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P28 | 異国の地において、貧者の人間としての尊厳を守る戦い。その戦いにおいて、 彼女は、文化、階級、宗教で分かたれた世界に架け橋をかけ、世界の人々に 精神的規範を示した | fight for : 〜を手にしようと思う,〜のために争う、 dignity : 尊厳、 destitute : 貧困な、 moral : 精神的な,道徳の |
1 | 私の中にあるベンガルへの愛国心はスリルを感じる:「ピーター・ジェニン グスです。今夜はカルカッタからの生中継をお送りします」私の人生で始め てのことであり一度しかないことだろうが、私が生まれ育ったこの偉大な都 市が非常な注目を浴びる。ベンガル人というのは、自分達の言語、文化、政 治、それに1世紀以上ものあいだ「死にかけている」ことで有名になっている 都市への熱烈な愛着を祝うのが好きである。同じ熱烈さで、都市の機能を失っ た世界のどこかの場所を「もうひとつのカルカッタ」と名づけるといった、 単純な固定観念を彼らは嫌う。ではなぜアメリカのメディアがカルカッタに いるのか?アグネス・ゴンジャ・ボヤージュという名87歳になるアルバニアから の移民の葬儀のためだ。 | Bengali : ベンガル人,ベンガルの、 chauvinist : 狂信的愛国主義者、 get a thrill :スリルを感じる、 hit the big : 当たりをとる、 fierce : 熱烈な、 attachment : 愛情を持つこと、 resent : 憤る,憤慨する、 ferocity : 獰猛性、 reflex : 反射的な,反動的な、 stereotype : ステレオタイプ,固定観念、 civic : 市の、 dysfunction : 機能障害、 Albanian : アルバニア人,アルバニアの、 immigrant : 移民 |
2 | 「民族浄化」、同一化政策、共同体の崩壊といった時代において、近年の歴 史ではもっとも軽んじられてきた人達の中の一人──スラブ系マケドニア内 の少数民族アルバニア人であり、イスラム教徒やギリシャ正教徒の中にあっ て少数派のローマカトリック教徒──が、非キリスト教徒が圧倒的多数とい うインドの都市で、家を見つけ市民権を得、受け入れられることは心励まさ れる。今日余りにも多くの人々が自と他の境界を深めようとしているのだが、 彼女はその境界を消し去った。 | ethnic cleansing : 民族浄化、 dislocation : 混乱、 hearten : 元気づける,鼓舞する、 marginalize : 軽んじる,社会的に無視する、 Slavic : スラブの,スラブ語の、 Macedonia : マケドニア共和国、 Roman Catholic : (ローマ)カトリック教徒、 orthodox : ギリシャ正教の、 citizenship : 市民権、 countless : 《a》無数の、 blur :ぼんやりさせる,消し去る |
3 | シカップ(現スコピエ)に、1910年ローマカトリック教徒であるアルバニア 人の両親のもとにボヤージュは産まれる。この町は、民族的にも言語の上でも、 宗教でもまた地理的にも、当時のトルコ共和国であり後のユーゴスラビア、 今では馬鹿げた名前のついているFYROMという独立国家(マケドニアの前ユー ゴスラビア共和国)にまたがった町だった。彼女が7歳のとき、父は殺害され る。政治的に直接行動するより移住を選択、18歳の年にはアイルランドにある ロレット修道会に新参者として入る。教育の修道院であるロレット修道会 は、1929年彼女をベンガルに派遣。彼女はブロークンイングリッシュを しゃべりはしたが、まだ最初の誓も立ててはいなかった。 | Skopje :スコピエ,ユーゴスラビア、 straddle : またぐ,またがる、 linguistic : 言語の,言葉の、 geological fault : 地質断層、 fault line : 断層線、 absurdly : 不合理に,非常識なほどに、 unnameable : 名づけられない,名状しがたい、 emigration : 移住,海外への移民、 political activism : 政治的能動主義、 convent : 修道院、 novice : 初心者,新米、 order :(宗)教団,修道会、 vow : 誓い,誓約 |
