それは、とても寂しいことだと思う。
 自分はとても幸せな人間。そう思いつづけてきた少女は、いつしか、こう思うようになっていた。
 他人を、幸せにしてあげられる人間になりたい――と。

 幸せを、与えられる「だけ」の人間。よくよく省みてみると、自分は、そういう情けない存在だった。両親に愛され、友達に想われ、周りの人から優しくされて。そんな自分は、自分を幸せにしてくれた人たちに、どれほどのものを返せてきただろう。
 何の取り得もない。勉強も、運動も、絵や音楽も。他人を喜ばせられるような才能とは無縁だった。話をするのも上手ではない。すぐどもる。相手をイライラさせてしまう。気を配ることもへたくそだった。きちんと周囲の空気を読むことができない。恥かしい思いばかりをしてしまう。すぐ謝る。何か失敗をしてしまったとき、人に迷惑を与えてしまったとき、どうしてよいか分からなくなる。そんな時、ひたすらに謝ることしかできない。むやみやたらに頭を下げたって、相手は困るだけなのに。
 何も満足にできない自分が、とても恥かしかった。人の与えてくれる幸せを、雑巾のように吸い取るだけの自分が、ひどく情けなかった。幸せというものは、互いに、与え合うものだと思う。一方的に享受してはいけないものなのだ。
 ――ある日の、両親の教えが思い出される。

「人に、何かをしてあげられる人間になりなさい。特別にすごいことじゃなくったっていいんだ。ほんの少しでいい。恵が、人にしてもらって嬉しいことを、してあげられるようになりなさい」

 中学生だった頃のある日。学校でちょっとしたことがあり、泣きじゃくりながら家に帰ってきたことがある。そのとき、お父さんとお母さんに、そう言われたのだ。
 なければならない。いつか必ず、そうなりたいと強く思う。この世で一番、恵のことを愛してくれた両親。そんな二人から与えられた、途方もないほどの愛情に見合うものを返す為には、それくらいしか方法はないからだ。
 自分が、立派な人間になること。お父さんとお母さんが、ちょっとでも誇りに思えるような、恥かしくない人間になること。
 人の親という立場など、遠い遠い未来の事にしか思えない恵にも、ひとつ、なんとなくではあるが、想像できることがある。自分の子供が、誇りに思えるほどの人間になってくれたとしたら、それはもう、人間としての使命を果たすことができたというほどに喜ばしいことではないだろうか、と。
 両親に対してだけではない。自分の平凡な人生の中で、ほとんど唯一、心から誇れること。それは、周りの人から、たくさん愛されてきたこと。そんな人たちに、少しでも、何かを返したい。
 だから恵は志す。他人に幸せを与えられる人間を。
 そのためにはきっと、強さが必要だ。勇気といっても良いだろう。たとえば、躊躇いに負けない心。傷つくことを恐れない心。才能がないとか、自分は平凡だからとか、そういったことを言い訳に、逃げ道を作ったりしない強さ。失敗してしまったときに、ただ謝るだけではなく、今なすべきことをしっかりと見出せるような強さ。
 自分の中の、「好き」という気持ちを、きちんと伝えられる強さ。
 それらはきっと、必要なものなのだ。恵がいつか、目指す自分になるために。

 高校生になった。
 彼女――荻野恵は、そんな志を抱いていた。


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