弥次:泣いたよ、泣いた。
喜多:何に泣いたんだ?
弥次:ジローにだよ。鉄道員〈ぽっぽや〉だよ。久しぶりに泣いたよ。
喜多:オマエさん、浅田次郎も鉄道員〈ぽっぽや〉もさんざん小馬鹿にしてたじゃないか。
弥次:ごめんねジロー、いまさらジロー、オイラの見る目の無さを詫びるよ。
喜多:小説の方でも主人公は健さんのイメージなのか?
弥次:何が?
喜多:えっ、鉄道員〈ぽっぽや〉だろ。高倉健主演の映画の原作だろ。
弥次:ああ、鉄道員〈ぽっぽや〉ね。
喜多:そう、その鉄道員〈ぽっぽや〉。
弥次:鉄道員〈ぽっぽや〉は、つまらなかったよ。
喜多:待て、こら。オマエさん鉄道員〈ぽっぽや〉に泣いたっていま言ったろ。
弥次:オイラが泣いたのは短編集の鉄道員〈ぽっぽや〉。その中の一編である短編の鉄道員〈ぽっぽや〉はあんまり面白くなかったよ。
喜多:でも、文庫本の帯には「泣いてみませんか?」と書いてあるぞ。
弥次:みんな騙されてるが、短編の鉄道員〈ぽっぽや〉は泣ける話じゃないんだぞ。これは怖い話なんだぞ。例えて言うならフジテレビの「世にも奇妙な物語」みたいな話なんだぞ。
喜多:ホラー?
弥次:そうそう、ホラー。主人公は最後には…。まあ、この短編集自体が、人と人との関わりの中で時々起こる奇妙な現象について書かれたもので、それをホラーと言えないこともない。浅田次郎本人もこの本は“奇蹟”について書かれたものであると言ってる。
喜多:泣こうと思って読むと肩すかしを喰らうのか。
弥次:いやいや、それでも泣けるんだよ。
喜多:わかんないぞ。
弥次:オイラは短編集って基本的に嫌いなんだよ。
喜多:なんで?
弥次:せっかくお金出して本を買ったのに、すぐに終わっちゃうじゃないか。長編で、できるだけ長くワクワクさせて欲しいんだよ。
喜多:短編には短編の良さがあるだろう。
弥次:ああ、それに初めて気づいたよ。
喜多:鉄道員〈ぽっぽや〉で?
弥次:小説は、人の心を動かすことができる素晴らしいものだと言うことを改めて思い知らされたよ。
喜多:大げさな。
弥次:それほど面白かったんだよ。それに何度、涙がこみあげてきたことか。
喜多:結局、泣かされてるんじゃないか。
弥次:なんでだろ、次郎は世の中の酸いも甘いも噛みわけて、結構な年齢になってから小説家としてデビューしたからかな。
喜多:まず、文章が上手いなあ。
弥次:上手いなあ。長編ではありきたりなストーリーなものもあるけど。それでも、人間の気持ちを描写する能力では群を抜いて上手いよなあ。次郎に比べれば辻仁成なんて子どもだな。
喜多:短編では、その描写力が際だってる。
弥次:そう。短編では余計なストーリーや伏線を考える必要がなくて、シーンの描写で読ませるから、ぐいぐいと引き込まれるよな。
喜多・弥次:上手いよなあ。
弥次:オイラは次郎の作品では「真面目歴史路線」より、「任侠おちゃらけ路線」と「短編泣かせ路線」が好きだな。
喜多:それは「あやしい探検隊シリーズ」は面白いけど、「SF路線」は面白くない椎名誠のようなものか。
弥次:ついでに言うなら椎名誠は、映画も面白くないぞ。
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