4 | 私が始めてマザーテレサに出会ったのは、1951年夏のこと。カルカッタにあ るロレットハウスの学校にあがったときだ。この学校は、アイルランドの本 修道院の指示に従ってロレット修道会により運営されていた。イギリスが支 配していた当時は、インド人はほとんどロレットに入学を許可されなかった。 私がそこに入学したときは、生徒の大半がカルカッタのエリート階級の娘つ まりヒンズー教徒のベンガル人であり、教師のほとんどは依然としてアイル ランド出身の修道女。マザーテレサは既にロレット修道会とは関係がなくなっ ていたけれど、時々学校にはやってきていた。彼女が言うところの、「キリ ストに従いスラムに入る」ために、3年前シスターズ系の別の学校で教職を 去っていたのである。私たち生徒が知る限りでは、このときの離反は決して 平穏理なものではなかった。少なくともロレットの修道女にとっては穏やか ざるものがあった。 | directive : 指令、 convent : 修道院、 raj : 支配、 Hindu : ヒンドゥー教徒、 Bengali : ベンガル人、 nun : 修道女,尼僧、 affiliate : 関係する、 follow Christ : キリストに従う、 slum : スラム街、 amicable : 平和的な,友好的な |
5 | 子供の頃記憶しているマザーテレサのイメージというのは、背が低く、サリ ーを着た女性であり、刈り込まれた芝生の間の赤い砂利道をちょこちょこ小 走りに歩く女性。いつも、1人か2人、もっとゆっくり歩くサリーをまとった インドの修道女を従えていた。私たちは彼女のことを変人と考えていた。恐 らくは、口には出さないもののロレットの修道女達が思っている意見をそのま ま自分達のものにしていたのであろう。私たちのアイルランド系の修道女と 違い、彼女は完全にはヨーロッパ人ではないということ以外は、そもそもア ルバニア人とは何かさえ私たちには分っていなかった。それとも彼女が奇妙 に思えたのは、サリーを着た修道女なんて出会ったこともなかったからかも しれない。私たちの学校にもインド在住の英国人は一人だがいたことはいた。 しかし彼女は普通の修道女の衣服を着ていた。政府は宣教師に対して何かと 不平を言ってはいたものの、まだ宣教師のビザ申請を取り締まることはして なかった。 | picture of : のイメージ、 sari :=saree,サリー《北インドの婦人が腰から肩に巻き, 余った部分を頭にかぶ る長い綿[絹]布》、 scurry : ちょこちょこ走る,慌てて走る、 gravel : じゃり,砂利、 manicure : 刈り込む、 lawn : 芝生、 have in tow : 供に従える、 freak : 変人、 pick up on : 理解する,採用する、 unvoiced : 無声の、 Anglo-Indian : インド居住の英人,インド在住の英国人、 customary : 慣例の,習慣的な,通例の、 habit :《修道士・修道女など特定の階級・身分・職業の》衣服、 crack down on : 〜に断固たる措置を取る,厳しく取り締まる、 visa application : ビザ申請 |
6 | 50年代初頭、路上の子供たちや孤児を助けるというマザーテレサの動機に、 ロレットハウスの私たち非キリスト教徒の生徒は疑いを持っていた。彼女が子 供たちを救うのは、改宗させるため?彼女が行っていた、ホームレスの女性 達への中絶反対運動は、私たちの修道女が週2回行っていた中絶反対の講義 の場合と同じく、それを無視するのは何でもなかった。もっと若い女性達に も、政府は人口爆発の結果がどうなるか教えていたからだ。 | non-christian : 非キリスト教徒、 suspicious : 疑わしい、 motive :動機、 orphan : 孤児、 convert : 改宗させる、 antiabortion : 中絶反対の、 consequence : 結果、 population explosion : 人口の爆発的増加,人口爆発 |
7 | しかし、マザーテレサのやり方の中でももっとも私たちが困惑したものは、 聖地の近くで死のうとカリガト寺にやってくる、貧しく死の間際にある人達 の世話をすること。彼らの寿命を長引かそうというのではない。彼女が憤り を感じていたのは、死の間際での惨めさとか孤独だ。人は死ななくてはなら ない、ということに対して彼女が明らかに畏敬の念を抱いていたこと、また 人は尊厳を持って死ぬべきだと頑なに考えていたこと、これらは輪廻とか、 死を現世の存在を実体のない現実、すなわちマーヤからの望むべく開放と 考えるヒンズー教の概念とは相容れない。 | terminally ill : 末期症状の、 destitute : 貧困な、 holy place : 聖所,聖地、 prolong : 延長する、 rail against :〜をののしる、 squalor :みじめさ,みすぼらしさ、 loneliness : 孤独,寂しさ、 one's last hours : いまわの時、 dread : 畏怖の念、 mortality : 死すべき運命、 obsession : 強迫観念,取り付くこと、 dignified : 威厳のある、 at odds with : 〜と不和で,〜に反対して、 reincarnation : 再生,生まれ変わり、 maya : マーヤー,マーヤーを象徴する女神,幻影、 illusory : 幻想的な,実体のない、 worldly : 現世の |
8 | 政府から提供されたカルカッタ郊外の地に彼女が癩病院を設立したとき、私 は彼女のことを変人というより理想家と考え始めた。癩病患者はインド中に、 またカルカッタの至る所でよくみられるのだが、ぼろ切れで覆った彼らの義 足に硬貨を1,2枚投げ入れるといったことではなく、それ以上の援助の手 を差し伸べることなどめったにみられなかった。子供心にも、癩病患者が触 れた場所に触わると感染すると信じていた。この都市における最悪の恐怖と いうのは暴力といったものではない。それは他なる者、貧しいもの、死に逝 く者への恐怖であり──聖書の言葉を引き合いに出すならばそれはまた── 伝染する悪疫への恐怖である。だからこそ、もう私は、彼女の動機を皮肉って みることなどできなかった。彼女は、キリスト教徒に改宗を勧めるありふれ た活動家などではない。癩病患者を世話する彼女を見て、カルカッタの人々 の多くが考え直したのである。若い医者達、そのうちの一人は級友の叔父で あったが、彼らはボランティアに加わり始めた。こうしてマザーテレサは関 心を引くようになってきた。ロレット修道女と決別したとき彼女が見捨てて いったまさにその人達が、今度は彼女を追い求め始めた。 | set up : 〜を建てる,〜を建設する、 leprosarium : 癩病院、 idealist : 理想家,理想主義者、 eccentric : 変人,奇人、 leper : 癩病患者,ハンセン病患者、 common sight : よく見かけること、 rag :ぼろ,ぼろ切れ、 stump : 義足、 infection : 感染,伝染、 evoke : 呼び起こす,呼び出す、 biblical : 聖書の、 pestilential : ペスト性の,伝染する,有害な、 cynical : 皮肉な、 just another : ありきたりの,ありふれた、 proselytize : 改宗させる、 physician : 医師,内科医 |
9 | 10代で私はカルカッタを去り、1973年までのしばらくの間そこに帰ってきて 住むことはなかった。カルカッタに戻ってくると、その地はマザーテレサへ の愛でやかましいぐらい。ロレットハウスで親しくしていた女性達、70年代 に名士の妻となりボランティアでソーシャルワーカーをしている女性達、彼 女たちはマザーテレサに仕え、彼女の計画特に癩病院に献身的に努めていた。 後でわかったのだが、マザーテレサが信頼を置くボランティア達は、ロレット ハウスの卒業生だった。 | vociferously :騒々しく,しつこく、 socialite : 社交界の名士、 social worker : ソーシャルワーカー,社会事業相談員,民生委員 rely on : 頼みにする |
10 | 道徳的な運動を行っている人が、偽善だという非難に弱いこと、また幾つも の選択肢から彼らが恣意的に選択することはやむを得ない。マザーテレサ を非難する人達は、カルカッタの人達の貧困を強調し過ぎるとか、抵抗でき ない人達を無理矢理改宗させているといって彼女を非難する。勝ち目のない 戦いの中でマザーテレサは自分が勝つことのできる戦いを始めた。総合的に みると、彼女が成し遂げたことは、中傷によって損なわれることも台無しに なることもないように思える。真の試練は、信奉者を、懐疑論者を、敵対者 さえをも、親切というより大きな行為へ、可能性へのより偉大な未来へ彼女 が導くことができたか、ということかもしれない。教会が聖人である確たる 奇跡の証拠を求めるならば、多くの人々の心が変容したことがその明らかな 証拠となるであろう。 | crusader : 社会運動を実行する人、 vulnerable to : 〜に弱い、 hypocrisy : 偽善、 arbitrary : 独断的な、 detractor : 中傷者、 overemphasize : 強調し過ぎる、 destitution : 貧困、 coerce : 強制する,強要する、 conversion : 転向、 lost cause : 勝ち目のない戦い、 taken together : 総合すれば、 undermine : 密かに傷つける、 topple : 倒す、 inspire : 人をその気にさせる、 follower : 随行者、 skeptic : 懐疑論者、 opponent : 敵,反対者、 hard evidence : 具体的証拠、 sainthood : 聖人であること,聖人の資格 |
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